101話 正体と計画(前編)
「本当はもう少々期間を置いてから始めたかったのですが……状況が状況なので仕方ないでしょう」
ケント達はその場で動けないでいた。
五年間も同じ場所で過ごしてきた仲間、なのにその口から出てくるのは信じられない言葉の連続だったから。
「それにしても……本当に気づかれないものですね。力を表に出さず最小限の魔力で人族と同じ姿になってるとはいえ……ねぇ?」
「メレス、あんた一体何者なんだい? 最初に出会った頃はただの故郷を失った青年……そんな風にしか感じなかったのに」
リネリカが一歩前へ歩み寄り会話を試みる。
「ええ、あの程度の芝居にここまで長々と付き合ってもらって感謝してますよ、皆さんには。ま、たった五年など数百年生きる我々にとっては短い戯れに過ぎませんでしたが」
「く……」
その柔らかな笑いにリネリカもたじろぐ。
彼女も気丈に振舞っているようには見えるが、内心ではかなり心が乱されている。
友であるラフィナが連れてきた青年であり、五年の苦楽を友にした信頼できる友人になっていた……はずだった。
そしてそれはここにいる全員が同じ気持であり……。
「う、嘘だ! メレスさん正気に戻ってくれ! あんたはそんなこと言う人じゃない!」
目の前の現実を受け止めることのできないケントは何かの間違いだとばかりに叫ぶ。
「若いですねぇ、勇者殿。ま、勇者と言っても異世界人は所詮は世間知らず。この小さな国で英雄ごっこをしているのがお似合いでしょうね」
相手を貶すような言葉で話すメレス。
その態度からは緊張感は感じられず、まるで子供を相手にしているようなナメきった姿勢だ。
「ふぅ……もういいでしょう。こうなってしまった以上こちらも手早く済ませたいのでね」
メレスが指をパチンと鳴らすと、近くで待機していたのか先程と同じ黒い魔物が森の中からぞろぞろと現れる。
「この魔物達……すべてあなたが操っていたのですね」
「別に一体一体細かに操ってるわけではありませんよ。大半の魔物には生まれた瞬間から世界樹や街を襲うよう本能に組み込まれてるだけですから」
「つまり、これから生まれる魔物もその本能が故に襲うわけかい」
世界樹を襲う魔物も街を襲う魔物も、ケントや騎士達の活躍によって確実に倒されている……なのに未だその勢いは止まらないままだ。
だから、どこかに魔物を生み出す源泉のようなものが存在するのではとリネリカは考えるようになっていた。
が、今その情報を得てもすでに遅すぎたのだ。
各地の攻めの部隊、守りの部隊はともに疲弊しており、とてもじゃないが魔物の波をくぐりながら源泉を探すなど不可能。
そして自分達はこの有様……今知り得た情報を伝えに行くことさえできない。
「さて、お喋りはここまでにしましょう。流石の私でもこれ以上会話を続けていたら情が移ってしまうかもしれませんからね」
「心にもないことを……」
リネリカの言う通り、メレスの表情はその言葉に反してスッキリとした笑顔のままだ。
そしてそのまま"スッ"と手を上げると、辺りを取り囲んでいる魔物の空気が変わる。
「マズ……ラン! 援護して!」
「う、うん!」
襲いかかる魔物になんとか抵抗するリネリカとランだが、疲弊している二人だけでは数分も持たないことは火を見るより明らかだ。
しかし、そんな状況なのにケントとクレアはまだ放心状態から抜けることができないでいた。
「メレスさん、本当に……本当に全部演技だったんですか!?」
「先程からそう言ってるじゃないですか」
「でも、あなたはお姉様と一緒にいる時はとても嬉しそうに笑って……婚約の話が決まった時も……」
「それは嬉しいですよ。この五年間、私の見立てた駒達が何の疑いもなくすべて思い通りに動いてくれているんですから」
「……ッ!」
もはやメレスには何を言っても無駄だった。
本当に彼は自分達の敵であり、ここですべてを終わらせようとしていることに偽りはない。
そして、会話が終わったのを見計らったかのように背後から魔物が襲いかかる。
「クソッ、撃ち漏らした! ケント、クレア、早く戦う体勢を整えて! 現実を受け止めるんだ!」
必死に叫ぶリネリカ。
しかし、多くの戦場を経験したリネリカや数十年の人生経験を持つランと違い、はじめから持つ力で大きな苦労もなくここまで過ごしてきた二人にはそう安々と現実を受け入れることはできなかった。
特に生まれも育ちも日本育ちのケントには酷な話だ。
「ケント様! 危ない!」
魔物のなぎ払い攻撃を間一髪受け止めるクレア。
だが、その手には力がこもっておらず。
「きゃあ!」
「クレア!?」
先程まで放心状態だった彼女では支えきれずに吹き飛ばされてしまう。
彼女とてこの国の姫であり、ケントと同じく大きな苦悩もなく育ってきた。
なのに動くことができたのは、彼女が元々この世界の住人であり、世界の厳しさを少しでも知っていたから。
……それになにより、愛する人のためにその身を投げ打ってまで守ろうとする強い意思があったから。
(そんな、俺のせいでクレアが……。でも、もうどうしたらいいかわかんねぇ。小説とか、こんな裏切り展開もあった……。でも頭が回らねぇ! 何も考えられねぇ!)
