100話 本当の目的


「皆さん、魔物の軍勢はもう目の前です。準備はよろしいですか?」


 戦力をさらに分断してから数時間後、星夜達は世界樹の一歩手前……多くの魔物が蔓延る目的地へ到着していた。


「うわー、近くまで来て見ると凄ぇ数だ……。こりゃ本当に俺一人じゃ無理くさかったかもな」


 ケントが目前の魔物の群れを見てあっけにとられる。

 それもそのはず、魔物は上に下に大小様々なものがひしめいており、その数を視覚で把握することはまず不可能。

 おそらくは巨大な世界樹の周囲をグルっと囲んでしまうほどの数。


「ケント様、いくら我が国の精鋭とはいえ少人数で飛び込むのはあまりに無謀だと思います。ここは固まって相手をしましょう」


「先頭は勿論ケントだね。一番突破力があるし分身で広範囲をカバーできる。アタシ達はケントのサポートに徹して、騎士達は撃ち漏らしと小回りがきく魔物を主に担当してもらう」


「つまりラナ達はいつも通りってことね、オッケー」


 状況を判断するやテキパキと作戦を決めていくリネリカ。

 ケントと出会う前から一流の騎士であった彼女は、部隊で戦うということに関して一番の経験値を持っており、他の者も自然と彼女を信頼できる存在だ。


「オレ達は? どうすればいい?」


 先程の作戦で名前が挙がらなかった星夜達とメレス。


「メレス殿やミーコさんは陣形の中央にいてほしい、バラバラは逆に危険だからね。それと、星夜殿には戦闘の厳しい場所への遊撃をお願いしたいのだが……できるだろうか?」


 この状況での遊撃要因ともなればかなりキツい役割となる。

 これだけの魔物との戦闘の中で状況を判断し動きまわらなければならないのだから。


 だがリネリカも決して無茶を言っているわけではなく、ケントと互角に渡り合える実力を持ち、状況を冷静に分析できる人物だと判断したからこその采配。

 そして星夜もその決定に特に不満はない。


「大丈夫だ。中南米で部隊で行動する心得は一応経験している。ある程度はこちらの意思で行動させてもらうぞ」


「それで構わないよ。即席の人員に細かいコンビネーションができるなんてハナから考えてないからね」


 作戦が決まり、各々が配置へとついていく。

 馬車を基準になるべく広く、かつお互いをカバーできる位置。


「それではケント様、いつものように号令をお願いします」


「よっしゃ! 皆、武器を掲げろ! 俺達の世界に平和を取り戻すために戦うんだ! 勇者の名の下、暴れる魔物を全部倒す!」


「「「うおおおおお!」」」


 言い方は雑だが、曲がりなりにも"勇者"の号令は皆の志気を上げるには充分だった。




 号令と同時に襲い来る魔物の群れ。

 先陣を切るのはやはり今回の作戦の要であるケントだ。


「ガアアアアア!」


「来たな……いきなり飛ばしてくぜ! 『輝きの聖剣シャイニングブレイド』!」


 立ち塞がる数々の巨大な魔物に対し、ケントは大技で次々と切り裂いていく。

 しかし、それでもやはり圧倒的な数の差、無尽蔵に襲い掛かってくる魔物を前に捌き切れない魔物は当然出てくる。


「くっ、やべ……」


「ケント様、危ない!」


 脇からケントに襲いかかる爪。

 その間にクレアが割り込み、その手に持つ巨大な盾で魔物の攻撃を防ぐ。


「なんだ、あの盾? あきらかに面積以上の範囲を防いでないか?」


 星夜の言う通り、相手の魔物の爪による攻撃範囲はかなり広いにもかかわらずクレアの持つ盾はそのすべてを抑えている。


「あれ……まどぐ……です」


