10話 二人のキモチ 前編


「よし、こんなものか」


 出発から早数時間、日もそれなりに傾いてきた頃合いに私達は行軍を止め野営の準備を始めていた。


「そろそろ夕食の準備もできるわ。明日は朝から行軍だから皆しっかり休んでちょうだいね」


 今回の任務は結構足早で進めている……いや、進めなくてはならないというべきだろう。

 村人達が加わったことで戦力は増えたがその分食費も増えるのは当たり前のこと。

 村から食料は分けてもらったが、もともとあまり食料を積んでいなかったリィナの隊にとっては心もとない。

 だがこのまま足早に行軍すればいくばくかの余裕はもてるはずだ。


 聞いた話では、このまま何もなければ早くてあと二日もあれば龍の山に到着するらしいからな。


(後は予想外の事態なんかが起きなければそれに越したことはないが……)


 幸いこの地方の魔物の強さは左程強くない。それこそ、そこそこ戦える村人が普通に倒せるレベルばかりだ。

 その理由としては、魔物の中でも特に厄介な魔力を駆使して戦うタイプの魔物が生息していないからだ。

 多少サイズが大きい奴もたまにいるが3、4人でかかれば難なく倒せる程度だしな。


 ……だが、不測の事態というのは常に想定して置かなければ対処しきれない。

 いきなりドラゴンタイプの魔物が空から現れて突っ込んでくるみたいなムリゲー以外は対処できるようにしたいが……。


「ワンワン!」


「うおっ! ビビった……ってなんだお前か。そうだな、あまり慎重になりすぎるのも良くないな」


 考えすぎても頭が混乱するだけだ……こんな時こそ楽観的な思考に切り替えなければいけないというものだ。


 ……さて、テントも張り終えたことだし夕食もそろそろだろう。踏ん張るのは明日からだ。






 てなわけで、パンとスープだけの簡易な食事を終え就寝時間なのだが、やはり見張りは必要。

 40人を1組8人にわけ、そこからさらに2人4組にわけて四方を見張る。

 さらにそれを一時間ごとに交代し、およそ5時間後には出発の支度を始めるという形だ。


 でもって私の今夜の当番は一番最初。ちなみにコンビはリィナとだぜ。

 これは知らない人間と一緒に見張りをするよりは知ってる人間の方がいいだろという周りの配慮なんだが……うむ、その気遣いは大変うれしいが私としては気持ちが固まってるリィナよりもほかの女性騎士の皆さんと仲良くなりたかったなぁ、とか思ってたり。


(いや別にリィナが悪いわけじゃないんだけどな)


「ワン?」


 犬よ、言いたいことはわかるがこれが男の……いや私のさがなのだ……。


 こうして二人と一匹の夜の見張りの始まりだ。

 ……しかしただ見張ってるだけというのもつまらないな。うーむ何か話題はないものか。


「ムゲン君、今日は本当にありがとう。改めてお礼を言うわ」


「むむっ、お礼とは?」


 話題を探していたら向こうから話しかけてきてくれたぞ。しかしお礼とはなんぞや?


「昼間のこと……正直言うとまだ村の皆には戻って欲しいと思ってる。誰にも死んでほしくないから……」


 リィナは優しい人だ、いざとなれば自分の身を犠牲にしてでも仲間を助けようとするだろう……。

 ま、そんなことは私がさせないようにしないとな。

 しかし待てよ……その役は私じゃなくもっと適役がいるんじゃあないかね……。


「私は実はね、本当はあの村の子じゃないの……」


「村の子じゃない?」


 おっといきなり話題が変わった。頭を切り替えてちゃんと話を聞かないと。

 しかしリィナのこの言葉は一体どういう意味だ?


「これは聞いた話でしかないんだけど、私は赤ん坊の頃に母に連れられて村にやってきたらしくて。その後数年もしないうちに母は病気で死んでしまったんだけど……。それからというものの、私は村長の家で暮らすことになったの」


 自分の昔話を淡々と話すリィナは、この話をただ誰かに聞いて欲しかったかのように話し始めた。

 これは……しっかりと聞いておいたほうがいいだろうな。


「でもね、そんな落ち込んでいた私を元気づけてくれたのがカロフだったの。それから私達は仲良くなってよく遊ぶようになったんだ……」


「ほほーう、あのカロフにもそんな時代があったんだなぁ」


 まったく、今の怒りっぽい性格からは考えられないな。


「でね、それからカロフの将来の話を聞いたの……」


「カロフの? それはちょっと興味あるな」


「実はね、カロフのお父さんは王国の騎士だったの。カロフはそんなお父さんに憧れて騎士を目指し始めた。その特訓に私も付き合わされたのよ、女の子を付き合わせる普通? ……でも、そのおかげで今はこうして騎士をやれてるんだけどね」


