#12 ストレンジャー・ザン・パラダイス(4)
「――正義の味方?」
緩慢に感じる時間の中で、シャーリーは、その問いを発した。
蝙蝠男が倒れた後……他の三人、いや、三体は、吹き出した血のはざまで、唖然とした表情を見せて……たじろいだ。
アーサーは、一瞬、シャーリーの顔を、驚いたような顔で見たが、すぐに、出かかった言葉をおさえこんで、かわりの事を言った。
「そうか、記憶失ってるなら……それがマジなら、ホントかどうかも、分かんないか……」
「うん……」
「でも、それなら――なおさら、見る必要があるよな。『彼らの戦い』を――」
シャーリーのそばで、アーサーが言った。
その言葉には、熱のようなものがこもっていた。どこか浮ついた、熱狂の手前のような。
青年は――その時すでに、シャーリーたちの、そしてコウモリ男の、『敵』の前に立っていた。
また、一瞬で。驚く暇もなく。青年は、ハットのつばを小さく持ちながら、振り返ることなく、シャーリーたちに向けて……言った。
「おふたりとも。危険だから、お下がりなさい。そして……ゆめゆめ、目を離さぬように」
シャーリーは何かを言おうとしたが、気付いたときには、アーサーに無理矢理抱き起こされていた。その遠慮ない接触に一瞬むっとしかけたが、それでもなすすべなく、後方の標識付近に、二人して隠れた。そして、安全圏から彼らを見た。
――青年は、ちらりと一瞬だけ二人を見て、微笑した。木漏れ日のようなあどけなさだった。
それから、前を向いた。
彼の左右には、同じような装束の男たちが一斉に並び、綺麗な陣形を形作っていた。
……怪物たちが、警戒するように唸り、前傾姿勢をとる。間もなく飛びかからんとする仕草だ。
……杖の先端を、地面に突き立てて、音を立てた。
それが合図だった。
部下の一人が、しのばせたポータブルスピーカーで、音楽を流し始めた。
桃色の空に広がったそれは――『第九』だった。
怪物たちは、突然広がったサウンドに戸惑ったように、周囲を見回した。小さな音のはずなのに、空間全てに広がったようだった……何をした、奴は何をした……。
彼らは前を向く……。
ハットの端を持ち。
――杖を、前方に差し向ける。
部下たちが、ゆっくりと……歩調を揃えて、前進し始めた。
杖型の銃を、構えながら。
シャーリーがゴクリと唾を飲むと、後ろからざわつきが這い寄ってきた。
「ヒーローだ」「現れてくれた」「もう大丈夫だ」
浮かんでは消える泡のようなつぶやきとともに、影の人々が、白い青年たちの様子を見るために、群がってきたのだった。
途端に……彼らに、色がついたようだった。彼らは影でなく、『ギャラリー』として存在感を増し、そこにあらわれた。
住人たちは、シャーリー達とともに、固唾をのんだ――。
第九の荘重な音色が、流れ始める。
同時に、部下たちが一斉に長銃を構え――放った。
銃撃は規則正しく、波のようにまっすぐ飛んだ。吸い込まれるように。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!」
パンツの大男が地面を揺らしながら駆けた。地面が砕けて、破片が舞う。振動する。
彼は大腕をふるい、青年に暴力を浴びせようとした。
だがその瞬間、彼の援護をする者はなく。孤立していた男の周辺には銃撃がばらまかれ、誰も近づかなかった。
――男の拳は、青年をとらえたはずだった。
だが、当たらなかった。
目の前から、青年が消えたのだ。
またぞろ、あの帽子のつばを持つ洒落た動作とともに――挑発するように。
「……????」
男は左右に首を振り、彼を探した。
ドコダ、あのヒヨワナ青年はドコダ――……。
「こっちだよ」
ストリングスの旋律に乗せて、声が、上空にふわりと舞った。
――怪物たちは、上を見上げた。
青年はそこにいた。
空を踊るように、帽子を手でおさえながら、飛び上がっていた。
その口が、小さく歪み、いたずらっぽい笑みを作った……僅かな瞬間。
