#2 バニシング・ポイント(2)

 バラック住居の奥深く、入り組んだ路地を行き、地下通路をいくつもくぐった先に、彼らの――『革命派』と呼ばれる者達のアジトはあった。


 漏電した光の下、狭いその場所を武装した者達が守護し、更にその奥に本拠地。

 光の届かない蒸し暑いベースメントの内側に、野放図な配線がはびこり、その隙間を縫うようにしてコンピュータの筐体が積み上げられている。その手前に詰めている、『革命派』の構成員たち。

 流れる無機質なビープ音の連なりから一番遠いところに、ガラス板で仕切られた空間。小さな執務室のようになった場所。小さなキャビネットとテーブル。

 リーダー……『トレント』はそこにいた。


「あの場面では、他にやり方があったはずだ」


 彼は静かな声で、目の前で立っているアイリッシュに言った。


「だけど……」


 歯切れ悪い声が返ってくる。言い訳をしてみたのはいいが、その力は弱い。


「お前には他に力を使う場面があるんだ。それを忘れるな」


 トレントは溜息をついて、テーブルの上に置かれた陶器製の器にインスタントコーヒーを注いで飲んだ。それから彼女を見て、しばらく黙った――分かったか?


「うん……ごめん、トレント」


 すでにジョエルはたっぷり絞られた後なので、自室でうずくまってふて寝をしている。そこから先は、姉であるアイリッシュの責任。トレントの倫理は、一貫してまっすぐだった……このグラウンド・ゼロに不釣り合いなほどに。


「分かったならそれでいい。力を使ったんだ、部屋で休め」


 トレントがそう言った――そこに後方から、報告。


「トレント。『マリオネット』が帰還したとの報告です」


「分かった。迎えに行く」


 彼は立ち上がり、残ったコーヒーを一気に飲んだ。

 アイリッシュは、自分も、と言おうとしたが、彼は彼女に人差し指を立てて、じっと見た。

 ……それから彼は離れていった。



 グラウンド・ゼロ――その最奥に、ひときわ目立つ形で、その建物がある。

 周囲の灰色とは明らかに違う、白磁の建造物。それこそが、煉獄の中心部であり――『穏健派』と呼称される派閥の中枢であった。


「お願いだ、食料が尽きかけて――もう限界だ、配給を少しでも多く……」


 そのエントランスで、ぼろぼろの衣服をまとった男が、痩せ細った娘をともないながらしゃがみ込み、請願していた。その手前に武装した者。男を疎ましそうに見た後蹴りつける。


「うちのボスは必要なもんは渡してるぞ。それ以上はない。出てけ、出てけ」


 男を蹴りつける、追い出す。それでも男はそこに追い出そうとしたので、彼は――彼らは銃口を突きつける。そのまま威圧しながら――他にも大勢の薄汚い身なりの者達が詰めかけている外側へ追い出していく。

 ……いつものことだった。そうして、その白い聖域は――彼らを無視して、そこにある。


 エントランス奥に、バーカウンターが備えられ、カジノのような形をとった部屋がある。穏健派の『主力が』集う場所。照明は薄暗く、うっすらと空間を覆うようにダウンテンポのBGMがかかっている。モヒカン女、ライオン髪の男、それにカンガルー足の男たちが、おのおのソファやカウンターに座りながらくつろいでいる。


