#13 ストレンジャー・ザン・パラダイス(5)
白い服の青年は切り裂かれ、血を噴き出しながら後方に大きくよろめき、引き下がる。
鮮血は地面に広がり、後方に影のように拡散する。ふらつく……。
「――ッ!!」
シャーリーは息を呑む。
前方で彼は膝をつく。その前に、彼らのシルエット。白服たちを取り囲み、威圧する。
桃色の空が、不安を色濃くする。
その瞬間シャーリーは周囲の視線を知覚する。
「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」
信じられない。お前は今何を思った、何を考えた。
彼らに、何を感じた――!?
それは白服の青年に対して少しでも芽生えた『疑問』を察知した者たちの、無言の威圧だった。みな、空洞の目で――シャーリーを見ていた。
違う。わたしは違う。わたしが考えたのは……。
女達。くそったれな荒れ果てた喧騒の世界の中出会った、何もかもをぶち壊していく者たち。彼女の常識良識を破壊して、新たな秩序を植え付けた者たち――その幻想。
痛み。なんだ、この記憶は――。
シャーリーが再び頭を抑えて蹲ると、その視線の群れは強まった。アーサーは助けてくれない。出口のない焦燥感から逃げるため、彼女はその目を、取り囲む無数のまなざしから引き剥がし、その先の――青年を取り巻く光景に向けた。
彼は苦しみ、翻弄されていた。
コウモリたちが風を巻き起こし、銃弾が舞う。白服の男たちの隊列が乱れていく。白服の青年は立ち上がり、杖を振るう――眼前に迫った剣舞を受け止め、弾き返すが、もはやその切っ先は頼りなく、第九の旋律は既に聞こえない。現れたときの余裕は既になく、彼は翻弄されていく。攻撃の風の応酬にはばまれて、そのシルクのような白が引き裂かれていく――。
痛い。心が痛い。その光景を見て、シャーリーは苦しんだ。
「――あなたのせいよ」
すぐそばで、誰かが声を上げた。
そちらを見た。『観客』の一人が、こちらに顔を向けて言った。空洞の瞳。怒りを透過して、ただ純粋な責任だけをシャーリーに問いかけた。彼が追い込まれているのはあなたのせい、あなたが、彼らに疑問を持ったから――。
……そして。
視線の群れが、またシャーリーを見た。
同調する目。目。群衆。群衆。
追い詰められていく青年。その足元に、淡い桃色を相反するような原色の赤。
「そうだ」
「あなたが、そうよ」
「あなたが否定したから」「彼を否定したからそうなった」
「あなたのせい」
――違う。違う、違う。
傷ついていく。目の前で、青年が蹂躙されていく。
「あなたが――あなたが、彼をあんな目にあわせたのよ」
――違う、違う。
わたしはそんなの、望んでない。
「あなたが――……人を傷つけたのよ」
傷つける。
人を傷つける。
――それは。
「それは正義じゃない、正義じゃないよ」
――正義。
その言葉。
かつて、あの女達が言った。
正義の見方。セイギノミカタ――。
その言葉に惹かれた自分が居たはずだ。その言葉に救われて、目的を与えられた自分が居たはずだ。だったら自分は――??
「正義じゃない……正義じゃない??」
――そう。だからこそ、あなたはここで――……彼を傷つけたの。
「あ…………あ……――」
壊れていく。白い服の、無垢そのものの青年の姿が……壊されていく。
そして、シャーリーの中のなにかも、こわされていく……。
◆1 Days After
そう。壊れる。
完璧な計画は壊れる――それを理解していたのは、誰よりも、フェイではなかったか。
「何を言っている? よく、聞こえなかったが」
フェイはふっと笑い、言葉を返す。
「なら、何度でも言ってやろう……」
しかしそこで、違和感。
彼女は今地に伏して、銃口を向けられている。
だが、何故こいつはこんなにも落ち着いている――?
