104.5話 父の背中を探して


 初めて聞いた声はとても……温もりのあふれたものだった。


「フローリアン……それがあなたの名前。生まれてきてくれて本当にありがとう……」


 その声がママのものだってことはその時には理解できなかった。

 だって、あたしは生まれたばかりだったから目も全然見えていなかったし。


「ほ、本当にこの子が……我とお前の……」


 次に聞こえてきたのは野太い男の人の声……けれどこれは誰だかわからない。

 生まれた頃はよく聞こえていたはずなのに……なんで?




 その後、あたしは眠っていた、ずっと……ずーっと、長い間。

 眠っていた頃のことはよく覚えていない。


「そんなこと――――ないだろう! 別に我らが――――必要はない」


「けどあたし達は――――なんだから。――――――していくのがあたし達の義務でしょ!」


「もう――――はいないんだ! これからは自由に――――――!」


 何時の事かはわからない、けれどぼんやりと覚えている。

 二人が口論する声……どうして? この前は二人してあんなに嬉しそうにあたしに話しかけてくれてたのに?


 それから少しして、あたしに話しかける声は一つになった。

 男の人の声は消え、今はよく聞くママの声だけに。


 だけどその時は、そのことは気にならなかった。

 気になったのは……ママの声に以前のような温もりが薄れたことだけ……。


「大丈夫……あの人がいなくたって、あたし一人でもフローラを守ってあげるからね……」


 それから何十……何百年過ぎたかなんてわからない。

 あたしは目覚めた……今までのぼんやりとした記憶をその体に刻んで。




 目覚めてからはじめは周りのことを考える余裕はなかった。

 体の中を駆け巡るとてつもない魔力の流れを制御できなくて、何年も苦しんだ。

 世界樹の中で眠る時だけその衝動は抑えられたけど、その度に一人で頑張るママを見るのがどこか辛かった……。


「フローラは何も心配しなくてもいいのよ……」


 あたしが力を抑えられなくなる度にママはボロボロになる。


 どうしてママだけがこんなに頑張っているのだろう?

 この場所にはあたし達の他にも精霊がいるのは知っている。

 だけど誰もママを助けようとはしない……いや、できないんだ。


 この頃から薄々わかってはいた……。

 あたしの中に秘められている力は並の精霊では到底抑えられるものじゃなくて、ママを助けることは愚か近づくこともできないんだって。


(でも、どうしてママ一人がこんなにも頑張らなきゃいけないの? なんで、誰も助けてくれないの?)


 その時頭に浮かんだのはいつか聞いたあの男の人の声だった。


 あの人は一体誰なんだろう?