 ……空間の最奥には、虎柄の大きなソファ。その中央にどっかりと腰を下ろし、左右に女を座らせている男。ゆるいガウンとサングラスを身にまとった、大柄の黒人の男。

 彼は、金歯の合間にストローを挟み込んでトロピカルジュースを飲みながら、手前の部下の言葉を聞いていた――というよりは、受け流していた。


「俺はもう奴らに我慢ならない! 奴らが反乱を企ててるのは明白なんだ、はやいとこ仕掛けちまおうぜ!」


 クリフトンである。

 アイリッシュに『何をされたのか』を理解してからずっと、怒りが収まらない様子だった。しかし目の前の男は、泰然自若として動かない。


「ジャクソンっ、なんとか言ってくれ、俺は、俺は――」


「落ち着きな、クリフトン。今のあんたは最高にダサい」


 モヒカン女――グローヴの一喝。周囲から少しだけ笑いが漏れる。クリフトンの顔が、ぼっと赤くなる。


「そうだ、落ち着け。俺達が動揺してどうする」


 そこで、ジャクソンが言った。いささかの動揺もない、どこか浮ついた声音。にやつきとともに金歯が見える。


「いいか、俺達こそ、この灰の街の上に居城を築く王家なんだ。どっしり構えてりゃいい」


「しかし、しかしだ……」


「なに。お上はすべてお見通しさ。俺達はただ、そいつの俎上に載せながらビジネスをやっていけばいい。それが、ハイヤーとうまくやっていくための秘訣さ」


 ジャクソンはそこでサングラスをずらし、視線をクリフトンに向けた。

 それで彼は……不承不承、黙り込んだ。


「それにな。もしものことがありゃ……『ナンバー付き』がこっちにやってくる」


 その一言に、アジトの者達はざわついた。視線がジャクソンに向く。


「おう、そ、そいつは……」


 ライオン髪の男は、興奮を隠せないというように立ち上がり、聞いた。

 ジャクソンは肩をすくめながら――答える。


「つまりだ。俺達は最初から勝っているのさ。だから……安心しろ」


 その瞳の奥で、いくつもの謀略がうずまいて、彼を支えていた。

 余裕の態度の秘訣はそこだった――彼は、心底安心している。



 グラウンド・ゼロを取り囲む壁は、アンダーグラウンド全体に対して敷かれているそれよりは遥かに粗末なものだった。だが、言ってしまえば鉄壁を重ねただけに過ぎない境界線は、『外』の者達にとっては十分な効果を発揮している。ゆえに、単純な仕切りだけでも構わないのだった。


 トレントは部下数人を引き連れて、いくつか設けられた『関所』のうち一つに向かった。

 通常『穏健派』が外部との取引と使う場所とは違い、そこは入り組んだ路地の先に秘匿された場所であり、実質的には『革命派』の隠し通路となっていた。


 その近くのトタン壁に、一人の少女がもたれている。

 トレントは確認すると、部下数人を物陰に下がらせた。

 足元で空き缶が転がる。トレントはそれを奥側に蹴り込む。静寂の中、もたれていた女は歩いてくるこちらに気づいて身を起こす。


 それから、彼女は、自分の傍にやってきた空き缶を拾い上げ……周囲を見てから、その中にある何かを取り出した――小さなワイヤレスイヤホン。

 トレントは彼女の手前で曲がり、別の路地へ。

 そのまま建物の影に入る。それから、自らもイヤホンをつける。


A co ocas尾行は?」


Neexistujeあるわけないですわ.』


 ――チェコ語である。

 女は、分厚いフード付きのコートを羽織っており、全容が掴めないが、その下に小さく、僧衣が見えた。


「Ručně vyráběné suvenýry se dodávají vždy ručně手土産は、例の手はずで届く. 」


 相手は聞き入っていた。


「Pak ... ...připraven začítそうすれば……いよいよ準備開始。. Mohu vysmívat jejich nosy連中の鼻を明かすことが出来る.」


Jo, konečněええ、いよいよですわね.』


 こころなしか、相手の声も少しだけ嬉しそうだった。


Děkujiありがとう.」


『Co se ti stalo najednouなんですの、あらたまって?』


 トレントは答える。

 相手の姿は見えないが――しっかりと、存在を確認していた。そこには確かな繋がりがあった。


Bojoval jsem s tebouお前には苦労をかけてきた. Jedna osoba se stane sirotkem v cizí zemi a potom na takovém místě ......一人異国の地で孤児となり、その上でこんな場所で……