「ヒャハハハハハハハ、がら空き――」
傷だらけの男が、両腕の銃を構えて、上空に向けた。
彼は間髪入れず、銃弾の波を浴びせにかかる。
轟音――空薬莢が地面に転がり落ち、閃光がまたたいてはじけた。
男はエクスタシーの中にあった。その素晴らしい反響の中で、青年がずたずたに引き裂かれるのを幻視した――。
だが。
「ヒャハハハハ――…………えっ…………????」
青年は、そこからも姿を消していた。
彼は。目の前に居た。
男は対応できなかった。銃を釣り上げた両腕の真下に空いたスペース。
そこに、低く腰を落とした青年が居た。
――すぐに、そこへ銃を向けようとした。
しかし、前方から押し寄せる波状の銃撃が、それを阻止した。
まずい、間に合わない――思考がよぎる。
青年は……わずかに目を見開いて笑う。
その時、杖がわずかにスライドし、刀身がぎらりと光り――。
……傷だらけ男の両腕が、丸太のように切断された。
彼がよろめき、地面に重い銃が落ちた瞬間には既に。
青年は、残りのもうひとり――爪の男の眼前に、姿を現した。
まるで本当に、コマ送りのように、一瞬で消えて、一瞬で姿を見せた。
彼はたじろいだが……そこで、奮起した。
マーチングバンドのように、青年の部下たちは規則正しい間隔で銃撃を放つが、それは獣たちに『スキ』を作らせない以上の活躍はしなかった。このギグのメインはあくまで青年であり、そこで聞こえてくる定期的な銃撃音は、バックのオーケストラでしかなかった。
青年の刀身と、爪がぶつかりあった。
体格には圧倒的な開きがあった――屈強な男に対して、青年は哀れなほどひ弱だった。
だが、実際の形勢は目に見えていた。男は脂汗をかいていたが、青年は……柔らかく微笑んでいた。
男が押し込んでも、青年はびくともしなかった。
それどころか……その白い服の美貌は、ふっと笑い、そのふるまいで彼を戸惑わせた。こいつは本当に戦いをしているのか――。
……逆転する。
青年が、爪をはじいた。火花が散る。
そこに、刀が迫る。
ぎりぎりのところで、男は体勢を立て直す。
再度、ぶつかりあう。
翻り、刀の軌道が線を描く。その交錯が、銃撃をバックに、桃色の空間をさらに色づけていく。何度も火花が散る。激しく、美しく。
男はやはり、汗をかいていた――恐怖と困惑の汗を。
だが、やはり……青年は、微笑んでいた。
時折腰に手を当てて、挑発的に目を開いて、いたずらっぽく喉を鳴らしさえするのだった。
「……凄い」
シャーリーはただ、その戦いを見ていることしかできなかった。
静寂の空間の中に、突如として激しい戦いが展開され始めたというのに、その模様はあくまでも街の中に溶け込んでいるようだった。それが不思議でならなかった。すべては桃色の空の真下で起きている、書き割りの舞台劇のようにさえ見えている……。
「本当に……ヒーローみたい」
傍観者として眺めるしかない彼女の口からは、そんな素朴な言葉しか出なかった。
そこにはいかなる皮肉も込められていなかった。
ただ、彼女の中の感情が、青年の動きを、醜い獣共を圧倒するさまを、そのようにとらえたのだ。
「――みたい、じゃなくて、そうなんだよ」
声がした。
同時に、彼女の肩に、小さく手が置かれた。
少し驚いて後方を見ると、年老いた住人の男が、彼女の近くでそう言ったのだった。
その手は、「何を当たり前のことを」と言っているようだったが、彼自身はそれ以上何も言わず、ただ前を見ていた。
男の目は、輝いていた。目の前の光景に、青年が踊り、鈍色を閃かせているさまに、魅せられていた。その目は、パレードを見る幼子のように純真だった。
……いつの間にか、シャーリーの周囲には、そんな者たちで溢れかえっていた。
みな、童心に帰ったように、戦いを眺めていた。
世界が急激に色づいたようだった。さきほどまで、あれほどモノクロームな静寂が支配していたというのに。
――なんだろう。これは、なんだろう。
