39話 急襲の風


「ファ~……」


「デケェ欠伸だな。昨日は眠れなかったのか?」


 その通り、昨夜はよく眠れなかった。

 サティとリアが様子を見て帰った後の夜に5、6人の子供が騒ぎまくるので対応に困った困った。

 突然言い争いになったり、そこから喧嘩になったり、それが原因で泣く子がでるわで疲れた。

 子供達が全員疲れて眠るまで終始動きっぱなしだ……。


「そんなに眠いならアジトに着くまでアタシがおぶってやろうか」


「い、いや、別に歩けないほどじゃないし。ってかおぶられるような歳でもないし!」


「ワン(ご主人、顔赤いっすよ)」


 ちょっと子供の頃を思い出してしまった……あ、転生後のな。

 5歳の頃、家の外で自由に動きまわれるようになった私はマヌケなことに転んで両足を挫いてしまった。

 私は泣くことなく一人で家に帰ろうとしたが、やはり痛くて途中で座り込んでしまった。

 そんな時に姉が現れ私をおぶって帰ってくれた、あれは恥ずかしかったな、体は子供でも心は大人だったからな。

 そんな姉とサティが被ってしまってちょっと焦る。


「ま、まぁ私は大丈夫だ。魔力の調整でもやってれば目が覚めるだろ」


 少し下がってちょっと距離を置く、なんか恥ずかしいし皆から見えない所へ。

 ちなみにリアとミミは今日も後ろの方だ。


 とりあえず気を紛らすために魔力の調整を……っとそういえばあれをちゃんと確かめておくか。


「えーっと……お、あったあった」


 入団祝に『ホーリーの魔術屋さん』で買ってもらった石だ。

 初めて見た時は驚いて逆に冷静になってしまったが、今でも信じられないから驚いてる。


「ワウワウ(あ、それ買ってもらったやつっすよね。でもそれ何なんすか? 僕にはただの綺麗な石にしか見えないんすけど)」


 そうだろうな、私もこれを最初に発掘した時は同じ感想だった。

 綺麗と言っても別に宝石ではないし、凄い魔力を宿してる訳でもない。

 その上硬すぎて削れず防具として加工することも出来ないクズ鉄……だと思っていたが。


「犬よ、これは“反魔力物質アンチマジックマテリアル”という鉱石でとても貴重な物だ。小粒でも大変めずらしく、こんな大粒はもうこの世に残ってないと思っていたんだがな」


「ワウン?(反魔力ってことは、魔術を弾いちゃうってことっすか?)」


「いや、私も最初はそう思っていたが違う」


 実際この鉱石は魔術による影響を一切受け付けない。

 いや、受け付けていない訳ではない、魔力のこもったものが触れるとその部分を無害なものに変換してしまうのだ。


「ワン!(じゃあそれで防壁や鎧なんか作れば無敵じゃないっすか!)」


「だからそれは無理なんだって」


 私が考えなかったと思うか?

 問題点は大きさがまばらなこと、一般的な製法では加工ができないこと、そして圧倒的に数が少ないことだ。

 だが私は諦めることができず用途を研究し続けた、そしてこの鉱石の新事実に辿り着いたのだ。


「この鉱石は魔力を変換するだけでなく大気中のマナを集めたり、魔力の与え方によっては使用者に様々な恩恵を与えてくれる。そして加工方法もわかった、一定の力をかけ続けることで少しずつ変形、接合することが出来る」


 そしてこの鉱石の最大の利点、それは使用者に意思によりこの世のありとあらゆる 力 例えば火や水、他人の魔力でさえも自らの魔力に変換し操るこのが出来る、制限や限度はあるがな。


