#6 黒くぬれ!

 灼かれている。

 過去が、じりじりと灼かれている。彼が感じているのは焦りだった。人間的な感情。これまで何度も淘汰し、愚弄してきたもの。勝負という純粋さの上では――捕食という神聖な行為の上では、絶対に必要がないと信じていたもの。今、自分がその場所へと引きずり降ろされている。


 オセロとはシンプルなゲームだ。いかに、多くの陣地を確保するか。いかに攻撃し、防御するか。それだけに、攻め手も守り手も膨大なバリエーションがある。スキャッターブレインは歴代の猛者たちのそれらを全て記憶していた――咀嚼し、食い尽くす過程において。全てを組み合わせて、完全な形で勝利する。

 今もまさに、それを行おうとしていた。


 序盤に数を稼ぎ、後半の一攫千金を狙え、とは誰の教えだったか――激しく黒と白が明滅する中で思い出す。時間の感覚が、自分でも曖昧になっているのがわかる。この自分が。笑えてくる――私はスキャッターブレインだぞ。やがてはLAの総てを支配する存在だ。その自分が、あろうことか次の手を思案し、その上で打ち込むとは。

 彼は自分を嗤う。

 これは良い教訓だ――いかなる時にも、試練は訪れるというもの。きっと今がそうなのだろう。


「……油断していた。謝罪しよう、フェイ・リー」


「……ほう」


「何故君が私をここまで、などとはもはや問わない。これは私の中に残った僅かな驕りを淘汰するいい機会だと判断する――私は、これを乗り越える。君を、完全な形で排除してな」


「なら……どうする」


「一介の勝負師として。まずは君を、完膚なきまでに叩き潰す。食事はその後だ」


「良いのか。冷めてしまうかもしれないぞ」


「構わないさ。君は極上の素材――再び温めれば、良いだけのことッ!!」


 そして彼は――。

 次の手を、打つ。

 盤上が光って見えて、そこに未来が開けているようだった。

 打ち込む。ひっくり返る。陣地が増える。フィールドが拡大される……大幅に。


 ……相手が、次の手。

 なるほど、今の失地は放置して、あえて攻勢に出るか。

 面白い。

 ……面白い!!

 そして彼は。

 ――『加速』した。


 背中が、灼けている。

 それは、過去を葬る炎の照り返し――。



 グロリアでさえ、はっきりと気付いた。その異常に。


「ちょっと、なんでよっ……!!」


「……!!」


「さぁ――どうする、どうする……きみならどうする!!」


「っ……」


 打つ、打つ。はっきりと分かる。守りに入ったな? 馬鹿め、そんなことはさせるものか……後はひたすらに攻めるだけ。こちらの陣地などいくらかくれてやる。そのかわり、君には絶望を与えてやろう。君がやったことの意趣返しを贈ろうではないか――さぁ、どうする。白の侵略は進んでいるぞ。君の領域が、矢継ぎ早に失われていくぞ……。

 ――脳が熱い。焼ける。

 ……久しぶりだ。

 こんなにも、『使った』のは――!!


 天井を見ると、すべてがわかる。

 ――蠢いているのだ。その襞が。肉が。赤黒いグロテスクが、蠕動している。生き物のように、心臓の鼓動のように収縮運動をヒステリックに繰り返している。そこから感じるのは『熱』。今まさに、駆動中のエンジンの如く。脳の一部が、完全に……。

 ……いや、そんなことは本来ならありえないはずなのだ。何故なら。


「ははは…………ははははは!!!!」


「やけに……楽しそうじゃないか……ジェントルマン…………」


「君は楽しくないのかねお嬢さん……私は初めてだぞ……こんなにも、心躍る『食事』は!!」



「おかしいじゃないっ……これじゃまるで、フェイの能力が効いてないみたいじゃないッ!!」


 グロリアが頭にクエスチョンを並べ立てながら叫ぶ。口にこそ出さないが、見ている者達は皆同じ気持ちだった。

 ……盤面の拡大と応酬は、再度『加速』を始めていたのだ。何の能力ももたない、ただの人間同士の戦いであるはずなのに。

 ……明らかに、スキャッターブレインは――再び、優勢に立ち始めている。


「……おそらく」


 キムが、敵の攻撃を回避しながら推察する。


「おそらく……あれは奴の純粋な実力なんでしょう。あいつは――能力を使わなくても、相当な凄腕ということっス……!!」


「そんなっ……」



「なかなかどうして……やるじゃあないか、ダンディ……っ」


 フェイはなんとか笑みを作って答えようとするが……うまくない。こちらが手を打つ。するとすぐさま反撃が飛んできて、ごっそりと陣地を持っていかれる。いつぞやの再演だ。こちらが手を尽くして、状況を変えたはずだったのだが。なかなかどうして、目の前の怪人――地上に居れば、私の良い好敵手になっていたのかもしれない。

