14話 ピンチ


 ムゲンがドラゴスと再開していたその頃、リィナ達はなんとかヘルハウンドの討伐を終わらせていた。


「ハァ……ハァ……くっ! なんとか、倒せたか……」


 普段ならば村人であろうとこの人数ならばここまで苦戦する相手でもないはずだが……。連戦、しかも霧のせいで上手く立ち回ることができず予想以上のダメージを負っていた。


「ムゲン君! どこなの、ムゲン君!」


「ッ! そうだ、あのガキはどこ行っちまったんだ! あの時確かに俺の後ろにいたはずだってーのに、突然霧が濃くなってあいつを見失っちまった」


 この霧はドラゴスの魔力によって発生させられたものだが、魔力を感知できないリィナ達ではその効果を知ることはまず不可能と言っていい。

 そもそもリィナ達のチームがこの山の深くまで入ることが出来たのは、ドラゴスが遠くにいたムゲン……つまりインフィニティと思われる魔力を呼ぶためにその周辺の霧を操作することで一緒に連れてきてしまったため。

 奥まで進んだことでムゲンを特定し、他の人物は放置されてしまったというのが現状なのだが……。


「そんな! 私がしっかりとムゲン君のことを気にかけていなかったから……私の責任だわ!」


 それを彼女らが知るすべはない。さらにリィナは一昨日の夜から自分がムゲンに対してよそよそしく、そのせいで目を離してしまっていたからだと感じてしまっていた。


「ちげぇ! あの時あいつの一番近くにいたのは俺だ! 俺が油断していたから!」


 カロフは段々とムゲンに対して心を開いていっていた。

 根拠もないのに自信たっぷりな姿を見ていて、こいつなら本当に後ろを任せてもいいかも、という思いを少しづつ感じていたのだ。


「いくら異世界人だからって、魔術が使えるからって、心の中であいつには俺らなんていらねぇんじゃねぇかって勝手に思っちまったんだ。本当は凄い力を持っていてアイツが俺達を助けてくれる奇跡の存在になるんじゃねぇかって……。だけど、アイツだってただの人間なんだ、特別じゃねぇんだ……だから俺は慢心していた!」


「違うわ! カロフのせいじゃない! 本来ならムゲン君を守るのは私の役目なのに、私がよそよそしく……してたから」


 カロフを見てリィナは言葉を続けることが出来なかった。

 あの夜からムゲンはリィナとカロフを見てはずっと考え事をしていた。

 思えば今回のチーム分けもあまり二人と一緒にはなりたくないと思っていたが、ムゲンが「二人と一緒がいい」と言い出したからこそ同じチームになったのだ。


(やっぱり、あれは私のことを思ってのことだったんだよね……)


 実際、ムゲンはこの二日間でほとんどの人と仲良くなっていた。

 それでもムゲンは二人のことを気にして一緒に行動することを選んだ。


「とにかく、アイツを探さねぇと」


「う、うん……そうね。まだこの辺りにいるかもしれない」


(ムゲン君の気持ちは本当に嬉しい。やっぱり私は心のどこかでカロフと……って思ってる。でもやっぱり迷惑を掛けたくないって自分がその気持を邪魔する……。そんな私のせいでムゲン君を見失ってしまった。うだうだ悩むのはやめにしよう……そしてムゲン君を見つけたらちゃんと謝ってちゃんと考えるんだ。私の本当の気持ちを)


 こうしてリィナ達はムゲンを探しにさらに山の奥へ進もうと歩き出す。

 が、その時だった……。



「おやおや、森の方が騒がしいと思ったらどうやら餌が自分からのこのことやって来ていたのですか……」



「なっ!? 誰だテメェ!」


 それは突然のことだった。リィナ達がまったく気づかないうちにそいつは目の前に姿を現していたのだから。

 人族よりも鋭い感覚を持つ亜人族のカロフですらその存在に気づけず、こうして驚いている。


 突如目の前に現れたその男の姿は彼らが今まで見たこともない容姿……つまり一般的に知られている種族とはまったく異なる存在。

 蝙蝠のような羽に青白い肌、その鋭い眼光からは目を合わせたものの戦意を喪失させてしまうほど強烈なもの……。

 だがしかし、リィナ達はこの存在の正体を今の自分達が置かれている状況から推測することができた。


「そんな、まさかあれが……新魔族!?」


 リィナの言葉にここにいる全ての者が凍りついたように固まってしまう。


「ば……馬鹿な!? 本当にこいつが新魔族だってーのか。そうだとしたら……なんだって新魔族なんかがこんな辺境の大陸に現れるんだよ!」


「ふふふ、ワタシのような者がここにいるのが不思議かい? そうだろうね、なにせワタシの同胞のほとんどは第六大陸に押し込められている状況だからね。だけどね、なにもそのすべてがそこにいるわけじゃない、ワタシのように別大陸で活動している者もそこそこいるのだよ」