そんな思いが、少し芽生えた。違和感、と言うほどでもない、小さな小さな棘。
しかし、それが、それ以上大きくなる前に。
「あら……あなた」
住人の一人である婦人が、シャーリーを見て、声をかけた。
「……見ない顔ね」
その一言を皮切りに。
みなの顔が、シャーリーのほうを、向いた。
戸惑い、困惑する暇もなく。
声が――彼女を取り囲んだ。
「君は?」「どこから来たの?」「ほんとうに見ない顔」「どうしたの」「そんな顔をして」「病気なの、調子が悪いの」「だったら――」
声。たくさんの声。
「えっ、えっと……」
まるで、鳥かごの中だった。急激に空間が狭まり、彼女の頭上にたくさんの影が落とし込まれた。声が取り囲む。興味と、他の感情の矢印が彼女を向き、とらえて離さない。
「あなたは誰」「あなたは」「あなたは」「あなたは」「あなたは」「あなたはあなたはあなたはあなたはあなたはあなたはあなたはあなたはあなたはあなたは
シャーリーは座り込んだ。つい、助けを呼ぼうとさえした。
そこに。
「ええっ、と――ですね!」
声。一斉に、ぐりん、と。
まるで鳥の集団のように……住人たちの視線が向いた。
アーサーのほうに。
それは助け舟だった。シャーリーは安堵し、感謝した。
彼は、一瞬視線の群れにうろたえたが、すぐに言った。
「彼女は『外』から来た友人です。今日から、こちらに住むことになって……」
それを聞くと、住人たちは。
「あら、そうなの」「疑って悪かった」「なら問題ないな」「ええ、何も」「何も問題はない」
また、泡のように。
口々に呟きながら……視線を、彼ら二人から外していった。それからまた前を見て、青年の舞踏に見せられ始めた。
――奇妙なまでに、一瞬で訪れた冷却。
シャーリーは、また、ココロの中に、棘が生まれたのを感じた。
「なら、いいわ。しっかり見ておくといいわ……この町の名物をね」
住人の一人が、彼女に言った。
その声は歓喜に上ずっていた。みな、パレードを楽しんでいた。
……すぐそばにいる、アーサーすらも。前を見て、青年を見ていた。
シャーリーだけが、そこに、乗り切れていない。
白い服の青年は、怪物たちを圧倒し続けている。
それは『蹂躙』と言ってもいいほどのパワーバランスであったが、そこに過激さや残酷さは感じられなかった。それが不思議だった。
それらを『感じよう』とした瞬間、人々の合間から歓声が上がった。そして、覆い隠されてしまい、舞踏会のように感じられてしまうのだった。
……シャーリーは。僅かに、違和感をおぼえた。
その瞬間。
なにかが、彼女の中に、流れ込んできた。
映像。ヒビが入り、早回しになり、飛び、消えていく。
そのなかに、そのはざまに、見えてくる。
おもかげ。知らない誰かのおもかげ。
白い光の中に、何人もの誰かが立っている。それらはみな女性で、まるで違う存在感を放っていて。そのそれぞれを……どこかで見たことがあるような、そんな気がした。
そうだ。彼女たちは。かつて自分と出会ったことがある。
そして、その時、そのうちの一人が言ったのだ、自分はそれを覚えている、ここと近い状況で、しかし決定的に何かが違う、そんな中で、彼女のうちの誰かが言ったのだ。覚えている、覚えている――。
――「我々は」
――「正義の味方」
また、頭がチクリと痛んだ。棘が生える。
「……本当に」
ポツリと呟いて前を見る。青年を見る。
「……本当に、あの人が……正義の、味方?」
ああだったか。
――正義のミカタとは、ああだったか。
そのコトバは、他のみなに聞こえていた。
「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」
一斉に、顔、顔、顔、顔、顔、顔が――シャーリーを見た。
風向きが変わった。非難するでもなく、怒りを伝えるでもなく、彼らの見開かれた、空洞の目。
「……っ!」
戦慄。彼らは訴えていた。
――なんと言った?
