47話 敗北


 私は嫌な予感がしてすぐさま声がした方向を向く。

 そこには、自分の兵がやられているというのにまるで勝ち誇ったかのようにニヤニヤと笑みを浮かべている。

 その隣にはあの不気味な子供が……いなかった。


「っていない!?」


 あ、あれ? さっき確かにあの辺から声が聞こえたと思ったのに?


「あはは! どこ見てんの? こっちこっち」


 私が慌てているといきなり頭上から声をかけられた……頭上!?

 上を見ると確かに奴はそこにいた、ふわふわと浮かぶ水の球体の上に乗って。


「いやー、面白かったよ。最初はこの戦力差だったしすぐ終わっちゃうと思ったのに、まさか二人共魔導師だったなんて驚きだよ。すごいね君達」


 賞賛の言葉と共にパチパチと拍手をする子供。

 その間にも奴の周りにはポコポコと音を立てながら小さな水の球体は増えていった。

 さらに、先程までは感じなかった強い魔力まで漂わせてきているときたもんだ。

 マジで何者なんだコイツは?


「ふんっ、ガキの癖に上から目線かよ。どうやら魔導師のようだが……叩き落してやる! 『烈風拳ウィンドストライク』」


「はぁ、これだから見かけで人を判断する奴は……。『水の掌アクアハンド』」


 奴が術を唱えると空中に浮かんでいた大小様々な水球が集まって一つの手を形成した。

 レイの『烈風拳ウィンドストライク』はその手に阻まれてしまって奴には届かない。


「ふふ、弱い弱い。これがキミの全力?」


 いや、レイにしてはいつもより随分と威力が低かった気がする。

 子供だから手加減したのか? だがレイの表情からはそんな気配は一切感じられない、いつも通りのイラッとした表情だ。


「クソッ! あんなションベン臭そうなボウズに俺の魔術が止められただと!」


「あ、今の言葉傷つくなー。やっぱり見かけで判断してる。ボクは女の子なんだよ、ボウズじゃない。ま、この姿じゃそう思うのも無理ないか。そこの領主の趣味に合わせてたんだけどあんまり好きじゃないんだよね。そろそ戻ろっと」


 なるほど、領主はショタホモ好きか……ってそんなこと考えてる場合ではなく。

 今奴はなんて言った?

 そろそろ戻る? つまり変装、いや変身していた?

 まさか奴は!


「変身解除ー!」


「おわっ!」


「なんだ!?」


 突然幼女が光に包まれたかと思うと、先程までの美少年のような姿とはまったく違う姿が!

 光が収まるとそこにはあどけなさが残る少女の顔にまるで○学生のような小さな体、真っ赤な瞳にサラリとした水色の髪、そしてその頭から生えているのは角!? それに小さいながらもパタパタと動く蝙蝠のような羽に尻尾までついている!

 そして……注目すべきは、あの貧相な胸! あの体系にこれでもかと言う位ベストマッチしたツルペタな胸だ

 露出が結構多い服になったにも関わらずその存在をまったく主張しないその貧乳!

 まな板にしようぜ! かなりまな板だよコr……。


ヒュゴ!!


「ごふぅ!?」


 いきなり水の拳が飛んできて私のボディにクリティカルヒット。

 な、なぜ……。


「そこのキミ、なんかものすごーーーーーく失礼なこと考えてる気がした」


 グフッ、油断したぜ……。

 あと言っておくが私はツルペタでも全然オッケーだ。


 しかしあれが奴の真の姿、結局は幼女のままか……ではなく。

 あの角に羽に尻尾……前世ではあんな種族はいなかったはず。

 それにあの変身、奴は光を出して誤魔化していたが若干見えたあの変身は結構最近見たことがある。

 そう、アリスティウスだ。

 こうなってくるともう必然的に答えは出ていた。


「新魔族か」


「おっ、あったり~! よくわかったね。ボクの名前はリヴィアサン。七皇凶魔"嫉妬"の地位にいるの……って言ってもキミ達にはわからないか。とにかく、リヴィちゃんって気軽に呼んでね!」


 ナンテコッタイ!

 レイの復讐先の相手を見つけたと思ったらそこは領主の館でその領主は違法奴隷商人達を裏で操っていてさらに『エルフ族狩り』なんて物騒な計画を立てながら新魔族……しかも七皇凶魔とも繋がっていた!?


 あー、もう情報が多すぎる。

 とにかく今ヤバイのは私達の目の前にいるこの幼女だ。

 先程よりも更に強い魔力を放ってやがる。

 まさか七皇凶魔だとは思いもよらなかった、今の私達で対抗するにはいささか無理がある。


 まだ魔力も全然戻っていないし、ケルケイオンのブーストを使うか?

 って待て! 

