110話 いつもと違う日常


 正直驚きを隠せない。

 どう見ても今私の目の前にいるのは、このブルーメから遠く離れたシント王国で自分のことを女神だとドヤ顔でふんぞり返っていたあのポンコツ……セフィラフィリス。


 それが何故今こうして私の前に座り、これまたドヤ顔でふんぞり返っているんだ、それもウェイトレス姿で。


「くっ……ぱっくり開いた胸元がその巨乳を強調しつつその短いスカートだというのに足を組んでこちらを誘惑しようするロリながらも大人ぶろうとするその仕草はポイント高いな。しかもその服に合わせて髪型をツインテールにしている点も萌ポイントを押さえてやがる。いやまったくもって最高です、本当にありがとうございました」

(くっ……貴様どうしてここに。まさか犬を探すためにこんなところまでやって来るとは思わなかったぜ……)


「え? あ、うん。どういたしまして……?」


 お礼を言われてしまった。


「ワウワウ!(ご主人、口に出してる言葉と溢れ出る煩悩が逆っす! てかなんで煩悩の方がそんな長いんすか!)」


 おっとしまった、セフィラの格好があまりにも"ロリ巨乳金髪ツインテメイド"として完成されていたせいでつい……。


 では改めて……。


「貴様、何故ここにいる……と言っても理由は一つか」


「ええ、せっかく500年以来の"勇者"をあたしが逃すはずないでしょ」


 500年以来ねぇ……ケントと星夜にはまんまと逃げられたくせに。

 ま、これはあいつらのためにも生存と所在の情報はこいつにだけは絶対に漏らしはしないが。


「しかし貴様本人がここまで出向いてくるとは思いもしなかったな……。すでにブルーメには大量の"女神政権"の者で固めているということだろうしな」


 数人程度ならやり通す自信はあった……しかし女神本人が率いてるとなれば10人20人では済まない可能性は高い。

 実質国のトップが出向いているのと同じことだからな。


 これは私も腹をくくる時が……。


「? 別に他の者は連れて来てないけど?」


「……え? なんで?」


 再び私の思考がフリーズ!

 こいつの……セフィラの考えがまったくわからん。


「頭の硬い連中にバレると尋常じゃない数の人数で捜索されたり説得されたり面倒なの。だからそういう連中にはバレないよう信頼の置ける者達にまかせてあたしはここへ来たのよ」


 やべぇ、解説されても根本的な説明がされてねぇ。


 しかもこのドヤ顔っぷりから冗談で言ってる感がまるでしないってのもわかりやすすぎてもうね。

 あー、なんかどんどん気が抜けてくるな……。


「てか一人で来て犬を奪えると思ったの?」


「え? だって"女神"であるあたし自身が直々に出向くのよ。世界の神であるあたしにここまでさせたんだから大人しく勇者を引き渡すのは当然じゃない?」


 なんだろう、話す度にセフィラが可哀想な子に見えてくる。

 言うなれば、世間知らずの超箱入りワガママお嬢様が無駄に歳を重ねるとこうなるのかという実体を見ているようだ。


 ……でもそうなるとだな。


「なぁ、つーかお前どうやってここまで来たの?」


「え!? そ、それは……」


「あたしゃが食材調達してる時にね、行き倒れてるとこ拾ったんだよ。そしたら目的地がここだって言うから一緒に連れてきたんだよ」


 後ろからおばちゃんがずいっと出てきてヒーコーを入れてくれる。

 なるほどそういう経緯ね、そりゃどう考えてもこいつ一人で国から国へ行き渡るのなんてムリな話だろうし……体力もないしな。


「行き倒れねぇ……」


「わー! わー! そ、そんなんじゃないから! そんな恥ずかしい状況にこのあたしが陥るわけないでしょう。ただちょっと道を教えてもらっただけなんだから!」


「ふふ、そういうことにしといてあげようかね。こんなメニューまで用意して、せっかく待ち人に会えたのにこれじゃカッコつかないだろうしね」


 そう言っておばちゃんは私の肩をポンと叩きクールにその場を去った。


「ちょ、ちょっとおばちゃん! あたしが用があったのは別にこいつじゃなくて……あ、いや結果的に見ればこいつなのかな? ってそうじゃなくて!」


 ……なんというか、以前初めて出会った時は神殿の神聖さも相まって少しは女神っぽく見えてたセフィラだが、こうして見てる限りでは女神っぽさまるでないな。


 これは……まさかアリなのか?

 神殿で女神っぽくえらそーにしている時のイラッとする態度と打って変わって普通の女の子のように普通の食堂で普通の態度のギャップが今まさに生まれようとしているのか!?


