99話 精霊神の娘


 出発地点に到着すると、そこにはすでに全員集合しており、どうやらあとは私を待っていたらしい。


「おせーぞムゲン、時間ギリギリだ。もう少しで置いてくところだったぜ」


「悪い、セラ達の保護と準備に時間がかかってな」


「てか何だ? その大きな荷物?」


 ケントが私が背負っているものを見て疑問を発する。

 事実私の背中には人が一人入れるほどの大きな包を背負っている。


「これか? まぁ今回の秘密兵器ってとこだ。それよりさっさと出発しよう、時間もないしな」


 今回、私達の部隊は少数精鋭。

 馬車も三台と移動速度を重視した数だ。


「でもさ、俺は『光輝の翼オプティカルウィング』を使えばパパっと辿り着けるぜ? 先行して戦ってた方がいいんじゃね?」


「確かにそれは可能でしょう……。しかし今回は数が数です。勇者殿一人では手に余る事態も無いとは言い切れませんから」


 メレスの言い分にケントは納得したように頷く。


「そ、そうか、俺一人でもいけるかな~……なんて思ったけど」


「もう、ケント様はいつもそうやって一人で突っ走ろうとして失敗するじゃないですか」


「そうそう、アタシ達や仲間がいるんだからもっと頼ってくれてもいいのにね」


「う……ご、ごめん」


 ま、とにかく今回は状況がそれだけ深刻だということだ。


 かくして、それぞれが割当ごとに馬車に乗り込み戦地へと進軍を開始した。

 一台目の馬車にメレスと若干名の兵士、それと物資を乗せてある。

 二代目にはケント達勇者パーティー。

 ケントは「えー、フローラちゃんと一緒じゃないの~」とぼやいていたが、今頃は馬車の中でクレアにこってり絞られているだろう。


 そして、殿を務めるのが私達外部組だ。

 馬を引く兵士を含めても五人なので、開いているスペースには荷物が置かれている。






 二夜明けて、行軍は極めて順調、私の[map]で確認しても近づいてくる敵影などは見当たらない。

 なので今はお喋りタイムといったところだ。


「あたしはまだ生まれて100年も経ってないけど、凄い力を持ってるんだよってママが言ってたの」


 内容は主に世界樹のことやフローラ自身について。


「つまり、フローラはこうして実体を持つ今よりずっと前に生まれて、世界樹に潜伏していた状態だったわけか」


「むー、ママも使ってたけど、あたしはその潜伏って言い方好きじゃないなー」


 精霊族は自らの子を産み落とす際、強い魔力を持つ物質やマナの力場にある場所に休眠状態で宿らせることができる。

 これにより長い年月をかけることによって、より強力な存在を後世に残すことが可能だ。

 まぁ実際にはそこまで考えて出産できる高位な精霊事態が極稀なのだが。


「限、一つ気になることがあるんだが……いいか?」


「ああ、いいぞ星夜」


「精霊族という存在はどうやって子を成す? 見た目はオレ達と変わらないが、中身は明らかに違うだろう」


 あー、そうだよな。

 確かに元の世界で精霊と言ったらなんていうか……スピリチュアルで霊体的なイメージだもんな。

 幽霊が子供作る言うてるようなものだしそりゃ疑問に思うのもわからんでもない。


「ぶっちゃけると精霊族の繁殖方法は私達とそう変わらない。ただ他種族と違う点は、"精霊族同士では繁殖できない"のと"自然発生する場合がある"ってとこだろうな」


 さらに付け加えるなら、精霊族を生むことができるのは精霊族のみ。

 つまり女性の精霊族だけだ。

 精霊族が子を授かる場合、他種族の子種でなければならない。

 同種族ではその霊的な体質故に、その種子をエネルギーとして体内に吸収してしまうのだ。

 もう一つ余談として、精霊族は自らの体内に子を宿した際にその遺伝情報を元に子の種族を選ぶこともできる。


「と、いうわけだ」


「なんというか……オレにはまるで想像できない世界だな。改めてここがファンタジーな世界だと痛感させられた」


 まぁこの知識は前世の時代でも理解している者は数百人に一人と言った程度だったからな、今の世の中だと……一握りのエルフが知ってるかどうかってとこかね。


「ほえ~、精霊族ってそうなんだ~。あたし全然知らなかったよ~」


「いや、お前がどう生まれたかぐらいわかってろよ。仮にも百年以上は生きてるんだから。精霊神からはそういう話は聞かないのか?」


「だってママってば「フローラにはまだ早い」っていっつもはぐらかすんだもん。……でも代わりに色んな町の女の子とそういった話題になることもあるから性の知識はあるよ……にしし」


 とんだ不良娘だな。

 しかし精霊神の考えがわからんな、いかに精霊族といっても別にそういった知識を教えないなんてことはないからな。

 ただ単に過保護なだけか?