 打つ。反撃が来る。

 白と黒のまだらが激しく流動し、陰と陽の形勢が激しく入れ替わりながら――着実に、増えていく。白の領域が。


 振り出しに戻り――事態は、より悪い方向へ。

 フェイは知覚していた。

 己の奥底にある感情が、ほんの少しだけ首をもたげ始めている。

 ――落ち着け。『負け』と思ったら、お前は負ける。そうなればどうなる? ああなる……あの物言わぬ木偶たちと、今キムたちが戦っている連中と同じになる。


 ……考えろ。

 そう、深呼吸だ。

 この状況を打破する手は、ひとつだけ。確実に、まだ切っていないカードが一つ。そいつを使うのだ、そいつを使える状況へと持っていくのだ……そのためには、認めてはいけない。心が、『このままでは負ける』と叫んでは、いけない――……。


「ガハッ…………」


 ごぼりと、フェイは血を吐いた。

 ――能力使用の反動。

 向かい側で、スキャッターブレインが笑みを浮かべる。感じる――視界がかすみ、手元が震える。


「君は今こう考えている。自分が負けてしまうのではないか、と。形勢が逆転したのに、なぜだ、とね。どうかな、概ね当たっているのではないかな」


 概ねどころではない。

 ……全部正解だ、クソッタレ。

 ――うまい言葉を返そうと思っても、頭が重くて痛いせいで、何も小粋な言葉が浮かばない。


 駄目だ、このままでは――わたしは、負けを、認める。

 勝負は、どちらかが心を手折られるまで続く。それは決定事項だ。

 勝つためのチャンスは、ある。近づいている。

 だが……その前に、自分の方に限界が来てしまう、このままだと。


 一瞬、後ろを振り返る。

 戦いはまだ続いている。

 チヨ達が、狂った人形たち相手に大立ち回りを演じている。

 ――よくあれだけの傭兵をかき集めたものだ。最高の仲間じゃないか、口答えもせず、心もバラバラではない――、



「……フェイっ!!」


 思考は、言葉に打ち切られる。

 振り返る。

 そこに、グロリアが立っていた。


「あのね、何してんの!! 何ショゲた顔してんのッ、負けんじゃないわよッ!! シャーリーは大事なことを言ったけど、いっちばん大事なことを言い忘れてたッ!!」


 戦いの最中、誰もがその発言に注目していた。彼女は叫んで、続きを言った。


「そいつはねダーリンッ……重い荷物は!! 誰かと一緒に背負えるってことよ!! だから、だから……」


 その目に。涙が浮かんでいた。

 ……みな、驚愕する。グロリアはそれを無視する。

 そしてとうとう、叫んだ。


「ぜっっっっっっったいにッ!!!!勝ってッ!!!! あたしの!!!!一番大事な人ッ!!!!!!!!!」



 ……シャーリー赤面し。チヨは呆れ。キムとミランダは、苦笑する。


「先輩……本気だったんだ…………」


「あいつ……」


「凄い、目の幅で涙流してるっスよ……コミック以外で見たことないっス……」



 フェイはというと。

 信じられない、というような目でグロリアを見ていた。

 しかしそれは、決して否定的なニュアンスではなくて。


 ……あぁ、そうか。

 彼女の中で、納得がぽつりと溢れる。

 ほうっておいても――こいつらは、変わらないのだ。

 フェイわたしが何を思おうと、こいつらは。こいつらのままなのだ。

 はじめからそうだったのだ。

 だから、なんだ、そうか。


 ――フェイわたしは、こいつらの前では……。


「くくっ…………」


 ――こいつらの前では、過去も、夢もないのだ。

 あるのはただ、共に在るという今だけ。

 ゆえに、何も隠さなくていい。

 ……何も、変えなくていいのだ。

 見えているものが違うのなら、目線の高さを合わせればいいだけの話。

