105話 祭りの再開


「あ゛~、やっと筋肉痛が治ったな」


 私は関節をポキポキとほぐし、体の良好を確かめる。


「ワウ(馬車の中でもずっと寝たきりだったっすしねぇ)」


 メレス戦で『全力強化フルブースト』を使用した影響で例のごとく数日間の全身筋肉痛だ。

 それに私の魔力と回路が第三大陸にいた頃より格段に上がっている分反動もデカい。


「さらに馬車はガタガタ揺れるわ、フローラはうるさいわで体が休まることもなかったしな」


 ドラゴスの話をしてからというもの、フローラがもっと教えてくれとしつこく聞いてくるので寝る間もなく質問攻めだ。


「精霊族の生活基準は他種族と異なるからな……」


 魔術回路で多少補強しているとはいえ、日本の世間一般で考えれば私はごくごく普通の中学生。

 キチンと夜は寝て、朝を爽やかに起きるのが普通なのだ。


「ま、帰り道にファラが作ってくれた栄養ドリンクおかげで一晩ゆっくり寝たらもう全快だ」


 昔からファラは薬草系の調合が上手かったからな。

 あいつが育てたルコの実もミックスして飲みやすいドリンクの完成だ。


「しっかし、ファラの奴なんでまた『国の偉い人と話がしたい』なんて言い出したんだろうな?」


 ファラが言うには、これからの第四大陸に必要なことだと言うが……一体なんなのだろうか。

 城に着いてからというもの、めっきりと姿を見せなくなったし……。


「ワウン(ご主人、それより腹へったっす)」


「マイペースだなお前も……。まぁ私もそろそろ食事に行きたいと思って……」


コンコン


 部屋の扉を叩く音に私達の会話が遮られる。

 どうやらお城の侍女さんが呼びに来たようだ……朝食かな?


「魔導師様、皆さんもう目を覚まされたようなので一度謁見の間へ集まって欲しいと陛下が」


 あー……ま、そっちが先か普通。

 城に戻ってからというもの、皆今回の一件でかなり精神と肉体を酷使したせいか全員揃ってベットにダイブ。

 てなわけで報告できる奴なんて一人もおらず、こうして次の日に持ち越したというわけだ。


 兎にも角にも、皆もそちらに向かうというなら私も行った方がいいだろう。

 ファラのことは……まぁいいだろう。

 あいつのことだ、出てくるタイミングなんかも自分で用意してるんだろう。




「お、来たなムゲン」


 謁見の間に到着するとすでに他の皆は集まっていた。

 集まっているメンバーは主に昨日帰還した勇者パーティと星夜達、それにカイルとセラの二人だ。


「ねぇねぇゲンちゃん、ママどこにいるか知らない? 近くにいる気配は感じるんだけど……」


「いや、私にもわからないな。私も昨日から魔力だけはこの城の近くを漂っているのはわかるんだが……」


 まったくあいつは何をしたいんだか……。

 ともかく、全員でないにしろ先の一件に関わった人物はこれで大体揃ったことになる。

 今この場にいないのはファラと……。


「あの、お父様……。お姉様はやはりまだ……」


「うむ……目覚めてはいるのだがな……」


 そう、今回の一番の被害者と言ってもいい人物……この国の第一王女でもあるラフィナール・クラムシェルその人だ。


 現在、彼女は体こそ呪いが消え去り健康体そのものだが、実際今は心が抜け落ちたかのように窓から外を見つめるだけ……。

 やはり、五年間もの間自分が愛する人にずっと騙されていたという事実が堪えているんだろう。


「申し訳ありません。その件に関してはすべて私に責任があります。なので処罰は私が……」


「魔導師殿、正直に言って私はそなたが我が娘に行った行為……それを許す気にはなれない。だが、いずれにせよメレスが我々の事を騙していた事実は変わらない……。遅かれ早かれこうなってしまう運命だったのやもしれぬ」


 どうやらクラムシェル王も今回の件の重要部分は誰かしらから聞いているようだ。


「残念ながら、我が国からは魔導師ギルドへお主の評価与えることはできないが、その点は理解してほしい」


「いいえ、当然の結果だと自負しております」


 あらら、ここでのクエスト目的は異世界物質の調査だけだったが、それとは別で評価を下げる結果になってしまったな。

 でもまぁ……評価を与えることはできないってことは、下げることはないのかな?