フレイは、ふところからスマートフォンを取り出して、耳に押し当てた。
それから、街角で立ち止まった最中のような自然さで……落ち着き払った声で、相手の声に答えた。
「分かった。重畳だ」
「何――」
一体何が。
……銃口を突きつけているのはこちら側のはずだ。しかし、これは……逆だ。
こいつは何かを握っている……。
「舐めるな、と言ったな。なら、それをそのまま返してやろう。あえて、お前たち流の言い回しで」
「……――」
フェイはフレイの胸元を掴み、引き寄せる。
彼女のまとめられた髪が後ろに流れ、その冷ややかな目元があらわになる。
その目が……フェイの目をとらえた。そして、突き刺した。言の葉を、つむいだ。
「何の共同体にも属していない、絶対的な価値観すら持っていない愚連隊以下のグルーピー共が。堕天使は天使には勝てない。だからこそ、今お前たちはこれ以上前に進めなくなる。正義は我らにあり。――評議会を舐めるなよ、チンピラ共が」
もう、遅い。
背中に垂れた汗が、それを知覚させた。理由はわからない。だが全身が告げている。これは確定だ――『これから、形勢が、逆転する』……。
「なんだと……」
「さぁ、見るがいい。
◇
「ゲエエエーーーーーップ。文句を言っていても始まらん。カネと労働は乳繰り合うビッチども……どちらが欠けても始まらん。相互に高めあって、どこまでもどこまでも上へ。俺の居る場所へ……分かるよな? お前たち」
『バルザック』は、
そこにはまばらに散らばった『彼女たち』が視える。
フェイ・リーとチヨ・タカナシは同じ場所に居る。だが、深く落ち込んだ地下の廃屋の中。
グロリア・カサヴェテスとミランダ・ベイカー。左右を狭い路地に囲まれている。包囲したつもりだろうが、そうなっているのはお前らだ。
そしてキンバリー・ジンダル……お前は今咳き込みながら、トンネルを抜け出そうとしている……それでも。間に合うものか。お前は光にはたどり着かない。
皆がそこに居た。彼にはお見通しだった。
「この街は俺の庭で、お前らはそこにいる蜥蜴だ。逃れることはできんぞ」
そして彼は、昇華機構を発動させる。
――それは、あの雨の日の。
ミランダが、一人のテロリストを討ち倒した時街に起きていた大規模な『変動』の再現だった。まさにそれをやってのけた本人が、再演を始める……。
◇
最初に異常を感じたのはキムだった。
痛む身体をおさえて、トンネルから抜け出そうとした。
「何…………??」
光の向こう側から、異変。
地面が、大波のように、噴き上がっている。
奇妙な表現だが、そうとしか言えなかった。
そして、連なる駐列された自動車達が波にうちのめされ、つぎつぎと跳ね上がっていく。間欠泉のごとく。こちらに迫ってくる。波が、こちらに迫ってくる。地面が動き、うごめき、吹き上がりこちら側へ――次は、こちらの番。
「……っ!!」
キムは両腕の『ちから』を解放しようとした。
あのデブ男を倒した力だ。
だが、それも遅い。
「しまった――……!!」
……間もなく。
トンネルの壁が、地面が、不気味にどろりと溶けて、それは巨大な腕のような形に変貌。そのまま、キムの周囲の空間ごと包み込み、奪い取り、取り囲み。
その姿を覆い隠し。封印した。
あとには、いびつに変形したトンネルの壁材と地面から織りなされる、奇妙な『鉄の繭』がそこに残っただけだった。
◇
「何よこれ、なによこれッ!!」
地面が揺れている。尋常じゃない。
ミランダとグロリアは背中合わせになる。その両隣に敵がいる。
何かが……何かが、地面から、突き出してくる。いや、違う。地面からじゃない。
――横からだ。
両隣の建物の壁が崩壊、いや、変形し、ミランダの側の進路を、完全に塞いだ。それは目の前に、突然別の建物がせり出してきたようなものだった。まるで誰かが、空の上から、建物をパズルのピースにして、街で遊んでいるような……。
「ひゃははははははははは、引っかかりやがった、引っかかりやがったッ!!」
ミランダの前にできた壁の向こう側で声がした。
グローヴも今やグロリアから遠ざかり、観察するようにくっくっと笑っている。