 静かに笑みを浮かべながら語り掛ける新魔族。そして言葉を止めたかと思うと、後ろの霧が少しづつ晴れていき、その場所に巨大な物体が姿を表した。


「な、なんだ、ありゃあ……」


「この霧は便利でね、ワタシでさえも全てを理解できないが上手に利用すれば便利なものだよ。お陰様でこうして秘密裏に事を進めることが出来た……」


 その巨大な何かの後ろには細長いチューブのようなものが伸びており、その先に置かれている箱には何やら肉の塊のようなもの詰められているように見える。


「おい……ありゃ人間じゃねぇか!?」


 そう、箱の中に詰められていたのはあろうことか生きた人間。中にはガリガリにやせ細っている者も見受けられる……。


「あれは、まさか今回の事件で行方不明になっていた人達!?」


 リィナは箱の中にいる騎士のような風貌した人物に心当たりがあった。まだ騎士隊長として未熟だった頃の自分に部隊の指揮のイロハを教えてくれた第二部隊の隊長……。


「そんな……先輩!」


「酷ぇことしやがる……」


「ふふふ、いやぁ……馬鹿な奴らのお陰でやっとコイツのエネルギー限が溜まってきたよ。この山の周りをうろつく奴や調査しに来た兵士共がほいほいやってくるんだ。まぁ、それも我々の作戦の内なんがね」


「作……戦?」


 そう言った新魔族の後ろに人影が現れる。やがて霧の中からその姿を現した男は、この場にいる誰もが見知った顔であった。


「やあエイプル隊長、そこの亜人君も。二日ぶりくらいかな? おや、この前私の尻に火を点けたあのクソ異世界人がいませんな?」


「あ、あなたは……!」


 その男は以前リィナに任務を伝えに来てムゲンに火を点けられたマルシアスという貴族の兵士だった。


「マルシアス卿……まさかあなた新魔族と繋がっていたの!? 一体いつから」


「いつから? ふふ、始めからですよ。私の家、いや……人族主義派の貴族の家の者は大抵は新魔族の方々に昔からお世話になっているのですよ……」


 衝撃の真実にリィナや騎士団の面々は言葉を続けることができない。現在アレス王国の国王は病に伏せていて、国を動かしているのは実質上位の貴族達。

 だというのに昔から新魔族と繋がっていた者がいるということは、国の上層部がかなり黒く染まっていることを意味する……。


「もっとも我々が本格的に活動を開始したのは5年ほど前……でしたかな。同胞もそれほど多く潜伏してるわけでもありませんし」


「お……お前らは一体この国で何をやろうってんだ」


 こんな状況ではあるが、なんとか平静を保って会話を続けるカロフ。しかし、新魔族の威圧感に体が震えうぃ抑えきれないでいる。


「今の我々新魔族の状況はみなさんよくお分かりでしょう。一つの大陸の一角へ押し込まれてしまっている。そこで我々は考えました……中央大陸への侵略の足がかりとしてまずこの大陸を押さえようと。他の大陸に比べてここはとてもやりやすい、ゆっくりじっくり内側から侵食していけた。……けれど少し前に事情が変わって急がざる得なくなりましたけどね」


「事情……?」


 そのカロフの疑問に答えたのは新魔族ではなく後ろのマルシアスだった。


「トレスからの使者だよ。あやつは最初から我々と新魔族の方々が繋がっていることを国王に暴露するつもりだったのだ。5年前から我々のことを嗅ぎまわっている貴族共がいるということが分かったが、それがトレス王国と繋がってることがわかった時は急遽奴を始末しなくてはならなくなってねぇ、真相を知るトレスと共に……」


「トレス王国を始末って……まさか今回の戦争の原因って!」


 リィナはマルシアスの話を聞いて悟ってしまった。

 今この大陸で起きている騒動はすべて彼らの仕業だということを……。


「そうだ、一度この大陸の仕組みを零にして新魔族の方々がこの大陸を支配する。そして我々はその傘下に入るのだ。そうしたら貴様のような汚らしい亜人共はすべて皆殺しにしてやる……」


