38話 風の噂


 私が異世界人ということを打ち明けてから数日、特に問題もなく私達は新アジトを目指して東領へと足を踏み入れていた。

 今は領に入ってすぐの町で盗品の換金や物資の調達中だ。


「今日は一日この町で物資の調達をしてから宿で休むわ。明日には新しいアジトに着いて大掃除、それからが仕事の本番だからね」


 つまりは今日は一日中お買いものだ。

 第三大陸ではこうやって町を周る機会もなかったし、第二大陸に着いてからは金欠でそれどころじゃなかったから新鮮だな。


「わーい! お買い物お買い物!」


「はしゃぎすぎて転ぶなよー」


 現在私は最近お馴染みの三人と一緒に行動中だ。

 私達が買うものは特に決まっていない、食品や衣類なんかは女性が担当してるし、武器なんかは男共が調達する。

 だから私達はその他の必要かもしれないものの調達だ、変なものを買ってもこちらにはお頭であるサティがいるから誰も文句はいえない。

 まぁ買うかどうかは最終的にリアが決めるんだがな。


「ふむ、小さい町だがいろんな店があるんだな」


 雑貨屋に洋服店、お菓子屋なんてのもあるな、ミミも目を輝かせながら店を見ている。


「よーし二人共、今日はなんか好きなもの一つなんでも買ってやる! ちょっと遅い入団祝いだ」


 なんだか私も子供扱いされてるみたいな感じだな……いや見た目はまだ子供なんだろうけど。

 でも私はいつかはここを出る、それなのにここまで良い待遇でいいのか?

 まぁミミはすごく喜んでるし私も素直に受け取っておくか。


「サティったらまた勝手に決めて……」


「大丈夫だって、この前の収入がかなり良かったからな。他の連中にも新しく入った奴にはなんか奢ってやれって言ってあるし。だから遠慮しなくていいぞ」


「やったー! サティお姉ちゃん大好きー!」


 勢い良くサティに抱きつくミミ、なんていうか肝っ玉母さんと元気な娘って絵だな……ハッ! つまり私が父親か!

 い、いやー私はちょっと苦手意識持っちゃってるけどサティがその気なら仕方ないかなー!(チラッ)


「……ってあれ? 皆は」


「ワウ(あそこっす)」


「ムゲン君、置いてくよー」

「お兄ちゃん早く早くー!」


 いつの間にかサティとリアがミミの手を引いて先に歩いてしまっていた。

 なるほどね、父親はリアだったか……。


「仕方ない、私は強くて優しくてかっこいいお兄ちゃんで我慢するか」


「ワフ?(ちょっと盛りすぎじゃないっすか?)」


 うるへい! いいじゃないか盛ったって! 絶賛彼女募集中だ!