――……今、お前は、なんと言った?
「ナメ、ヤガッテ…………」
蝙蝠男は、起き上がった。
それから、両腕を羽ばたかせ、突風を巻き起こした。
シャーリーが無数の目に囲まれたまさにその瞬間。
陣形が崩れた。風が、白い服の男たちの体勢を大きく崩し、それを見て、青年は虚を突かれた。
そこに、刃が振り下ろされ、彼の道化師の装束を、袈裟懸けに切り裂いたのである。
◆1 Days After
狭い路地を駆け巡る――そのはざまに銃撃が飛び交う。鉄の階段やゴミ箱をふっとばし、トタンの薄い板がはじけとぶ。真下で寝ていた獣人姿の老人は怯えてへっぴり腰で逃げていく。
いつの間にか彼女たち二人は、ある廃屋の地下に潜り込んでいた。そこはどうやら違法の酒造か何かを行っているらしかった。いくつもの鉄格子が複雑に張り巡らされた、灰色の蜘蛛の巣と。
その中でフェイとフレイは駆けて、暗黒の中で互いに撃ち合った。銃弾は空を裂き、こーんという反響音をひびかせる。
それが互いの場所を知らせることになり……彼女たちは、一端、そこで止まった。壁一枚をへだてた狭い通路で、互いが背中合わせになっているのを感じる。そこでフェイは、荒々しく呼吸をした。
「まさか、今になって、こいつに頼る羽目になるとはな」
弾倉を外して、ポケットから代わりを取り出し、セットする。そして深く息を吐く。向こうも同じ動きをしているらしかった。
音からして、得物はシグ・ザウエルのP229といったところ。互いに相対すれば、絶対に自分が勝つだろう。だが、フェイにそれをする気はなかったし、向こうもそれをわかっているらしい。今は『対話』の時間だ。
だからフェイは、髪をひっつめた、黒服のクールビューティーな相手の息遣いを壁の向こう側に感じながら、問いかけた。
「なぁ、ウォシャウスキー刑事。お前も、ぐるだったというわけか?」
「――人聞きの悪いことを言うな。私は最初から『こちらがわ』だ。ずっとお前たちの動向を、ハイヤーグラウンドからの命令を受けて観察し、その痕跡を街から消していくことに尽力していた」
「それがとうとう、表に立つ羽目になったと? 忙しいな。いつ寝てるんだ? 朝、コーヒーを飲めてるか?」
相手は、軽口に乗らなかった。
そのかわり、リロードの音とともに、違う返答を用意してきた。
「お前たちは感謝すべきだ。我々の仕事のおかげで、お前たちのあばら家には、マスコミもパパラッチも乗り込んでこない。お前たちのプライバシーは、完璧に守られている」
――知ったような口を。
フェイは笑おうとしたが、出来なかった。
どうやら自分は、想像以上に、向かい側の女のことが嫌いらしい。
なるほどそれは、安全圏からものを言い、自分の手はまるで汚さぬ者に対する反感であったのだ。そして同時に――失望でもあった。
組織を束ねる立場にある、そう若くもない女同士。何かが違えば、酒を酌み交わす仲にもなれただろう。融通の効かぬ部下の愚痴を聞くのも悪くなかっただろう。だが……その機会は、訪れそうもない。
「――なんのために、そんなことをする?」
「お前たちの存在を、明るみに出さぬようにするためだ」
「……そうした秘密主義の履行が、我々をマリオネットにさせたというわけか? 我々はお前たちの、ディプスの児戯のために何度も死にかけたというわけだ」
「勘違いするな」
そこで、声が少し荒くなった。
「――我々は確かに、ディプスの追従者だ。だが我々の目的が、彼のそれと同じであるとは限らない……我々『も』また、世界を守るために働いている」
