106話 決戦前夜
「それにしても……以外だったな」
「オレがこの勝負を引き受けたことか?」
「ああ、星夜はこういう目立つ世俗的なイベントに乗り気になるとは思わなかったからな」
玉座の間での一件を終え、私達は今城内のとある工房でレースの準備を行っていた。
「ねぇ星夜。もしかしてだけど……あたしのために?」
フローラがそう思うのも無理は無い。
なにせ突然ファラが今回のレースの賞品に自分の娘であるフローラをぶっ込んできたところで急に星夜もやる気を見せ始めたからな。
「……フローラは父親に会いたい、違うか?」
「え? う、うん、そうだけど……?」
「剣斗はこの国に必要な存在だ、大陸は愚かこの周辺の領地を出ることすらままならない可能性は大きい。しかしオレは……もういくばくかこの大陸を回ったら、別の場所を目指してみようと思っている」
つまりだ、星夜はフローラとトラゴスを合わせたいがためにこの勝負を引き受けたと言える。
「でもでも、どうしてそこまでしてくれるの? あたしは……凄く嬉しいけど」
「それは……。少しだけ、昔の話をしてもいいか?」
星夜の昔の話……となると元の世界でエージェントである父親の下で世界を回っていたってヤツかね?
「せや……様、いい……ですか?」
ミーコは何か知っているようだな。
まぁ数年連れ添った仲だしいろいろと話をすることもあったんだろうな。
「別に隠していることでもない。特に面白くもないだろうしな」
それから星夜はいろいろと話してくれた。
自分が生い立ちから父親の下で数々の危険な仕事をこなしていたこと。
そして、自分が母親の事を知らないこと、日本の学園に通うにつれて自分の生き方に疑問を抱き始めたこと。
そんな中この世界に召喚され、自分を見つめなおす機会を得られ、今もその旅の途中であることも。
「オレは今でも自分の母親に出会ったことがない。会えないとはわかっていると割りきっているつもりでも、心の何処かに知りたいという気持ちが残っている気がしてな……」
「星夜も……あたしと同じ……」
「だからかもしれない、フローラが父親の情報を聞いて希望に満ち溢れた顔を見た時……オレは自分の姿をお前に重ねた」
もはやあり得ることのない自分の可能性の姿……それをフローラに重ねたということか。
つまり星夜がフローラを宿らせたい理由は、自分と似た境遇のフローラを父親に会わせることで自分の中にある、元の世界に残してきた未練を断ち切りたい……か。
「すまない。オレも結局は自分のためにお前を利用しているようなものだ……」
「ううん、違うよ星夜! あたし逆に嬉しい。星夜と同じってことがなんだか嬉しいの。あたしがパパに会えることで星夜のためになるんならますます会いに行く理由が増えちゃった」
「フローラ……ありがとうな」
どうやらこれでお互いの心のモヤモヤは綺麗サッパリなくなったようだな。
「……さて! 無事話も纏まったようだし、早く準備に戻るぞ。レースは明日なんだからな」
そう、なんとレース本番は明日。
すでにその情報はこの国……いやこの大陸中に広まっている。
そのためコース内で盛り上がるであろう場所の席取りに走る者が続出だ。
「それ……こかいは……いつも違ます……から」
「そうだね~、いきなりママが「"道"はこちらが用意するのでご心配なく」って言った途端に世界樹の根が地上に飛び出してコースになっちゃうんだもん」
あいつもやることが派手だからな。
今回は例年行われている国が定めた町から町を通って行くコースとは違い、ファラが世界樹の根を使用した特別コースだ。
さらにサプライズなのが今回のゴール地点。
いつもなら世界樹から離れた砦をゴールとし、レースの終了とともに世界樹への感謝を捧げて終わる……が、なんと今回はファラ監修の下、世界樹の麓ギリギリをゴールに変更されたのだ。
「普段は世界樹なんて近づくこともできない場所に行けるってのも人気だよな」
まぁ流石にそこで見たいという人が続出することを見越してすでに入場規制がかけられてるのは言うまでもない。
とまぁそんなこんなでファラの思惑通り、祝祭のメインイベント再開によって人々の盛り上がりは尋常ではないほど高まっている。
「『
「ま、完成すれば嫌でもわかるさ」
ん? 私達がこんなところで何をやっているのかって?