(ま、その点は今回の事件解決を担った人物のひとりとしての功績を汲んでくれたと勝手に解釈させてもらいますか)


「申し訳ありませんが王よ、そろそろ報告を……」


「うむ、そうであったな。では頼む」


 リネリカが空気を読んでくれたのか、そのまま重い空気を引きずりそうな雰囲気をバッサリと切り替えてくれた。


 さて肝心の報告だが……おおまかな内容は今回の事件の首謀者はこの国の宰相だったメレスこと新魔族メフィストフェレス。

 今回の騒動の目的は新魔族にとって最大の敵であろう異世界人である勇者の抹殺……それに加え同じく脅威になると判断された異世界人である私と星夜も同時に消し去ろうという企みだった。


 そして勇者がいなくなったグレーデンにて自分の立場を利用し、国を裏から操ろうとしていたというのが今回の敵の作戦のおおまかな筋書きだ。


「そういえば……限、メレスはラフィナを人質に使うために呪いだけでなく部下を近くに配置していなかったか?」


「ああ、そういえば」


 その言葉に皆の視線がちらりとセラとカイルの方へ一斉に向く。

 あの時、二人にはここで囮として残ってもらい、私の結界魔術と共にメレスの部下である新魔族を二人ほど捕らえたはずだが……。


 メレスの言葉からして、その二人はおそらく下っ端だろうが、それでも少しは情報を持っているかもしれない。

 と、そんな期待が皆の眼差しから発せられているように感じられるな。


「え、えーっと……。皆さん、ごめんなさい!」


 突然カイルが頭を下げる。

 一体何があったというのだろうか?


「実は……あの新魔族の人達、捕らえられてから少しの間は大人しくしていたんです……。でも、それから数時間もしない内に突然うめき声を上げて……」


「そしたら、急に体が燃え出して! それで……跡形もなく」


 うーむ、明らかに証拠隠滅だな。

 捕らえてから数時間……ということは私達がメレスを倒した時間とほとんど変わらない。

 つまり……。


「メレスの身に何かあれば、残った部下から万が一でも情報を与えないための措置ということか。手のこんだことを考えたな、奴も」


 星夜もその答えに辿り着いたか。

 だがこれがすべてメレスの考えた作戦とは思えないな……。


「七皇凶魔……ベルゼブル。今回の作戦も行動の指示もその他装置、術式の設定でさえそいつの仕業と見ていいだろう」


 むしろそいつこそがすべての元凶。

 第二、第三大陸での騒動では同じ七皇である彼女らを完全にコントロールしておらず今回のようにすべてを仕組んだわけではないだろうが、それでも影には奴の存在がある。


「勇者達よ、少々よいか? つまり今回の黒幕はまだ討たれたわけではなく、我が国の危機は去っていないのではないか?」


 王のその言葉に周囲がざわつきはじめる。

 そりゃ「実は事件解決してませんでした」じゃ安心して夜も眠れないだろう。

 今の今まで新魔族がこの王宮に住んでいたなんていう事実が露呈したせいでさらに不安は増すだろうしな。


「安心してください。敵は相当のキレ者……ですがそれ故に慎重です」


「どういう意味だ魔導師殿?」


「私は以前に二度、今回の件と同じ黒幕の計画を阻止した経験があります。その経験から考えるに、敵は勝てる確率が高い勝負しか行いません。故に、計画が失敗し警戒が強まっているこの国に再び攻め込んでくる確率は極めて低いと思われます」


 そう、以前の事件にしろ今回の件にしろ、相手は長い時間をかけて確実に仕留めるという思惑を感じられる。

 新魔族の寿命が長いが故の考え方だろう。

 私も昔は時間というアドバンテージを有効に使うために長い年月をかけてアレコレしたものだ。


「なので、この国が今回の件を感じた経験を忘れなければ、当分攻めてくることはないでしょう」


「当分……とは、具体的には?」


「長く見積もって……300年というところでしょうか」


 またもや周りがざわつきだす。

 その中には、自分がそんな時期まで生きていられることもないからと安心する者や、家の未来を不安に思う者もいた。


 流石に……これだけではここにいる全員の不安を取り除くことはできない。


「皆の者、静まるのだ」


「しかし王よ……このままでは我が国の将来は」

「そこまで怯える必要はないのでは? 300年もかければ新魔族に対抗する戦力だって……」


 やはりこうなるか……王様の静止も聞かずにあちこちで口論が始まってしまう。


「ど、どうしましょう」


「おいムゲン、なんかもっと皆を落ち着かせるいい情報はないのかよ」


「そうは言われてもな……」


 実際私としても300年の間にやれるだけの対策を取らせるのが一番だとは思うしなぁ……。

 しかしそれでは納得しない者も当然いる……どうしたものか。



「皆の者、静まるのです」



 と、その時、玉座の間の多くの雑音をすり抜けて聞こえてくる女性の声に全員の言い争う声が止む。


(この最近馴染みのある、私にとってはとてもよく知っている声は……)