 いろんな店を物色し、現在はカフェでちょっと一休み中。

 ミミがあちこち動きまわるからそれに振り回されて結構クタクタだ。


「えへへ、かわいい……」


 ミミは先程入った雑貨屋で買ってもらったピグヌスのぬいぐるみを大事そうに抱えている。

 いきなり「お兄ちゃんが選んでくれたものがいい!」とか言うから正直焦った、子供とはいえ女性にプレゼントするものを選ぶなんて初めてだったからな。

 だが喜んでくれているようでなによりだ。


「よかったなミミ。で、ムゲンはなにか欲しいものは決まったか?」


 うーん、それなんだよな。

 私が欲しいものってなんだろうな?少し前まで食糧に飢えていたのでそれ以外に欲しいものが考えられなかった。


「どうしようか、地図は自分で買ってしまったしな……」


「そんなに難しく考えなくていいのよ。そうだ! 魔術の本なんてどう? あ、でも“龍神”に直々に教えてもらったんだからそんなの必要ないかな?」


 魔術書か……悪くはないな、魔導師ギルドへ入る前に現代の魔術を少しでも学んでおいたほうがいいかもしれない。


「いや、それでいい。さっそく向かおう、魔術書にも色々あるだろうし選ぶのに時間がかかるかもしれない。さっき寄った本屋でいいのか?」


 ん? でもさっきの本屋にはリュート村の村長の家にあったようなものしかなかった気がする。


「そういった本はあまり普通の本屋には置いてないの。魔術関係なら……ほら、あそこ」


「ん? どれどれ……『ホーリーの魔術屋さん』?」


 《いろんな魔道具売ってます!》ねぇ……。

 なんかうさんくせぇ、大丈夫なのかあんなとこで。

 あ、でも確か店で魔道具を扱うには魔導師ギルドに認められた店か魔導師自身じゃないと売っちゃいけない決まりがあったはず。

 まぁあれだけ堂々建っているんだから認められているんだろう。




カランコローン


「なんだこれは……」


 骸骨にネズミの死体や瓶に詰められた謎の液体……。

 『ホーリーの魔術屋さん』に入るとそこは別世界だった、なんていうか中二病の人が魔術にハマったらこんな感じの部屋になるんだろうなー、といった感じだ。


「外見は普通だったのになんで中身はこんなおどろおどろしいんだよ」


「フッフッフ……今宵も我が秘術に導かれ迷える子羊がやってきたか…」


「「「……」」」


 店の中を物色していると奥からフードを被った女性が姿を現した。

 その体には変な液体の入った瓶やシルバーのアクセサリみたいなものを大量につけている、おまけに手には穴あきグローブ。

 ヤバい、こいつはまさか……。


「フッ、我が姿に脅愕し声もでないようだな……。そう! 我こそは魔術の……」


「お兄ちゃんあの人なにいってるの?」


「指をさしちゃいけません。うん、ここは駄目だ、皆出よう」


 皆うんうんと頷いて店を出ようとする。


「え、あ、ちょ、ちょっと待ってください! ごめんなさいお客さん来たの久しぶりだったからちょっと調子乗っちゃっただけなんです!」


 素が出たな、まぁ店内を見るからに中二病はもとからなんだろうが。


「えーっと、それで今日は何をお求めで? この特性魔力増強エキスなんてどうですか?」


 そう言って謎の緑色の液体を差し出してくる。


「いらん、そもそもお前は魔導師なのか?」


「よくぞ聞いてくれた! 我こそはこの世界で神眼の魔導師と呼ばれるホーリー・アルカディアスとは私のこと……」


「あ、ここに魔導師ギルド公認のマークがある。えーっと《ホリィ・アルカさんの魔道具の販売を認める》って書いてあるね」


 リアが少し隠れていたマークを見つけてしまった、ということは。


「……」


 顔を真赤にしてその場に立ち尽くすホリィ。

 いや、中二ネームを名乗りたい気持ちは私にもわかるぞ。


「ちなみに魔術は使えるのか?」


「……使えません(ぼそっ)」


 もう抵抗しても無駄だと悟ったのかちょっと涙目になりながら答える。

 なんだか罪悪感が…これ以上は流石に可哀そうだから止めておくか。


「なんだ、魔術も使えないのに魔導師名乗ってんのかよ」


「うぐぅ……!」


 痛恨の一撃!

 私がやめようと思ったらサティが追い打ちをかけてしまった。

 あ、ヤバい泣きそうだ。

 ここは強引にでも話題を変えなければ!


「そ、そうだ! この店に魔術書はあるか、これだけ凝ってる店ならきっと品ぞろえもいいんだろうなぁ! 店長もかっこいいし、なぁミミ」


「うん、お姉さんかっこいい!」


「グス……そ、そうですか! そこまで言われたら出さない訳にはいきませんね!」


 ナイスフォローだミミ。

 しかし店に入っただけなのにどっと疲れたな。




「ふむ…」


 ホリィさんの持ってきてくれた魔術書を読んでみてるが、うーんどれもこれも私が使っている魔術をめんどくさくしたものばかりだな。


「あのー、店内であまり読みふけないでもらえます? 一応売り物なんで、それ以上読むなら買っていただきたいんですが……」


「おっとすまん」


 そっと魔術書を閉じる、まぁこれ以上見ても有益な情報は入ってこないだろうしな。

 しかしどうするか。


「どうだったムゲン君? 欲しいのはあった?」


 うーん、私にとってはそこまで必要なものとは言えないが、せっかくの好意を無碍にするわけにもいかないからな。


「少し待ってくれ、多くて悩んでしまう」


 せっかくだし高いのにするか? えーっとなになに『魔導師への道 上級編』か、お値段は……ちょ! 1500ルードって高!

 ちなみにミミのぬいぐるみは45ルードだ。

 その約30倍! あ、あまり高いのはよしとくか……。


「サティ、ムゲン君悩んでるみたいだからこっちの買い物先済ましちゃおう」


「ん、なんか買うもんあったっけ?」


「火おこしの魔道具全部壊れてたでしょ。いつまでもムゲン君にやらせるわけにもいかないから今買っちゃおう。ホリィさん、魔道具見せてください」


「はいはいただいまー、って……きゃ!」


ガシャン!


 奥から大きな魔道具の詰まった箱を持ってきたホリィがずっこけて中身が散らばってしまった。

 てか火おこしの魔道具だけ持ってくればよかったのに……ん?