そりゃあモチロンケント達に勝つための準備ですよ。
まぁ私がこうして星夜の手伝いをしているのもわけがあるんだが……。
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それは、先日のレース開催が確定した直後の話。
「さて、では勇者達が了承してくれたところで今回のルールを説明しよう」
ファラと王様達の協定も結ばれ、後はレースの内容だ。
例年のルールとしては
・出場者はコースを外れなければどのような形でもレースに臨んで良い(馬、魔術、魔導具の使用アリ)
・コースは3つの町を経由し、世界樹に一番近い砦を目指す
・人を殺める行為は禁止
と、結構自由なものだ。
「だが今回は勇者同士の対抗戦。そのためお互いに三名までの協力者の同伴を許可する」
そういやチーム戦とか言ってたな。
ま、本当の勇者ってのは個々の力だけじゃなく、信頼できる仲間も必要だろうしな。
「よし、それじゃあ俺はクレア、リネリカ、ランの三人だな」
「はい、どこまでもお供します!」
「ケントと一緒にあのレースに出られるとは思わなかったな」
「楽しみだね~。ラン頑張っちゃうぞ~」
ケントは即答か。
まぁあの三人以外は考えられないか。
「はいは~い! じゃああたしケントのチームになる!」
元気よく手を挙げてチームメイト宣言するフローラ。
しかしファラがズイッとその前に出てきて……。
「フローラ、あなたの参加は認めません。あなたはこちら側なんですから」
そう言ってファラはフローラをレースの副賞(世界樹のエネルギーで育った巨大で新鮮な野菜だよ)の方へずらす。
「ええ~、なんで~」
「勝った方へ宿らせると言っているのにあなたが選手を贔屓してどうするの。大人しく世界樹の麓で勝者を待ちなさい」
未だブーブーと文句を言うフローラだが、ここはファラの言う通りだろう。
しかしそうなると星夜の味方は……。
「ミーコ、すまないが頼めるか」
「は……い、がばり……ます!」
当然そうなるよな。
「いいのかセイヤ殿? 城の兵士からでも協力者を提供することはできるが?」
「少しでも実戦を共に戦ったことのある者でなければ返って連携が取りづらいので」
星夜らしい答えだなぁまったく。
それに、いろいろと遠慮しすぎなのも性格か……。
「星夜、私もいるぞ。遠慮なんかしないでいい」
「しかしお前はオレ達と同じ異世界人だ」
「関係ないさ、別に異世界人を仲間に選んじゃいけないなんてルールもないはずだ」
それに私は"勇者"じゃないし~。
そんな空気を察してか、王様も特に反論することなくうなずいてくれた。
「星夜、別に俺は構わないぜ! たとえ異世界人二人が相手だろうと、俺達勇者パーティの方が強いってこと証明してやるよ!」
そんな周りの反応に星夜も根負けしたようで。
「わかった、なら頼もう。限、オレとチームになってくれ」
「了解だ」
これで円円満々……と思ってない奴も少しいて……。
「む~……インくんが入るのはパワーバランス的にどうなの……」
「あのなファラ、今の私はあの頃と比べて大分弱くなってるのはわかってるだろ。それに今回のメインは星夜だ、私はサポートに徹するさ」
「わかった……じゃあいいよ」
渋々了承してくれるファラ。
まぁあの頃の私を知っているならわからない反応ではないんだが……。
「ふむ、これで二人……あと一人はどうするかね?」
「もう一人か……どうする星夜?」
「オレとしてはこれ以上の必要性は感じないな、それに……」
「あ、あの……!」
私達が悩んでいると、会話を遮るように後ろから声が聞こえる。
その人物は……。
「カイル、セラ、どうした?」
「わ、私達も何かお手伝いできないでしょうか」
「ぼ、僕達も師匠達には世話になりましたし……」
そういえばこの二人も随分と事件に突っ込ませてしまったなぁ。
しかしどうするか……。
「星夜……」
「そうだな……」
私達は顔を見合わせ頷き合う。
どうやら星夜も同じ考えのようだ。
「カイル、セラ……気持ちはありがたい、だがお前達はこれ以上オレ達に関わらない方がいい」
「ど、どうしてですか!?」
「ここから先はオレ達の問題だ……オレ達異世界人のな。これ以上関わってしまえばお前達の将来にも影響が出るかもしれない」
