26話 全身全霊全力全開!


 反撃開始! とは言ったものの、私がまずやるらなければならないことはリィナに掛かっている魔術の分析だ。


「そういやムゲン、前みたいに俺に強化魔術を使わねぇのか?」


「残念だがそれは出来ない。獣深化状態は言わば使用者が自分に最も適した強化を施した状態だ。その状態の魔力は限りなく利己的で他人の魔力を受け付けようとしない」


 獣深化はその昔、獣人達が魔力支配を使う強力な魔法使い達に対抗するために編み出したバトルフォーム……強力だがリスクもある。

 魔力で自分の内側にある獣の遺伝子を覚醒、その遺伝子に魔力という餌を与えることでその力が肉体に現れる、この遺伝子は内部の魔力しか受け付けず外から入ってきた魔力を弾いてしまう。


 元々自身の体内で魔力を操って戦うタイプの人間は他人の魔力の干渉を受けにくいこともあり、強化の術というのは肉弾戦に不向きな者への安全策の意味合いが強い。


「あー……よくわかんねぇな。そういやさっき電撃をモロに食らったんだが、あまり痛くないのはその体内の魔力がどうとかっつーおかげだったりすんのか?」


「いや、それはお前の獣深化の電気抵抗が強いだけだろう。干渉魔術と放出魔術ではそもそも性質が違うからな」


「よ、よくわからねぇが……とりあえずこれ以上のパワーアップは無理ってのはわかった。ってことで、仕方ねぇからこのままいくぜ!」


 カロフがフェイトへ突っ込む、まずは雑魚からすぐに倒すつもりか。

 いや、別にあの男は弱い訳ではない(とは思う)んだが……っとそんなことより解析解析。


「食らいやがれ!」


 カロフの殺人キックがフェイトに向かって放たれた!

 まともに食らったらヤバイだろ、あれ。周りの兵士の状態から察するにちょっとした大岩程度ならあっさり砕けるほどのパワーはあると見たが……。


「ヒィ! た、助けて……」


「はぁ……しょうがないわねまったく。それっ!」


「きゃ!? ま、また体が!」


 アリスティウスが手を動かすと、それに合わせて魔力の糸が動き、リィナがフェイトを守るように突撃してくるカロフの前に立ちはだかる。


「ッ……! 危ね……ぐほぉ!」


 とっさに方向を変え、なんとかリィナへの直撃は避けたが勢いは止まらず壁に激突するカロフ。

 見ていてヒヤヒヤする戦いだなまったく。しかしこれでは……。


「ウフフ、彼女の内蔵をグチャグチャにしないでよかったわね。今度はちゃんと狙わないとダメよ」


「野郎……!」


「カロフ、私の事は気にしないでいいから!」


「できるか馬鹿野郎!」


 毎回ああしてリィナを盾にされてはカロフが攻めに行くことができない。やはりまずは魔術の無力化が先決だ。


(ドラゴス、手伝ってくれ。あの女、どうも私が来てから巧妙に魔力の波動を隠しているみたいなんだ)


 悔しいが今の私では奴の隠蔽を解読できるレベルじゃない。大分調整したとはいえこの体ではまだ魔力を感じる経験が足りていないのか感じづらいのだ。


(しょうがない奴だな……やってやるからその部屋の情報を我に送れ)


(サンキュー親友)


「よし、ケルケイオン詳細魔力索敵モード! 範囲固定完了、索敵開始!」


 あの魔術の構成はなんとなくは理解できる。手を動かして操ってはいるが、肉体の動きを完全に意のままに操るのではなく、あくまで無理矢理動かしているにすぎない。

 だからその動かしている要因の糸さえどうにかできればいいんだが……。


(その糸がここからでは見えない)


