24話 孤独な戦い
……時は少々遡り。
ムゲンが罠にハメられる少し前、玉座の間ではリィナによる今回の任務の報告が始まろうとしていた。
「ではこれより報告を……」
「いいえ、それには及びません。今回の件については大体把握していますから」
「えっ!? ど、どういうことですか姫様?」
リィナの問いかけに玉座に座る姫はクスリと笑う……すると玉座の間の辺りに異様な雰囲気が漂い始める。
「ッ! リィナ、なんかやべぇ! なんて言ったらいいのかわかんぇけど、嫌な感じだ」
「わ、私は何も感じないけど」
辺りに漂っているのは魔力……カロフがこの異常に気づけたのは魔力を操る訓練をしたおかげだった。
しかし、カロフが感じた魔力は自分が最近扱ったものよりも遥かに濃く大きいもの、だからこそカロフは震え、恐れを感じているのだ。
「あら? そこの亜人は僅かながら魔力を感じれるのね。でも、その様子じゃまだまだ初心者……アタシの魔力に押しつぶされそうになっているのがいい証拠……ふふ」
姫の口調がさっきと比べて変わっていることに気づいた二人は警戒心を高めた。
それと同時に、玉座の間の周辺に大勢の人の気配が現れる。気づいた時には……すでに二人は囲まれていた。
「これは、一体!? あなた達はアズール卿の部隊の……ど、どうして!?」
「どうして? それは自分が本当は人族主義派であり、亜人保護派にいたスパイだったからだよ!」
二人の後ろから現れたのは。先ほどムゲンを連れて行ったフェイト・アズールの姿だった。
その顔は先ほどまでの明るい好青年のそれではなく、ムゲンを叩き落とした時のようなニヤリとした悪人ヅラに代わっている。もはや演技をする必要もないということだろう。
「そんな、嘘……アズール卿が、スパイだったなんて」
リィナの落ち込みようからしてフェイト・アズールは亜人保護派にとってかなり信頼できるだったのだろう……信じられないといった顔つきで膝をつく。
「しっかりしろリィナ! くそっ、この包囲網……テメェが手配したのか? 随分手際がいいじゃねぇか、まるで俺達が無事に帰ってくることを知ってて用意していたみたいに……」
「いや、正確な帰還時期は分かりはしなかったが……まぁ、ある程度の予想はつけられたよ。とある筋からの情報でねぇ」
そう言ってフェイトはチラリと玉座の方を見る。そこには年齢にそぐわないほど妖艶な笑みを浮かべながら玉座からカロフ達を見下ろす姫……。
「それは、あの偽物っぽいお姫様となにか関係でもあるのかい?」
「ふふふ、気づいてたの? 私が偽物だって?」
「別に……そもそも俺はお姫様の顔なんて知らねぇしな。けどよ、さっきからすげぇ魔力があんたからビンビンに伝わってくるんだよ。姫さんが魔術が使えるなんて噂でも聞いたこともねぇし。これは……推測だけどよ、あんたもしかして新魔族……なんじゃねぇか?」
姫を名乗る何者かを見上げながら言い放つカロフ……だが、その頬
からは汗が垂れる。わかっているのだ、今が絶望的な状況だということが……今はただ虚勢を張ることしかできないと。
大勢の兵士に囲まれ、態絶体絶命だというのに、あの玉座に座る人物が本当に新魔族だったのなら……。
「……正解よ、アタシは七皇凶魔の一角"色欲"のアリスティウスっていうの、よろしくね。まぁ今はこんな小娘の姿してるから新魔族だとわからないけどね。あなた達が帰ってくる事はアルヴァンの魔力反応が消えたことで予想がついたわ。だからこうしてお姫様に化けて罠を張って待ってたってわけ……理解できたかしら?」
「そんな……なら本物の姫様は!?」
「あの小娘ならアタシが化けるために数日前城の地下に閉じ込めたよ。……もっとも、あの場所は出入口が崩れてもう二度と脱出することはできないけれどね」
アリスティウスのその言葉の意味を理解したリィナは青ざめた。
今、この国の王は不治の病に侵されている……王妃はすでに亡くなっているので王が死んだらこの国を継ぐのは後継者である姫ということになるだろう。
だが今ここに本物の姫はおらず、代わりに化けた新魔族……アリスティウスがいる。
そして、国の上層部には人族主義派の人間……それに亜人保護派にスパイとして潜入しているフェイトがいる……。
このままではこの国はアリスティウス……つまり新魔族達の思い通りになってしまうだろう。
そうなれば、そのまま隣国のトレス王国と戦争は避けられず、大陸中は混乱の渦に巻き込まれるのは時間の問題だ。