その言葉に二人はこれ以上何も言えなくなってしまう。
"異世界人"の問題か……確かに今までもことも、そしてこれからのことも中心にいるのは私達異世界人だった。
「そうだな、それにお前達にはお前達のやりたいことがあるんだろ? 今ならまだ戻れる……それに二人には夢だってあるだろ?」
「それは……」
私の言葉でどうやら二人は自分達の旅の目的を思い出せたようだ。
人は何かの義務感に縛られた時、自由な心を失う……この二人にとって、そんな宿命は重すぎる。
「まぁ私達のことは心配しないでお前らも祭りを楽しめ。こっちで王様に頼んでレース観戦の特等席を用意してやるから」
「ムゲンさん……わかりました! それじゃあ私達は皆さんの活躍を全力で応援させて頂きます!」
これでいい、こいつらの道を決めるのは私達じゃない。
「でも、それだとやっぱり星夜さんのチームは二人だけに……」
「なぁに心配するな、私とミーコと……ついでにこの犬で丁度三名ってことでいいだろ」
ひょいと犬を持ち上げチーム指名。
「ワウ!?(え、ぼくもやるんすか!?)」
「当たり前だアホ。あ、それと犬、セラとカイルの二人を世界樹近くの町まで乗せてってやれ。今から馬車を手配してもらってもギリギリ着けるかわからないからな」
変身した犬の速力なら一日もあれば辿り着けるだろう。
その辺の木っ端魔物も今の犬なら赤子の手をひねるようなものだから護衛としても最適だしな。
「ワググ……(でもそれってぼくは往復ってことっすよね……)」
「ああ、レースまでには帰ってこいよ」
まぁ犬もあの辺りの道は覚えているだろうし迷うことは……ってそういや道って……。
「お、王よ、恐れながら進言させていただきます」
どうやらレースの実行の関係者が報告にやってきたようだ。
内容は……。
「先日の魔物の進軍において、レースで使用されるはずのコースが数か所荒れている模様で……」
「むぅ……どうするか」
メレスがこの大陸に残した爪痕は予想以上に大きかったか。
あの規模じゃあ建製ギルドを総動員しても近日中にゃ終わらないぞ。
「あら、そのようなことならわたしがなんとかしましょう。世界樹よ、我が呼びかけに答えなさい……」
ファラがそう言って浮かび上がると、手のひらの魔力を大地に向けて放つ。
すると……。
ゴゴゴゴゴ……
「な、何事だ!?」
突如大きな自信がこの辺り一帯に震撼する。
やがて揺れが収まると、数人の兵士が慌てた様子で部屋に飛び込んでくる。
「ご、ご報告します! と、突如この国から世界樹へ掛けて、巨大な木の根のようなものが大地から出現しました!」
「な、なんだと!?」
その報告に全員が慌てて外に飛び出すと、そこから見えたものはまさに異質の光景。
巨大な木の根が、まるで複雑なコースのように世界樹まで伸びている……いや逆だ、世界樹からこの国まで伸びているんだ。
「これは……」
「わたしの力で世界樹の根を大地から引き出しコースに仕立てました。安心してください皆さん、レースが終われば元に戻しますから」
そのあまりに規格外の力に皆唖然としていたが、すぐに我に返りこの事態の収拾とレースの開催の発表をはじめる事になった。
「お前なぁ……もう少し穏便に済ませよ……」
「でもインくんだってこういう演出好きでしょ」
確かにそうだけどさ……。
「さあ、選ばれし勇者達よ! その誇りを賭け全身全霊でこの勝負に挑むのです! 二日後、あなた方がわたしの下へ辿り着くのを待っていますよ、では」
そう言い残しファラは空へと消えていく。
ともかくこれで舞台は整った……あとはできることを全力でやるだけだ。
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そんなわけで、今私達はそのレース対策の真っ最中ってとこだ、
「とにかく、勝つためにはまずこいつを完成させないとな」
「限、とりあえずこの図面に描かれた部品は生成し終わったぞ」
「よし、じゃあ星夜は暫く休んでくれ」
「いいのか?」
ここからは私達の仕事だ。
星夜には後でたっぷりとこいつを操るための訓練を数時間でやってもらわないといけないからな、今は少しでも体を休ませておいたほうがいい。
