18話 帰還


「ん……ここは?」


 ゴトゴトという振動に揺すられ、私はゆっくりと意識を取り戻していく。

 どうやらここは馬車の中、周囲には私の事を心配そうに見ている皆の姿があった。


「ムゲン君! よかった、このまま起きないんじゃないかって心配したんだから……」


「済まない……皆に心配を掛けてしまったようだな」


「まったくだぜ、そいつが吠えてなかったらお前今頃あの山で一人さびしくおっ死んじまってたかもしれぇんだぞ」


「そいつ?」


「ワン!」


 おおう、お前かい犬。なるほど、犬の鳴き声で私の居場所を見つけられたってことか。……まぁそうでなくとも多分ドラゴスがどうにか誘導してくれたんだろうとは思うが。


(そういえば今は何処にいるんだ? 馬車の中ということはどこかに向かっている最中だとは思うのだが……。というかあれから何日経った?)


 いざ思考を回し始めると次から次へと疑問が湧き出してくるな。

 とにかく私は状況を確認しようとゆっくりと体を起こし……。


ビキッ……


「あぎゃあああああ!?」


「きゃ! ど、どうしたのムゲン君!?」


 うごご……し、しまった、『全力強化フルブースト』を使った影響で全身筋肉痛になっているだろうということを忘れていた。


 ということはそこまで日は経っていないというわけだ。イテテ……高い代償だまったく。


「うぎぎ、ちょっと筋肉痛がな……」


「ったく無茶しやがって。……それで、あの新魔族野郎は結局どうなったんだ? あのまま逃げちまったのか?」


「いや、アイツとはきっちりケリをつけておいた。もう二度と現れることはない……。そう、奴から手に入れた情報で伝えることが山ほどあるんだ」


 こうして、私は皆と離れてからの状況を事細かく説明した。交渉の件についてはとりあえず伏せておいてな。

 奴らの目的について、この大陸にはアルヴァンともう一人しか新魔族は来ていないということ、そのもう一人が奴らの間で七皇凶魔と呼ばれるかつての魔王級の存在であること。


 以上の情報をもとに、私達の今後を決めていかなければならない。……そう、問題はまだまだ山積みだ。






「七皇凶魔……そんな存在が国に潜んでいるなんて」


「だけどよ、それは全部あの新魔族のヤロウが言っただけの情報なんだろ? お前をビビらせるための嘘をついてただけかもしれないぜ」


「私だって奴の言葉を100%鵜吞みにしてるわけじゃないさ。ただ、他に情報もないからな……あくまで判断材料の一つ、そう考えるのがいいだろうという判断だ」


 まぁ確かに情報源があれだから皆信用出来ないのもわかる、超わかる。

 ただ、アルヴァンとしては私を懐柔するための餌、つまり信用を得るためにある程度は真実の情報を混ぜていた可能性はなくはないと思える。


「とりあえず私から話せる情報は大体こんなもんだろう。ところでここは馬車のようだが……あれから、つまりお前達と別れた後にどういう経緯で今の状況になったのか、今はどういう状況なのか……それを聞きたいんだが」


「うん、じゃあ私が説明するね。私達は魔導鎧を止めた後ムゲン君を探しに行ったの。ムゲン君のことは早く見つけられたわ、犬君のおかげでね」


「ワフ……」


 犬君て……おーおー撫でてもらって気持ち良さそうだな。

 私もかわいい彼女なんかに撫でてもらいたいよ……頭とかナニとか。あ、スイマセンゴメンナサイ、やめてそんな目で見ないで下ネタ言ったことは謝るから。


 ……話を戻そうか。


「その後、私達は攫われた人達の中でまだ生きてる人達を連れて山を降りたの。新魔族の存在や一部の貴族の悪事の証拠として魔導鎧も運ぼうとは思ったんだけど……流石にあの状況で運べるだけの余裕はなかったからあのまま放置してきたわ。あと……死んでしまった人達は、遺族には悪いけどその場で火葬させてもらったわ」


「結構グロい死体なんかもあったしな、ありゃ遺族か望んだとしても見せない方がいいだろうよ……。しっかし、あの山も不思議なもんだよな。帰りは魔物にも出くわさずにすんなり降りれたんだぜ」


 どうやら帰り道もドラゴスが気を利かせてくれたっぽいな。

 まぁあの山は生かすも殺すもドラゴス次第……マジチートドラゴンである。


「攫われた人の中で、騎士団だった人達は今別の馬車で介抱してるわ。それ以外の人達は村の皆に任せてリュート村で介抱してもらうことにしたの」


 てことは村の皆は私達とは別行動で村に戻ったのか。

 ……あれ、でも待てよ?


「村の皆は帰ったというのに、なんでカロフはまだここにいるんだ?」


「んあ!? あ、あ~それは……だなぁ……ええと」


「わ、私達騎士団以外にもあの山で起きた事件の詳細を知る証人が必要だと思ったからっ! それでカロフにもついてきてもらおうってことになったの! ねっ、カロフ!」


「お、おお……! そう、それそれ!」


 あやすぃ……こりゃ私が寝てる間になにかあったなこの二人。根掘り葉掘り問い詰めたいところではあるが、今は我慢しておこう。


「そ、そういうわけで……今現在、今回起きた事件の真相を王へ報告するためにアレス王国へ向かって帰還の最中なの」


 オッケイこれで完璧に状況は理解できたぞ。うーむ、しかしもう山から離れてしまったのか。

 少しの間だがあの山ではいろんなことが起きた……。


 結局ドラゴスには別れの挨拶もできず仕舞いとなってしまったわけだ。

 まぁしかし、そんなしんみりせずともいつかまた会いに行けばいいだけの話だ。うん、そうだな、いつか元の世界へ帰る方法を見つけたらその時にでも別れの挨拶でもしに行けば……。



(おっ、目醒めてたかインフィニティ。まったく、お前は昔からいつも後先考えず無茶ばかりしおって。フォローする我の身にも……)



「ってちょお!? お前なにナチュラルに登場してん……あいだだだだだだ!?」


「わわ! だ、大丈夫ムゲン君! いったいどうしたの突然!?」


 ぐおお……しまった、いきなり飛び上がったせいで体が痛ぇぇぇ!