「しかし家族か……。オレは普通の家庭を知らないから、そういったものには少々憧れがあるな。何時かは定住して子供を設けて……ああ、勿論ミーコも家族の一員として迎え入れてな」


「あ……あ……せやさま……そ、それ……て!?」


「ああ済まない、ミーコには少し難しい話だったか」


「も~、星夜ったらそんなこと言っちゃって~! 本当はミーコちゃんともチュッチュしたいとか思ってるんでしょ、きゃー!」


 どうやらフローラはなかなかに耳年増な性格なようだ。

 独自でそういった知識を得たとか言ってるがちょっと歪んでる気もする……。


「アホを言うな、ミーコの歳を考えろ」


「え? だってミーコちゃんは星夜よりも数歳上だよ?」


「は?」


 うむ、私はなんとな~くそんな気はしてた。

 ドワーフ族ってどいつもこいつも大人も子供もさして見た目が変わらんからな。

 星夜が子供扱いしてるから私は深く突っ込まないで置いたのだが……。


「本当なのかミーコ?」


 星夜の問いにミーコは小さくコクリと頷く。


「ごめ……なさ。だまて……て。うまく……はなせな……かた」


 どうやら二人が出会った時には今まで以上に会話をする事が難しく、ナァナァとしている内に言う機会がなくなってしまったと。


「まぁ……オレは別にそのことに対しては怒る気はまったくないが。むしろ今まで失礼な扱いをして悪かったというか……」


「わたし……気にし……なです。むしろ……同じ……ほがいい」


 どうやらミーコもあまり気にしてないようだ。

 てか本当に今更って感じだしな。

 ま、二人も数年間付き合ってきたのだから今更対応を変えたところで違和感しなかないだろう。


「ほらほら、ミーコちゃんも「私は全然気にしてません。むしろ今までと同じ方が星夜様と親密な関係っぽくて好きです」って言ってるんだから」


「ふ、フロラ……さん!?」


 フローラの曲解に耳まで真っ赤になるミーコ。


「おいフローラ、変なことを言ってミーコを困らせるな」


「ん? だって別に嘘は言ってないよ」


 ……フローラはどうやら別に冗談や悪気があって話してるわけではなさそうだ。

 しかしミーコの会話は普通に聞いていれば途切れ途切れで単語も上手く発音できているわけではない。

 となると別の手段……。


「まさかフローラはミーコの言ってる事……いや思ってる事が理解できるのか?」


「うんそうだよ。こうして触ってるとねー、マナ……っていうか魔力が流れ込んできてその人の考えがわかるんだー」


 やはりな、言葉を理解できないなら別のもので理解すればいい。

 フローラはかなり力のある精霊のようだから、そのぐらいの力はあっても不思議だとは思わない。


「人の考えを……そんな事が可能なのか?」


「魔術を使えば意思で通話することも可能だから、理論としてはできないことはないな」


 私も以前ドラゴスと『魔力念話テレパス』を使い念話をしていたことがあっただろう? 要はそれの一方通行版と考えればいい。


「あたしは生まれた時からできるんだよ。人によって聞こえづらかったりもするんだけど、ミーコちゃんは凄い勢いで意思が伝わってくるからわかりやすいの。本当は話したいことこんなにあるんだねー」


「あわわ……」


 その辺にしといてあげて、ミーコのライフはもうゼロよ。


「あとね、ミーコちゃんの本名は……ミーコゥリアスウルガ・ルドレイク・リ・アネスウリア・ランドロックだって。しかもドワーフ族亡国のお姫様だったんだー」


「あう……あう……」


 つまり、戦いに敗れた亡国のドワーフの姫がそのショックにより上手く声を発せられなくなり、奴隷として安価で売られていたと……。

 てかそれを引き当てる星夜の主人公力凄ぇな……。


「あまりミーコをいじめるな。今の自国の話も本当は思い出したくなかっただろうに。済まないミーコ」


「あ……いえ……じじつ……です」


 だが恥ずかしがっていても、少しでも星夜に自分の事をわかってもらえた事が嬉しいのか、表情がなんとなく嬉しそうだ。


「ワウワウン(しっかし、前から思ってたっすけど精霊族って変な奴らっすよね。ふわふわしてたり変な言葉使ったり)」


 こいつは……自分が今や変身可能なビックリドッキリ生物であることを棚に上げてよくそんなことが言えるな。


「犬、お前人のこと言えないからな」


「ワウ?(へ、なんでっすか?)」


 ふむ、丁度いい機会だからここらで説明しとくか。


「お前の『戦闘形態ブレイブフォーム』、あの状態の時自分の身に何が起きているかわかっているか?」


「ワウ?(え、こういうのって口で説明できるんすか?)」


「なんでも不思議チートぱわーとか言って説明を省けると思うなよ。体積の変化とか完全に質量保存の法則を無視してるだろ」


「ワウ(それもそっすね)」


 まぁそんな日本の現代科学で説明できない部分を魔術や魔力といった向こうでは理解の及ばない力で補正するのがファンタジーってものだがな。


「ちなみに犬の『戦闘形態ブレイブフォーム』はその体自体を魔力に変換、バラバラにしてから周囲のマナを集めて合成、再構築してる。つまり、あの状態の犬は実は精霊族に近いと言ってもいい」