確かにケントはこの五年間この世界で過ごし、大きく成長した。
しかしそれも全部「テンプレ展開だ!」と、自分は小説の主人公だと考え本当の自分を見ようとしていなかった……。
(結局……俺は主人公でもなんでもなかったってことなんだろうな……)
すべてが上手くいくと思っていた。
今回の事態だって「主人公が負けて小説が終わる展開なんてありえない」と思い込んでいた。
だが目の前のメレスと横から襲いかかる魔物の爪が、これがどうしようもない現実なのだと伝えていた。
「皆……ごめん」
それでもケントは……動けなかった。
「ケント!」
「ケントくん、動いて! お願い!」
「いや……ケント様あああああ!」
「意外とあっけない幕引きでしたね」
勝利を確信したメレスはもう自分がこの場にいる必要もないといった風に振り返り歩き出そうとする。
が、すぐに違和感に気づいて再びケントの方へ向き直る。
(勇者の魔力は消えていない……。それに、この魔力の反応は)
メレスが向き直ると、魔物の爪はケントへと届いておらず、その横っ腹には人影が拳を突き出していた。
「『星……拳』!」
メリ……
その拳が振り切られると魔物はあっという間に吹き飛んでいき、影も形も見えなくなる。
「完全に振りきって魔物に足止めをさせておいたはずですが……少々計算が狂いましたか」
「ああ、どうやらギリギリ間に合ったようだな」
ケント達のピンチを救ったのは、同じ異世界人である星夜だった。
「だじょぶ……ですか!?」
「助けにきたよー」
星夜の後を追うようにしてミーコとフローラもこの場に到着する。
ミーコは馬車から持ってきた救急道具でテキパキとケント達の手当を済ませる。
「すまない、助かるよ」
だが、魔物とて黙って手当している様を見逃すわけもなく、一斉に襲い来る。
「グアアア!」
「させるか『星拳・連撃』!」
星夜の両手のパイルバンカーから放たれる衝撃は速く、重い。
その拳で次々と魔物を殴り飛ばしていく。
「ふむ、その様子から察するに前の戦闘ではかなり抑え、余力を充分に残していたというわけですか」
「"何時いかなる場合でも想定外のための余力を残せ"と教わりながら育った。貴様のようにロクでもない奴がどんな場所にいるかわからないからな」
「おや、では最初から私が裏切り者だと気づいていたと? それでは随分余力を残してらっしゃるのですかねぇ……?」
「さぁ……どうだろうな」
想定外の事態に動揺するようなセリフのメレスだが、その反面まったく焦る様子はない。
わかっているのだ、星夜が自分を怪しいと感じ始めたのがつい先程だということに。
そして余力を残しているとはいえ、先程の戦闘でまったく披露していないというわけでもない……むしろ動き回っていた星夜が残しておける余力はそこまで多くはないだろうと。
(ここまで緻密に計画を進める男がわからないはずはないだろう。だとすれば今この場を切り抜けるために必要なのは……)
星夜は振り返り自軍の戦力を確認する。
そして未だ自分を取り戻せていないケントの隣に立つ。
「立つんだ剣斗、この場を切り抜けるにはオレとお前で道を開けるしかない」
「無理だよ、星夜。だって俺、まだ何がなんだかわかんねぇんだからよ」
ケントからはもはや生きる気力が失われつつある。
五年間積み上げてきた勇者としての初めての挫折。
それは、ただの少年だった彼の心を折るには充分だった。
「所詮俺は主人公なんかじゃないただの凡人だったんだ。ムゲンみたいに凄い人物の生まれ変わりでもないし、お前みたいに特別な生い立ちも何もない。そんな俺が英雄だ勇者だと持て囃されて……。だから俺なんて……」
「こんのバカちん!」
パン
留まること無くネガティブに落ちていくケントにビンタを食らわしたのは、意外なことにフローラだった。