 そう勢いよく豪語するマルシアスはまるで汚物を見るような目でカロフを睨んでいた。


「そんなこと、絶対させないわ! 必ずあなた達の悪事を止めてみせる」


「ふっ……父親まったく同じ台詞を吐くとはねぇ」


「え……?」


「なるほど、このお嬢さんは5年前にワタシ達の存在に薄々気づいていたあの騎士の娘さんでしたか。奴は馬鹿な男だった……大人しく我々の誘いに乗っておけば良かったものを。拒んでしまったが故に親友の手で殺されてしまうのですから……」


「嘘をつけ! 今の話から察するにやったのはお前達だろう! オヤジはそんなことする人じゃねぇ!」


「なんと、こちらの亜人くんはまさかあの時の?」


 驚いた新魔族がマルシアスに問いかけると、静かに頷いた。


「亜人くん、確かに君のお父さんはそんなことする人じゃなかったよ。だから二人を操って片方を動けなくし、片方に切らせたのさ、それを私が見て証人になったのだよ。……実に滑稽だったよ、操られてるとはいえ意識はあったからねやめてくれとずっと叫んでいたよ。ま、やったのは私ではないが」


「てめえええええ!!」


 マルシアスの言葉にキレたカロフは弾かれたように飛び出した。

 獣型の亜人特有の運動能力によりものすごいスピードで剣を振りかざす。

 だが……。


「なっ!?」


 今までピクリとも動かなかった巨大な物体から腕や足が生え、カロフを超えるスピードで迎撃を開始した。


「カロフ、危ない!」


「しまっ……! ぐぅ!」


 振りぬかれた巨大な腕は的確にカロフを捉え、そのままその体を後ろへと吹き飛ばす。


「腕と足が生えた!? あれは一体。……えっ、マルシアス卿!?」


 気づくと巨大な塊の頭部には先程まで新魔族の後ろにいたマルシアスが搭乗していた。


「ふふ、随分派手に吹っ飛びましたねぇ。これは魔導鎧と言ってね、新魔族様方の兵器なのですよ。試運転するのは今回が初めてなのですが……素晴らしい力だ!」


「グフッ……ち、畜生!」


「おやおや、これはワタシの出番はなさそうですね……後ろでじっくりと弱者がいたぶられるのを見るとしましょうか……クククッ!」


 そう言って新魔族は少し後ろに下がり傍観をし始めた。


「凄い! 凄いぞこの力は! 攫ったクズ共のエネルギーでここまでの力を得られるとは。魔力も感じられる、この私の魔術で吹き飛びなさい!」


 マルシアスが魔導鎧の魔力を開放すると胴体部分が光りだし、後ろの攫われた人達からエネルギーが吸われているように震えだす。


「フハハハ! 消えなさい、魔弾『魔力銃乱舞ガトリングバレット』!」


ズガガガガガ!!


「きゃあああああ!」


 魔導兵器の放った魔力弾は次々と騎士団達を撃ちぬいていく。誰の目から見てもその力の差は歴然であるといえるだろう。


「クソッ! リィナ!」


「ははは! 愉快愉快。なに、殺しはしないさ……この山に入った騎士団全員魔導鎧のエネルギーとして利用してや……ぬおっ!?」


 いつの間にかカロフが魔導鎧の足を切りつけていた。しかしエネルギー体である腕や足にはほとんどダメージが通らず、胴体もカロフ達の持つ剣では軽くはじかれてしまう。


「この……バケモノが! ぐっ!」


 必死に抵抗するカロフであったが、魔導鎧はまるでハエを叩くかのようにカロフを叩き飛ばしてしまった。


「ふん、クズ亜人のくせに私に食らいつこうなど……。いいだろう、貴様だけは私の手で殺してやる! あの世で父親と仲良く暮らすんだな!」


 マルシアスはまたあの魔術の弾丸を放つ体制に入った。先ほどの術を集中砲火されたらカロフの体ではひとたまりもないのは確実……。


(ダメ! カロフが殺されちゃう! 嫌だよ、私……カロフにまだ何も)


 必死に体を動かそうとするリィナだが、先ほどのダメージのせいで体がまともにいうことをきかないでいた。


「死ね! 『魔力銃乱舞ガトリングバレット』!」


「いやぁぁぁぁぁ!」


 そうして放たれた魔力弾は、無慈悲にも的確にカロフのもとへ迫る……。

 そして、あと数メートルで着弾するだろうというその時だった……!



「『土障壁アースウォール』!」



 カロフを貫こうとした弾丸は彼の体を貫くことはなかった。目の前に突然土の壁が現れその命を救ったのだ。


「なっ! なんだこの壁は!?」


「ふむ……私がいない間に大変なことになっているみたいだな。だが、主役は遅れてやってくるもの! 最強魔導師ムゲン、仲間のピンチにただいま参上!」


「ワウン!」


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