 ……っていうかオイ!


(ドラゴス!? な、なぜ? もう山を離れてるはずなのに)


(なぜもなにも……我はこの大陸内であるならば、対象の魔力さえ捉えていれば『魔力念話テレパス』は可能だ)


 あーそう、つまりこの大陸にいる限りならばお前とは通信制限もなくバンバン会話可能なのね……。

 まったく、私のしんみりとした気分を返せこのヤロー!


「ムゲン君、辛いなら一度馬車を止めてどこかで休む?」


「ん? ああ済まない。そんな気にしなくても大丈夫だ問題な……」


ぐぎゅるるるるるるるるる


 おいおい誰だこの品のない音を出してる奴は。……はい私です、だって寝たきりで何も食ってなかったから仕方ないじゃない。


「ったく、しょうがねぇ奴だな。ま、丁度いいから今日はこのへんで休んで飯にしようぜ」


 そうだな、ここは素直に休んでおくとしようか。ひっさびさの全力の魔力行使で体がヤバイのは本当のことだし。






 ……ふぅ。あ、いや別にそういうことはしてないぞ。ただ、飯を食うのも一苦労だったというだけだ。

 そんなこんなで現在はテントの中でゴロゴロしてるところなのだが……暇だ。


(なあ、暇なんだが親友よ)


(大人しく寝てろ親友よ)


 つれないな、昼間までずっと寝ていたから寝れないんだよ。仕方ないといえばそれまでなんだが……。

 でもこの体じゃ見張りすらもできないし、こうなるとマジでやることがない。


(あーあ、今頃外で見張りをしてるあの二人はイチャイチャしてんだろーな……。羨ましいぜまったく)


 私があそこまで背中を押してやったんだから、ここらで一線を越えていてもおかしくない頃合いだろうしな。

 HAHAHAいいご身分だぜチクショウ。


(あの二人? ああ、お前が気にしていた奴らか。お前が何を想像してるかは知らんが、あいつらなら結局何の進展もしとらんぞ。我はその気になればこの大陸内ならどこでも見れるからな。少なくともまだ"そういう関係"とは言い難いだろう)


 ……え、マジで? あれからなんもなしなの?

 いやいや、どう考えてもあの時のカロフはリィナルートのエンディングまでまっしぐらみたいな感じだったろ!


(……ナゼにホワイ?)


(変な言葉を使うな。いやな、我もウブでモジモジしてるあいつらを見ているのは最初は面白かったのだが。あまりにもタイミングが合わず話す機会がなかったり……あったらあったでモジモジして何も話さずに終わるから少々イラッときてるとこだ)


 えーちょっとちょっとー、それはどうなのよお二人さんよー。

 確かにあいつらは自分の気持ちを伝えるのがちょっと下手みたいだが、流石にそれはどうかと思うぞ……。


「ワンワン!」


「ん、どうした犬?」


(どうやらあの二人の見張り時間が終了したらしいな。ほれ、ヘタレの片割れが今回も何も話せず戻ってきたぞ)


 ヘタレって……。まぁそう言いたくなる気持ちもわからんんでもないが。


「はぁ……気持ちを伝えるのがこんなにも緊張するものだとは思いもよらなかったぜ。いったいどうすりゃ……ブツブツ」


 なんだか落ち込んでる様子で戻ってきたカロフだが、私が起きてることにも気づかずに部屋の隅でなんかブツブツ言いはじめた。

 しかも妙に暗い雰囲気醸し出してるし、なんか怖いぞ……。


「おいカロフ……」


「どぉうわ!? びっくりした……ってお前まだ起きてたのかよ」


「昼間たっぷり寝たからな、寝るに寝れんのだよ。……って、そんなことよりカロフ! お前も男ならそんなウジウジしてないでさっさと告ってしまえばいいだろう!」


「なっ! て、テメェ、もしかして覗いてやがったのか!」


「いんや、別に私は覗いていないぞ。ただ単にお前の態度から察しただけだ」


 まあ本当は変態チート龍族が出歯亀していたのを聞いただけなんだけどな。


「しっかしなぁ……私が起きた時にはもうそういう関係だと思っていたのに」


「い、いや! 何度も話そうとは思ったさ! ……だがいざとなると……その、緊張しちまって」


 ハーン、それでここまでズルズルと引きずってしまったということか。


「で、どうするんだ? このままだと明後日にはもう王都に着くって話らしいが。そうなるとまた忙しくなる。タイミングなんて無くなってしまうぞ」


「あ、明日には必ず伝えるさ……」


 あ、寝やがった! ヘ、ヘタレやこいつ!

 ここはもう、「明日って今さ!」って叫んで今すぐにでもリィナの元へ引きずって行ってやりたいぐらいだ……がしかし、流石にもう時間も遅いからやめておこう……体も痛いしな。


 まぁカロフも明日必ずって言ったんだ、ならば何がなんでも告白してもらうぞ。

 私もそろそろ我慢の限界だからな。


(インフィニティ、何を考えてるか知らんがあんまり無茶はしてやるなよ……)


(わかっているさ)


 流石に無理やりくっつけるような真似はしないが……多少強引にでもしないとあいつらいつまでもあのままだろうしな。


 さて、そうと決まれば作戦を立てねばなるまい! ふっふっふ……覚悟しておけよ二人共!


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