「ワフワフ(じゃあそれで作った武器があれば超強いんじゃ! って思ったっすけどそれっぽっちじゃやっぱ無理っすかねぇ)」


「別にこの鉱石だけで作らなければならない訳でもないだろ。それに反魔力物質アンチマジックマテリアルで製作された武器ならもう見てるだろ」


「ワウ?(え、まさか?)」


 そう、何を隠そうこの“神杖しんじょうケルケイオン”は世界中にあった反魔力物質アンチマジックマテリアルを集めて製作したものだ。

 魔力調整、マナ吸収ブーストシステム安全装置セーフモード、前回カロフに行った魔力操作もこの鉱石の力に私の魔力回路を乗せることで発動する技だった。

 その他にも機能があり、その性質上絶対に壊れることはない最強の杖だ。


「とまあこの通りこの鉱石を用いて制作された武具は強いのはケルケイオンが証明している」


「ワウ(つまりそれを使って新しい武器を作ろうってことっすね)」


「いずれな、今は設備も時間も無い」


 魔導師ギルドにでも入れればきちんとした設備があるだろうし、新武器はそれまでお預けだ。


「ワウン、ワウ?(先は長そうっすね。……あれ、ご主人、なんか前方が騒がしいっすよ)」


「本当だ、何かあったのか?」


 トラブルでも起きたんだろうか? とりあえずサティの様子を見に行こう。






「おーい、何かあったのかー?」


 石をしまいサティの元へ駆け寄る、そこにはサティと数人の団員が武器を構えて立っていた。


 魔物か! と思ったが別段そういった影は一つも見当たらない。

 代わりにいたのは……。


「人……か?」


 街道のど真ん中に人が一人立っていた、布とフードで顔を隠している、背はそんなに高くないが多分男だ。

 なんでわかるんだって? ただの感だ、これまで多くの人間を見てきたから性別くらいはなんとなくわかる。


「ムゲンか、アタシにも何が起きたか良くわかんねぇんだけど……。前方から突然突風が吹いたと思ったら目の前にあいつがいたんだ」


「一応聞くが、知り合いか?」


「あんな怪しい知り合いいるわけないだろ」


 盗賊団の中には結構怪しい格好の奴とかいるけどな。

 しかしサティの知り合いじゃないとしたら紅の盗賊団に恨みを持つ何者かか?

 いや、多分それはないだろう、東領への移動時の偽装はとても盗賊団になんて見えなかったぐらいだし。


「あいつ……なんかヤバイぜ、すごい殺気だ」


「そういえば」


 私は町でホリィから聞いた噂を思い出していた、最近このあたりの街道でいくつもの馬車が襲われた……と。

 まさか、こいつが連続襲撃事件の犯人?


「とりあえず、先手必勝でやっちまうか!」


「ちょ! ちょっと待てサティ。確かに格好は怪しいが敵かどうかはわからんだろう!」


 まずは対話を試みよう、この前の私のようにただお腹が空いてるだけで飯を分けてもらいたいだけかもしれないしな。

 私は不審者(仮)と話すために少し近づく。


「は、ハロー。えっと、言葉通じるよな? 良ければ少し話を聞かせて……」


「黙れ……」


 ひょ!? えっと、やな予感しかしないんですが……。


「卑しい人族共と話すことなど何もない! 貴様ら全員今すぐ消し去ってやる!」


 だぁー! やっぱりそんな感じなのかよー!

 てか最近これと似たシチュエーションあったぞ!


「舐めたこと言う野郎だ! ちょっと痛い目を見せてやるぜ!」

「へっ! 何処のどいつだが知らねぇが俺達に喧嘩売ったことを後悔しな」


 不審者(仮)の挑発にカチンと来たのか、前衛にいた男達が勢い良く飛び出す。

 紅の盗賊団はサティの強さのせいで他が霞んで見えるが、こいつらも結構いい動きをするなぁ。

 これでは不審者(仮)もすぐにやられて……。


 『襲撃者が現れる時には常に強い風が吹いてるとか……』


 男達が飛びかかった瞬間、私はホリィの言っていた情報を思い出した。

 そういえばさっきサティも『突然突風が吹いたと思ったら目の前にあいつがいた』って。


「……チッ! 雑魚がわらわらと、まとめて吹き飛ばしてやる!」


 ッ! 魔力反応!

 まずい、皆に『防御膜シルドローブ』を……。


「死ね! 『烈風拳ウィンドストライク』!」


 なっ、無詠唱!? いかん、こちらの魔術が間に合わない。

 風の拳は男達を蹴散らした後も勢いを失わずこちらへ向かってくる!


「クッ! ヤバ……」


グイッ!


 おおう!? 突然体が横に引っ張られる。

 ズガンという音と共に私達の後ろにあった馬車が倒れる、男達は……まだ息があるみたいだ、早く回復してやらないと。

 その前には、まず奴をどうにかしなければ!


「お前ら! 負傷した野郎共を担いで後ろに下がってな! こいつはアタシがやる! ムゲンも下がってあいつらを回復してやってくれ」


「わかった。だがあいつらの応急処置が済んだらすぐ応援に駆けつける、それまで無茶しないでくれ」


 確かにサティは強い……だが奴は魔術を使う、しかも軽い術なら無詠唱、かなりの使い手と見た。


「よし犬、リアを呼んできてくれ」


「ワウッ!(了解っす!)」


 私が応急処置を施し後の回復をリアに任せればその分早く応援に駆けつけることができる。

 耐えてくれよ、サティ……!