 どうやら糸はアリスティウスの指から直線的にリィナに繋がっているわけではない。

 多分私が現れたことを警戒して操作法を変えたのだろう……。おそらくどこか経由地点があるはずだ、それさえ探りだせれば。


「随分と熱心に考え事をしてるのね……さっきも何かしたみたいだし、早めにあなたを潰しておいた方がよさそう」


 流石に放っておいてはくれないか。アリスティウスの矛先がこちらに向いてくる。


「雷よ敵を包み込め『電気球ボルトスフィア』」


「くそっ、索敵に集中しすぎて防御が間に合わない!」


 雷の球が迫ってくる、あれに当たれば索敵どころの話じゃない! 一度索敵を中止するか? ……いや。


「オラァ!」


 ぶつかると思った時カロフが蹴りで雷球を弾いてくれた。

 しかし魔術を蹴るとは……でもここはカロフの獣深化が雷のエネルギーに対する適正を含んでいることに感謝だな。

 本人はまるでわかっていない様子だが……。


「カロフ、助かった!」


「あんまボーっとしてんな! それよりまだなのか!? これで戦うの結構辛いんだけどよ」


「もう少し待ってくれ……あと少しで完了だ」


 この部屋がかなり広いせいで時間がかかる。私がもっとピンポイントで魔力を感知出来たら話は早いんだが……今はそれができないためにこうして部屋全体をくまなく索敵しなければならない。

 これ以上敵の攻撃が激しくなれば流石のカロフも捌ききれないかもしれん。


「さっきのは防がれたけど……これならどう? 『漆黒爪デビルスラスト』」


 今度は漆黒の爪が迫ってくる……あれは。


「へっ、しゃらくせえ! これもガードして……」


「まてカロフ! まともに受けるな。あれは切り裂いた箇所を払拭させるものの類だ」


 獣深化して肉体の強度は上がっているとしても、体内の魔力を上手く操作しきれていないカロフではあの攻撃を受けさせるわけにはいかない。


「は!? ならどうしろってんだよ!」


カチッ!


(っしゃあ! ナイスタイミング!)


 ここでやっと索敵終了だ! これをさっさとドラゴスのとこへ送って……ようやく私も攻防に参加可能だ!


「こうするのさ! 『光の壁シャイニングシールド』!」


 私の出した『光の壁シャイニングシールド』が跳びかかる爪の斬撃を受け止める。この壁には腐敗や毒物の進行を妨げる、相手の特性は効かん。

 だが相手もそのまま押し切ろうと抉るように爪を立ててくる……壁を破壊する気だな。


「おいムゲン! テメェこんなこと出来るなら最初からやれよ!」


「索敵中に他の魔術を使うと集中が途切れるんだ仕方ない……だろうが! うぐぐ……!」


(取り込み中のところだが大丈夫かインフィニティ)


 お、そうこうしている間に早速ドラゴスから応答だ。流石、我が親友は仕事が早くて助かる。


(というかさっさと情報プリーズ!)


(了解だ。リィナは今あの女が作り出した魔力媒体に繋がっている。真上でほっそい糸垂らしてるからそこを狙えばいい、ついでに詳細も送っとくぞ)


 なるほど、新しく中継地点を作り出してたのか、どおりでその辺の物体からは感じられないわけだ。だがそれさえわかればこっちのもの!

 詳細の方は……《闇属性で作られた媒体で意思はない、魔力を受けると操っている対象をその命令どおりに動かす》か。

 やはり闇属性、このうっとうしい爪も闇属性で生み出されたものだから……。


「丁度いい、まとめて吹っ飛ばさせてもらおうか!」


「魔力の感覚……! チッ、させないわ!」


 あちらもなかなかに感覚が鋭いようだ。私が新しく術式を発動させようと魔力を込めると、あちらもそれをさせまいと魔術の出力を上げてくる。

 このままでは防ぐのに精一杯で新しい魔術を発動する暇が……!


「それはこっちの台詞だぜオラァ!」


 そんな中、私の側で機会を伺っていたカロフがアリスティウスに向かって跳びかかる。


「チッ! きなさい!」


「きゃ!?」


 カロフを止めるためにリィナを引っ張りその動きを抑制する……が、その一瞬が命取りだ!