「えっとね「魔力を内包した鉱石で作った魔道具の一種で、空気の壁を作り出せるドワーフの一品です」だって」


「なるほど」


 ドワーフ族はその技術力から多くの魔道具を製作してきた。

 そのためミーコも作品を見ればその魔道具の性質をある程度理解できる。

 これまでは上手く声を出せず伝えきれなかったが、今では通訳にフローラがいるためハッキリと伝えることができる。


 もっとも、この場にムゲンがいれば瞬時に盾の材質の性質から内包されている魔力からその使い方まで把握しただろうが……。


「クレア、そのままそいつを抑えてな! でやあああっ!」


 攻撃を止められた魔物の真横からリネリカが突撃し、気合のこもった声と共に振り下ろされた斬撃が巨大な魔物を真っ二つに切り伏せる。


「あれは……オレと同じように無意識で魔力を使用しているのか?」


 "魔力流し"……今の世の中で一般的に闘気とも呼ばれる戦闘術。

 以前のケントとの模擬戦後、ムゲンから聞いた説明では無意識に魔力を回路に通さず体の表面に放出したり武器に纏わせる方法であり、扱う人間の性質で様々な戦闘スタイルに変わる。

 多くの修行を積んだ者が稀に発現する力であり、意識して魔力を使用する普通の魔導師では扱いが難しい戦い方だ。


「ぐああああ!」


「っ! なんだ!?」


 後ろにいた騎士が急にうめき声を上げて倒れる。

 その体をよく見ると、肩の鎧を貫通して何か鋭いものが突き刺さっていた。


「皆さん、上空です!」


 メレスの声で皆が上を見上げると、その頭上には何匹かの鳥型の魔物がこちらに狙いを定めていた。


「キー!」


ヒュン……


「うぐっ!」


 また別の騎士が謎の攻撃を食らい倒れる。


「これは……羽か?」


 騎士達に刺さった物体を引き抜くと先の尖った矢のような形状をしている羽だということがわかる。


 地上の重量級の魔物がこちらの主力を抑えている間に上空からの援護射撃。

 どうやら魔物郡もただ単調に襲ってくるだけでなく連携を組んでいる。


「クケー!」


 騎士達が次々に倒れていく様子を見て上空からこちらをあざ笑うような表情を向けてくる鳥魔物達。


「あんにゃろ共……こうなったら俺が!」


「ちょい待ちー。ケントくんが地上の手を緩めたらいくらクレアでも押し潰されちゃうよ。だからここはランにお任せ」


 この状況の打破に名乗りを上げたのはケントの仲間の一人でありエルフ族のランだ。

 背中に担いでいた弓を取ると、上空の魔物に向かって狙いを定める。


(弓か……しかしあれで仕留めきれるか?)


 この一帯を占める魔物の体躯は一般的なものと比べて大きいものが多い。

 星夜の考えている通り、普通の弓矢ではその巨体に大したダメージを与えられるか怪しい。


「いっくよー! 精霊の皆、矢に風をお願い!」


(これは……)


 ランが矢を放つと、急速に風が集まり巨大な風の矢が完成する。

 その力は魔物が飛ばす羽をいとも簡単に弾き、その体に風穴を開ける。


「今のは……?」


「あれこの辺に住んでる風の精霊達だよ。エルフ族にお願いされたから力貸してあげたって」


 精霊族であるフローラにはランが近くの者から力を借りているのがわかったらしい。


「ふっふーん、どんなもんよ。それじゃもう一匹も仕留めて……」


「キー!」


 仲間がやられたことに危険を感じたのか、生き残った鳥魔物がランに向かって羽を乱射する。


「や、やば……」


「ラン!」


パァン! パァン!