「これは」


 私の足元に七色に光る拳大の石が転がってきた。


「あ、それは最近魔導師ギルドから送られてきたんですけど、魔力は感じるけど何しても反応しないしどんなに叩いても変形しない奇妙な石なんで処分品として送られてきたみたいです」


「ふむ……これを貰いたい、いくらだ?」


「えっ!? ご、50ルードですけど」


「ムゲン、そんなんでいいのか? 魔道具だっていろいろあるし、遠慮しないでいいんだぞ」


「いや、これでいい」


 皆「なんで?」って顔をしている。

 ま、普通ならこんなガラクタ買う奴いないだろうからな、ホリィさんも処分品がなくなってよかったといった感じだ。

 まぁ使い方も加工の仕方もわからなければ処分品だろうなこんなもの。


「ワウ?(ご主人はそれが何か知ってるんすね、なんなんすか?)」


「それは今度教えてやる。ってなわけで私の入団祝いはこれだ」


「ムゲン君がそれでいいならいいけど。じゃあ会計済ましちゃうね、火おこしの魔道具も見つかったし……あっ!」


ジャリン!


 今度はリアが金の入っている袋を落としてしまった。

 今日はよく物が散らばる日だな……てか金多! 銀貨の中にちらほら金貨が見える、こんなに持ってたのか。


「ほへぇ、お客さん達結構金持ちですねぇ。そういえば皆さんはこの辺じゃ見かけない方ですけど、旅でもしてるんですか?」


「え、ええまぁ」


 リアがちょっと焦りながら金を拾う。

 最近越してきた盗賊です! とは流石に言えないからな……。


「じゃあちょっと気をつけた方がいいですよ。実は最近この辺りの街道でいくつもの馬車が襲われたって噂があるんです」


 ひょっとしてそれは私達のことなんじゃないか。

 私はまだその仕事をしたことはないから知らんが……。


「チラッ……」


 そっとサティに目配せをするとぶんぶんと首を振っていた。


「違うのか?(ぼそぼそ)」


「ああ、アタシらはまだここらへんで活動したことはないからな(ぼそぼそ)」


 じゃあなんだ? この辺には紅の盗賊団のほかにも盗賊団がいるってことか?


「それは物取りの類なのか?」


「いや、なんでも街道の真ん中に立っていて誰彼かまわず無差別に襲ってるらしいんです。しかも襲撃者は一人らしいんですよ、そして襲撃者が現れる時には常に強い風が吹いてるとか」


 街道に一人突っ立っている、なんかどっかで聞いた……というか見たな。

 風というのも気になるな、なにかの魔術だろうか。


「南では最近話題の盗賊団がまた暴れたって言うし、世の中物騒ですよね」


 おっとそれは私達だな。

 サティも明後日の方向を向いて「何も知りませんよ~」といった感じだ……逆に怪しいぞ。


「あ! それってミミたちのこ……モゴモゴ」


「それはまずいから! あ、なんでもないから早く会計済ましちゃって~」


「は、はぁ……」


 危ない危ない……子供は正直だ、お陰で私まで怪しくなってしまった。






「お買い上げありがとうございました~」


 会計を終え『ホーリーの魔術屋さん』を後にする、買ってもらった石は鞄の中に大事にしまってある。


「さて、日も傾いてきたしそろそろ宿に行くか」


「今日は宿なのか? だが人数がすごいぞ」


 私も入れて総勢40名、これ全員宿に入らんだろ。


「ああ、だから男共は町の外で野宿だ、荷物もだいたいそっちに置いて女子供は宿だ」


「それでも多いけどね。でも少し大きめの部屋をいくつかとってあるから大丈夫よ。あ、ムゲン君もこっちだからね」


 なに! だとしたら女性達と同じ部屋でいけないことが起きてしまうんじゃ!

 おいおい急にハーレムか、私にも心の準備が……。


「ってなわけでガキの面倒は任せたぞ」


「私達も様子見に行くから」


 まぁそうですよねー。

 そうさ、私はハーレムよりも子供の世話の方がお似合いさ。

 前世でも手のかかる子供をまとめるお爺ちゃんみたいなもんだったしな……。


「わ~い、お兄ちゃんと一緒の部屋だ~」


 いや、ここに来るまでも一緒のテントで寝てたと思うんだが。

 まぁミミはこういった町の宿屋に行ったことが無いからはしゃいでるんだろうな。


 明日には新アジトか……気になる噂はあるが今日のところは忘れてゆっくり寝るとするか。

 子供達、ちゃんと寝てくれるかなぁ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る