13話 親友との再会


「馬鹿な……本当にお前なのかインフィニティ?」


 私の知る限りでは、前世で私のことを呼び捨てにする者というのは数えるほどしかいない。

 さらに龍族となればそんな奴は一人しか思い当たらない。


「それはこちらのセリフだ! お前こそ本当にドラゴス……ドラゴニクスなのか!?」


「そうだ! 我こそはドラゴニクス・アウロラ・エンパイア! 誇り高き龍族にして世界を統べた-魔法神-インフィニティの右腕である!」


 これは……間違いない。

 こいつはその昔幼竜だった頃私が助けてやった龍族の王家の末裔で、のちに私の相棒として生涯を共に駆けた相棒だ。


「貴様こそ我が愛称を知っているとはいえ本物のインフィニティなのか? 我の知っているあいつは貴様のように若々しく無く、魔力回路もそんなお粗末なものではないぞ!」


「なっ! お前、かつての相棒を疑うのか! 確かにいろいろ変わりはしたが……私は"元"魔法神インフィニティそのものだ!」


「ふん、なら証拠を見せてみろ証拠を……ほれほれ」


 久しぶりの再会だというのに何だその疑いの眼差しは!

 これは……私が本物だということを徹底的に教えこんでやらねば……。


「そうだな……あれはお前と出会って10年も経たない時だったな……。お前は一人で寝るのが怖くてお気に入りの人形を抱いて寝ていたな」


「なっ!?」


「それで人形をなくした途端わんわん泣き始め……」


「おわー! やめろ貴様! そんなガキの頃の話を持ち出すんじゃない!」


「しかも夜な夜なトイレに起きるも怖くて間に合わずに……」


「い、いい加減にしろインフィニティ! 貴様というやつはどうしてこう……あ」


 やれやれ、どうやらやっと理解したらしいな。

 さっきまでの堅苦しい喋りは何だったんだよ。まったく偉そうにしやがって。


「これでもまだ私が偽物だと言い張るか? お望みならお前の恥ずかしい過去をもっとカミングアウトしてもいいんだぞ」


「やめろ馬鹿者! わかった……確かにお前はインフィニティだ。しかしお前は死んだはずだ、皆の前でまぎれもなく」


 そうだったな、私の死はそれこそ当時の全世界に知れ渡るほどの大事件で誰もが周知の事実。それにドラゴスは私のすぐ隣で私の最後を看取った者の一人だからな。

 ええい説明が面倒臭い、カクカクシカジカでいいか。




カクカクシカジカ




「なるほど……転生なぁ。にわかには信じがたいが今のお前を見て信じないわけにもいくまい。それならば若返ってるということも、回路がお粗末な点にも合点がいく……」


 お粗末言うな。これでも短期間で結構頑張ったというのに……。


「しかしこんな所にお前がいるとはなぁ……。おっ……とと」


「おい!? どうしたインフィニティ」


 腰が抜けてしまっている、それと……涙が溢れてきている。

 何故だ、こんなにも……。


「お、おいおいどうした! なんか変なもんでも食ったのか!?」


「いやいや、食ったのはルコの実だけ……ああ、そうか」


 やっと自分の中にあるこの感情を理解できた。嬉しいのだ私は。

 自分の知ってる世界に飛ばされたと思っていたのに、自分の知らないことばかり。

 前世の私の存在はただの空想の産物……。

 時代は進みすぎていて前世の私を知る者などいるわけがない。


 孤独だった……リィナやカロフはそんな私を気にかけてくれていたが若干のよそよそしさは隠し切れない。

 これなら前世の記憶なんて無い方が異世界転移を楽しめていたんじゃないか、なんて思った時もあった……。

 そんな自分を誤魔化すため、無意識に寂しい気持ちを押し殺していたんだ……。


 だがしかし、この山に入ってからそんな気分は吹っ飛んだ。

 自分しか知らないこの世界の植物達を見つけ、そしてついには私を知る者に出会えたのだから……。

 どれほどの救いになっただろうか……こうして二度と出会えるはずのないと思えた旧友とこうして出会えたということ。なんの遠慮も気兼ねもなく話し合える存在がいるというのは。