 だが待ってほしい、元の世界に帰るための情報が集まりつつある。

 つまりだ……。


A.このままセフィラを攻略しにかかってアステリムでGoodENDを目指す

B.元の世界に帰る方法を確立し日本で本来あるべき生活を送りながら恋人を探す


 こ、これが世のエロゲギャルゲ……最近ではラノベなんかにも出てくる主人公最強の能力の一つ、選択肢!

 本来ならば作者やプレイヤーという画面の向こう側の神にも等しい存在の力により絶対に失敗することのない絶対的な必勝能力。

 だが私にはそんなものはいない……仮にいたとしても何故か私に強力しなさそうな気もする。


 だから、やはり自分の意志で決めるのであればここは……やっぱ、Bかな。

 私の目的はあくまで日本に帰還すること。

 セフィラと深く関わるということは、つまりこの世界の政治的な部分にまで関わっていくことになる。

 そうなれば、おそらく日本に帰るという選択肢は消えたも同然だ。


「ていうかさ……食べないの、それ?」


「ん? あ、そういえば」


 互いの視線の先にあるのは例の特別メニュー。

 考えないといかんことが多すぎてすっかり失念してしまっていたな。

 ま、腹が減ってちゃ頭もまともに働かないということで……。


「話はこれを食ってからだ」


 目の前の料理はいうなればトルコライスと言ったところか。

 色鮮やかな野菜と共に炒められたピラフにケチャップの匂いが食欲をそそるスパゲッティ、そして極めつけはその両者の境目にドドンとでっかく置かれているBIGなカツ!

 そしてこの圧倒的ボリューム……通常の腹具合なら1ラウンドでKOされてしまいそうな程の圧巻。


(だが今の私は最高に腹ペコ状態。このぐらいならいけるはず……!)


 まぁ兎にも角にもまずは一口……。


「むぅ!」


 こ、これは……!

 ピラフは野菜とご飯のバランスが的確で水分量もベチャッとしない程よい塩梅……どころか野菜の旨みを一心に受け止めながら調味料の味を引き立てている!

 スパゲッティもちょっと固めな私好みであり、しっかりと絡まったケチャップからはトマトのダイレクトな旨みが体に染み渡っていく!

 カツも薄い衣なのにサクサクとしている、それでいて一口ごとに油と肉汁が染み出し私の舌に何度も喜びを与える!


「うおおおおお! うーーまーーぁぁあいいいいいぞおおおおおおお!!」


「ワオウ!? (うわ!? ちょっとご主人、いきなり口からビーム出しそうな奇声出さないでくださいっす)」


 おおっとしまった、あまりに美味くてつい。

 セフィラや周囲の人達も若干引いてるし……。


「いやスマン。本当に腹が減ってたからついこの美味さに感動して」


「そ、そう……。で、でもまぁ、そこまで喜んでくれたらあたしも作った身としては悪い気はしないから……」


「え? この特別メニューってお前が作ったの?」


 正直ちょっと信じられず、ついセフィラの顔と料理を二度見してしまう。


「な、なによ! 悪い!? こんな超絶美しくて箸も持てないような女神様が料理なんてするわけ無いとでも思った!?」


 いやさっき普通にこの料理持ってきてたやんというツッコミはしない方がいいのか……。

 というよりも私が言いたいのはそこじゃなくて。


「いや、お前のようなポンコツは何をやらせてもまるで狙ったかのようなドジっ子と鈍くささを発揮する迷惑ヒロインだと思っていたからな……」


「おいコラ」


 だって今までを振り返ってみ?

 何に関してもダメダメな印象しかないじゃないか。


「まぁ、あたしってば女神だから、本当は何もしなくていいんだけど。あの神殿ってほんっと娯楽も何もなくて。……で、すっごく暇になった末に手を出したのが家事全般ってわけ」


「それはそれとして女神としてどうなんだ……」


「御付の人達にもそんなこと言われたけどねー。なんかもう体に染み付いちゃって。気がついたら手を付けちゃってるのよ」


 主婦かお前は……。

 他にもっとやることあるだろうに……。


「んじゃあこの特別メニュー作ったのもお前か……。私の世界に似たような料理があるがよく思いついたなこれ」


 この料理、美味いのはそうなんだが。

 それに加えて懐かしい……日本でよく食べたような味付けが私の舌をさらに満足させる。


「それは当たり前よ。……だってこれを読んで作ったから」


 そう言って取り出したるは一冊の本。

 なんとその表紙には日本語で書かれていて……。


「……ってクック○ッドじゃねーか!」


「他にもあるわよ、これとかこれとか……」


 ぞろぞろと並べられていくのはどれも見覚えのある料理雑誌ばかりだ。

 数年前のものから私がアステリムに転移する数ヶ月前のものまで……。


「つーかなんでそんなもん持ってんだよ」


「ふふん、流石に人間大のような生物を召喚するにはそれはもう多量の力を使わないといけないけど、こういった雑誌なんかはちょーっと力を貯めればパパっと呼び寄せられるのよ。……たまに座標がズレてどっかいっちゃうけど」