 ――たった、それだけのことだったのだ……。


「っ、ははははは…………ははは、やはりどうしようもない、どうしようもないな第八機関…………」


 振り返って、彼女たちを――その中心に居る、グロリアをだらりと見る。


「どこまでもまっすぐで、おろかで……だからこそ、フェイわたしなどたやすく越えられてしまう……フェイわたしの目に、狂いはなかったということだ……!!」


「当たり前でしょ。あたしは嘘だけはつかないんだから……」


 ……グロリアはもう、泣き顔を見せなかった。

 フェイに背を向けて、鼻水と涙を拭って、叫ぶ。


「――さぁ、片付けるわよ!!」


 キムは苦笑して言う。


「まったく……グロリアさんはいつもこうっスね」


 それから、戦いに戻る。


「……――」


 その流れを見て、ただならぬ思いを感じていたのは、チヨだった。その視線はキムに向けられている。

 ――こやつめ、よくもぬけぬけと。この流れを作ったのは他ならぬお前だ。

 ――全てはお前の計算通りだ――お前は、一体何なのだ。

 ――何を思って、お前はここに居る。本当に復讐だけか?本当に、この場所を利用しているだけなのか?お前は、お前は――。


「ッ……は」


 スキャッターブレインは、息を吐く。

 そして、痛烈な一撃。


「ッ……!!」


 それと共に、一気に黒が裏返り、白の領域へと寝返る。強烈な攻撃だ。フェイは思わず呻く。遊びではない――本気の狩り。フィールドは拡大されるが、感覚としては白に有利に働いているように見える。

 彼は……フェイの呻きを見て、笑った。その表情が、次の瞬間には怒りへと変貌する。


「全く……――ふざけているのかね、君は……くだらない、まったくもってくだらない」


 彼は攻撃する、攻撃する――白が、黒を陵辱し、その支配領域を広げていく。どれだけ吠えても、その流れは変わらない。勝率はこちらのほうが圧倒的に上。ここが地上のカジノであれば、既に彼に賭けられたオッズでビルが建っているだろう――それだけの、熾烈な攻撃。女の反撃は健気だった、律儀なほどにセオリー通り。もはや、変則的な攻撃をすることすらままならぬらしい。なるほど、哀れなまでに……かわいげがある。


「くだらない友情ごっこだ……くだらない、くだらない!! まるでマンガだ!!」


 打ち込む、打ち込む。

 これまで築き上げてきた全て。

 あらゆるものを破壊し、侵犯し、奪い取ってきたことで手に入れてきた力。脈動する脳こそが存在の全て。リバーシは、彼にとっての全てだった。何もかもが信じられなくとも、それだけは紛れもない真実だった。あの日、何もかもが裏返ったあの日から。


 陰と陽。その単純な構造にこそ美があった。彼の食欲のぶつけ先があった。だからこそ夢中になった――全部を賭ける気になった。

 それを、たかが茶番で――けがされて、たまるものか。

 彼は打つ、打つ、打ち続ける。


「――あいつ、まだやるっての!?」


「なんてやつ…………」


 感嘆に、悲鳴が混ざる。

 いい気味だ――お前たちの陳腐な言葉、意味のないやり取り。それらを一絡げにして、食い尽くしてやる――。


「ッ……」


「あんた、まさか――……」


 白が、黒を押しつぶす――広がっていく。

 どれだけの時間が経ったのだろう。分からない。どうでもいい。

 もうすぐだ――もうすぐ、この女の心は折れる。


「かはッ…………」


 ――女が、また血を吐いた。

 ……その赤黒い液体が、大きなシミになっているのが見えた。

 彼女の目はどろりと濁り、正体を失っている。


 ――やった。

 ……思わず、快哉を叫ぶ。

 間もなくだ、間もなくこの女は完全に自分のものとなる。

 そして私の邪魔はいなくなる――その瞬間にこそ、本当の私の人生が……!!


