17話 それぞれの戦い 後編


 さて、あいつらに強化術も掛けてやったことだし……。


(ドラゴス、頼みがあるんだが)


(わかっている、あの新魔族とやらを山から出さなきゃいいんだろ? あとは向こうの奴らのケアというところか。一人ひとりに防護膜を張っておいた、これで大方の攻撃が致命傷にはならんだろ)


 まったく……理解が早すぎて逆に怖くなるな我が親友は。まぁとにかく、これで保険はバッチリ。

 私もなんの気負いもなく追跡に集中できるというわけだ。


「ワンワン!」


 もう驚かんぞ犬よ……最近このパターンにも慣れてきたからな。


「クゥ~ン……」


 いや落ち込むなよ……。


 ……しかし、ドラゴスの保険があるとはいえ時間がかかれば逃げられてしまう可能性もなくはない。


「少し急ぐとするか……『脚部強化ブーストレッグ』」


 この私から逃げられると思うなよ!

 貴様らの陰謀、この魔導師ムゲンがすべて暴き阻止してみせる!






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「くっ! ……こんな事態なるとは思いもよりませんでしたね」


 まさかあの異世界人があそこまでの力を持っているとは……。


 まぁいい、今回の件に関しては運がなかったということです。

 あんな魔導鎧おもちゃなどあの方のただのお戯れにすぎないのですから……ククッ!


「しかし変ですな? この速度ならもう麓までついてもおかしくないはずですが……」


 しかも心なしかいつもより霧が濃いような……霧?

 馬鹿な、あの付近までならばこの霧はワタシには効果がないはず。 そういえば今日は霧に関して不思議なことばかりが起こる……濃くなったと思ったら急にあの異世界人や大量のクズ共が現れた。


(あれさえなければすべて上手くいっていたものを……)


 だが何かおかしい、どれもこれもタイミングが良すぎる。そう、まるでこの霧が奴らを手助けしているような……。


「まさか、そんなことがあるわけが……」


 この霧はワタシ達でさえ解析不能だというのに、あの異世界人がどうこうできるわけがない。

 しかし、異世界人というものは時に我々の想像の斜め上をいく者達がたまに現れるともいう……もし、奴がそんな存在だとしたら。


 そういやな予感が胸によぎったその直後だった。ワタシの周囲を漂う霧の様子がおかしいことに気づいたのは。


「ん? なんだ、また霧が濃く……はっ!?」


「よう、また会ったな……」


「なっ!」


 そんな、ワタシは全速力で飛んでいたはず! なのになぜ奴が……あの異世界人が目の前にいるのだ!?


「お前は逃がさない、今ここで私が倒す!」






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 この状況、奴にとっては恐ろしいことこの上ないだろうな。

 今の今まで自分が利用してきた霧が突然自分に不利に働くようになっているんだから。

 しかも自分にはこの霧の正体はわからない、なのに目の前の私はまるでこの霧を自在に操ってるのではないかと感じているはずだ。


「馬鹿な、まさか貴様は本当に……この霧を操れるのか!?」


「それを答える必要は無いな」


 だがまぁ流石にその可能性には気づくか。

 あれだけ霧を利用した動きをすれば当然だろう。……ま、実際は私が操っている訳ではないが同じようなものだしこのまま勘違いはさせておこう。


「さて、追いついた所で少し話をしたいんだが?」


「話ですと? このワタシに一体何を聞きたいというのですかな? まぁ、こちらとしてもあなたには話を伺いたいと思っていたところなんですがね」


 おや、話も聞かず襲い掛かってくるかと思ったが素直に話し合いに応じるとは。

 これは……あちらさんも私が霧をどこまで操れるか会話の中から見極めたいというところか。


 ……いいだろう、虎穴に入らずんば虎子を得ず。いっちょ話し合いといきましょうじゃないか。

 ま、先に質問するのは私だがな。


「とりあえず聞きたいことは三つある。一つ、お前達の目的。二つ、この大陸にいるお前の仲間の戦力。そして三つ、“特異点”についてお前が知っている全てだ」


 一つ目と二つ目は今後のカロフとリィナのためなのだが……三つ目の質問に関しては完全に自分のためだ。

 特異点から現れると言われている新魔族ならば元の世界に戻る方法が少しでもわかるかもしれない。


「ふむ、まぁいいでしょう。まず一つ目の質問から答えましょう。我々新魔族全体の目的は中央大陸のへの侵略……そのためにまず我々がその足がかりとなるための下準備を受け持ったのがワタシ達というわけですよ」


「つまりは尖兵ってとこか。しかしなぜ今も昔もこの世界の者達と敵対する? 共に生きる道はなかったのか」


「少なくともワタシの周りにはそんな好き者はいませんでしたな。そもそも実は我々もなぜ中央を攻めるのかよくわかっていないのですよ。ワタシは人の苦しむ顔が好きだからそのことに疑問は持ちませんがね」


 こいつは外道……人間のクズに位置するヤロウだな。

 しかし気になるな。自分達でも攻める理由がわからない侵略なんてあるのか?