 リィナを引き寄せるためにこちらへの攻撃の勢いが一瞬だけ緩むのそ瞬間を私は見逃さなかった。


「今だ! 第二術式展開『球体束縛(スフィアロック)』! 対象指定闇属性魔力! よし、捕らえた!」


「なっ、この光は……!?」


 術式が完成すると、私の『球体束縛スフィアロック』からたちまち眩い光が放たれ辺りを包み込んでいく。

 そして徐々に光が収まっていくと、部屋の中に透明な球体に包み込まれた『漆黒爪デビルスラスト』とリィナを操っていた魔力媒体が視認できるほどハッキリと見えるようになっていた。


「うっし、成功だ! リィナ、もう自分の意思で動けるぞ」


「え、あ、ホントだ!」


 『球体束縛スフィアロック』に囚われた魔術はもはやなんの干渉も受け付けない。これで一安心といったところか。


 まぁ形勢逆転……とまではいかないだろう。アリスティウスが残っている時点でこちらの不利は変わらないのだから。

 むしろ他の奴らはやフェイトは数に数えなくても……。


「そぉい!!」


「あぎゃん!」


 って考えてる内にカロフが一瞬で倒してしまった。あわれな……。


「っしゃあ! これで残るはお前だけだぜ性悪女! オラオラどうした! 仲間を全員倒れちまって声もでねぇか!」


「カロフ、そうやってすぐ調子に乗るのはあなたの悪い癖。戦いはまだ終わってないんだから、目の前の敵に集中して」


 その通りだ、それにあの女は一人でも私達を全滅させるぐらいの力は余裕であるだろう。

 力の差は大きい……さっきまでは油断していてくれたが。


「まさか、ここまでやるとは思ってなかったわ。しょうがない……面倒だけど、少し本気で戦ってあげる!」


 ッ! これは、奴の魔力が高まった!

 今までは一人ひとりを狙った小さな魔術しか使ってこなかったアリスティウスだが、こうなればもはや容赦はない。


「マズイ! でかいのが来るぞ! リィナ、カロフ私の近くへ! ミレアも来い、早く!」


 私はとっさの判断で全員に指示し、守れるように一個に固まるが。



「闇の波動よ、全てを飲み込み死へと誘え! 『死線の黙示録の波動ダークネスオーバーロード』!」



 大きな魔力がはじけたと思った瞬間、部屋全体を飲み込もうとする闇の波動がアリスティウスから放たれる。

 触れたら命はない……これほどの術を防ぎきれるかわからんが。


「やるしかないだろう! 術式連続展開! 属性装填火、水、地、風、雷! 『五行守護陣エレメンタルセンチネル』!!」


「うお!」

「きゃあ!」

「ワウ!」


 私の装填した魔力が魔術となって地面から伸び、私達を包み込むようにして守る。

 だが……!


「あらやるじゃない、でもどこまで耐えられるかしら?」


 ぐおお、なんて威力だ! こっちは今の私の魔力でやっと連続展開できる術式まで使って限界ギリギリだってのに。


「仕方ない……ケルケイオン魔力ブーストシステムオン!」


「……あら? これは魔力……いいや、マナが集まっているのかしら? やはり異世界人というのは面白いことをするわね」


 さっきも使ったがケルケイオンのブーストシステムは辺りのマナを急速に集めて溜めておくものだ。

 無理矢理マナを体に取り込むのは体に悪いし、集めすぎると周辺のマナが枯渇して生態系に影響を及ぼすこともあるが……今は気にしてる場合じゃない。


「ぐううう!」


 くそっ! 『五行守護陣エレメンタルセンチネル』は五属性を混合し、属性魔術系の攻撃に対してその性質を変化させる防御魔術だ。

 だが奴が放った魔術は特殊魔術系、闇属性の魔術。相手の攻撃が属性魔術でない場合、ただの強固な五重の壁にしかならないのが欠点だな!