 おい最後にボソリと付け足したのを私は聞き逃さなかったぞ。

 てことは何か? そこらの国で重要に保管されている異世界の品物ってのは、セフィラの暇つぶしのために引っ張ってきたものがほとんどってことかよ……。


 第四大陸で私が調査した意味って一体……。


「他にもいろいろあるわよー。掃除とか洗濯とか、本の知識を試すのはいい暇つぶしになったわ。洗濯機っていうのはこの世界にはないからそこは読み飛ばして……」


「あーはいはい、もういいわかった。お前が暇で暇でしょうがないのは充分わかったっての。……そんなことに無駄な力使わないで、それこそ『勇者』召喚用にとっときゃいいのに」


「ん? 何か言った?」


「いんや何も」


 正直セフィラの力がどのよなものか理解できてはいないが、溜めることが必要な力なら無駄遣いしないで待っていればいいだろうに。

 ま、こいつの場合そんな効率とか考えてない節があるが……。


「ふぅ……ごちそうさん」


 いつの間にか皿の上に乗っていた料理はすべて腹の中へ、正直美味すぎて一心不乱に食べてたわ。


「さて……食べたわね」


「……食べたな」


「それじゃあ本題に入りましょ……」


「おおっと! そういえばやり残してた報告書があったんだったぁ! それじゃ!」


 来ると思った! これ以上あちらのペースで話が進むのはこちらとしては全然望むところではない。


「あ! ちょっと待ちなさいよー!」


 ので、一目散にここから退散という手をとらせてもらう。

 犬の首根っこを掴んでダッシュで食堂を退却! 向かうは私の研究室だ。

 使われなくなった魔導師養成校の校舎の東館の最奥の部屋。

 未だにあそこは私の研究室ということを知る者は少なく、七不思議の一つ、『夜に響く怪奇音』の舞台として挙げられている。

 まぁ私が夜中に実験してる音を聞いてしまった誰かから広まったただの噂なんだがな。


「ま、とりあえず今回の旅で得た研究内容を整理するためにも一度寄る必要はあったからな」


 セフィラの行動力は以外だったが、こちらとて新たな旅の予定は立て始めている。

 早ければ明日、明後日にでも出発する予定なので、それまでに出くわさなければいいだけの話だ。


「流石にもう何ヶ月もここで待てる余裕があいつにあるか怪しいところだからな」


 抜け出してきた、とセフィラは言っていたのだから"女神政権"としては女神様には戻って欲しくて躍起になってるはず。

 ま、要は時間との勝負だ。


「日が落ちるまで研究室に篭って、それから寮へ戻ればいいだろ」


 ただ食堂へ近づかなければいい、この時はそう思っていたのだ。

 そう、思っていたのだ……この場所でのセフィラの立場がどういうものかも考えないで。






「ふふん、この“女神”から逃げられるなんて思っているかしら」


 そう独り言をつぶやきながら“女神”、セフィラフィリスは不敵な笑みを浮かべる。

 まるで罠に掛かった得物を見つめるようにムゲンの逃げていった方を見つめながら……。


「あ、セフィラちゃん。お昼の手伝いはもうあがっていいよ」


「はーい。あ、おばちゃん、今日も余った食材貰っていい?」


「ああいいよ。今日はこれとこれと……。はい、今日もありがとね」


 そう、セフィラが食堂の手伝いをしている時間はこの最も忙しいお昼の時間だけである。

 では、一体彼女はそれ以外の時間は何をしているのだろうか……?