「さて、お次は我々の戦力ということですが……実はワタシともう一人、計二人しかこの大陸には来ていないのですよ」


 二人だけだと! うーむ、この情報は本当かどうか疑わしいな。

 だが嘘だとしたらわかりやすすぎる気もする。


「そんな疑いの目で見ないでくださいよ。我々ももっと戦力を投じたいのはやまやまですが、同胞のほとんどは大陸を出ようにも厳重すぎる包囲網のせいで動けずにいるのですから」


 そういやそんな話も聞いたな。

 つまりだ、こいつとそのもう一人ってのはその包囲網の穴を抜けて来たという事か?

 まだまだ謎が多い……今の私には現代のアステリム情報量が少なすぎる。


「最後に特異点に関してですが……すみませんね、ワタシもどのような原理なのか知りません。しかしワタシの上司……さっき話したもう一人のことですが、あの方なら知っているかもしれませんね。中央を攻める理由も特異点の原理についても」


「上司ね……偉いのかそいつ?」


「ええ、なにせあの方は“七皇凶魔”と呼ばれる上位の存在ですから。そうそう、かつてこの世界で魔王と呼ばれた者がいましたがその方もその一角だったとのことですよ」


 “七皇凶魔”……また新しい情報が出てきたな。

 それに魔王というのはリィナから聞いた話でもあった。……確か500年前に日本から来た勇者とやらに倒された奴だよな。

 む、つまりそんな勇者レベルでないと倒せないような奴があと六人もいることになるのかね。


(ん? しかしそうなると疑問が増えるな)

 じゃあなんで500年前はその七皇凶魔とやらが全員で侵略活動を行わなかったのかという話になる。

 うーん……まぁなんかあったんだろ、ポリシーとか趣味の違いとかが。


 さて、これで私の質問には大体答えてもらったということになるが。


「なるほど、色々とありがとさん。しかしいいのか、こんなにペラペラ喋ってしまって?」


「ワタシの話を聞いてもらったのは少しでも友好的な態度を示したかったからですよ。なので単刀直入に言わせてもらいます……我々の仲間になりませんんか、異世界人ムゲン君?」


 なるほど、私を懐柔して勧誘したいわけか。

 あちらはアレス王国の貴族のツテやらなんかで私が元の世界へ帰りたがっているという情報も仕入れているんだろう。

 その上で自分達は特異点についての情報を持っているという餌で私を引き抜こうという魂胆か。


 ついでに言えば今私が奴の側につけば霧でリィナ達も山に閉じ込められ、証拠隠滅も容易い……なんてことも考えているだろうな。


(どうするんだインフィニティ? どちらにつくにしても我は手を貸すが)


 確かに私にとっては元の世界に戻る方法があるのなら……。


「ワンワン!」


 うおっ! 犬が怒ったような顔つきになってる……。なんだなんだ? 私にあいつと組むなとでも言いたいのか。


「犬よ、お前がどう思おうと決めるのは私の勝手だ……」


 そう言って犬の頭を撫でてやる。こいつもただの犬だというのによくもまあここまでついてきてくれたよな……。


「クゥ~ン」


「……さて、そろそろ答えを聞きたいのですが」


 アルヴァンが私を急かすようにこちらを睨んでくる。奴としてはこの状況から一刻も早く脱したいところだろうしな。

 それに、奴にとっては私の答えがどうであろうと……。


「ああ、貴様らの仲間になれば確かに私の望むものが得られるかもしれない……」


「ふむ、では……」


「だが断る! 理由は簡単、私は貴様が気に食わん!」


「なんだと!?」


 本当はリィナやカロフを裏切りたくないからだが、それを表に出すとドラゴスにからかわれるから言わない。

 それにこいつが気に食わないのは本当のことだしな。


(はっはっはっ! お前ならそう言うと思ったよ。だが本当の理由はあの二人のためだろう? お前は人を信頼したらトコトン世話を焼く癖があるからな。その逆に嫌いなやつはトコトン潰すが)


 バレテーラ、しかしそこまで世話焼きかね私は?

