第4章 ゴールデンタイム・ラバー
前編
#0
自分の性的指向について、深く考えたことはなかった。
警察をやめた時に、十年連れ添った男と別れた。とはいえ、それが内省のきっかけにはならなかった。その後も、そのつもりだった。
「……そう。せやから、そこで思いっきりハメてやるんよ……相手はまだ、世間話をしとると思ってる」
今、わたしのそばに居るのは白い髪の女。
彼女のことを綺麗だと思うことに何の抵抗もなかったのは、別に女同士がどうとか、そんなことは関係なく――どこか、彼女が浮世と離れた所に居るような気がしたからだった。
そんな彼女は今、わたしに、あるすべを教えている。
この街で生きるすべ、そのうちの何十項目か。
――『イカサマのやりかた』。
「『ディレイ・セオリー』いうて……ギャンブラーの間では呼ばれてるやり方よ。相手がこっちの話につられてる間に、ちょっとずつ、ほんのちょっとずつ、『陣地』をずらしていく……その『世間話』には種類があって、それは相手の性格やら種族やらで、無限に枝分かれしていく。あんたに必要なのは、それの記憶。よろし?」
――断れないの、知っているくせに。
彼女はいつだって意地が悪い。
そうしてまた、あの謎めいた笑顔だ。
わたしにそっと寄り添って、ひどく意地の悪い『知恵』を、教え込む。
ふと、彼女の使っている香水がなんなのか気になった。そして、キャッシュの残りを考える。
「そう。あんたは物覚えがええから、助かるわ。ほんま……可愛いわ」
などと言う。
――本気にしたら、どうするつもりなんだろう。
どうせこいつは、そんなことを考えちゃいない。
分かっているのだ。
全部、分かっているのだ。
――だから、過去のことも。未来のことも、分かっていたのだ。
……だからこそ、あんなことがあっても。
貴女は、夢を見ずに済んだのだ。
『アリス』。
わたしが、本当の意味で惹かれた、最初で最後の人間。
――そして、わたしに刻まれた、呪いの名前。
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