「ちょっと何よ、何よこれ……」
「覚えてないの、グロリア……『あの雨の日』
「――ッ!!」
はっとする。
そうだ。これは……あの時と同じだ。
建物が崩れ、形を変え、街の構造がいびつにゆがめられ。だが、翌日には何もなかったように直っていた。あのときと同じ力が今、ここで発動している。大地が揺れる、揺れる、揺れる…………。
「まさかっ……」
「そうだ、全部、『追い込みポイント』にお前らを追いやるため……お前らは、追い込み漁法の罠にかかったのさ……さぁ、御覧じろ!!」
次の瞬間。
グロリアの側にも、建物が、地面が、一斉に意思を持って襲いかかった――。
◇
「はじめから……このつもりだったのかッ――」
「そうだ。見ろ、お前の、そして隣りにいる刃物を持った不良の状況を」
地下室を構成している鉄柵が、柱が、壁が、地響きとともに崩壊していく。それは眼前に広がる光景を歪め、抽象画のように掴みどころのない実像へと変えていく。瓦礫がばらばらと落下し始めて、視界に降り注ぐ。地面が揺れる。ここも長くはない――。
次の瞬間、すぐ目の前に、床が『噴き上がった』。
床下の構成部分に力を与えられて、まるで巨人の腕のように、意思を持って動き出したのだ。
同様に。フェイ、フレイ。そして、その奥の二人――チヨとハンセン。巨体が小さな少女に組み敷かれている構図。それら全てに、鉄と瓦礫、全てを練り合わせた怒涛の腕が襲いかかり、巨大な鳥籠を形成するように流動し、覆いかぶさろうとしはじめた。
「――終わりだ」
……だが。
「そうは……」
――一瞬で。
彼女は、今このとき、どうすべきかを考えた。
偽りの、砂上の城の、かりそめのあるじとして。
それ以上に……彼女たちと、そして彼らと過ごしてきた者として。
「いくか――ッ!!」
フェイは叫んで、煙草を放り投げた。チヨの方角へ。フレイは目をむいた。遅かった。
煙草はフェイとチヨのはざまが瓦礫で覆われる前に飛んでいき、チヨの持ったままのソードに巻き付いた。一瞬の出来事。その刹那にフェイは聖句を唱えた。ソードに力がやどり、チヨから吸い取られたそれが、彼女をほんの僅かな間……磁石のように操った。彼女はハンセンをよそに、瓦礫の外側に……鉄くずの腕の及ばぬ側へ、『動かされた』。
「ぬおおおおおおおおっ!!??」
突き飛ばされたハンセンは転倒する。チヨははっと振り返る。
――間もなく。フェイとフレイは、瓦礫の内側へ。鉄の繭の中に閉じ込められる――。
「どうして――何故だ、フェイっ!」
目を見開いて叫んだチヨに……フェイは、小さく言った。
「お前が行くんだ。お前が行って、役割を果たせ。第八機関としての――」
「しかし、儂にはもう力も、信念も――」
「いいから行けっ、ファッキン・タワケが!!」
た、たん。
チヨは後ろに引き下がった。
◇
二人の居る場所が、ブロック状に分裂し、両腕のようになって二人を覆うその寸前。
ミランダは振り返り、グロリアのケツを思い切り蹴飛ばした。
「ッて――何すんの、このビッ…………」
「前向いてなさい、ビッチ」
グロリアの頭上を、砲火が飛んだ。
弾丸が鉄のかごに穴を開けて、グロリアの足先に、出口を作り出した。一瞬。すぐに塞がる。
だが、道はできた。ミランダが、作った。間もなく、閉じ込められることをいとわずに。自らを犠牲に。
「あんた、どうして……」
「うちを支えてたのは、あなたのバカさ加減よ。だから行きなさい、『先輩』――」
ミランダは銃をおろして中指を突き立てた。
その背後にも前方にも既に、敵の姿はいなかった。もう逃げていた。二人だけだった。
グロリアは何かを言おうとしたが、何も出なかった。
出たとしても、こいつにだけは聞かせたくなかった。
まもなく、グロリアの目の前で、ミランダが、変形し、いびつに歪んだ建物のねじれの中に閉じ込められ、その姿が、完全に見えなくなった。
◇
「貴様――」
フレイは立ち上がり、脱出しようとした。
しかしその襟首をフェイはつかみ、再び地面に叩きつけた。
「ぐッ……」