 ――彼は、股ぐらのいきりを、抑えきれなかった。

 だからこそ、気付いていなかった。

 ……対戦相手の、『隠し味』に。


「その通り、だとも……マンガだ、我々は。呆れるほど陳腐なお題目を掲げ、戦っている……何が正義の味方だ、そんなものを掲げたばっかりに、フェイわたしの仲間は、皆……」


「…………」


 この女は、何を――、


「そう、その通りだとも――お前の言ったとおりだ。しかし、お前はそのくだらないマンガによって倒される。お前の夢物語は、我々の荒唐無稽な現実に倒される」


 一手が、打ち込まれる。

 彼女の言葉の真意は――次の瞬間、おのずと明らかになった。


 黒が。

 濁流のように、盤面を覆い尽くし始めた。


 一斉に、白が裏返り始める。無論それは、『黒に白が挟まれた』という原理に基づいたもの。だから、スキャッターブレインでさえ、その原理原則に逆らうことは出来ない。なぜなら、それがゲームのルールだからだ。


 しかし、何故だ。必死に前の手、その前の手、更にその前の手を思い出す。出涸らしになった彼の脳とて、それぐらいの追想は可能だった。

 今までのコマの配置、そこから得られる効果。それらを綜合して考えても、こんな逆転が相手に齎されることはありえないはずだった。そこから派生――さらなる絶望。


 次の手を打ってしまえば、それがきっかけで、更に黒が増える。塗りつぶされる――これまで広げてきた盤面が、すべて、すべて。

 そんなバカな、ありえない。

 一体、何があった――自分の完璧なゲームに陥穽などありえない。

 ……唐突なまでにもたらされた、華麗なる大逆転。スキャッターブレインにとっては、何の前触れもなく現れた手ひどい仕打ち。

 その要因を探す、探す、探す――。


 たったの十数秒後。

 彼の脳は、存外にシンプルな答えを導き出した。


「きさま……『イカサマ』を働いたな……!!」


「ああ、そうとも。わたしは、お前を騙して――この結果を得た」


 あっさりと。彼女は首肯する。

 ――スキャッターブレインの中で何かが沸騰し、決壊し……剥き出しのなにかが、穢された。

 彼はすぐさま口撃に出る。


「馬鹿め、自分から不正を告発する者など初めて見た。貴様はたった今、ゲームの敗北を……」


「……物忘れ自体は、あんたの高度な脳からは奪われていなかったらしいな。このゲームの勝敗条件を忘れたか? 悪いな。フェイわたしは既に、あんたに勝ったつもりで居るんだが」


 ――堂々と、彼女は言ってのけた。

 その態度に、微塵の曇もない。

 ……バカな、イカサマだぞ。絶対にありえないことだ。この神聖なゲームをいともたやすく穢し尽くした、その行為に対してまるで後ろめたさがない。少しでもそれがあるなら、この私の心理攻撃で形勢が逆転するはず。だが、それがない。この女には、それがない……!!!!


 スキャッターブレインは躍起になって、盤上で不正の痕跡を辿った。

 ……彼は、頭が良かった。

 それもまた、すぐに明らかになった。


「一列……――ズレていたのか。75手前から……っ」


 唖然として口からこぼれた言葉に、余裕はなかった。


「そう、その通り。その名も、ディレイ・セオリー」


 フェイはそっけなく首肯する。

 それが、再びスキャッターブレインの心をかき乱した。


「な……あ……」


「こいつをやるには、いかにして相手の気を盤面から反らせるかが重要だ。そのために、話題の選び方、声のトーン……すべてを峻別する必要がある。ごく初歩的なやり口だが、その分仕掛けるには勇気が居るはずだった。だが、うまくいった。どうだ? 名演技だっただろう??」


 バカな。

 ――あの、胸の悪くなるような甘ったるい友情ごっこも、カートゥーンじみたやり取りも全て、イカサマの一部だったとでもいうのか。そんなはずはない。あれらからは、真実の匂いがした。その感覚は、絶対嘘ではない。


 ならばこいつは……一体どこから、仕組んでいた?


「どこからだ……貴様、一体どこからが本当で、どこまでが嘘なのだッ!! 答えろ、女ッ!!!!」


 彼女は答えない。それがさらに、苛立たせる。


「ありえるはずがないんだ、貴様のような矮小な存在の考えついたイカサマなどに引っかかるなど、あり得ない……貴様、一体何をした。最初から何かを仕掛けていたな!?そうでなければ、こんなことは――」


 墜落していく。さらなる地下へ、過去へ――炎の中へ。熱い、熱い。助けてくれ!