 仲間のピンチにケントが持ち場を離れようとするが、その反応と同時に星夜のパイルバンカーから放たれた魔力弾が羽を撃ち落とし、魔物の脳天を捕らえる。


「おおー……ありがと星夜くん」


「星夜、サンキュー!」


「気にするな、これがオレの役割だ。剣斗は目の前の敵に集中しろ」


 慣れない部隊でのコンビネーションだが確実に着実に魔物の数を減らしていく。

 が、やはり戦況を左右しているのは圧倒的な数の差。

 倒しても倒しても溢れてくる魔物の軍勢にケント達は少しづつ押されはじめる。


「ちょっちマズい……。一回下がろう」


「もう何時間もずっと戦い詰めだからね……さすがのアタシ達もキツいよ。魔導師部隊はもう魔力が無いし、負傷者も多数いる。残念だけど近くの拠点まで戻ろう」


 リネリカの合図で一斉に馬車まで戻る。

 そして負傷者達を乗せた馬車と勇者組、星夜組の三台に分かれてすぐに退却を開始する。


「勇者殿、ここは負傷者を逃がすことが最優先。我らと星夜殿の二台で魔物を引きつけ時間を稼ぎましょう!」


「オッケイ! じゃあ操縦はメレスさんに任せる。星夜、俺達が囮だ!」


 そして、二台の馬車は道を反れ囮となるため魔物達を引きつけていく。


 そこに……彼の本当の目的があるとも知らずに……。






 負傷者達を逃がすため急きょ囮となったオレ達。

 国の騎士や魔導師の部隊は全員先に砦まで戻す手筈で、残っているのは先行する馬車に剣斗、クレア、リネリカ、ラン、メレス。

 そしてこちらにオレとミーコ、フローラの合計八人。

 オレの馬車には限が置いていった荷物なども乗せられている。


「いくら人出がいないからと言っても、オレは馬車を運転するのは初めてなんだがな」


 だが、父に付き添い世界を移動する間に車にバイク、果てには船やヘリの操縦を仕込まれた経験からなんとか感覚だけで前の馬車についていくことはできた。


「しかし思っていた異常に魔物の数は多かったな」


 実際に戦ってわかったが、魔物の中には以前戦ったことのあるものと同タイプのものも混じっていた。

 が、やはり問題はあの数……限が戦いに参加していなかったことも大きいだろうが、それだけでどうにかできたかもわからない。


「すまないフローラ、このままでは世界樹が……」


 この魔物の圧倒的な数……いくら巨大な世界樹といってもポキリと折られてしまうかもしれない。


「そんなに心配しなくてもいいよ星夜。ママの守りは世界一なんだよ、あのくらいならまだまだ大丈夫」


 ニッコリとVサインと笑顔をこちらに返してくるフローラ。

 その顔に不安や焦りはない、どうやら心の底から大丈夫だと思っているんだろう。


 オレ達では途方に暮れる量の魔物に押し寄せられても余裕の守りを貫ける……精霊神とはそれほどの存在なのか。


「そんなことより星夜? ホントにこの道で合ってるの?」


「……どういうことだ?」


「うーん……だってどんどんあたしのお家の方に近づいてるから。逃げるんならこっちじゃないよね?」


 辺りが森のため、オレにはどこを走っているのか詳しくはわからないがフローラにはわかるらしい。


 確かに……囮と言ってもオレ達も一度砦へ向かい体を休める必要があるはず。

 先行している馬車を運転しているメレスはこの辺りにも詳しいはずだが……。


「……少し、距離を取って走る。フローラ、剣斗達の魔力を感じることはできるか?」


「できるけど、どして?」


「この戦い……まだ少々荒れるかもしれない」


 父の仲間にも"そういう人間"は何人かいた。

 頭の中で常に最悪の状況をシュミレーションして動くことで多少の問題は回避できる。

 だが、今回ばかりは……マズいかもしれない。


 願わくばこの最悪の考えが当たっていないことを祈るばかりだ。






 くっそー、流石に今回は数が多かったか。

 『愛の写し身ラバーズ』を限界ギリギリまで使用して応戦しても押し返されるほどだなんて聞いてないぜ。