 ッ! しまった! まさか先程のレイの魔術が弱かった原因は……!


「新魔族、まさか本当にいるなんてな。だが俺には関係ない、押し通るのみ!」


 いかん! レイにこれ以上魔術を使わせたら!


「『烈風…… ぐぅあぁぁ!?」


 クソッ! 間に合えよ!


「ケルケイオン魔力授与モード! 私の魔力をレイに分け与えろ!」


「ぐっ、はぁ! はぁ……はぁ。一体……何が!?」


 よかった、どうやら間に合ったみたいだ。


「あらま、あのまま死んじゃうかと思ったのに。キミ面白いことできるんだね」


 リヴィはまるで面白いおもちゃでも見つけたかのように笑っている。

 完全に遊ばれているな。


「クッ! 貴様、俺の体に一体何をした!」


「レイ、落ち着け。確かに奴は罠を張っていたがトリガーを引いてしまったのはお前自身だ」


「罠だと」


 そう、罠。

 迂闊だった、もっと早く気づくべきだったのに。

 リヴィの隠蔽の仕方が巧妙すぎるせいなのかもしれない。


「ふーん、その口振りからするともう気づいてるみたいだね……この結界に。でも、もう遅いよね?」


「残念だがそうみたいだな」


 悔しいが完敗だ。

 今私達が何をしようとこの結界内では焼け石に水といったところだろう。


「何を言っている!? 俺達はまだ戦えるだろう。例え新魔族だろうがさっきのをもう一度やれば……」


「はぁ、あっちの彼と違ってそっちのエルフ君は本当に馬鹿だね」


「なにっ!」


「彼はボクが屋敷全体に張り巡らせた結界の効力とボクの力量をちゃんと理解した上で勝てないと悟ったんだよ」


 その通りだ、この状況では私達の敗北は確実だ。

 せめて魔力さえあれば。


「レイ、奴の言うように今の私達では勝てない……今はな」


 含みのある私の言葉にリヴィの顔がピクッと少し反応した。


「やっぱりキミ、面白いね。でももう時間かな、もっと遊びたかったけどね。あんまり大勢の人にこの姿を見られたくないんだよね」


 そう言うとリヴィの乗る水球がスッーっと登って行き屋敷の二階付近に到着する。

 それと同時にこの場所へと走ってくる大量の足音が響いてきた。

 大勢の人……そうか、もうそんなに時間が経っていたのか。


「こっちだ!」

「見つけたぞ、大人しくしろ賊共め!」


 扉を開け何人もの兵士や戦士風の男達が入ってくる。

 多分私達の侵入がバレた時に領主が街の外にいた奴らを呼び寄せたんだろう。

 あの戦士風な奴ら、多分あれが戦討ギルドに所属してる者達なんだろう、皆同じマークついてるし。


「チッ! 次から次へと」


「領主様から「賊共は殺さずに捕えろ」とのご命令だ。だが容赦はするな、皆かかれ!」


 なるほど、奴らは私達を捕えるつもりなのか。

 ならここはあまり抵抗せずにおとなしく…。


「レイ、ここは」


「全員吹き飛ばしてやる『烈風……」


 って聞いちゃいねぇ!