「ふっ、やはり親友とはいいものだな……」


「やはり変なものでも食ったんじゃないか?」


「食ってねーよ」






 それからはいろんなことを話した。

 転生した私の日本での生活、技術の違い、マナが全く存在しないことなど……。

 私の話を聞くたびドラゴスは驚いていた。


「……と、まぁこれが私がこの世界で死んだのちに転生した世界での話だ」


「驚きの連続だな。まさかマナが存在せず世界の主導者が人族しかいない世の中とは……」


 ドラゴスの驚きようも理解できる。事実私もあの世界の文化形態に馴染めるまで時間がかかったからな。

 それに地球では私の知識がまるで役に立たない時など新しい発見も少なくはなかった。

 前世では知らぬことなど無いといえるほどだったというのにな……。世界が変われば必要な知識も変わるというものだ。


 そうだ、せっかくドラゴスに会えたのだし私がいない間にこの世界に何が起きたのか聞いてみるべきだろう。


「ドラゴスよ、私が死んでから今の間に世界は随分様変わりしたようだが……」


「ああ、みたいだな」


「教えてくれ、あれからどれだけの時が過ぎ……その間に何が起きたのかを……」


「うむ……わからん!」


「は?」


「いや、我は世俗に関しては疎くてな。外の世界の事情に関してはよく知らんのだ。この山に籠っていたらいつの間にか歴史とやらが始まっていたしな」


 おいなんだこのクソトカゲ、まったくもって使えねぇぞ!

 それに山に籠ってたって……ニートかてめぇは!


「そ、そんなに睨むな。我にもいろいろと事情というものがあってだな……」


 ほほ~う、じゃあ聞かせてもらいましょうかその事情ってやつを。くだらない理由だったらぶっ飛ばしてやるぜ!

 今の私にこいつをぶっ飛ばせるかどうかは置いといてな……。


「それで? お前は私が死んだ直後にこの山に籠ったのか」


「いやいや、我とてそこまで薄情じゃない。お前が死んだ後、我もお前の創った世界を見届けてから余生を楽しもうと考えていたのだ。だが、えーっと……ほら、いただろう? お前が後を任せた弟子のやつ」


 サイモンか、アイツはその昔私に魔法の勝負を挑んできた時にボコボコにしてやったらなんと弟子にしてくれと私の周りを付きまといだしたのが始まりだったな。


「アイツ私の技術を盗む気満々だったからなぁ。とりあえず弟子って感じで信頼してるように見せてたけど、実はそこまで好きでもなかったんだよなぁ」


 しかもあの野郎は私の知らぬ間にちゃっかり嫁さんをゲットしていたのだ、しかも美人!

 私に結婚式の司祭をやってほしいと頼まれた時はぶち殺してやろうかと思ったくらいだ。


「アイツはお前が死んでからは頑張っていたがな。やっぱりお前ほどのカリスマはなかったからな、いろいろ苦労はしたさ。だけど皆に助けられてなんとかやっていたよ」


 なるほど、つまり皆私の最後の思いをわかってくれていたということか。そう思うと胸が熱くなるな……。


「だけどまぁアイツもストレスとかいろいろ苦労はあったんだろう、うん。でもアイツがあんなことしなきゃなー。こんな世界にはなってなかったかもな」


 あんなこと? おいおい世界を別けほどの重大なことをアイツはしたとでもいうのか。

 いや、でも私とてその昔魔法の実験に失敗して村を一つや二つふっ飛ばしたこともあった、幸いその日皆出払っていて死傷者はなかったが……。その時は私が全力で誤ってなんとか許してもらった。

 あ、ちなみにその後は皆で仲良く復興作業したぞ。


「んで、一体何をしでかしやがったんだアイツは?」


「いや、そのだな……。浮気が……バレたらしい」


「……は?」


 なにを言ってるんだこいつは。

 そういえば見たところドラゴスも結構なお歳のようだ。つまり歳を食い過ぎて頭がボケている可能性が……。


「まてまて! そんな目で見るな! ……いいか、これから言うことは全部本当のことだ。あいつはちょっとした出来心だったらしい、激務で色々溜まってたし家族とは少し冷めていたし」


 まぁ世界の秩序の安定なんて大仕事、サイモンにはちょっと厳しかったか……?