その顔に血がかかる。フェイは、吐血していた。力を一瞬でも使った代償だった。
「お前……」
「逃がすものか。お前にはまだまだ聞きたいことがある」
「離せ――」
「やな、こった」
フェイは力なく笑って、フレイの上にかぶさるようにして、気を失う。
その僅かな隙間に、彼女は……降りてくる瓦礫のはざま、チヨを見た。驚愕に見開かれた目が、不安と憂いをたたえている。腕の下ではフレイが逃れようともがいている。もう遅い。
――お前ならやれる。
その一言をエールで送ったつもりだった。届いているだろうか。
フェイとフレイが歪んだ地下の牢獄にとらわれ、完全にチヨの視界から埋もれたのは、それからすぐだった。その轟音の中で彼女は、敵対していたハンセンが、からがら逃げていくのを見た。血のわだちが、傍らから、地上へと伸びていた。追いかける気にはならなかった。
チヨは、その地から去った。
……訳のわからぬ感情にかき乱されながら。
◆
正義。
その言葉は確かにシャーリーとともにあり、彼女を内側から支えているようだった。ずっとこびりついている残響のようなそれは、ここに来てから何度も自分をかき乱し、動揺させた。それがなければ、きっと目の前の彼をもっと素直に応援することが出来たはずだ。何故なら。
目の前に現れた怪物から自分たちを助けたのは間違いなく、あの白い服の青年だった。彼は可憐に舞い――戦った。その挙げ句に、命を救った。正義とは彼らにあるはずだった。人々は憧れの目で彼らを見て、そこには欠片の疑いもなく。この桃色の空の下、彼らは――全てを従えていた。
しかし、自分が疑いを向けた瞬間、何もかもが逆転した。青年は地に伏し、今なお――蹂躙されている。地面に叩きつけられた彼は、背中を踏みつけられて痛々しく絶叫する。
「ぐああああああああーーーーっ!!」
目も当てられなかった。痛々しかった。正義が敗れる。人々にとっての正義が。
「あなたのせいよ――あなたが、疑いを向けたからよ……彼に、彼らに」
「違う、違う、私は、私は――……」
否定する、必死に。だが、これを見ても、そう言えるのか?
それは魔法のようだった。偶然にしては出来すぎていた。自分が現実を信じず、自分の中にある幻想を信じようとした瞬間に、その逆転は起きた。それは知らずのうちにシャーリーの脳裏でスパークして、ひとつの方程式にたどり着かせていた。
敗北。蹂躙、血――。
かつて、自分が信じていた女達が居た。
彼女たちの信念が、自分を支えていた。くっきりと、その残像が映し出される。
だが今まさに、自分の中に根付いたその信念こそが――眼の前にある『光景』を破壊しようとしている。その事実。リアルは、幻想を凌駕する。だからこそ、崩れ落ちていく。そうして、再構築されていく。
「ああああ、があああああああーーーーーーー」
――あなたのせい。
――あなたのせい。
――あなたのせい。
声が取り囲み、彼女を責め立てる。
「……っ、くそ……認めろ、認めるんだ、シャーリー……」
彼女の傍に、アーサーか寄り添って、つぶやいた。
「それが一番いい。思考なんて振り払っちまえ、一番ラクなのを選ぶんだ。でなきゃお前、頭の中から腐っちゃうぞ」
「うう、ああああ……」
そうだ。否定しなければ。
この頭の中にへばりついた、どこかで遭った者たち。妙になつかしい匂いのする者たち。
彼女らには出会わなかった。そんな日々はなかった。
「はやく、はやくするんだッ!!」
「さぁ言うのよ!! はやく!!!!」
「はやくはやく、はやくはやく、はやくはやくはやく!!!!」
「ああああああーーーーーーー……」
目の前で。
ヤラレテイルヒトガイル。
ソレヲホウッテオクワケニハ、イカナイ。
ナゼナラソレガ、正義ダカラ。
「さぁ言うんだ――正義は彼らにあると!! そうすれば君は、俺達の仲間に戻ることが出来る――!」
アーサーの声が、シャーリーに届いた。落とし込まれた水滴のように。
彼女は立ち上がり、倒れ込んだ白服たちに向けて、叫んだ。
喉から血が出るほどの大声で、叫んだ。
……その瞬間。
「あんな奴ら――仲間なんかじゃないッ!! 私はもう、ここに居る!! だから何も知らない――……負けないでッ!!」