 イヤホンの向こうで、少しだけ苦笑する声。


『Prosím, přestaň. Potřebuji tě jenよしてください。私にはただ、あなた達がいるだけでいい. Na rozdíl od jiných idio tů jste tu. To stačí他のクソッタレどもと違って、あなた達がいる。それだけで十分ですわ.』


 トレントは、しばし黙り込んでから、小さく。


Rozumímそうか......」


 とだけ、言った。

 そこに、別回線で通信が割り込んでくる。火急を告げる声音だった。


『大変です――彼に“発作”が』


「分かった。すぐに行く」


 そこで、ためらいなく通信を切る、身を翻す。

 ――後ろを振り返る。


「私も」


 フードを取ったシスターの姿。

 モニカが、言った。

 トレントは頷いた。

 二人は部下を伴って、現場に向かう。



 地下の奥深くへと降りていくと、穏健派でさえ知らぬ場所に到達する。

 何重にも重なった鉄扉のそれぞれ前に部下たちが構え、彼らの認証を通過することで、目的地へ。


 ……薄暗い、一見して廃材置き場のようにさえ見える場所。そこにはいくつかのコンソールとキーボードが転がっており、それぞれの手前に陰気な作業服の者達が詰めている。いつもなら、彼らはこちらがやってきても頑として挨拶を返さないが――今日は違った。


「ああ……トレント、やっと来てくれた……」


 作業服の一人が血相を変えて、彼らのところにやってきた。


「どうした、落ち着け」


「それが……」


 男の視線は、その空間の奥――ひときわ頑丈な扉の向こう側に注がれる。それはドアというよりはシェルターに相違なく、胡乱な黒と黄色のストライプで縁取られていた。

 そこから……絶叫のようなものが聞こえてくる。

 トレントとモニカは、その扉に据えられた小窓から中を覗き込む――息を呑む。


「能力の向上とともに高まった抑鬱傾向が、更に増加してます。おそらくは……今日地上であった一件を小耳に挟んだからかと」


「……優しい子だ」


 そう呟いたトレントの目が……すっと細まった。


 何もない空間だった。

 その中で、一つの異形がのたうち、絶叫しながら暴れていた。

 ――周囲に、妙に青白い粘性の液体が撒き散らされ、ほのかな光を放ちながら花開いている。


 彼は少年だった。哀れなほどに痩せぎすの、少女のようにさえ見える少年だった。

 しかし、彼の背中は裂け――そこから氷山のように痛々しく、棘のような針山のようなものがめりめりとせり出していた。それらは震えながら、同じように青白く光っている。彼は荒く呼吸する。そのたび、背中の『背びれ』は光る。そうして、その口が連動し……粘液を吐き出す。さらにその上で暴れ狂う――命そのものを削り切るように。