 そして、サティと謎の不審者(仮)との戦いが始まった。


「どうやら皆下がったみたいだね」


 ほっと胸をなでおろすサティ、この戦いに彼らはついていけないだろうと思ったからこそのとっさの判断だった。

 そして、その判断は正しかったと言える。


「女、貴様一人で俺と戦うつもりか? 怪我をしない内にさっきの奴らと逃げた方が良かったんじゃないのか」


 まぁ逃げた所で追いかけて潰すが……と挑発めいた言葉を呟きながら不審者(仮)は臨戦態勢に入る。


「あん? なんか文句あるかい。あんたなんかアタシ一人で十分なんだよ」


 挑発に挑発で返すサティ、こちらも大剣を構え臨戦態勢を整える。


「てかさ、なんでアタシらはあんたに襲われてるんだい? 確かに恨まれるようなことは結構してきたと思うけど、あんたみたいな奴はまったく記憶に無いんだけど」


「貴様らが何者なのかなど俺には関係ない、ただ人族共は潰す! それだけだ!」


 そう言い終わった後、これ以上話すことは無いといった風にサティへと飛びかかる。


「『烈風拳ウィンドストライク』!」


「ッ! またそれかい!」


 先ほどと同じ突風の拳が放たれる。

 サティはとっさに飛び退きこれを回避し大剣を大きく振りかぶる。


「今度はこっちの番だよ! くらえ、『爆炎斬』!」


「ふん、そんな大ぶりな攻撃などた易く避けられ……」


 確かにサティの攻撃は大ぶりで避けやすい、だがそれは普通の攻撃だったらの話だ。

 サティの放った『爆炎斬』の衝撃波は地を砕き火柱が敵を襲う、まともに食らえば一撃で戦闘不能だろう。


「チッ! 『空気盾エアシールド』、『風翔浮遊エアロレビテイト』!」


 不審者(仮)は衝撃波が当たる直前、空気の盾を出した後飛翔魔術により宙へと逃げ延びた。

 しかし完全に避けきることはできなかった、そのため炎が顔を蔽い隠していたフードに火が付きそれを脱ぎ捨てた。


 そこにいたのは緑色の髪にまだ幼さが若干残る顔立ち、ムゲンと同い年位であろう少年の姿があった。

 そして何よりも注目すべきはエルフ族特有の尖った耳だった。


「お前、エルフ族だったのか……」


 サティにとっては見慣れているであろうエルフ族であったが、サティはその姿に驚愕していた。

 なぜなら普通ならばエルフ達はほとんどの生涯を集落で過ごし外に出ることは滅多にない。

 それこそ奴隷にでもなっていなければ見れることはないのではないかというぐらいだ。


 実際、紅の盗賊団にはリアとミミ以外のエルフはいない、違法奴隷といってもエルフはやはり貴重な存在だからだ。


 そんな存在がなぜ人里に下りてきてこんな襲撃者まがいのことをしているのかということにサティは驚いていたのだ。


「貴様ら人族は自らの至福を肥やすため俺の同胞を襲い続けている! その昔俺の姉さんを連れ去った人族共を決して許さない! そのために俺はこの五年間死に物狂いで修業したんだ!」


「その気持ちはわからんでもないけど、こっちもはいそうですかってやられる訳にはいかないんだよ!」


「ならば死ね! 風よ……我が腕に集まりて敵を貫く矛となれ! 『竜巻突槍トルネードランス』!!」


 エルフ族の少年が回転する風の槍を構えながら空から急降下する。

 サティは大剣を盾に防御の構えをとる、だが……。


(くっ! この勢いじゃたとえ防御しても……!)


 相手の勢いは予想以上に強い、それはこの一帯に吹き荒れる風が証明していた。


(皆、ごめん……)


 サティが諦めかけたその時……。


「『岩石壁クエイクウォール』!」


「なにっ!」


「これは!」


 『竜巻突槍トルネードランス』が届くまでまさに後少しというところ、いきなり地面から岩の壁がせり上がり攻撃を防いだ。


「サティ、大丈夫か!」


 サティが振り向くと、そこには団員の応急処置を終えて応援に駆け付けたムゲンの姿があった。


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