彼女の心のなかに巣食っていた者たちの影が、すっかり洗い流された。
気持ちがふわりと軽くなり、身体から力が、抜けた……。
◇
「――ありがとう」
声。
ゆっくりと足が立ち上がり、白い帽子のつばをおさえて、彼は背筋を伸ばした。後ろでシャーリーが呆然としていた。彼は一瞬にこりと笑った。同時に、左右に散っていた白服の者たちもまた、ゆらりと立ち上がった。傷だらけの身体を抱えながら……各自、銃器を構えなおす。
それから再び――ミュージックがオンになる。
荘重な管弦楽……ワルキューレの騎行。
その響きが、余裕の中でふんぞり返っていた者たちの目を覚ました。怪物たちはぎょっとして、白服たちを見た。流れが、変わろうとしている。
シャーリーの周囲を囲っていた人々が、ぐりん、と……再び前を向いた。
熱を上げていく音楽とともに、彼らの熱狂も比類なきものに変わった。瞬間的に、爆発するように。
――来た、逆転のときだ。声。
――今度こそ勝てる、絶対に勝てる。声。
青年は、うっすらとした笑みを浮かべて、指揮者のように両腕を広げた。
同時に、銃撃が一斉にひらめいて、怪物たちのもとへ殺到した。
その瞬間彼の姿は消えて、標的のもとへ。
眼前に、あらわれた。
――そこからは圧倒的だった。
怪物たちはもはや個々の特徴を視覚から失い、一つの漠然とした『悪』のかたまりとなった。だからそれぞれが違う動きをしていても、シャーリーには分からなかった。ただ彼らはもがきながら攻撃を行ったが、それらはすべて、絶え間なく、まるで波のように規則的に、音楽に合わせて到来する銃撃に阻まれる。それから、眼前に青年が現れる。泡が弾けて消えて、また新たな泡が出現するように。誰もその原理はわからない。とにかく彼は瞬間移動を繰り返して、『怪物たち』を嘲笑するように翻弄する。
それから、彼らの攻撃が振るわれるたび、その剣先が閃光を発し――切り裂く。
悲鳴はもはや、音色の一部となっていた。
「そこだ、行け、行けーーっ!!」
「頑張って、私達のためにッ!!」
「倒せ、『悪』を倒せーーーーっ!!」
熱狂だった。彼らはみな熱狂していた。音の圧がシャーリーを包んで、どこにも出口のない湿度を与えた。それは彼女の中から判断力を奪い、視線を他に巡らせる余裕をなくした。いつしかシャーリーは……彼らのなかに埋没し、ともに、青年の輪舞に魅入られつつあった。
――すごい。彼らはすごい。圧倒している。すごい、すごい。
既に心は洗い流されて、陶酔に押し流されている。
「な、嬢ちゃん。彼らは……本当のヒーローだろう」
恍惚のようなその声が、隣の男から聞こえた。
「ええ、ええ……」
シャーリーは、熱に浮かされたようにして、その声にこたえた。
時間が歪んで、戦いが始まってからどれくらいの時間が経ったのか分からなくなった。熱いシャワーを何時間も浴び続けたような感覚だった。
やがて、戦いが終わる。
白服の青年は、踊るようにしてステップを踏んで、『怪物ども』の最後の一体を切り倒し、地に伏せた。
それから顔を上げた。そこにはシャーリーが居た。彼女は立っていた。ゆっくりと、導かれるように前へ。
もう、怪物たちは『終わった存在』だった。背景と同じだった。誰も、言及する必要がなかった。
「……あなたは」
「僕は……『アッシュ』。評議会の№6です――よろしく」
青年は笑い、手を差し伸べた。
絹のような、キレイな手をしていた。
シャーリーは前に進んで、その手をとった。
「……」
「はじめまして、シャーロット・アーチャー。そして、歓迎しましょう」
みんなが。
みんながいた。
シャーリーを、アーサーを囲んで、みんながいた。
男も、女も。こどもも、老人も。
みんな笑顔だった。みんな同じだった。
みんな、みんな。笑みを浮かべて、手をつないで。
桃色の空の下で、みんな、ひとつだった。
シャーリーは、えがおになった。
「――天国へようこそ」
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