「おいムゲン! 壁にヒビが!」


 カロフの指摘通り、私の魔術もそろそろ限界で少しづつ崩壊が始まってしまったようだ。


(マズい……ヒビから少し漏れてきた!)


「なに、これ……力が抜けていくみたい」


 皆の顔色が悪い、やはりこの術……人の生命力を奪う類のものか。このままバリアが崩壊してこの波動が一気に流れ込みでもしたら……。


「駄目だ……! これ以上はもう……」


 と、思った瞬間……。


フッ……


「え?」


 突然相手の魔術が収まった、これは……。


「ふぅ、案外しぶとい奴らね……こっちの魔力放出の限界まで耐えるなんて」


 なるほど、魔術は一発一発放つよりも放出し続ける方が精神を使う。

 これにもちょっとコツがいるんだが……その点では私に一日の長があったということかな……しかし。


「あらあら、少し見ない内に皆さん随分とお疲れのご様子ね。これでだとアタシが魔術をもう一発打ったらどうなっちゃうかしら」


「まずいぞムゲン! あれをもう一発耐え切れるのか!?」


「……無理だな」


 ブーストシステムで魔力は結構戻ったが、もう一度受ければ私の体力が持たず魔術を維持できないだろう。


「奴の魔術を少し食らってしまったのが痛いな。たとえ『五行守護陣(エレメンタルセンチネル)』でもう一度受けたとしても5秒と持たない」


「そんな! それではわたくし達はもう助かりませんの!? そんなの嫌ですわ!」


「ワ、ワググ……」


「あーっと、ミレア……そんなに手に力を入れるな、犬の顔が青くなってきてるから。それに、このまま黙ってやられはしない……。皆、耳を貸してくれ」


 皆を近くに寄せ、最期の作戦を説明する。

 チャンスがあるとしたら一度切り。それを逃せば私はもう動けず全員殺されるだろう。


「本当にそんなことが出来んのかよ?」


「大丈夫よカロフ、私達には魔術の事は理解できないけど……ムゲン君を信じよう」


 リィナとカロフも私を信じてくれた。あとはもう一人……この賭けに乗ってくれるかどうか。


「さっきからこそこそと何を話しているのかしら? まぁなんでもいいけど……お互いに言いたいことだけは言っといたほうがいいわよ、それが最後の言葉になるんだからね」


 アリスティウスの魔力が高まった……くるか。大丈夫、こちらの準備もすでに整っている!


「これで終わりよ。闇の波動よ、全てを飲み込み死へと誘え! 『死線の黙示録の波動ダークネスオーバーロード』!」


「きやがった!」

「全員覚悟を決めましょう!」


 再び放たれた魔術が私達に迫る。

 まだだ! もう少し引きつける!


「もう少し!」


「きゃあああああ!」

「ワウウウウン!」


 私達の視界が奴の魔術で覆われていく。

 そして……部屋中が闇に包まれた。


「ふぅ……なんだ、拍子抜けね。最後に何か仕掛けてくると思ったけど、これじゃあもう生きてはいない。さて、最後にアタシを楽しませてくれた人達の死に顔でも拝んでおこうかしらね」


 部屋を包み込んでいた闇がゆっくりと消えていく。

 しかし、闇が消えた場所には。


「……え!? そんな、奴らがいない! 一体何処に?」


 まぁ、そうなるよな。で、私達が今どこにいるかと言うと……。


「こっちだ!」

「なっ……!?」


 私の掛け声とともに驚いた顔で振り向くアリスティウスだったが、もう遅い。

 なぜならその体はすでにカロフが突き刺した剣によって背中から貫かれていたていたのだから。


「な!? なぜ、アタシの後ろに……」


「はぁ……はぁ……貴様に教える義理は無い。ともかく、これで私達の勝利ということだ!」


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