 もしかしたら、あの人ならママを助けることができるのかな? その時あたしは、何故だかそんな気がした。




 それからほどなくして、あたしの力は落ち着き、自由に動き回れるようになった。

 空を駆け、動物や他の精霊達とふれあい、自然を感じる。

 今まで溜まっていた鬱憤が一気に晴れるかのように爽やかな気分だった。


 それに、なにより一番嬉しかったのは……。


「もう……フローラ、力が安定してもあなたは目覚めたばかりなんだから、無茶しちゃだめよー」


「はーい!」


 あたしを注意しながらも辛さを含まない自然な笑顔を見せるママがいることだった。


 あたしが幸せになることでママを笑顔にできる……だから、いっぱいいっぱい楽しいことをしたいと思った。




 それからまた暫くして、あたしが他の種族のように地に足をつけて、精霊族だとわからないほどに生活ができるようになった頃。

 ママが一度、あたしに外の世界を見せに連れて行ってくれた。


 その短い間で背丈が同じ程の子供達とも遊んで、友達にもなった。

 他種族の子供との初めてのふれあいは思っていたものよりもずっと楽しくて、日が暮れるまでずっとはしゃぎ回っちゃった。


 でも、一人のお父さんが迎えにきたあと……。


「俺のパパはくにの兵士なんだぜ! カッコいいだろ」


「ぼ、ぼくのお父さんだって戦討ギルドですごいかつやくしてるんだ」


「わたしのパパが作る料理はすごくおいしいんだよ~」


 突然のパパ自慢がはじまる。

 その光景をあたしは遠い目で見てることしかできなかった……だって、あたしにパパはいないから……。


「フローラちゃんのパパは?」


「え!? あ、あたしのパパは……す、すっごい強いんだよ!」


 どうしてか、この時あたしは"自分にはパパがいない"とは言えなかった。

 父親という存在を他の誰かに自慢できることが羨ましくて、つい嘘をついてしまった。


「ふーん、でも俺のパパの方が強いぜ。この前こーんな大きな岩も真っ二つにしたんだ!」


 両手を大きく広げて岩の大きさを表現する男の子。

 けどそれを聞いた時、なんだか凄い対抗心が芽生えて、ついつい……。


「あ、あたしのパパの方がすごいもん!」


 などと言ってしまった。

 あたしがムキになったことに男の子もムッとした顔になって。


「じゃあどんだけすげぇんだよ」


「えっと……あ、あれ! あの山なんてドカーンと吹き飛ばせちゃうの!」


「えー、嘘つけ。山なんてどうやって吹き飛ばすんだよ。そんなパパなんていないよ」


 そう、これは嘘。

 でもあたしはこの時頭の中で、"理想のパパ"を描いていた。

 皆が自慢するように、そんなステキなパパがきっとあたしにもいると信じて……。


「いるもん……あたしにだっているもん」


 それからその子達とは会うことはなかったが、あの日の口論は今でも記憶に残ってる。

 この頃からだったかな、あたしがパパと外の世界に強い興味を持ったのって。


 あたしがたまに外の世界へ抜け出すのはあたしにもいるかもしれないパパを探すため。

 でも、ママは教えてくれないし、あたしにはパパと過ごしたこともないからどんな人かもわからない。


 ただ、幼い幼い、生まれて間もない頃の薄っすらとした記憶。

 その中にいたママと隣り合って微笑む誰かの顔。

 あたしは……今でもその顔を探している……。






-----






「♪~♪~」


「フロ……ラさん、ごきげ……です」


「何かいいことでもあったか?」


 今はメレスとの戦いが終わった後の帰りの馬車の中。

 どうやら嬉しい気持ちが顔に出ちゃってたみたい。


 だって今回の一件で、あたしが今まで一番知りたかったことがわかっちゃったんだから、嬉しくなるのは当然だよ。


「うん、ゲンちゃんからねあたしのパパがどんな人か聞いたの」


「確定したわけじゃないぞ~」


 馬車の隅でぐったりとしているゲンちゃん。

 なんでもあたしより全然年下なのにママのむか~しの知り合いなんだって、不思議だね?


「おとさ……ですか?」


「うん、パパは龍族で第三大陸の『龍の山』ってとこに住んでるんだって」


 あれからママには内緒でゲンちゃんからもっとパパのことを聞いて、あたしの心はウキウキしっぱなし。


「いつか……ううん、近いうちに絶対会ってみたい。あ、これママには内緒ね」


 なんでかわかんないけど、ママもお城についてくるみたい?

 そのお陰でこうして星夜達とまだ一緒にいられるんだから、それはそれでいいんだけどね。

 とにかく、ママは今近くを飛んでいるんだから聞かれないようにしなきゃ。


「そんなに父親に会いたいのか? 今まで会ったこともなく、どんな人物かわからないのにか?」


「うん、見たことも会ったこともないけど……だからこそ知りたいの。パパに会ってみた時にあたしのがどう思うのか」


「そうか……会えるといいな」


 ちょっとビックリ。

 あたし今まで星夜がキチンと笑うところなんて見たことなかったから。

 でもなんで星夜は笑ったんだろう?


「せや……さま……」


 むむ、ミーコちゃんはなんだかわかっているような雰囲気。

 いいなぁ、あたしも星夜とそうやって何も言わないでも分かり合えるような関係になりたいな。


「よ~し、頑張るぞー!」


 立派な精霊になることも、パパを探すことも、そして恋だって全部全部……ね。


「う~、筋肉痛に響くから大声出さないでくれ~」


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