9話 いざ『龍の山』へ


「ここが『龍の山』か……」


 リュート村から約三日、無事ここまで辿り着くことができた。


 遠くから見た時はそこまで大きく感じなかったが、こうしてみるとやはりデカいな。


「おいおい、霧が濃すぎて上の方が見えないぞ」


 話には聞いていたがこれほどとはな……。






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 ……さて、話は少々遡り、リュート村を出発した直後に戻るぞ。


 私、カロフ、リィナ、騎士団19人、村人18人。総勢40名、内10名が亜人族で全員村の人、5人が女性全員騎士団の人で構成された私達の部隊は『龍の山』へと出発した。


 女性はリィナを除いて4名……いずれも私より年上か。

 リィナの恋のベクトルは常に同じ方向にしか向いてないからな、諦めるしか無い。

 だが! それ以外のフリーな女性ならお近づきになっても問題ナッシング!


 ……え、恋人は日本でつくるんじゃなかったのかって?

 いやまぁ最終的にはそれがいいんだが転生してからは女性のことばかり考えてたからな、性分と言うやつだ。


 それにどうにかして帰る方法が見つかったら仲良くなった子を連れて一緒に戻れないかなー、とか考えてたりするからな。

 こういった話の定番じゃね、そういうの?


 そしてこれが最も重要なこと……


(童  貞  卒  業  し  た  い)


 そう、今思えば私は前世でもその不名誉な称号をずっと持っていたのだ……。残念なことに前世の私は思春期に甘酸っぱい青春なんてまったくもって送ることができなかったため、恋愛感情もすっかりさめきってしまっていた。

 今でさえ学校の友人と「30歳超えても童貞だったら魔法使いになれるんだってよ」とか笑い合っているが、前世の記憶を持つ私にとっては笑い事ではない。


 30歳童貞で魔法使いなら2000歳童貞の私は何なんだよ……魔法神だよ。

 そんなこんなでチャンスが有らば虎視眈々と狙ってるわけですよ、あの人のお胸とか! あっちの人のお尻とか! 女性は全員騎士団の人だから鎧のせいで形がわかりづらいのが残念だな……。

 だが鎧の隙間からチラッとだけ覗く素肌に私のリビドーも高まる高まる。


「おいムゲン、なにボーっとしてやがる。お前が今回の件について教えろって言うからこうやって説明してやってるのによ」


 おっとっと、そういえばそんなこと頼んでいた。今回の件に関して私は一番情報を持ち合わせていないからこうしてカロフにお願いしていたわけだ。

 うむ、今は話に集中しなければな。


「よし、では『龍の山』とそこで起きてる事件について教えてくれ」


「まったく、ほんとに何も知らないくせに首突っ込んできてたのか……呆れるぜまったく」


 カロフがやれやれといった顔ででこちらを見る。

 スマンな、チラッと見えた女騎士さんの太ももに首を突っ込みたくて意識が離れてしまった。


「ムゲン君ってよく考え事するわよね? こっちが話してるのにいつの間にか俯いてブツブツ言ってるの」


 ありゃ、ちょいと声に出てましたかい……それはちょっと痛い人だな。これからは気をつけるようにしよう。


「あとよく女性の方を見てるわよね……胸元とかお尻の辺りとか特に。それ、人によっては嫌がられるから注意してね」


 おぅ……バレてましたか……。

 だがそちらは気をつけても無理だな、欲望には逆らえん。


「おい、そろそろ話してもいいか……」


 やばい、カロフがキレそうだ。こめかみのあたりがちょっとヒクヒクしてる。


「お、お願いします……」


「ったく、まあいい。まず今回の事件の説明の前に『龍の山』についてだ。あの山はこの大陸の中心に存在しどの街や村に行くにしても近くを通ることになるだろうって場所だ。山の周りには常に濃い霧が立ち込めてて別名『霧の山』とも言われている」


 霧か、それは少し厄介だな。

 周囲が見渡せなければ人探しも困難になる上に、いつ敵に襲われるかも分からない。


「風の魔術でその霧を晴らすことが出来ればいいが……」


「多分それは無理かも……。何年か前に国の魔導師や中央から呼んだ魔導師がどうにかできないか試してみたらしいけど、まったく意味がなかったそうよ」


 うーん、それはそいつらの使う魔術が弱かっただけじゃないのか? でも今の私も能力的に見ればヒヨッコのようなものだし……大丈夫だろうか。

 ……ま、その辺も実際に試してみればわかることだ。


「『霧の山』としての由来はわかった。では『龍の山』と言う名の由来とは何だ?」


 それに関してはなんとなーく検討はつくが……。


「なんでも大昔、それこそ歴史が始まる前からある由来っつーからちょっと眉唾ものなんだけどよ……。あの山には龍族が住んでると噂されているらしい。ま、誰も見たことはねーんだが」