「それじゃあたしもそろそろ行こうかな……。ママにレースまでには帰って来なさいって言われてるし」
こうしてそれぞれ別れる。
残されたのは私とミーコ、私達技術者二人はこれから最終調整に入る。
「よし、んじゃミーコは星夜が作ってくれたパーツを設計図通り組み上げてくれ。私はこっちだ」
「それ……なですか?」
ミーコが疑問に思うのも無理は無い。
なにせ私が今手元でいじっているものは……この国で保管されていたノートPCだからだ。
「ワウ~、ワウ?(ただいまっす~、ってご主人なんでPCなんていじってるんすか?)」
「アプリの力をより詳しく調べて応用しようと思ってな」
ケーブルにスマホを繋ぎ、アプリのデータの抽出に成功した私はその技術を応用をはじめていた。
「悪いが詳しい説明は組み上げて星夜に試してもらう時だ。今は早く完成させよう」
「は……い……!」
そして……翌日。
ついにレース当日となり、私達はスタート地点であるグレーデンの正門に集まっていた。
「よう、来たなムゲン。今日は全力でいかせてもらうぜ」
「アタシも騎士の誇りにかけてこの勝負に挑ませてもらうよ」
ケントとリネリカがこちらへやって来る。
どうやらあちらはスタート地点からはその組み合わせで、チェックポイントごとに仲間の交代を行う作戦らしいな。
対する私達はすでにこの場にミーコと犬とともにいる。
ケント達とは真逆の戦い方になりそうだ。
「てかあれ? 星夜はどこにいるんだ?」
「姿が見えないようだが……?」
私達の下にこちらのチームの主役である星夜が見当たらないことに疑問を抱くケント達。
「ああ、あいつならそろそろ来……」
『皆さん! 長らくお待たせ致しました! これより再開された世界樹へ捧げる熱き選手達の魂の戦いが今、始まります!』
おっと、どうやらもう始まるようだ。
この実況はどうやら魔導コロシアムにあったものと同じ拡声器の魔道具だな。
それをコースの各地点へ配置、通信してこの地域全体に声を響かせているのか。
『始まる前に選手の紹介です! まずは言わずと知れた我らがグレーデンの勇者! ケントだぁあああああ!』
「みんなー! 応援ありがとう!」
流石大陸の勇者様、人気も凄いねこりゃ。
『勇者様の光の翼のスピードは、いかなる相手も寄せ付けません! そして今回はなんとチーム戦! 皆さんもよく知る勇者パーティが挑戦者の行く手を阻む!』
ワアアアアア!
盛り上がりハンパねぇ~。
しっかし完全にこちらは挑戦者扱いだな。
まぁここ最近のレースは毎回ケントの優勝でもはや「ゴール前の勇者を超えられるか」の勝負になってるみたいだしな。
「悪いが手加減するつもりはないぜ。たとえ星夜がその犬に乗ろうが俺の『
おや? 何か勘違いしてるようだな。
「別に星夜は犬には乗らないぞ」
「ありゃ? そうなのか。お前達が使える中で一番早い乗り物っつったらそいつだと思ったんだけどな。じゃあ馬でも借りたのか?」
「しかし、昨日までに星夜殿が馬を借りた形跡はなかったはずだが?」
早い馬は騎士団に揃っているからな、リネリカがチェックしているのは当然だろう。
まぁ今回の試作機が上手くいかなかったら犬に乗せるつもりだったが……。
「まぁ見てろ、そろそろプラクティスを終えてここに現れ……」
『では、今回の挑戦者を紹介だぁ! 彼は今回の魔物騒動に勇者と共に戦い、その実力を王に認めらた我が国に流星のごとく現れた新勇者! セイヤぁあああ……あれ? セイヤ選手はどこに……?』
会場がざわつき、そして一瞬の静寂が訪れる。
ィィィイイイン……
「なんだ? この風を切るような音と……それにこの世界じゃ聞き慣れないような音が混じったものは?」
タイミングを狙ったかのように聞こえる謎の音。
その音の正体こそ……。
「オレは……ここだ!」
スタート地点へ勢い良く飛び出してくる鉄の塊。
前後二つのホイールを回転させ上に人を乗せたそれは、私達の前でキレイに止まる。
その上に乗る男は白いライディング・スーツを身に纏い、そしてシステム型のヘルメットを両手で持ち上げると、その顔を私達の前に晒す。
その人物こそ……。
「伯手 星夜、只今到着した」
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