「ワウウ(あの……なんか嫌な単語が聞こえたんすけど、バラバラとか)」


 体質を変化させるなら仕方のないことだな。

 昔は肉体の魔力変換から他の魔力と合成して自らの身体の性質を変化させる実験もやった。

 似たような実験を行う奴もおり、完全に人間をやめてるという輩も何人かいたのも覚えてる。


「しかし、なんというか……ここには不思議な奴らが多いな」


 確かに星夜の言う通りかもな。

 この世界の前世持ちの異世界人、変身ビックリ犬、エージェントの訓練を受けた異世界人、亡国の姫で奴隷の喋る事が不自由なドワーフの少女、精霊神の娘でちょっとお馬鹿な精霊族。

 こうしてみると濃いメンツだなーってのがよくわかる。


「でも楽しいよね、こういうの。なんていうか……家族が増えたみたい!」


 まったく、これから魔物の大群と戦いに行くというのに呑気なもんだ。

 でも家族ね……そう言われるとなんだか前世を思い出す。

 あの時も私は集った仲間を家族のように感じ、そして共に戦い抜いた。


「フローラは……家族はその精霊神という母以外にはいないのか? 父親は?」


「わかんない。あたしは生まれた時からパパを知らないの、いるかどうかも知らない。ママもいつもはぐらかすし。もしかしたらもういないかも……」


 先程説明したように、精霊族は子を成す場合単一では行えない。

 別の種族の父親となる存在が必要だ。


 こうしてフローラが存在する以上、精霊神は精霊族以外の男性と……まぁそういう行為を行ったはずだ。

 だが力を得るために潜伏していたフローラはその期間も長い、100年や200年ではすまないだろう。

 ただでさえ生きる期間が長い精霊族に付き合える種族などほとんどいない……つまりフローラの父親は。


「すまないフローラ……」


「もう、なんで星夜が謝るの。それにあたし諦めてないもん。いつかママとパパと、町で見かけるような明るい笑顔に包まれた家族と一緒に過ごすの!」


 家族か、私もこの世界に飛ばされてはや数ヶ月。

 今頃日本では捜索願とか出されているのだろうか……。


「家族……か。オレは会うことももう諦めていたな……」


「どうして? もう元の世界に帰れないから?」


「違う、地球にいた頃ですらオレは家族というものを考えないようにしてた。この世界に来る直前までは」


 そういえば、星夜は生まれてすぐに母親と引き離されたんだったか。


「オレはもう戻るつもりはない。だが、時々考えることはある……。もしオレが普通のどこにでもいるような人間だったら、父と母と……穏やかに過ごせたのかもしれないと」


「そうなんだ……。えへへ、なんだか星夜とあたしって似てるね」


「そうかぁ? どう考えてもフローラの方が圧倒的にアh……」


「ゲンちゃんうっさい」


ビュオ!


「うおう!?」


 いきなりフローラの指先から風が吹き出し私の体が後ろに吹き飛ぶ。

 簡単な予備動作もいらない魔術だ。


「あぶな! 後ろの荷物に当たったらどうすんだよ!」


 しかし流石は精霊神の娘、その魔力も桁違いだ。

 今のもそこまで意識せずに放ったものだろうし、磨けば光るのはお墨付きってとこか。


「あまり広くないのだから暴れるな」


「ごめんごめん。それよりさ星夜、ものは相談なんだけど……よかったら星夜に宿って……」


ガタンッ!


「うお!?」


 何だ? 馬車が急に止まったぞ。

 急いで外を確認すると、前の馬車に乗っていたメレスがこちらに向かってくる。


「どうかしたのか?」


「ええ、どうやら以前通り過ぎた砦において強力な魔物を数匹撃ち逃してしまい、それに続くように小型の魔物も数百匹ほど」


 マズい事態だな、砦を越えれば向かう先はグレーデンに直行。

 万一逸れたとしても他の村へ被害が及ぶ可能性は高い。


「それを聞いたケント殿は一人でも助けに行くと言っておられるのですが……彼は今回の作戦の要です」


 確かに中心不在で作戦開始は現場の志気にも関わる。

 だったら……。


「よし、ここは私が行こう」


「一人で大丈夫か限?」


「なに、撃ち漏らし程度ならパパっと処理してくるさ」


 星夜がオレも付いていこうかと乗り出してくるが、最前線の戦力をこれ以上削るわけにもいかない。


「それに私ならば馬を使わずとも……犬」


「ワウ、『ワウン』!(待ってましたっす、『戦闘形態ブレイブフォーム』!)」


 犬の速力と私の戦力を考えればこの状況に一番適しているのは私以外にはケントぐらいだ。

 だがケントを出すわけにはいかないので私が出るしかない。


「てなわけでこちらは任せてくれ」


「ありがとうございます、魔導師殿」


「星夜、荷物は馬車に置いていくから誰も触らないよう置いておいてくれ」


「ああ、わかった」


 私は犬にまたがり来た道をまっすぐ戻りだす。

 最前線まであと少しってとこだったのにここで私がUターン……。

 どうもタイミングよく戦力が分断されている気がしなくもない……が、そんなことをぼやいてる暇はない。


「さあ、全速力で飛ばせ犬!」


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