 とっさにレイの腕を掴み魔術の発動を止める。


「おい! 何をする!?」


「まぁ待て。まずは私の話を……」


「「「うぉおおおおおおおお!!!」」」


 レイを説得しようとするも時すでに遅く、突撃してきた兵士達になすすべもなくやられていった。

 色々と保険は掛けておくが、痛いだろうなぁこれ。

 顔を殴られ、腹を蹴られ、私達の意識はそのまま沈んでいった……。



-----



「ぐっ! ここは?」


 気がつくと私とレイは真っ暗な牢屋のような場所に閉じ込められていた。


「それにしても、いてて……あの野郎ども、マジで容赦なくやりやがって」


 体を動かすと節々が悲鳴を上げる。

 ちゃんと診てみないとわからないが骨も何本かイッてるなこりゃ……。


「ぐうっ、ガハッ! ここは一体……」


 どうやらレイも気がついたみたいだな。

 向こうも酷い有様だ、暗くてよくわからないが立つこともできないみたいだ。


「無理をするな。待ってろ、応急処置ぐらいならできる。『再生治癒ヒーリング』」


 『再生治癒ヒーリング』で少しだが回復を行う。

 これで全快には程遠いが跳ねたり走ったりはできるはずだ、凄く痛いけど。


 それからしばしの沈黙。

 先に話し出したのはレイの方からだった。


「なぜ、あの時邪魔をした」


 まぁそうくるわな。


「お前を守る為だ、あのまま魔術を使おうとしていればお前は死んでいた」


「俺が死ぬ? なぜだ」


「レイ、あの時魔術を発動しようとしたときに苦しくなったのを覚えているか」


 レイが『烈風拳ウィンドストライク』を放とうとした時に急に苦しみだしたあれだ。


「ああ覚えている、まるで命を吸われているような。あれが奴の力なのか?」


「半分正解で半分外れだ。確かに要因は奴の結界魔術によるものだ。だが、あの症状の原因は条件さえ揃えば誰にでも起こりうる自然な現象だ」


「どういう……ことだ?」


「先に答だけ教えておく。先程の症状はただの魔力不足、そして奴が使っていた結界魔術は《結界内のマナを魔力に変換できなくする》という特性を持っていた」


 前に私が『火柱フレイムピラー』を暴走させた時があっただろう、あれと原理は同じだ。

 え? いつのことだよ! だって?

 そんな君は一章の始めから見直そう。


「魔力不足? マナの変換? どういうことだ、魔力は自然に回復していくもの、マナは魔力に反応して魔術を生み出す自然のエネルギーだろ?」


 なんだそりゃ?

 いや、ある意味間違ってはいない……か?

 だが、まさか今の時代ではマナや魔力の理解までもここまで雑な認識だとなぁ。


「仕方ない、一から教えてやるとするか……」


 楽しいムゲン君の魔術教室の時間ダヨー。

 わーパチパチ……とグダグダやってる余裕はないので要点だけまとめよう。


 私達が魔術を使うために必要な魔力。

 それらは全て元々この世界から溢れ出るマナだ。

 世界中に無尽蔵に生まれてくるマナは最初は世界に縛られている状態であり私達が干渉できることはまずない。

 だが次々に生まれてくるマナのせいで先に生まれたマナは押し出されてしまう。

 行き場を失ったマナは新たな宿を探して彷徨う。

 そのマナが私達の中に勝手に入ってきてその人の体に合った性質に変化する、これが私達が普段使用している魔力なのだ。


 さらに、行き場を失ったマナはなにも人の魔力になるだけではない……のだがこれは話が脱線するのでまた今度だな。


 さて本番だ。

 この世界の魔術とは組んだ術式を世界中に漂うマナに干渉させ自分のものにすることで発現するものだ。

 まず術式をマナに読み込ませる、だがこれだけでは魔術は発動しない、これで発動待機状態と言ったところだな。

 術式に干渉したマナは与えられた情報源から魔力を得ることではじめてこの世界に形を持って現れる。

 だが、術式に干渉させたとしても魔力がなかったら?

 人は魔力が0になっても死ぬことはない。

 だがマナは情報が与えられた状態からどうしてもその情報源からエネルギーを取り込もうとして体の中に入ってくる。

 そして、その魔力の代わりになるもの……人間の生命力に干渉し始める。

 やがて術者の肉体には合わないマナが毒となり、結果身体を蝕まれ、意識を失うか最悪死に至る。


「魔力がない状態で魔術を使おうとすればマナが人の毒になる。つまり結界魔術によってマナから魔力を補充できていなかったせいで俺はあの状態になったのか」


「そういうことだ」


 こうしてみると魔力を連続して使うと命が危ないんじゃね? とか思うだろう。

 だが普通ならそんなことはない、魔力は常に補充され続けているのだ。

 通常なら魔力がすっからかんで術式を組んでもマナは少しだけ回復されている魔力を取り込んで終わる。

 取り込む量が少なすぎるので魔術は発動せず不発で終わりってとこだな。


「今回は状況が悪かった、あちらは結界魔術を考慮して多人数で大きな魔術を発動していた。その後反撃されても新魔族、リヴィが控えているから自分達の勝利は揺るぎないものだったんだろう」


 そこを考えずレイに大技を使わせたのはマズかった。

 おかげでレイの魔力はすっからかん、私もほとんど残っていない。


「しかし、今だ魔力が回復しないとこをみると結界はこの屋敷全体を覆っているみたいだな」


 それなのに気付かなかったのはリヴィの隠し方が巧妙すぎたせいだろう、流石は七皇凶魔といったところか。


「くそっ! 俺は、やはり弱いのか! 奴らへの復讐も果たせず、こんなところでまた同胞が狩られるのを待っていなければならないのか!」


 ドンッ! とレイは床を殴りつける。

 まったく、本当にレイは怒ってばっかだな、ボロボロの体でそんなことしたら痛いだろうに……。


「レイ、怒るのはそれぐらいにしておけ」


「ッ! これで怒らずにいられるか! はっ、貴様にはわからないだろうさ、異世界人のお前には何の抵抗もできずに仲間がやられていく気持ちなんて……」


 そのまま怒りの表情で私に掴みかかってくる。

 そうだよな、平和な日本で育った15歳の子供にそんなことわかるわけ……あるんだなこれが。


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