「……それで」
その物言いは、我慢ならなかった。
「それで……真実を隠して動くことが、本当に世界を守ることにつながるのか」
唇を噛みしめる。
声が震える。過去が流れ込んでくる。
――真実など露知らず、散っていったかつての追従者達。そして、共犯者達。
あるいは。
真実を知ったがゆえに、炎の向こうへと姿を消し、消息を絶った……かけがえのない、友人。
彼らは、こんなことのために。
こんな奴らのために、死んだのか。
許されない。
……そんなことが、許されるわけがない。
「――巫山戯るなッ!!」
フェイは、物陰を飛び出した。
同時に、反対側でも影が動いた。
フレイが姿を見せて、銃口を向けた。
至近距離で向き合って、構えた。
……だが、フレイの奥の闇に、いくつもの気配を感じた。輝いている、鉄の色。
「これで、お前の負けだな」
「どうかな……舐めないで欲しいものだが」
自分にいくつも銃口が向いていても、フェイは冷静だった。
それどころか、笑みすら浮かんでいた。
……フレイの氷のような表情に、僅かなヒビが入る。
「――ならば、どうする……」
「こうするのさ……」
フェイは、笑った。
「何――」
「チヨっ!!」
叫んだ。
次の瞬間。
巨体と、少女が、二階部分の窓ガラスを突き破って、上から落ちてきた。
それは振動と衝撃を伴いながら、二人の間に落下する。
ハンセンが下、チヨが上だった。のしかかり、蹂躙していた――既に、ハンセンは傷だらけだった。フレイは虚を突かれた。その侵入に、突然の落下に。
それが、スキを作った。
チヨは片足でハンセンの仰向けの胴を踏みつけたまま、ロングソードで地面をガリガリとこすった。それは火花を生み、火の粉を散らした。フェイは、その一瞬で、ハンセンの身体を乗り越えた。片手に、タバコがあった。火の粉がそれに触れた瞬間、先端に炎が宿った。二人を後方に置き去りにし、目の前に――鉄面皮を砕かれたフレイの表情があった。
フェイは、涼やかに笑い……彼女に煙草を投げた。
煙は一瞬で意思を持って、フレイを取り巻いた。それは彼女の体の力を奪い、地面に倒れ込ませた。
フェイが、そんな彼女を押し倒し、その額に銃口を突きつける。
後方では……ハンセンが起き上がり、チヨと、暗がりの中で対峙していた。
だが……彼の身体には、無数の切り傷があった。いっぽうのチヨは、さほど息も上がっていなければ、目立つ傷もなかった。
両者の力の差は、歴然だった。
「バカな……」
冷たい床に押し付けられたフレイの髪が広がり、狼狽を現していた。
後ろの闇に控えているいくつもの銃口は、躊躇いを表すかのように取り下げられていく。
◇
モリソンは、バネ足で逃亡しながら、後方に銃弾をばら撒いていく。
だが、それでも背中に差し込む悪寒は止まらない。奴は迫ってくる、風を切って迫ってくる。後ろを振り向けば――。
巨大な翼を広げた猛禽、いや、鳥さえも超越したいびつなシルエットの巨体が、路地を低く滑空しながら迫ってくる。それはゴミ箱や壁を翼で切り裂きながら確実にモリソンと距離を詰めてくる……脇には2つ、長銃が装着されている。その銀色の空洞が、彼を狙っている。
――なんだあいつ、鳥でもエンゲリオでもねえ、一体あいつはなんなんだ…………あんなの、悪魔だ。
モリソンは……そこで、目の前にあったバリケードのような粗大ごみの山を飛び越えて、後方を撃った。ゴミは崩れて、後ろ側の視界を塞いだ。そのまま、路地を曲がった。