 カロフの夢を散々聞かされていたから自分まで一緒に騎士になりたいと思ってしまった、と

 へぇへぇお熱いこって……。


「あいつの親が騎士ねぇ。でもカロフは今騎士を目指してる風には見えないが……」


「……今から5年前にね、ある事件が起きたの。あの事件さえなければ……」


 わずかだがリィナの話す声に深い悲しみのような感情がが混じっている……そんな気がした。


「5年前、それは44回目の特異点発生の時だったの……」


 5年前……たしかその時期は。そうだ、それこそつい昨日リィナから聞いたばかりだ。


「5年前といえば私以外の日本人が来た時のものではないか?」


「そう、当時はそっちのほうが話題になっていた。けどムゲン君の言うその特異点は43回目のものなの。ほぼ同時期に44回目も観測されたんだけど」


 なるほど、中央大陸のそれも異世界人が二人も現れたとなれば当然注目の的、人手もそちらが優先されていたはずだ。


「44回目の特異点、それが私達の運命を大きく変えてしまったの……。特異点は私達の育ったあのリュート村の外れで起きた」


「ふむ、私の時と似たような感じか?」


「そう、だけどその特異点からは何が現れたのかがわからなかったの」


「わからない? なぜだ、今回のように特異点の位置を特定し囲めば大丈夫だろう」


 私もそれで捕まってしまったからな。


「実は特異点を予測する装置は中央に一つしかないの、そしてその時はまだ前の特異点の対応に追われていてこちらへの伝達が遅れてしまったの、それで……」


「それで……何が起きたんだ」


「当時の騎士団がなんとか手分けをして特異点を発見したわ。けど、そこにいたのはその部隊の騎士隊長の死体とその部下だったカロフのお父さんだったの……」


 なんだと! そんなの誰が考えてもカロフの父親が犯人だと思ってしまう可能性が高い。


「とある騎士の告発もあって当然カロフのお父さんは疑われた。そして、騎士隊長であり貴族である人物を殺したとされる罪で死刑になってしまったの。貴族達は「彼には跡継ぎがいない、殺すことで副隊長だった自分がのし上がれると思ったからだ」っていうもっともらしいような動機もだしてきて」


 成り上がるために自分の部隊の隊長を殺した……か。

 確かに突然の特異点の捜索で混乱している時をチャンスとみて殺したというのも考えれられなくもない。

 見られていなければ特異点による何かで死んだことにすればごまかしも効くかもしれないしな。


「そして空いたあ隊長の座を埋めるために告発した貴族の騎士が代わりに隊長になるはずだった……」


「だった?」


 歯切れが悪い、あまり言いたくないことなのではないだろうか?

 無理して喋らなくてもいいのでは? とも思ったが……やめておこう。

 多分これはここにいる私を除く全員が知ってるのだろう、それを私にも知っておいて欲しいのかもしれない。


「跡継ぎはいないと思われた騎士隊長……サガン・エイプルには娼婦との間に出来た子供がいると発覚したの」


 娼婦とヤってデキちゃったわけね。そりゃ公にしたくないわな、貴族が娼婦との子供なんて……。

 ん、サガン……エイプル!? だと。


「リィナ、まさかその騎士隊長というのは」


「そう、その人は……私の実の父だったの」


 ナンテコッタイ!

 先ほどの話と合わせると辻褄が合うからもしやと思ったが。


「私はそのままエイプル家に引き取られたの。エイプル家は騎士の家系であり貴族でもあったから私はそのまま騎士になったの。今では家名の恩恵もあって隊長にまでなっちゃった……正直荷が重すぎるけど」


「リィナは……父親の跡を次ぐために引き取られたのか」


「正直ね、家のことは結構どうでもよく思ってたの。私が騎士になったのはあの村を守るため……」


 はて、守るとは?

 あの村は穏やかで生活に困ることも殆ど無い、魔物だって難なく倒せるというのに。


「一体何から守るんだ?」


「ムゲン君は異世界人だから知らないんだよね。この世界ではね、人族以外の立場ってそんなに良くないの。地方によっては人族以外の奴隷は珍しくないし……」


 馬鹿な……人族の立場が強くなっていただけではなくそれに比例して多種族は立場が弱くなっているということか。


「村ではそんな感じは全然なかったが……」


「あの村は私の家の名のもとに国がそういったことから保護してもらっているの」


「リィナの家が?」


「私が自分からエイプル家に行ったのもそれが理由。今王国に存在する多数の貴族達は亜人族をよく思って無いの。亜人族を保護している筆頭のエイプル家がいなくなれば……」


 国の保護が消え市民権のようなものが消えると言ったとこか。そうなればいつ、どこに襲われても国は何もしてくれなくなる。

 むしろ亜人を嫌っている貴族とやらに秘密裏に襲われ奴隷として売り飛ばされるというのももなくはない話かもな。


「私が貴族の娘だとしても私の故郷はやっぱりあの村だし、皆が危ない目に合うのもやっぱり嫌だから。それに……騎士になることは私達の夢だったから」


 カロフもまた夢を取り戻して欲しかった……ってとこか。


「ってことはやっぱり、リィナはカロフことが好きなんだな」


「ち、違っ! ……いいえ、やっぱり好き……なんだと思う。けど、この気もちは胸にしまったままにしときたい……かな」


「なぜ?」


「カロフを貴族達のいざこざに巻き込みたくないの。私と一緒にいると貴族達に目をつけられることになる。それに……私、カロフのお父さんがあんな目にあったのに自分だけオメオメと騎士になって。後ろめたいから挨拶もせずに出て行っちゃったし……」


 自分に関わると迷惑がかかるからということか。

 しかし、カロフのことは好き、か。うーんどうしたものか……ってなぜ私が悩まねばならんのだ。


 それから……しばらく沈黙が続き、気づけばすでに交代の時間になっていた。

 考えるのはまた明日にするとして今は休むか。


「ごめんね、つまらない話を聞いてもらっちゃって」


 リィナはどこか済まなそうな顔をしてテントへ戻っていく。私としては結構有意義な時間だったがな。

 ま、リィナの気持ちはわかった。となると後はもう一人……あっちの気持ちも確かめないとな。


「はぁ、なんだかあまり昔とやってることが変わらない気がするぞ……。私は自分の恋がしたというのに……」


「ワン?」


 まったくのんきな顔してお気楽そうな奴だ……。私の悩みなど、犬であるお前にはわからないんだろうけどな。


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