「ふふふ……お肉にダイコンにジャガイモに……。夕飯が……楽しみね」


 こうして彼女は食堂での役目を終え向かう……自らの戦場へと。






-----






「さてと……そろそろ日も傾いてきたし、いい頃合いだろ」


 今日は帰ってきて早々、自称女神のポンコツロリ巨乳との一悶着でドタバタしたが、ここに篭ってからは静かなもので、なかなか有意義に研究を進めることができた。


「第四大陸の王都グレーデンの城に保管されていた異世界品、それに付着していた魔力の残照。後は各大陸でさんざん見てきた“特異点”の現象を見てきた限りでは、理論上はこれで問題ないはず……」


 さて、ここまで様々な場所で新魔族の皆さんが使ってきたあの“特異点”を人工的に発生させた石。

 あれはこの世界には存在しない鉱石、そう私は確信している。

 が、問題はそこではない……重要なのはあの石がどういった役割を担っているのか、だ。


 私はこれまであの人工“特異点”が使用された後、くまなく周囲を探してみたが、あの石の欠片どころかチリひとつ見当たらなかった。

 ここから考えられる点は、「証拠隠滅のため」か「特異点発生時に消滅する要素があった」のどちらかだと私は睨んでいた。

 これは私の勘がほとんどなのだが、おそらくは後者だと考えている。

 これは石の大きさを考慮して考えついた結果だ、あの小ささではどう考えても術式を一つ組み込むだけでキャパシティオーバーになる。

 未知の技術の可能性も否定出来ないからこそ確信は持てないが、今まで見てきた新魔族の行動などから見ても、基本的にはこちらとあちらに技術の大きな違いはないと考えていい。


「やはりあの鉱石自体が高濃度な魔力そのものを鉱石上に固めたものとして見ることが一番可能性が高い……」


 それでもやはり魔力的法則はこの世界のものと大差ないはずで、だからこそ私の考える理論が適応できる。


 あの「緊急帰還装置」は、砕かれた瞬間にさらに自ら砕けて散らばり、発生した“特異点”を維持するための役割を果たす。

 おそらく、“特異点”自体は発生した時点で即座に空間を閉じようとする作用で元に戻ろうとする、それを魔力で無理やり空間を引っ張って穴を維持している。


「なので、そこまで分かればそういった装置を作ることはできないでもない」


 そう……なので今回私が設計した元の世界へ帰還するための装置! その名も『魔導ゲート(仮)』の制作のために必要な素材を……とまぁこれ以上はまた今度でいいか。


「ワウワウ(いい頃合いとか言っておきながらいつまでここにいるつもりなんすか)」


「だよな。んじゃ今度こそ本当に帰りますか」


 荷物をまとめ、研究室を出て、懐かしの我らが寮へ。




 そこまで遠く離れているわけでもないので三十分もしない内に到着……っと。

 私がギルドに戻っていることはマレルを通じてレオン達にも伝わっているはずだ。

 サプライズ感はないのが残念なところではあるが、あいつらと合うのも久しぶりだ。

 玄関の前にはこの寮の番犬でもあるオルトロスが鎮座しており、私と犬を見ると嬉しそうに尻尾を振って近づいてくる。


「ガウ!」


「ワフゥ!?(うひぃ!? いきなり近寄ってくるんじゃねぇっす!?)」


 どうも犬はオルトロスが苦手のようだ、イヌ科同士仲良くすればいいのに。

 まぁ実際オルトロスは犬じゃなくて魔物なんだけど。


「ワ、ワウ……(お、おうおうやるんすか。こちとら超ぱぅわーを会得してきたんすよ。お前なんてイチコロなんすよ……)」


「っていいながら私の後ろに隠れながら言っても全然説得力ないぞ。あと、あまり力のことは口にするなよ」


 今この街にはセフィラがどこで何を聞いているかわかったもんじゃないのだ。

 それにあいつは犬の声を聞く事のできる数少ない人物のひとり、犬が口にするのも危険であることに変わりはない。


「ま、ここならそこまで気にすることもないだろうけどな」


 そう言いながら寮の扉に手をかけ、そのまま開け放つ。

 流石にこんな時間なら奴だって家で大人しくしているだろうし……。


「ウィーッス、たっだいまぁ! 皆の師匠、最強魔導師ムゲンが今帰っ……」


「あらおかえりなさい、遅かったわね。ご飯にする? お風呂にする? それとも……勇者をこっちに引き渡す?」


「……」


 一瞬……見てはいけないものを見てしまった気がして私はそっと扉を閉じる。

 帰ってくる場所を間違えてしまったのかと辺りを見渡すが、確かにここは昔オンボロの寮が立っていた場所であり、今はエリーゼの有り余る財力によって建て替えられたオンリーワンな豪華な寮が目の前に建っている。


「うん、今のは何かの見間違いだな。気を取り直してただい……」


ガチャ


「ちょっと! このあたしが出迎えてあげてるっていうのに無視して扉閉じるってどういうこと!」


 受け入れがたい現実がそこにはあった。


「こいつを寮に上げたのは誰だあああああ!」


 久しぶりに帰ってきた寮で私を出迎えたのは。数時間前に別れたはずのあのポンコツ女神。

 帰ってきてからの怒涛の一日は、まだまだ終わりそうになかった……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る