「中へ。防護服を」


 作業服の男は緊張の面持ちで頷き、錆びたロッカーから二着の分厚い防護服を取り出し、トレントとモニカそれぞれに渡した。


「モニカ……お前も?」


「当たり前」


 ――それ以上は、言わなかった。

 トレントはセキュリティ式の扉を開けて、中へ。モニカがそれに続く。

 作業服の男たちが立ち上がり、畏敬の念を込めて彼らの背中を見守る。

 二人はクリーンルームのような場所を通ってから、いよいよ部屋の内部へ。

 ……そこで、少年と対峙する。


「やぁ……兄さん。それに、嬉しいな。モニカさんまで一緒だ」


 肌すら青白く見えるその少年は、ゆっくりと半身を吐瀉物の海から起こして、苦しげに言った。無理に作ったらしい笑顔が、痛々しかった。

 トレントは何も言わず、彼のもとでしゃがみ込む。

 その顔を、目を、声を――焼き付けるように。


「僕はもう、長くないかもしれない。崩壊が近づいてる感覚がするよ。これ以上、力は溜められないかも」


 そうして彼は再び吐き出した。青白い光を。それは床を流れて、異様な形の粘性の花を作り出し、しおれた。

 彼はそれでもなお、笑おうとした。


「――…………ッ」


 防護服の奥で、トレントは唇を噛み締めた。

 口の端から血が滴り落ちる――瞑目する。長く、長く、長く。

 傍らに居たモニカが首を振って、顔をそらす。そして沈黙。そうしなければ、涙が溢れてしまいそうだったのだ。


「すまない、すまない……」


 グローブに覆われた手が、少年の頬を撫でる。

 彼はくすぐったそうに身を捩って、その手に自分の細い手を重ねた。


「いいんだ。泣かないでよ、兄さん。僕まで、ゴホッ……泣きたくなっちゃうじゃないか」


「だが、お前は俺達の……」


「いいんだ。全ては、僕らが……天国に行くためなんだから……」


 それに対して、身を切るような思いが、トレントに発言を促した。


「天国は……ないかもしれない。俺達は煉獄に居る。近いのは地獄の方だ……」


 これ以上弟を追い詰めるのか、自分は――。

 だが。


「それでも、いいよ」


 彼は――ミハイルは、小さく、ささやくように言った。


「それでもいいよ。兄さんと一緒なら……喜んでこの身を、兄さんの計画に捧げる」


「っ…………すまない……っ」


 彼はさらに、贖罪するかのように跪いた。


「今すぐこんな服を脱いでしまって、お前を抱きしめられたら……そうすればお前の痛みを、ともに分かち合う事ができるのに…………」


「それは駄目だ、兄さん……兄さんこそ、生きなきゃ…………」


 ……その一言が、トレントに何かしらを決意させた。

 モニカは、彼の意思を汲み取ってか、隣に跪く。


「祈ってやってくれ、シスター・モニカ……弟のために」


 彼女が、頷いた。

 それから目を閉じて、歌うようなチェコ語で……祈りの言葉が流れ出す。

 ミハイルもまた目を閉じたが、まるでそれは、楽器の調べに耳を傾けているような表情だった。うっすらとほほえみ、心地よさそうに身体を揺すっている。彼の『発作』は、収まりつつあった。


 だが、その正面に居るトレントの閉じた瞳の内側には、猛烈な何かが煮えたぎっていた……彼は沈黙で、それを抑え込んでいた。モニカの美しい声を、決して邪魔しないように。


 彼らの様子を、見守る者達。分厚い壁に阻まれていても、その空気感はしっかりと伝わっていた。誰かが、ごくりと唾を飲んだ。


「しっかり見ておきな」


 すぐそばで声がした。

 アイリッシュだった。その目は、トレントたちにまっすぐ向いていた。


「あれが、私達のリーダーだよ。みんな、あいつが身体を張るから、自分たちも張らざるを得なくなっちまうのさ」


 それはまるで、ミハイルを中心としたイコン画のような光景。

 周囲に咲く青白い花が、ひどく華麗に見えた。


「そして、私も……」


 ……気付かれないように呟いて、アイリッシュは拳を握った。

 爪が内側の肉に食い込んで、ひどく痛んだ。



 それぞれの思いが交錯する中、数日間が経過した。

 そしていよいよ――『その日』がやってきた。

 トレントは立ち上がり、部下たちを見回しながら、厳かに告げた。


「始めるぞ。第二の『大崩壊』を。そして、連中に知らしめる。破壊の後には、新たな秩序が訪れるということを――」



 数日後。

 一台のバンが、ストリートを疾駆していた。

 カーキ色の、物々しい車体――それこそが、『革命派』への『とどけもの』である。


 無論、バンを偽装するという手はあった。だが、もし仮にピザ屋の宅配便などのラッピングを施そうものなら、たちまち襲撃に遭うのが落ちである。ここは多少、周囲の人々を威圧するおそれがあっても、はじめから外見を偽らないことが最適解だった。

