Interlude
君に一つ、おとぎ話を聞かせてあげようと思う。
でもこれは、決して楽しいだけの物語ではない。
これは残酷で――同時に、限りなく真実に近い。
だから、どうか、どうか。
引き返すなら、いまのうち。
◇
そう――端的に言えば、『彼』は、地獄の中に居た。
煉獄ではない。誤魔化しようのない、地獄。
来る日も来る日も、彼の身体には本来有り得べからざる負荷がかけられた。
不快な装身具を身にまとわされ、わけのわからないプラグを全身につなげられた。
食事は無機質な栄養素のみ。おおよそ人間としての尊厳など剥奪された空間の中に、彼は居た。白無垢の、地獄。
連中が最悪なのは、意思だけは彼から奪わなかったこと。
だから彼は常に苦痛の中にいたし、それを忘れる手段も与えられなかった。
しかし、だからこそ――彼は。
立候補した。己の意思で。
とある『実験』の人柱に。
地獄から抜け出す最後の望みを――彼はそこに託したのだった。
彼が旅立つことになったのは、遥か空の上――無限大の虚空。漆黒。
宇宙だった。
彼を歓待する者は誰もおらず、無機物のような科学者どもは、何の感情もなく、彼を空の彼方へと送り出した。
しかし、そんな中で彼らにふと湧いた最後の情の一欠片なのか――『彼』は、私物の持ち込みを許可された。ただ一人で乗り込むことになるロケットに、たった一つだけ、自分の好きなものを持ち込むことを許された。
彼は、麻痺しきった頭で考え、考え……答えを得た。
地球を発つその時、彼の左脇に携えられていたのは、絵本だった。
それこそ――『星の王子さま』だったのだ。
彼がその物語に感じ取ったのは『真実』の二文字だった。
そこに描かれていることこそ、この世界が真に必要としているものだと思ったし、世界がそれを拒否するのならば、そこに彼はいられない――そう思ったのだった。
だから彼は、宇宙へと旅立った。
この世界が――あの物語のようにシンプルで純粋で、美しいものであることを願った。
だが、世界は美しくなかった。
窓越しに見た成層圏は、彼にはうっすらと張り詰めた地獄にしか見えなかった。
ああ――ここは美しくない。
ならば、真の美しさとは。
真実とは、宇宙にしかない。
そこにあるはずだ。
自分の求めているすべてが。
そこにいこう――そして、キレイにしよう。でたらめだらけの世界で汚れきった、自分の体も心も。
彼は期待と祈りを抱いて、宇宙に飛んだ。
美しいものと、そうでないもの。
その2つだけがあるはずの、無限大の漆黒へ。
◇
だが。
宇宙は――彼の思っているような場所ではなかった。
そこには終わりがあって、明確な意思があった。
彼は――その声を聞いた。
聞いてしまった。
彼だからこそ、可能だった。
人の身でありながら、人を超えてしまった彼だからこそ。
◇
宇宙で得たメッセージを携えて、『その存在』は帰還した。
そのときには既に――『彼』でも『彼女』でもない超越者が、ただ一人居るだけだった。
もう、王子様にも、少年にも、なれない。
◇
故にその存在は決断する。
ならば己は、煉獄を作り出そう。
その中で生まれいづる、王子と少年に全てを託すために。
それさえ叶わぬのなら――。
ああ、その存在は願うのだ。
その願いさえ叶わぬのなら。
汚泥まみれのこの星よ、滅びてしまえ。
◇
魔人が、街に降り立った。
その存在が、そこにいる全ての者達の運命を変えた。
呪いと悪罵を交響曲のように聞きながら――魔人の中には、一遍の物語が流れている。
星の王子さま。
その中に入り込めないのであれば、自分は完璧な形で、それを作り出すだけだ。
この地上に。
そのためなら、いかなる犠牲も払ってやる。私を誰だと思っている。
我が墓碑銘の名は『混沌』――二元論より生まれ、煉獄へと堕ちるもの。
ああ、まさに――その名のごとくに。
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