 まったく、女なぞつくるから手が回らなくなるのだ。……仕事を押し付けたのは私のようなものだがな。


「問題は浮気していた人物が一人や二人じゃなかったってことだ」


「それは大変けしからんな。……だがすこーし考えてみよう。英雄色を好むとも言うし、ちょっと多いくらいの浮気は大目に見てはもらえなかったのか?」


「それがほぼすべての種族の女全員でもか?」


 ぶっ!? アホか!

 今でこそ大抵の種族は亜人種としてまとめられているが昔では亜人種は20種くらいは分けていたと思う。

 それを全員とは……なんて羨ま……じゃない! 何人とヤってんだよ!


「更に酷いことに、その浮気していた女全員が全員ともサイモンが他の奴とヤってることを知らなかったってことだな」


 アホだ……正真正銘のアホだ……。

 しかも浮気した女達の中には他種族の代表の奥さんとかいたらしい。

 はぁ……なんであんな奴に後を任せてしまったんだろう。

 なんかもう聞きたくないけどとりあえず聞いておくか……。


「それで、奴はどうなったんだ……」


「正妻に刺されて死んだ。その後、我もあきれ果てて我もこの山に住み着いたというわけだ。他の奴らも散り散りになったみたいだしな。まぁその後は特に争うこともなく穏やかだった……という流れだ」


 そら刺されるわ、絶対そんな死に方したくないわ!

 私が結婚出来たらその人のことを大事にしよう、うん。


「ワンワン!」


「うぉう!」


 びびった! いたのか犬、いつ来たんだ……。この様子を見るにどうやら腹が減ってるらしいな、だが飯は今手元にないぞ。

 いや、この場所にはルコの実があったな。これを犬に食わせて大丈夫か知らんがないよりいいだろう。


「おいドラゴス。ここにあるルコの実はお前が育てたものだろう、少し分けてくれ」


「……」


 あれ? 無視された。

 今まで仲良く喋っていたのにいきなり無視とは……ちょっと傷つくぞ。


「……あ、あぁ! す、済まん。……おいインフィニティ、そいつはなんだ? 新種の魔物か?」


「こいつは私がこっちに戻ってくる時一緒についてきてしまったんだ。ああ、そういえばこちらには犬はいなかったな、向こうでは一般的なペットとして有名だ」


「そ、そうか……きっとお前を呼ぶ時についてきてしまったんだな……」


 なんか焦ってる、なにかマズイことでもあったのか?


「いや、この霧は我の魔法でな。ある程度人の意識に暗示をかけて山を降ろさせるという効果があるのだ。それでも穴をついてくる奴はたまにいるが……。だがこの霧は我に近づほどに強くなり、今回のように我から呼ぶことがなければたどり着くことはほぼ不可能だと言ってもいい」


 なるほど、それで犬が入れたことに疑問を抱いていたのか。

 しかしこの霧はそういう原理なのか……リィナ達が聞いたらびっくりするだろうな……いや、まず信じてくれないか。

 ん? なんか忘れてる気が……。


「あっ! ヤバイ!」


 リィナ達のことをすっかり忘れていた!

 あいつらは大丈夫なのか……そうだ!