 それに、仮に警察に睨まれて車体のチェックを要請されたとしても――身分証はそっくり偽装してある。『イカれたミリタリーマニア』というそれである。

 『SCC』は、小火が起きなければ出動が出来ない。普段のずさんな警官連中は、それだけの言葉で納得して、ろくに中も調べずに通してしまうというわけだ。

 というわけで――周囲のざわつきをある程度巻き込みながらも、バンは確実にグラウンド・ゼロの『検問』へと向かっていた。



「モニカ。車の中には何があるの」


 アイリッシュが問う。


「山盛りの銃器でございますですねー。あのはげじじいとバカ息子組織からたんまり頂戴しました。それからそれから、地下のカジノでいただいてきたレリックアイテムいろいろ」


「それだけ? もっと重要なもんかと、あたし……」


「言うな、アイリッシュ。そもそも俺達はここで拳銃のひとつすら所持を許されていない。そんな俺達に牙を持たせてくれるんだ。重宝しなければ」


 トレントが諌めた。

 アイリッシュが何か文句を言おうとした時にはすでに、彼は緊張の面持ちでコンソールに向き合っていた。



 路地の人通りが少なくなっていく……胡乱な空気が漂い始める。

 ここあたりで急激に土地代が安くなる――わかりやすいほどに。

 そして『ゲート』が見えてくる。グラウンド・ゼロに入るための。



「係員はどうなってる」


「しっかり買収済み。そっくりそのまま、通してくれるよ」


「……」


 だが――その言葉で、トレントは安心していなかった。

 傍らの何人かが、息を呑んだ。



「おい。俺は確かに煙草でむせて顔を背けたが、ここを素通りは出来ねぇぞ」


 検問所で、係員がバンをとめた。

 アサルトライフルを背中にやって近づいてきて、そう言った。


「分かってるよ、分かってる……で、どうすりゃいいんだ?」


 運転席の男はわざとらしくヘラヘラとした笑みを作りながら、言った。

 係員はしばらく車体と、それから運転手を見回したが……「ちょっと待ってろ」と一言添えて、モルタル造形の検問所に引っ込んだ。

 運転手は男に向けてしばし笑顔を作り続けていたが、その後……顔を引っ込めた。

 それから……日よけの中で、真顔になった。


「…………どうした?」


 男のハンドルを握る手は、じわりと汗を掻いていた。

 ……係員が戻ってくる。穏健派に所属しているであろう男が。


「おい、どうしたって言ってんだ――」


 肩を揺さぶって、聞いた。

 ……運転席で、男は、何も見えていないような顔つきになったまま……小さく、口を開いた。

 それから、言った。


「……知らない。俺は、


「それは――……」



「……どういうことだ」


「分かりません。でも、間違いないです。こっちが伝えてた奴と違います」


「シフトが違うとか――」


「そんなはずない。一週間ずっと見てた。あんなヤツ、検問所に配置されてるのを見たことが――」


 皆が……一斉に、顔を見合わせる。


「――――……察知、されていた…………??」



「確認してきたが。こんな図体のデカブツが通行する予定は無いぞ」


 係員の男が言った。


「予定になかったのなら、新しく予定ができたんだろうよ」


 運転手は未だに笑顔を作ってはいたが、自然さが失われつつあった。

 ……係員は彼に「降りろ」と指示した。

 背中に冷たいもの――どう切り抜ける。トレントに報告するか、いや、もう遅い――。

 四方が壁に囲まれるような感覚をおぼえながら、運転手は相棒と一緒に降りる。

 それから、係員に従って、バンの後ろ側にまわる。


「おいおい、疑うのかよ。こっちはちゃんと正式に――」


「お前さんが開けな。中を調べさせてもらう」


 係員は――同じくアサルトライフルを構えた部下数人とともに、言った。

 ……運転手が抗おうとした。

 だが、出来なかった。八つ当たりをするように、その後方の扉を、開いた。


「…………驚いたな」


 係員は口笛を吹いた。

 積荷は、大量の銃器だった。

 無作為に積み上げられている。

 それらは本来、このような形でここに運ばれてくることはない。グラウンド・ゼロにおいて、『銃器の扱い』というものは、アンダーグラウンドの中では特異なほど『重く』なっていたのだ。だからありえない、この光景は。