 龍族……この時代ではもはやほとんど見ることがないと言われているこの世で最も希少な種族であり最強の種族……らしい。


 私の時代でもほとんどの種族が同じぐらい人数だったが唯一龍族だけはそこまで多くなかった。

 今のように伝説級の存在とまではいかないが。滅多に表舞台に出てくることはなく、ひっそりと暮らしているという話を聞いたことがあったくらいだ。


「噂の域を出ないが山の頂上には龍族の秘宝があるだとか、霧は龍族が人を迷い込ませて食っちまうために生み出してるだとかな。まあ所詮噂は噂だ。山頂にも登った奴なんていねーんだからな」


「なんだ、誰も山頂に行ったことがないのか?」


「ああ、山の中でも上部の方はさらに霧が濃いからな。登っていたらいつの間にか入り口にいたとかいう話もよく聞くぜ」


 つまり、「俺は山を登っていたと思ったらいつの間にか降っていた! 何を言ってるかわからねーと思うが俺も何をされたのかわからなかった!」と、いうことか。

 頭がどうにかなりそうだな。


 だが前世の私ならそういう現象を引き起こすことができないわけでもなかったからな、無いとは言えないだろう。

 光魔法と闇魔法の複合で気づかないうちに相手の認識をずらしていく……というものだ。


 しかし、光と闇の複合は簡単に出来るものではない。まず今の私の状態ではまず不可能なくらいには。

 そんな高度な術にさらに火、水、風も複合して霧へ変換しなおかつ山一つ全体に常に散布し続けるなど魔法……魔術が衰退してきている今のアステリムにいる魔導師には絶対にいないだろう。

 私が魔法神をやっていた時代なら何人かはできる奴がいたかもしれないが。

 え、前世の私ができたのかって? できたに決まっているだろう、私を誰だと思っていやがる!


 しかし、だとすると可能性があるとしたら新魔族といったところか?

 私の知らない未知数の存在……だが、この山の霧は歴史が始まる前からあるという話だからな、その頃にはまだ新魔族はいなかったはずだ。


(うーむ、となるとやはり超常自然現象と見るのが一番合理的か)


「ま、そんな噂のせいで今回の事件もその龍族の仕業なんじゃないかって言われているほどだ、眉唾だがな」


「事件か、そろそろ概要を教えてくれ」


 そろそろ画面の前の皆さんもしびれを切らしてる頃だからな。


「事の発端は山を挟んで隣にあるトレス王国からの使者が行方不明となったことだ」


「トレス王国?」


「この大陸にはアレス王国とトレス王国という二つの大きな王国が存在してるの、内陸部にあるアレスと海に面しているトレス。アレス方面は豊かな土地が多くて産業が盛んに行われている地域。逆にトレスは海から行ける他の大陸とのつながりがあるから輸入輸出が盛んなの、アレスの特産品とかも出荷してるの」


 その辺りの事情について詳しくなさそうなカロフに変わってリィナが説明してくれた。

 なるほど、つまり今回の事件は二大国間の問題というわけか。


「で、その使者とやらは何の要件で来ていたんだ?」


「それは……ちょっとした外交問題で」


 おや、リィナの雰囲気が少し暗くなったぞ。なにか不味いことを聞いてしまったか?

 それとなく周りを気にしてるみたいだな、ここでは言いづらい事か。


「別に俺らは気にしないぜ、戦争に関することだろ」


「戦争!」


 驚いた、今は戦争中なのか? 戦争なんぞ新魔族とやってるだけだと思ったが。


「カロフ、言い方が悪いわよ。今のところはまだ大丈夫。でも、これからどうなるか……。もともと物流の問題で言い争っていた所に互いの国の貴族達がさらに言い争って。その後に来たその使者は戦争を起こさないために使わされた使者だったの。だけどその使者が行方不明になったことでアレス王国に不信感が抱かれたの」


「さらにその後も山の周りを通る商隊や兵隊が行方不明になっているってことで疑いの目は日に日に増していくばかりだ」


 なるほど、トレスは物品や特産品をアレスから、アレスは他大陸へのつながりを求めて有効な関係を持っている。

 そこで何か問題が起きたか、あるいはどちらかの国がそのどちらも得ようと画策しているか……。

 あまり疑いたくはないがアレス王国は疑われても仕方ないか。


「だからアレスでも疑いを晴らすために山へ部隊を派遣していたんだけど……それも帰ってこないの。我が国でも結構な精鋭が揃っていた部隊なのに……」


 そんな奴らが帰ってこないのにそんな場所へ向かわせるとは。

 捜索してますよという体制を見せるためだとしても、リィナの部隊に行かせるのはやはり無茶だな。


「しかし国からの命ということはやはり王直々ということか? ひどい王様もいたもんだな」


「それは違うわ。実は今王は原因不明の病に侵されていて伏せているの。だから今命令を出してるのは国の中でも力のある貴族達ってとこね」


 なんかテンプレっぽい話だな……。

 大方その貴族ってのが王様を殺そうとか企んでたりするんじゃないか?