「な、なにを……」
「あなたがどれだけショックで傷ついたか知んないけど、周りをよく見ようよ! あなたのために皆が傷ついてるんだよ!」
「でも……俺なんてどうせ……」
「別にあなたが英雄だろーが凡人だろーがそんなことはどうでもいいの! 今はやらないといけないことが目の前にあるじゃない! ショックだとか悲しいだとかは後で聞いてあげるから、今はシャキッと立ちなさいよこのアホー!」
フローラの気遣っているのか貶してるのかよくわからない励ましが辺りに木霊し、ケントは目を見開いてポカンとしてしまう。
そして、星夜はそのクスリと笑いケントに手を差し伸べる。
「確かにお前はここに来る以前はただの平凡な学生だったかもしれない。だが、今はオレと同じ異世界人で、この国の勇者だ。オレよりかはよっぽど主人公とやらに近いと思うがな」
「星夜、フローラちゃん……」
「そうです、誰でもない……ケント様はわたくし達の勇者なのですから」
「アタシはケントだからこそ付いて行きたいって思ってるからね」
「ケントくんは、もうラン達にとっての"特別"だから!」
ケントの目に気力が戻っていく。
自分が必要とされているという感覚が昔の『ただ妄想の世界で憧れていた自分』よりも素敵なものだと思えたから。
「お前の物語はお前だけのものだ。他の誰でもない高橋剣斗という人物のな」
「だがその物語も、ここで無念の涙となって散ってゆくことに変わりはありませんがね」
メレスがそう言うと、倒された箇所を埋めるかのように追加の魔物が現れる。
「……オレ達ですでにかなりの数を倒したはずなんだがな。奴の顔を見る限り温存されている数は10や20では済まないかもしれん」
星夜はメレスの余裕顔からそう判断するが、それはあながち間違っていないかもしれない。
実際、ケントを倒せるすんでのところで星夜が現れたというのにそれほど驚きは少ないようだった。
つまり、最初から星夜の乱入は予想されていた……いや、たとえ乱入されたとしても問題ないということだったのだろう。
「メレスさん……一つだけ聞かせてくれ。あんたの言う演技ってのは一体どこからどこまでだったんだ……?」
未だ顔をうつむかせたままのケントだったが、なんとか体をゆらりと起こしメレスへ向き直る。
「どこから……と言われても、最初からだよケント殿。メレスという人物自体が嘘を固めて作られた虚構にしかすぎないのだから」
「じゃあ……ラフィナさんのことはどう思ってるんだよ……」
ラフィナ……今も王国で彼らの……メレスの無事を心配しているであろう儚い王女。
「はぁ……彼女が一体何だと言うのです?」
「いいからあんたの本音を言ってみろよ!」
たとえ最初から嘘であったとしても、この五年間で婚約者という間柄にまでなったその間、何かが生まれた可能性をケントは信じたかった……。
だが……。
「まったく……"アレ"もただの駒に決まっているでしょう……。少し優しくしてやったらコロッと落ちるとは馬鹿な女でしたよ。ま、おかげで何をするにも役に立つ立場を与えられ、この大陸に魔物を仕込むのに苦労しなくて済んだ点は使えましたね」
衝撃的な発言。
そのメレスの言葉に途方もない怒りを覚える者がこの場には少なくない。
「メレス……! あんた、もう許さないよ!」
ラフィナの親友であり、体の弱かった彼女の幸せを常に願ってきたリネリカ。
「お姉様の想いを踏みにじったあなたを……必ずここで討ちます!」
ラフィナの妹であり今までの一生を共にしてきた家族であるクレア。
「俺は……俺は今の言葉ですべて吹っ切れた! もう俺が騙されたとか殺されるとかはどうでもいい! ラフィナさんの『愛』を愚弄したあんたはぜってぇ許さねぇえええええ!」