「ドラゴス! 一つ確認しておきたい事がある」


「どうした? いきなり真面目な顔をして」


「ここ最近この山の周辺で人が失踪する事件が相次いでいる。まさかとは思うが、お前じゃないよな……」


 もちろん私はドラゴスのことは信頼している、どれだけ時が経とうとそれは変わらない。

 しかし、今はそれとこれとでは話が別だ。


「ふむ、お前が大量の人間と共に山に入ってきたのはそういうことか……。ふっ、変わらんな、自分が大変な状況だというのに他人のことを気にかけるとは。だが安心しろ、我はその事件とは無関係だ」


 その言葉に私はホッと胸を撫で下ろした。

 流石に昔の親友と争い合う関係になるのは嫌だからな……てか今の私ではまず勝てないだろうし。


「しかしそうなるとこの事件の真相は……」


「インフィニティ、それなら一つ心当たりがある」


「本当か!」


「ああ、さっきも話した通りこの霧がたまに効きづらい奴もいると言っただろう。どのぐらい前かは忘れたが、霧の性質を把握してうまく住み着いてる奴がいるんだ。さらに時々妙な動きをする時がある。我に害はなさそうだったから放っておいたがな……」


 となると、どうやら犯人はそいつで間違いなさそうだな。ドラゴスの作る霧を利用して人々を攫っていったんだろう。

 目的はわからないが、それはその犯人に直接聞けばわかることだ。


「で、そいつはどこにいるんだ」


「待ってろ、今正確な位置を割り出す。……見つけたぞ」


 流石、こいつの感知能力は私よりも凄かったからな。

 前世でもどれだけ助けられたことか……。


「むっ、しかしマズイぞ。お前と共に来ていた奴らが接触しそうだ。お前を呼ぶためにお前の近くにいた奴らも大分深くに入り込こましてしまったからか……」


 ちょ!? なに冷静に分析してんだ! ほぼお前のせいじゃねーか!


「しかしそれなら早く向かわなければ! ドラゴスお前も来てくれ!」


「それは断る。お前と違って今の私は外界に関わるつもりはない」


 なっ! この野郎……だがそうか、前世の私のようにドラゴスも今や"過去の存在"なのだ。

 今の時代の問題は今の時代の者が解決するべきだ、と言ったところだろう。


「だがドラゴス……今の私は過去の“魔法神インフィニティ”ではなく“魔導師ムゲン”なのだ。だから私は行く」


 私の意志をハッキリと告げ、それでなおドラゴスがどう考えるか……。

 ま、私としては答えはわかっているようなものだがな。


「……わかった、サポートぐらいはしてやる。まったく、お前の頼みでなかったらこんな面倒ごとなど無視してるとこだというのに」


「流石親友、それだけでもありがたいさ。では行くか!」


 正直相手の力量はわからない、ドラゴスもどこまでサポートしてくれるか……。

 だが私は全力を尽くすのみ!


「まぁそう焦るなインフィニティ。戦いに行くのだろう……となれば、お前にはこれが必要なはずだ」


 そう言ってドラゴスは一本の杖を取り出した。

 あれは……。


「しかし、これをお前に返せる日がくることになるとはな……」


「まさか……それは“神杖ケルケイオン”か!」


 杖の頭部は鳥の翼のような形で、柄には白と黒の2匹の蛇が巻きついたような装飾をあしらえた杖。


 あの杖は前世で私が開発したまさに私の2000年の集大成の塊と言ってもいい。

 絶対に壊れず最強の魔法補助能力を兼ね備えたまさに最強の杖。

 しかもこれには魔力回路の制作を大幅に楽にするシステムも入っている。

 前世では魔法神としての最後の戦いのために制作した物だからその機能はさほど出番はなかったが、今の私にとってこれほど心強いものはない。


「お前が持っていてくれたのか……。だがちょっと調整しないといけないな」


「そんなこと移動しながらでも出来るだろう。早く行かないとマズイんじゃなかったのか」


 おっとそうだった。さぁて、ドラゴスからルコの実の餞別も貰ったことだし。

 待っていろリィナ、カロフ。ケルケイオンを得てパーフェクトになった私が今、お前達を助けに行くぞ!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る