 上を向くと、そこには以前私と再会した時のように後光をさした姿でファラが浮いていた。


「おお……これは」


 ここにいる事情を知らない多くの人はその姿に目を奪われていた。

 それはまるで神でも舞い降りたかのような……ん? 精霊神だから一応神ってことでいいのかな?


「わたしはあなた方が精霊神と呼ぶ世界樹の精霊」


「な、なんと!?」

「せ、精霊神様……」


 世界樹の精霊神、それはこの第四大陸の住人にとって何よりも崇高な存在。

 というかファラのやつ崇められまくってすげぇいい気になってるな、この角度からだと隠そうとしているドヤ顔が丸わかりだぞ。


 そして、そんな私の視線に気づいたのか、ささっとまじめな顔に戻って話しを進める。


「皆の者、安心してください。このからこの国……いえ、この大陸はわたしが脅威から人々を守りましょう」


「ま、守るとは一体どのようにして……?」


 この件に関しては私達も初耳だ。


「わたしが今も守護し続けている世界樹……今、その成長もあと少しで期を迎えます。そうなれば大陸中に張り巡らされた世界樹の根を通じ、わたし自身が脅威をいち早く察知し解決いたしましょう」


 そうか、世界樹の根は魔力の通り道になる。

 そうなれば世界中のどこであれファラの力の影響下に置くことができる。


「せ、精霊神様自ら……ですか?」


「流石にわたし一人で常にすべてを行えるわけではありませんので、わたしの力を与えた他の精霊が世界各地に向かうことになります」


 まぁ普通の精霊族は姿を見せられる奴は少ないから、知らないうちに問題が解決している……なんてことにもなりそうだな。


「お父様、ここはお力を貸してもらった方がよろしいと思います。わたくし達は精霊神様のお力を充分に見せていただきましたから」


「クレアの言う通りです王様。フローラちゃんのお母さんのお陰で今回の事件を乗り切れたんだから。な、皆」


 ケントの言葉に全員が同意し、それを見た王もどうやら心を決めたようだ。


「クレアや勇者殿がそこまで言うのなら充分に信頼できるだろう。なので精霊神様、どうかお力添えをお願い致します」


「ええ、わかりました……しかし、今のままではそれは叶いません」


 その言葉に安心ムードの玉座の間に再び不安のざわつきが起きる。


「ど、どういうことですか? 今のままではとは……」


「確かにこの大陸を守ることはできます。しかしそれは世界樹が成長したらの話です。今の世界樹には、最後の成長をするためのあるものが欠けています」


 ……なるほど、ここに来てようやくファラの真意が掴めてきたぞ。

 つまりファラが世界樹を離れてまでここへ来たのは、王か誰かに世界樹の成長に必要なものを要求するためだったということだ。


「我々に……何を用意しろと?」


 どうやら王様もその事を理解したようだな。


「用意……というには少々語弊がありますね。この時期、この国では毎年何が行われているか考えてみてください」


 その言葉に皆頭を悩ませる。

 毎年……私は去年はこの世界にすらいなかったからなぁ。


「あ、祝祭……ですか?」


 静寂からの突然のセラの言葉にこの場にいる全員がハッという顔でそのことを思い出す。

 そういえば、メレスの魔物騒動で完全に中止になってしまったが、本当ならば今の時期この国は祭りのラスト辺りのはずだったな。


「この時期は年に一度、世界樹の状態が不安定になる時期なのです。それにより漏れだした魔力が大地を肥やし、植物を急激に成長させていたのです」


 なるほどねぇ、それで毎年この時期は異様に豊作で野菜なんかも意味不明に大きなっていたと。


「けど祭りが終われば畑や森も今までどおりの元の状態に戻ってるよね? ってことは世界樹とお祭りに何か関係がある?」


「正解よエルフちゃん。世界樹が不安定になるのは成長の兆し、けれどそれを安定させるには大量の濃度の濃い魔力を吸収しなければいけない」


 濃度の濃い魔力……なるほどつまり。


「祭りによる多くの人の感情の高まり。それを利用して毎年世界樹の暴走を抑え、世界樹の魔力拡散を抑えていたってわけか」


「そう、見えないからわからないでしょうけど、この大陸にはすでに世界樹の根が張り巡らされている。だからこそわたしは数百年前にこの地の者達に毎年この時期には豊穣の祭りを行うよう伝えたのです」