……気配がやんだ。
「……撒いたか…………??」
彼は立ち止まり、息を荒く吐く。
安堵が、滲む。
だが。
「……――!!」
頭上に気配を感じた。
はっとして顔を上げると――。
その異形は、梁に脚を引っ掛けて、コウモリのようにぶら下がっていた。
「このッ――!!」
モリソンは、構えた。
同時に、ミランダが、梁から離れて降下する。
両者の閃光が、交錯する――。
◇
「クソアマが、どこにッ、どこに行きやがったッ!!」
グローヴはムチのようにしなる両腕をふるいながら、路地に向かって叫んだ。だが、何も起きない。声は反響して余韻を残すだけ。奴が居ない。あの金髪の女が居ない。
奴は、急に自分に接近したと思ったら……消えた。
なんなんだ、奴はなんなんだ。
そこで思い出す――そう、すべては、あいつがやったことだ。あの、黒い髪の女。
あいつは突然、地面を撃ってホコリを立てやがった。そのスキに、あの金髪が目の前に迫ってきて、自分に喰らいついたのだ。そのせいで自分は――。
「くそっ、どこに消えた、ブチ犯してやるよ、畜生め!」
「ごめん、あなた――好みじゃないから。やっぱ、あたしじゃあなくって」
……後方に声。
グロリアが立っていた。鉄パイプを持って。
「地面とキスしてなっ!!」
――一瞬躊躇ってから、彼女は、グローヴの後頭部に向けて、それを振り下ろした。
◇
爆発。
キムは吹き飛び、倒れた。身体が熱い。切り傷が至るところにできている。もううんざりだ。彼女はくらんだ視界の中で、地面を探る。だがそこは熱せられ、ささくれて、よくわからない。
「――お前。情報、漏れてるぜぇ」
……硝煙の向こう側から、のっそりとクリフトンが姿を見せる。
「確か、電気を操るんだよな。やられた仲間から聞いた……よくもまぁ色々とやってくれたな。だが、地面が熱けりゃ探ることも出来ねぇし、お得意のしびれマジックも出来ねえ――だがな」
そこで醜男は、キムの首をひっつかんで、持ち上げた。
「ぐ…………ああっ……」
目を見開いて、苦悶の声を上げる。激痛の中、意識が遠のいていく。
相手はそれを聞いて、たまらない、というように、声を上ずらせた。
「お前の苦しむ声が、俺をしびれさせる事はできる。わかるか? ええ?」
彼が、がばり、と口を開いた。
そのぶよぶよの肉と、ぬらぬらした粘膜の奥に、ギラリと光るものがあった。
せり出すと、何もかもを滅茶苦茶に破壊する砲が出現するのだ。
「う、あ……」
キムの腕が……クリフトンの脂ぎった腕に触れた。可能な限り、力を込めた。
彼は一瞬困惑した後、笑って言った。
「なんだ、おい、命乞いか? なら、はっきり言ってもらわねぇと――」
――違う。
――そうじゃあ、ない。
キムは、力を更に込めた。
「たし、かに……」
「……あ?」
「しびれ、させることは……――出来るっ、ス…………ね」
――ぴりっ。
その時、キムの指先に、その力が『通った』。
腕から、彼の側に、はっきりと伝わった。
それから間もなく、彼は『しびれた』。
――誰もまだ見たことのない、キムの力だった。
それが本来の意味か、二義的な意味かはともかく、『しびれた』という感覚だけを残して、彼は、意識を完全に失った。
◇
「……言ったろう」
フェイが、彼女を見下ろして、静かに――しかし、とどめを刺すように、言った。
「第八機関を――舐めるな」
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