「しかし、まさかアルヴァンの奴が倒されるとは思ってなかったわ。でも、もしもの時に備えてあいつが死んだ時アタシに死ぬ間際の情報が流れてくるよう仕込んでおいてよかったわぁ。お陰でお前達が無事生還したことや異世界人が魔術を扱う……なんて情報も細かくアタシに伝わったんだから」
「なるほど、そんで俺達が今日帰ってくるだろうってこともわかったっつーことかよ」
「ああ、その通りさ。それに……そのお陰で我々にとっての一番の危険人物である異世界人を葬ることもできたのだからなぁ!」
「なにっ!?」
「それって……まさか!?」
ここにきて一番の驚愕が二人の心に重くのしかかる。
今やムゲンの存在は二人にとって心の支えのように重要な存在になりつつあった。そんな人間がやられたなどと聞かされたら……。
「そんな、ムゲン君……」
「疑いもせずのこのことついて来たからそのまま落とし穴に落としてやったよ。最後まで抵抗しようとしてたが……あの高さから落ちたならまず命はないだろうさ!」
「くっ……う、嘘言いやがれ! 俺は信じないぜ! あいつがその程度でくたばるとも思えねぇしよぉ!」
自分に言い聞かせるように大声で否定するカロフだが、その体は小刻みに震えていた。
「まぁ、たとえその異世界人が生きていようとここへは来れないでしょうね。さて、こうしてお喋りするのも飽きましたし……そろそろあなた達には消えてもらうことにしましょうか」
今まで静観していたアリスティウスが立ち上がり、二人に向け手をかざす。
その瞬間辺りの嫌な空気がより一層重くなったのをカロフは感じる。……そう、今まで隠されていたアリスティウスの魔力が解き放たれようとしているのだ。
「けれど、ただ殺すのではつまらないし……。そうね、あなた達二人には……それ相応の死に方を用意して差し上げましょう!」
その瞬間、この場の誰もが圧倒される凄まじい魔力が解放された!
「ッ! マズイ、何か来る! リィナ、避け……」
「遅いわ、『
「なっ!? 無詠唱魔術なのかよ!」
アリスティウスが魔術を使うと二人の体がピクリとも動かなくなる。手や足を動かそうと力を入れようとも、何か見えない力に抑えられるかのように動くこともできなかった。
「なに……これ! 体の自由が……!?」
「くそっ、こりゃ糸か!? 体絡まってまったく動かせねぇ」
「え!? 糸って……」
カロフは自分とリィナの体に薄い糸のようなものが絡まっているのが見えていた。
その糸はアリスティウスの手の指先から伸びている。おそらく魔力で相手を縛り、思いのままに操る術なのだろうが、魔力を感じることもできない人間には何が起きているのかわけもわからないだろう。
(チクショウ! 体が勝手に……そうだ! 確かこういった時の対処法をムゲンと練習してたじゃねぇか!)
肉体や精神に干渉してくる闇の魔術、それに対処するためにムゲンはカロフに魔力の使い方を教えていたのを思い出す。
カロフは自分の魔力を操り絡み付いている魔力糸をはずそうと試みる……が。
「うぐぐぐぐ……だあっー! なんでだ、ぜんっぜん切れねぇ!?」
「アハハ! アタシの魔力糸があんたのちっぽけな魔力で切れるとでも思ったのかしら?」
確かにカロフの対処法は間違ってはいなかったのだろう。もしこれが龍の山で出会ったアルヴァン程度の魔力ならば強引にでも振り切れていたかもしれない。
だが、アリスティウスの魔力はあまりにも大きかったのだ……。
「さて、余興はここからよ……」
「んなっ! か、体が勝手に!?」
アリスティウスが手を動かすと、それに従うかのようにカロフが腰から剣を抜く。
そして、その体はゆっくりとリィナの方へと向き……。
「まさか……てめぇ!」
「そう、あなたがその子を殺すのよ。その後にあなたも殺してあげるわ。騎士隊長を殺した罪で処刑されるの……あなたの父親のように……ね」
「えっ? それ……って」
「なん……だと。まさか……まさか……!」
その言葉を聞いた二人は龍の山でアルヴァンから聞かされた話を思い出していた。
そして理解してしまったのだ……自分達の父親は新魔族達にハメられ操られた。その結果が、あの惨劇だったのだと。
「けどこれも運命かしら? あの時アタシ達の存在に気付いて歯向かってきた二人の子供が成長して、同じようにまた歯向かって来るなんて。しかも、親と同じ末路を迎えるなんてとても滑稽じゃない……アハハ!」
(こいつが、今俺の目の前にいるこの女がっ! 俺達の幸せを奪った張本人!)