すべてが吹っ切れたケントから、眩いほどの光が輝きだし周囲を照らしだす。
本能的に脅威を悟っているのか、魔物達は今のケントに怯え近づくことができないでいた。
(これは……オレの中にある何かが剣斗の想いに共鳴してるのか? そうか、剣斗の力は確か……)
そう、"愛"……それこそが女神から託されしケントの秘められた力。
愛を踏みにじったメレスを許せないその強い想いが、内に眠るその力を覚醒させたのかもしれない。
「『
その特異な力によりケントが五人に分身する。
「いくぞ俺達! 腕を組め!」
五人のケント達が一つに集まり、まるで逆向きに円陣を組むような体勢で組み合わさる。
そしてそれぞれが剣を構え、ぐるぐるとコマのように回転をはじめる。
「いくぞ、必殺! 大回転「シャ」「イ」「ニ」「ング」ブレイドォ!」
「これは!」
浮きながら高速回転するケントゴマの側面より光の剣が次々と伸びていき、やがてそれは一つの円盤のような形となりヒュンヒュンと音を立てながら魔物の群れへ突っ込んでいく。
「で、でたよ! ケントくんがいつも「あんまりかっこよくない……」って言って滅多に使わない超広範囲殲滅技!」
その説明の通り、男が五人で肩を組んでぐるぐる回っているのはかっこいいとは言えないが、その威力は絶大だった。
回転しながらもその狙いは的確であり、周囲の木々をバターのように軽々と切り倒しながら魔物をまとめて仕留めていく。
「これも……少々予想外ですね」
やがてケントの回転が収まり分身も消えると、辺りはすっかりと見晴らしがよくなり、周囲を覆っていた多くの巨大な魔物の影すら消え去っていた。
まさに圧倒的。
今のケントがいればきっとこのピンチも切り抜けられると皆思い始めていた。
「後は……お前だけだ!」
「待てっ! ケント! 今は無策で奴に挑むのは……」
ただ、その中でもやはり星夜は冷静であり、"敵を倒す"ことよりも"生きて戦線を離脱する"ことを優先して考えていた。
しかしもう遅く、星夜がセリフを言い終わる前にケントはメレスへ斬りかかっていた。
「もらった……なにっ!?」
「ふむ……確かに予想外なことは多々ありました。ですが、それらもすべて簡単に対処可能な範囲なんですよ」
ケントの刃は……メレスへは届かなかった。
突如地面から黒い不気味な腕が生え、その攻撃を遮ったのだ。
そして腕はケントを振り払い形を形成していく。
「確かに凄い大技でした。けれど、私の魔物が尽きることはない。もはやこの大陸の地面の1/3に魔物を生み出すための仕掛けを設置してある」
「なんだって!?」
メレスの言う魔物を生み出す仕掛けとは、まず地面に"魔物の元になる核"を埋めておく。
それにマナが触れると、それを溜め込みメレスの合図で好きなタイミングで生み出すことができる。
「まさか、わざわざ世界樹の近くまで遠征させたのは、高密度のマナで生まれる無尽蔵の魔物を休みなくけしかけるためかい……」
「ケント様、大丈夫ですか?」
「イテテ……はっ! メレスは!?」
その言葉で全員が向き直る……が、そこにメレスの姿はない。
「おや、皆さんどこを見ているのですか?」
「なっ、いつの間にそんなところ……」
全員がその声の主を逃すまいと頭上を見ると、そこには先程までのヒョロい青年ではなく、翼と角を生やした明らかに人族ではない男が見下ろしていた。
「さて、皆さんこの姿ではお初ですね。では改めて自己紹介を……私の名はメフィストフェレス、あなた方が『新魔族』と呼ぶ存在であり、その中の最高権威“七皇凶魔”である"暴食"のベルゼブル様の右腕です」
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