 私としては乗りかかった船だから最後まで付き合おうと思ってる程度なんだがな。


「やれやれ……せっかくの誘いを断るとは。では、死んでもらうしかないようですね……クカカ!」


「ふん! 残念だが死ぬのは貴様の方だ!」


 私がNOと答えたらこんな展開になることは大体予想通りだぜ!

 そのまま戦闘態勢に入り、私が魔術を唱える体制に入るとすぐさまアルヴァンがもの凄い勢いで突っ込んできた。


「馬鹿が! 前衛もいない魔導師など接近戦に持ち込めば雑魚同然……」


 そして、そのまま鋭い爪を突き出し的確に私の喉を……! 切り裂かなかった。

 残念でした。爪が私の喉を捉える前に体をずらしアルヴァンの攻撃を避けただけだが。


「今のを、かわしただと!? だ、だがここまで近づけばもう貴様に勝ち目は無い!」


 今度はラッシュで攻撃してくる……が、今の私ならばその攻撃をすべてかわすことなど容易い。


「そんな、なぜ当たらない……」


「私がなんの準備もなく貴様と一人で会うとでも思っていたのか? ここに来る前にすでに『脚部強化ブーストレッグ』と『感覚強化ブーストセンス』を自分に掛けておいたのだ」


「ワタシの速度を上回る強化だと!? そんなバカな!」


「確かに普通の『肉体強化ブースト』なら無理だ。だが強化する部分を集中し体内の構造に合わせて細かく調整すれば……」


「そんなことがあってたまるかー!」


 せっかく私が漫画とかでよくある解説コマ風に説明してるというのに無視かよ……。っと、でも流石にこれじゃ拉致があかないな。

 仕方ない、あれ使うか。


「死ねぇぇぇぇぇ!」


「……『全力強化フルブースト』!」


ボッ!


「が……あ……なに? ……が!」


 アルヴァンが不思議そうにしてるが、こちらの隙を突こうと攻撃してきた所に一発腹に拳をぶち込んでやっただけだ。

 最強の強化術のおまけ付きだがな……。


 ま、最強の強化術と言ってもただの『肉体強化ブースト』の何倍も凄いものだと思ってもらえればいい。

 この術の特徴は魔力を込めれば込めるほど強くなるというチートじみた技だ。

 今の私の魔力では昔に比べればミジンコみたいなものだが、アルヴァンを軽く捻れる程度にはなったか。


「ただこれ使うと二、三日筋肉痛で動けなくなるんだよな。とりあえずさっさとけりつけるか……おや?」


 魔力反応……。

 いつの間にかアルヴァンは後ろに下がり、魔術を唱える体制に入っていた。


「おのれ、この術で消し去ってやる! 混沌に潜みし万物を砕く……」


「遅い」


「ぐあああああ!?」


 アルヴァンがチンタラ詠唱を唱えている隙に私の拳がアルヴァンの胸を的確に捉え殴り抜ける。

 この音からして肋の二、三本はいったかな? 新魔族の体の構造がどうなってるかはしらんが。


 てかさっき自分で前衛のいない魔導師がどうのこうの言ってたくせに……アホかね。


「さて、んじゃ確実に倒すためにもう少しボコっておくか」


 首根っこ掴んで……ポーンと空にあげて。落ちてきたところを拳で……。


ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!


 爽快爽快、オラオラとか言いたくなっちゃうな。


「あ……う……た……たす……け」


「無理だな。そんじゃ、あの世でお前が殺した人達に詫びろ、『完全焼却プロミネンスデリート』」


「――! ――――!!」


 もはや声にならない叫びを発しながらアルヴァンはこの世から灰も残さず消滅していく。


(やはり嫌いな奴は全力で潰すなぁお前。我の言った通りではないか)


(うるさい、それよりも魔力がカラッカラだ、一歩も動けん)


 ケルケイオンがあるとはいえかなりの魔力を使ってしまったからな。

 強化ブーストの効果もなくなってきたし……あー体痛くなってきた。


(スマンがドラゴス、皆の下まで運んでくれ)


(面倒くさいからパスだ)


 ちょ! 親友がぶっ倒れてんのになんて冷てー野郎だ!


(それに我が運ばなくても問題ないようだが?)


(えっ)


「おー……」


 耳を澄ますと、私を探す皆の声が聞こえてくる。


「良かった、魔導鎧はちゃんと倒せたようだ……な……」


「ワン!?」


(おいインフィニティ! って寝てるだけか。仕方ない、あ奴らは我が誘導しておいてやろう。……だから、今はゆっくりと体を休めるが良い)


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