「これはどういうことだ? 俺達がハジキを調達するルート、知ってるよな?」


「……あぁ知ってるよ。でも予定が――」


「予定が崩れたって言い訳は通じないぞ。こっちには『予定が崩れた場合の予定』のデータもあるんだ。そいつとは何もかも違う。何もかもだ。お前ら…………」


 銃口が、一斉に彼らを向いた。


「……お前ら、穏健派の連中だろ?」


 その言葉。

 男二人は、手を上げた。

 ……運転手の相棒が、怯えていた。

 ぶるぶると、震えていた。過剰なほどに。

 きらめく銃口に怯えているのか。それにしてもおかしいほどだった。


「今この場で、ボスに伝える。すぐにやってくるぞ。面倒を増やしやがって……」


 部下の一人に示して、連絡をさせる。

 その間も相棒は怯えていた。運転手は気付いた。

 ブルブルと震える彼の口に――長く伸びる、牙。

 ……彼は悟った。

 こいつは。怯えているのではない。



「……」


 誰も彼もが緊張の中に居た。その中で最も早く立ち上がったのがトレント。その次にアイリッシュが続き、最後にモニカが、うっそりと立ち上がった。


「どうします、トレント――この状況」


「行くぞ。各自に伝えろ」


 トレントは、振り向いて、モニタ前の部下に言った。


「――これから先。人が死ぬ」



「よせ、お前……」


「ウウウウ、ウウウウウウウウウ…………――」


 止める暇がなかった。


「青い顔をしても無駄だぞ。お前らはここで終わる、残念だったな。とっとと両手を高く上げろ、それからケツをこちらに向けろ。そうだ。おい、もうひとりのお前、言うことを――」


 ――よせ、まだ早い。

 ……運転手は叫ぼうとした。

 だが、もう遅かった。


「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


 ――焦りと恐慌、それから殺意。

 全てがない混ぜになって、相棒の男は猛獣へと姿を変えた。

 そのまま、自分の肩に手をかけた係員の男の首筋に食らいついた。

 血が噴き出し、断末魔の絶叫が迸る。

 ――男たちの銃口がわななく。

 運転手は青ざめ、この世の終わりのように肩を落とした。

 獣人は顔を上げ、次の獲物を彼らにさだめ、飛びかかる――そこへ、銃撃。

 一人が、叫んだ。


「――裏切り者どもがぁッ!!!!」


 ――まもなく。

 全てを知った者達が、一斉に、灰色の廃墟の群れから飛び出してきた。

 穏健派。革命派。潜伏していたそれぞれが銃を構え、互いに向けた。

 それから砲火を放ち始める。一斉に、おたがいに。

 街中で、銃声――遠くで聞こえるだけだったそれが、今、人々の間近で展開される。


 獣人は体中を穴だらけにして倒れ、死んだ。だが運転手はすでに座席に乗り込み、バンを発車させようとしていた。そこに殺到する者達。だがその後ろから、更に革命派の者達がやってきた。バンを死守するため。後方のハッチを閉めて、車体の傍らで銃撃戦――争奪戦が始まる。


「ええ……始まりましたよ。あんたらのタレコミ通りに。ですが、そっちの出番はないかもしれませんね。こっちで終わらせちまうかもしれません」


 ……そうして。一人のアウトレイスの死を皮切りに。

 グラウンド・ゼロでの騒乱が始まった。

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