 って、祭りの発端はお前だったんかい。

 まぁきっと今回みたいにこうして神々しく人々に指示したんだろう。

 だからこそ“精霊神”という存在がいるという伝承が広まったのかもしれないしな。


「事情はお察し致しました。しかし今から祭りを再開するとなると、時間が……」


「何も祭りすべてを一からやり直せと言っているわけではありません。必要なのは多くの人間の感情の高まりがあればよいのですから」


「む……てことは」


 ファラの話を聞いたケントが何か思いついたようで、おもむろに皆の前に躍り出る。


「レースだ! 毎年の祝祭のラストで大陸中が最も盛り上がる一大イベント! それだけでも再開すればドーンと盛り上がること間違いなしだ!」


 おお、ケントにしてはいいアイデアを出すな。

 というかそのレースって毎年ケントが参加して優勝かっさらっていくやつだよな。

 つまりお前が目立ちたいだけなんじゃ……。


「あのレースのことはわたしも存じてます。確かに祭りの最後の盛り上がりは世界樹を大きく安定させます」


 ……まぁならいいか。


「うーむ、しかし今回祭りは中止というお触れを出してしまったせいで参加者はおらん……かといって寄せ集めの者では盛り上がりに欠ける……そうじゃ!」


 おっと、今度は王様が何か思いついたようだ。


「決めたぞ、此度のレースの題材は……『異世界の勇者"達"によるチーム戦』、これでゆくぞ」


 王様も結構ノリいいなー、しかも結構盛り上がりそうな題材じゃないか。

 って……ん、ちょっと待て勇者"達"って。


「頼まれてくれるか、ケント殿。そして……セイヤ殿」


 はい、私は除外なんですねそうですね。


「ワウ(まぁ今回のご主人がやったことを思えば当然っすね)」


「わかっている。自分の立場は甘んじて受け入れるさ」


 なにわともあれ、王の意向は決まった。

 後は二人の返事だけだが……。


「了解しました王様! 星夜、お前もついに勇者認定されたな! 何時かの模擬戦の決着、今回のレースでつけようじゃないか!」


 まぁ当然ながらケントはやる気満々。

 加えて、同じ異世界人に負けたくないという気持ちでいつも以上に燃えている。


「オレは……」


 が、一方の星夜はあまり乗り気ではない様子。

 んまぁいきなり勇者と言われても星夜には何の実感もないだろうし。


「やってはくれぬか、セイヤ殿? 勝てばそれなりの報酬も与えるが」


「あ、そうそう報酬といえば……」


 ここでファラが横から割って入る。

 どうやら報酬の件で何かあるようだが……。


「この勝負、勝った方の報酬として娘のフローラを宿らせまーす」


 その言葉に、ここにいる全員の視線がフローラへと集まる。

 フローラ自身何が起きたのか把握しきれておらず、放心状態が数秒間立って……。


「え? えええええ!? ま、ママ、なんでそうなるの!?」


「世界樹が成長し終わる時、あなたとのリンクが切れるの、そしてあなたは本当の意味で世界樹のコントロールのための成長をしなくてはいけない。そのためには、なるべく強い力を持つ者に宿らせなければならないの」


「えー、そのくらい自分で決めるもん!」


「駄目よ」


「ぶー、ママのケチ!」


 こうして親子喧嘩してると威厳もヘッタクレもないぞファラ……。

 ここにいる人達もどうしていいかわからず困惑してるじゃないか。


「じゃあ……俺が勝ったらフローラちゃんといつも一緒ってことか! よっしゃ」


 ケントよ、そうやって盛り上がるのはいいがくれぐれも後ろから刺されんようにな……。


 しかしまぁフローラが報酬に加わったとしても別に変化は……。


「フローラは誰かに宿れば、世界樹から離れることができるのか?」


 あれ? なんだか星夜の雰囲気が……。


「? そうだよ、今度は宿った人の近くにいることになるけど」


「そうか、ならこの勝負……」


 それは、先程まで出場を渋っていた男とは思えない言葉だった。


「オレも全力で……勝ちにいかせてもらおう!」


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