真実を知ったカロフの感情はフツフツと怒りが湧き上がっていく。
しかし、気持ちとは逆に体はリィナの目の前まで進んでいく。そしてゆっくりと剣を振り上げ、確実にその胸を捉えようとしていた。
「俺は、俺はまた何もできねぇのかよ! やっと立ち直れたってのに……リィナと前を向いて歩いて行こうって決めたのに! やっぱり俺は何もできない役立たずなのかよ!」
「カロフ……そんなこと無い! だって、私はいつだってカロフがいたから頑張れた! 昔一人で泣いていた私を慰めてくれた時からずっと。離れ離れになった時だってカロフのことを思えば頑張れたから……」
「リィナ……」
こんな状況だというのに……いや、もしかしたらこんな絶望的な状況だからこそ、最後かもしれないからこそ胸に秘めた想いを何一つ偽らずに打ち明けられるのかもしれない。
だが、そんな想いとは裏腹に残酷な瞬間は近づいていくる。
「はいはい、泣ける寸劇をどうもありがとうね。でも残念、あなた達の恋愛物語もここで終了よ」
そう言いながら再び手を動かし始めると、その先にいるカロフの体がカクカクと震え始める。
(嫌だ、絶対にこの手を下ろしたくねぇ! どうすれば……俺はどうすればいいんだ! 俺ごときの拙い魔力操作じゃこの糸を切れない。せめてあの時の……『
カチッ!
その想いが極限に達した瞬間、それはカロフの心の奥から自分だけに聞こえる音で響いてきた。
(なんだ? 今の感覚。体が熱くなってきて……これは、あの時の!)
「……何この感覚? 亜人の子の魔力がおかしく……! そんな、これじゃあ制御が!?」
「ぐおお……これは、俺自身も制御できねぇ! だけど、これは! う、うがあああああ!!」
「カロフ!」
カロフの体から魔力が放出される、それは以前ムゲンが無理やり魔力を操作したのと同じ感覚。
さらに放出時の風圧で囲んでいた数人の兵士が吹き飛ばされる。
「な、なんだ、何が起きている!? た、体制を立て直せ! 状況を確認するんだ早くしろ!」
突然の事態に困惑するフェイト。驚いた兵士達も体制を立て直そうとする……だが。
「ガァ……!」
ヒュドゥ……!
「い、いったいなに!? ぐわあああああ!?」
煙の中から風を切る音がしたと感じた瞬間、兵士の一人が突然吹き飛ぶ。その兵士は胸の鎧が粉々に砕け、ひび割れた壁に背に血を吐いて倒れていた。
そして先程まで兵士が立っていた場所には、血走った目をした人型の獣の姿が煙の中から見えている。
「ガアアアアア!!」
その獣は一人、また一人と兵士を薙ぎ払っていく。その姿はまさに猛り狂う獣のよう。
「あれはカロフ? まさか、もしかしてアレが本来の『獣深化』なの!?」
「ひいい、なんなんだあのバケモノは!? 自分はこんなこと聞いてないぞ!」
「うろたえるな。あれは……なるほど、魔力で肉体の中の獣の割合を上げたってところね。でもどうやって……アタシに操られている彼の魔力じゃそんなことは不可能なはずなのに」
カロフが暴れる中、冷静に分析を始めるアリスティウス。
だがカロフはアリスティウスに狙いを定め物凄い勢いで飛び出していく。
たとえ我を失っていようとその本能が覚えているのだろう。あれこそが自分の"敵"なのだと。
「ガア!」
「威勢のいい子は嫌いじゃないけど……ちょっとおいたがすぎるわね! 雷よ刃向かう者を拘束せよ『
「ガ、グ、ウウ……!」
「くっ、正気に戻ってカロフ! 今……助けに行くから!」
「あらダメよ、あなたはまだアタシの操り人形なんだから」
カロフを助けに行こうとしたリィナだが、アリスティウスの魔術は解けておらず助けに向かうことができない。
「ぐガあアア! グうっ! はぁ……こ、これは……ガアアア!」
「あら、電撃のショックで少し正気を取り戻したのかしら? でもここまでね。次の魔術で終わりに……」
ドオオオオオン!!
「何!? 今の音は」
「じょ、城内のどこかで爆発が起きたみたいです!」
「爆発? 一体どうして……」
「へっ……そりゃ多分、どっかの馬鹿な異世界人がやったんじゃねぇのか」
驚いた顔で振り向くアリスティウス、そこには電撃の網を破り正気を取り戻したカロフがいた。
「まさか、あなた自力で『
「なんかこの姿だと体ん中にバチバチしたエネルギーが漲ってるからその影響か? まったくあの野郎、俺の体に色々細工しやがって、頭が割れるかと思ったぜ。ま、今の爆発から察するともうそろそろあいつが来るだろうから……それまで耐えさせてもらうぜ!」
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