「そんなわけがあるか。これは初歩的なトリックだよ。もっとも、ずっと地下に籠もっていたあんたは、まっとうに勝負を挑むことしか知らなかったらしいがね。あんたがそこにいる間に、地上では……進化し続けていたんだぜ。『勝負』というやつが」


「――…………ッ!!」


 彼の顔は紅潮し、血管がグロテスクに浮き上がる。

 同時に、血のシャワーが盤面に降り注ぐ。彼の怒りの表現。だが、彼女は全く動じない。


「貴様なんぞが、私に勝てるわけがないんだ!! 所詮は借り物の力のくせしてッ!! ニセモノの勝ち筋でしか、私に向き合えない癖してッ、この私に……――!!」


「――さえずるな、『仮分数野郎』ッ!!」


 フェイが叫ぶ。

 その手に握られている、黒。

 間もなく、振り下ろされる。


「借り物と言ったか!? このフェイわたしの道程を……ニセモノと言ったか!? フェイわたしの得る勝利を……――ああふざけるな、これよりフェイわたしは貴様に対して証明を突きつけてやる、この力は……この力はッ!!!!」



「芦州一刀流……――」

「キイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!!!」


 ジェニングス兄弟の片割れが襲いかかる。チヨはカタナを抜き、静止する。そのスキをついたはずだった。だがそこへ銃弾が突き刺さる――ミランダのものだ。そこに、間隙が生まれる。


「……『竜胆』ッ!!!!」


 力強く振るわれたカタナは、狂乱のマリオネットの片腕を豪快にえぐり飛ばした。薄墨色の血が吹き出し、化物は苦悶に震えながら倒れる。なに、死にはしない――チヨはミランダと目を合わせる。僅かに、微笑する。

 かたや……目線を外すと。


「ガアアアアアアア……アアアアアアアア!!!!????」


 化物同士が、同士討ちを始める。

 その挙げ句に……彼らの身体は稲光に包まれて、次々と倒れていく。

 その群れの中から、ブロンドと褐色が飛び出してくる。

 ――最後に。


「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


 巨大なロケットパンチを振り回しながら敵をかき乱し、全力で戦える場を作り出しているのは、シャーロット・アーチャーである。

 チヨは彼女を見た……それから、フェイを見る。


「――行け。くそたわけ」


 その笑みが、道を示した。



フェイわたしと――他でもない、『いま』の仲間たちのものだッ!!」


 彼女の示した一手が、勝敗を完全に決する。

 だがその瞬間に、硬質な音が響き渡った瞬間に、彼女の中でスパークする。過去の情景。アリスの顔。炎の中、消えた女。それが僅かな躊躇を生み、思考を埋め尽くそうと増殖する。疑問符の山。いいのか? 本当にそれでいいと思っているのか?


 お前は、アリスの死体を目撃していない。

 その意味が本当に分かっているのか?

 ――それでもお前は、過去を乗り切ったつもりなのか??


「ッ――あああああああっ!!」


 叫んで、振り切る。

 かき消す。そんなものはまやかしだ。

 無いも同然だ。関係ない、今のわたしには、何一つ関係がない――!!

 暗黒を打ち払い、時間が戻ってくる。


 そして。


「……――っ」


 盤面に、決定打が、叩き込まれた。


 白が、黒に覆われた。

 世界は黒へ。

 彼の世界を否定し、すべてが彼女のものとなる。


「な、あ…………――」


 彼の身体が停止し、その腕がだらりと垂れ下がる。

 同時に、全身にまとわりつくように隆起していた血管が萎縮し、痩せ細った体躯だけになる。彼は口を開いたまま、何も言えなくなる。

 ……それを見て、わかった。

 ――彼に刻まれたのは。

 ……『敗北感』だ。


 それが意味することは。


「さらばだ、スキャッターブレイン。これに懲りたら、メンサの会員にでもなることだ」


 一言と共に。

 勝敗が決した。

 ……彼が椅子から崩れ落ち、倒れ込んだことで決定したのだ。


 心の戦いを制したのは――フェイだった。

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