 まあ全部推測の域を出ないが、小説とかだとよく見るよなそういうの。前世でもそういう出来事はいくつかあったし。


「ふん、お偉い貴族様方はリィナのことが気にいらねぇみたいだからな。この任務で消えてくれればいいとか考えてるんだろうよ」


「そう……かもね」


 リィナは俯いて考え込んでしまった。……まったくこの阿呆め、少しは気をつかえ。


 うう、いかん……ムードが暗いぞ、ここは私が盛り上げねば。


「なに、任務なんぞさっさと終わらせその貴族達の鼻を明かしてやればいい。村のみんなも協力してるのだ、なんとかなる!」


「そうね、頑張らなきゃ……」


 うーんやはりまだ不安が顔にでているな。

 なにか明るい話題はないものか……。


「そ、そういえばムゲン君出発する前に魔術を使って見せてくれたよね。すごいね! たった一晩で使えるなんて!」


 リィナの方から強引に話題を変えてきた。ちょっと笑顔に無理があるのが何とも言えないが……。


 とはいえせっかく自分から話をそらしてくれたのだ、ここは乗っかってやらないとな。


「ふっ……最初にこの世界に来た時から体に違和感を感じていてな。それが魔力だったというわけだ、あとは天才の私にかかれば楽勝楽勝。この魔導師ムゲンにかかればどんな敵もイチコロだ!」


 実際はまだ回路を作り直し始めたばかりだからそこまで色々出来るわけではないが。


「調子に乗りやがって……。大体魔導師って言えるほど魔術を使えるのか?」


「む、私の魔法を間近で見ておきながら疑う気か!」


 貴様のケツにも火を付けてやろうか!


「ムゲン君、この世界では魔術にはランクがあって一定以上の術が使えないと魔導師と認められないの」


「最近じゃちょっと火や風を起こせたり、水を出しただけでその気になって自分には才能があるなんて思い込んじまう奴が多いってはなしだ。村長とこの馬鹿息子もそんな一人だしな」


 術のランクか……確かにそんなことを本でも読んだ気がする。だが私はそういった形式張ったものはあまり好きではなかった。

 昔の私も「魔法は教えてもらうものではなく自分で編み出すもの」といった考え方だったしな。


「魔術には初級、中級、上級、もっと上もいくつかあるらしいけど、大抵の魔術書に書かれているのはその三つ。そして六種類の魔術、火、水、地、風、雷、付与。これらの内一つでも上級魔術が使えれば魔導師と認められるの」


 六種類……なんか減ってるな。私が編み出した禁術二つは別にいいとして他はどした他は。

 てか付与ってなんやねん。


 ……後に聞いたところ、付与はどうやら私の言う光、闇、生命が一緒にされたものっぽいな。

 主に回復、強化、バリア、呪い的なものの総称として使われてるとか。

 どうやら昔と比べて"魔"に関する技術は随分質が落ちてるみたいだ……まったく嘆かわしい。


 しかしどういった方法でランクを分けているのかね。やはり単純に威力が高いだけではだめなんだろうか?


「ま、おめぇはまだ見習い魔導師ってことだな」


 カロフめ……言わせておけばいい気になりやがって。

 ここはひとつ私の凄さを再確認させてやらなければ……。


「この私が見習いだと? ならば見せてやろう、私の力をな!」


 さて、標的は何にするか……。お、丁度いいところに偶然スライムがいる。


 本当に偶然だぞ……。


「今からあのスライムを消し炭にしてやろう! いくぞ『火柱フレイムピラー』!」


 座標をスライムの下に固定し魔力を込める。

 ちなみに杖の代わりはまだ傘を使っている。


ドォン!


 焼却完了!

 よし、場所も威力もバッチリだ。スライムは消え地面は少し焦げている。


「ふっ……どうだ?」


「わかったわかった。すげぇよお前は」


 なんだか投げやりな感じにも見えるが。

 まあこれで私の力も戦闘に使えることがわかってくれただろう……。


「でもやっぱり地下牢を壊したのはお前だったんだな……。ま、もう気にして無えけどな」


 あ……しまった。

 ま、まぁ気にしてないというし結果オーライだったということで……。


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