「撤退は性に合わないんだよな~」


「ケント様、時には引くことも重要ですよ」


「そうだよ、そうやって一人で突っ込んでピンチになったこともあるじゃん。もっとラン達を信頼してよね」


 厳しい言葉ながらも俺を心配してくれる二人。

 皆との関係も最初は「テンプレハーレムだぜ!」なんて、何も考えないではしゃいでた。

 けど今は以前ムゲンが言ってくれたように堅い信頼関係がある。


「俺はいつも皆を信頼してるし、愛してるぜ!」


「け、ケント様」


「もう、口がうまいんだから」


 勿論テンプレなセリフは今でも使わせてもらうけどな!


「はいはい、皆イチャつくのはそこまでにして、戦況を確認しよう」


 甘い空気になりそうだったのをリネリカが止める。

 俺達の中で最年長である彼女は経験豊富でこういう戦闘の時に一番頼りになる。


「全体数が把握できてないから詳しいことまではわからないけれど、目視できる範囲の魔物を見る限り次に万全な状態で挑めば大部分を殲滅できるよ」


 よっしゃ、それなら何も問題はないな。


「これで俺がかっこよく世界樹を守り切れたらフローラちゃんも俺にメロメロに……」


「ケント様……」


 う、クレアが念のこもったジト目で睨んでくる。

 だってしょうがないじゃん、俺の好みにドンピシャだったんだもん。

 皆のことは愛してるけど本能には逆らえないのが男の辛いところだよな。


 とはいえ、ここは話題をずらしたほうがよさそう。


「め、メレスさ~ん。充分引き離せたと思うし、そろそろ囮も終えて俺達も砦に向かった方がいいんじゃないっすかね~」


「あ、逃げたね」


「ま、これもいつも通りだね」


 ああ、このやり取りがもはやテンプレ化してしまっている。


 しかしメレスさんの反応が無いな、運転に集中しててそれどころじゃないのかな?


「ケント、メレス殿にもう少しスピードを落とすように言ってくれ。星夜達が追いつけなくなってきている」


 そりゃ大変だ。

 そういえばあっちは星夜が運転してるはずだし仕方ないか。

 スピードが落ちて襲われそうになったら俺達でフォローすればいいだけだし。


「おーい、メレスさ……おわぁ!?」


キィ!


 メレスさんに話しかけようとしたら急に馬車が停止してバランスがとれなくなってしまった。

 一体何が起きたんだ?


「いてて……メレスさん、何で急に止まったんですか~?」


「メレス殿、星夜達が追いつくのを待つのはいいが立ち止まるのは危険だ」


 状況を確認するために皆馬車を降りる。

 御者の席を確認すると、メレスさんがニッコリと笑顔を浮かべながら馬車を降りてこちらに向き直る。


「すみません。ただに着いたのでもう走らせる必要はないと思いまして」


「何言ってんだメレスさん? 目的地は砦だろ、ここはまだ森の中じゃないっすか」


「いえ、ここでいいんですよ。……私の目的地はね」


 その笑みに一瞬ゾクッとした。

 なんだ……あの顔。


 メレスさんとは五年間の付き合いだけど、こんな異質な表情は今まで見たこともない……。


「あなた……本当にメレスさん……なのですか?」


 クレアが皆思ってるだろう疑問を投げかける。


「ええ、そうですよ。……五年間この顔しか見ていないあなた方には、今の私は別人に感じるでしょうがね」


 何を言ってるんだ……まるで人が変わったようだ。


「それで、どうしてアタシ達をこんなところで降ろしたんだい。理由を言ってくれないかい?」


 リネリカは、動揺しながらもいつもの戦う眼に変わっていた。

 まるで……目の前にいるメレスさんが敵であるかのように。


「理由なんて簡単ですよ」


 怖い、異世界に来てこんな感情は初めてだ。

 だって目の前にいる人は今までずっと俺達を支えてきてくれた人なのに……。


「あなた達の……抹殺です」


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