#2 シャドウズがやって来る! はぁ? はぁ? はぁ!?
――というわけで、画面の前に皆が集まった。フェイを除いて。
キムが起動させると……途端に、馴染みのある禿頭がぬっと映し出される。
『みんな、揃っているな』
「うおっ、急に……」
グッドマンは周囲を見回し、頷いた。
なるほど、フェイは自分で連絡済みらしい。
『察しているかもしれんが、新しい任務だ。…………というか、お前たち』
グッドマンの視線が、彼女たちを走査した。
『どうした。やけにギラギラしていないか』
「いいから早く続けて……」
誰もが彼を見ていた。彼の言葉を。さもなくば、獲って食ってやるぞと言わんばかりに。
『ごほんっ……では、分かった。順番に詳細を伝える』
そこからの彼は、落ち着き払った声で順番に語った。
『アンダーグラウンド地下のとある場所に……“殺人オセロ”を行っている者がいる』
「さ、」
「「「殺人オセロ?????」」」
あまりにもキャッチーな単語。それが大真面目な禿頭から繰り出されたものだから、皆困惑せざるを得ない。チヨはどうでも良さそうだが。
『他に言いようがない。要は、地下のとある場所にカジノのようなものを開いている存在が居るということだ。そいつはこれまで、LA名うての勝負師たちを次々とその場所に招待してきた……つまり、勝負を挑ませた』
グッドマンは一旦言葉を切って……そして、言った。
『そして……次々と、廃人にしていった。つまり、完膚なきまでに叩きのめしたということだ』
誰かが、息を呑んだ。
……なるほど。楽しげなのは単語だけらしい。
『そこから帰ってきた者たちは例外なく精神を壊され……赤子同然になっているという。ただ勝負に負けるというだけではないらしい』
シャーリーたちの脳裏に、その情景が浮かび上がる。
「で、そのオセロ野郎は一体どんな奴なわけ?」
グロリアが聞く。
グッドマンは答えた。
『“スキャッターブレイン”……そう呼ばれている』
「スキャッターブレイン……? どこかで聞いたことあるような」
「ジェフ・ベックの曲じゃない?」
「そうだわ、それそれ」
『……ゴホンッ!』
……皆が、姿勢を正す。グッドマンは続ける。
『そいつは、巨大な脳を持ったエンゲリオだと言われている。嘘か真か……常人の何十倍も巨大な』
「うぇー……」
光景を想像したグロリアが顔をしかめた。
シャーリーもそうだ……地下の空間に居座る、むき出しになった巨大な脳を持った男……そんな奴が、一体何を企んでいるのか。
『奴は地下を完全に自分の居城とし、居座っている。武装勢力を雇ったギャンブラーが乗り込んだことがあったが……結果は全滅。奴はその頭脳を生かして、自身の居所に高度な防衛機構を作り上げているらしい』
「そして……勝負に挑まざるを得ない状況を作る、と……」
『そういうことらしい。そして、ここからが肝心だ。奴がなぜ、我々が対処しなければならない存在であるのか』
グッドマンは一呼吸置いてから、言った。
『そいつの脳は……現在進行系で拡大を続けている。そして、やがては……このアンダーグラウンドの地下全般に根を張り巡らせることになる』
「そんな、そうなれば……」
『そうだ。街全体が奴の支配下に置かれる。全てが、奴の頭脳になりかねない。文字通りにな……我々は、それを阻止する必要がある。そして、そのためには』
キムが一歩前に出て、言った。
「そいつの居場所を知り……勝負で、倒す。しかない、と……」
――画面のなかで、グッドマンは頷いた。
それを受けて、おのおの言葉を反芻する。
「やけに詳しいのね」
ミランダが言った。
『上からの情報だ……詳しくは私も知らん』
グッドマンはぶっきらぼうに言った。
「ふーん……」
ミランダは半信半疑な反応を崩さない。
――要するに、どこまでの脅威であるかが判然としない。ゆえに、仕事としてのイメージがつかないのだ。皆、沈黙していた。
だが、それを割くように。
「……ちょっと待ってくださいっス」
キムが、言葉を発した。
『何だ』
「……そういう“勝負事”があって……“勝負師”が招待されてるってことは……」
「……!!」
グロリアとミランダが。
同時に何かに気付いた。
キムが、続けた。
「――『おかね』……出るって事じゃないですか? 勝ったヒトのために」
「…………!!!!」
それは天啓だった。
『確定ではないが……ここまでの事実を重ね合わせれば、その可能性は極めて高い』
「と、いうことは……」
そして。
キムと。ミランダと。グロリアは。
顔を見合わせ――。
「……よっっしゃああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
「カネだああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
「うふふ……お金…………お金…………うふふふふふふふふふふふふふ…………」
爆発した。
シャーリーは苦笑いし、チヨは興味を持っていない様子だったが……もはや止められなかった。
『お前たち、落ち着け……おい、』
「あんたらぁ!!!! ぜっっっっっったい勝つわよ!!!!!!!! 世界を救ってみせるわよ!!!!!! そう!!!! あたしらは第八機関ッ!!!!」
「やっと……やっと冷凍ピザ以外が食べられる…………やっと……うふふふふふふふふふふふふふ…………」
「チヨさん、やったっ、やったっスよーッ!!!!」
「抱きつくな……鬱陶しい」
だが……心なしか、チヨもまんざらでもなさそうだった。
そこに居るのは金に飢えた亡者どもであり、良心の欠片もない悪鬼達であった。
(ひどい顔だ…………ひどい…………)
シャーリーは若干引き気味に見ていたが、グロリアに肩を掴まれる。
「うわっ!!??」
「なぁーーーーに自分は関係ないって顔してンのよ!!!! カネよ!!!! カネ!!!! マネーよマネー!!!!」
「うふふふふふふふふふふふふふ…………うふふふふふふふふふふふふふ…………」
「ねーチヨさん、何しますか??? お金で何しちゃいますか???? またお買い物一緒に行っちゃいまスか???? あはははは」
「…………」
目は血走り、口からは欲望まみれの涎が垂れていた。
『お前たち…………分かっているとは思うが…………』
「えぇ。分かってるわよサー・グッドマン。あたし達はカ……世界のために、任務を遂行するわ。きっとね」
「私達を信じて。きっとやり遂げてみせるわ……世界のために」
「さぁ、戦いましょう……皆を守るために……そしてあわよくば……ふふふ…………」
『まったく……』
グッドマンはため息をついて、改めて言った。
『では……任務を受けるな??』
皆は――書斎の方を見た。そのままの姿勢で。
すると、ソファの見えない位置から――サムズアップが上がった。
……承認が降りた。そういうことだ。
「ね? 信じなよ、あたしらを」
『……仕方ないな……』
グッドマンは、またため息を付いて、皆を見た。
……とはいえ、告げた言葉で、皆の生気が蘇ったことは否定しようのない事実であるようだった。
『では、正式に、任務を告げる――』
皆が、グッドマンを見た。
「…………」
しかし。その中で一人――沈んだ顔をしている者が居た。チヨだ。
「??」
シャーリーには、何故か分からなかった。
『“スキャッターブレイン”を探し出し、勝負に打ち勝ち、これを拿捕せよ。いかなる手段を用いても構わない。奴の脳が、この街中に広がる前に阻止するんだ』
「任せなさいよ、グッドマン――」
しかし、彼は。
『――と、言いたいところだが……』
そこで、そんなことを言った。
「……??」
そして、ドアが開いた。
施錠していたにも関わらず。
――予想もしない客が、現れる。
「0.8秒の遅刻。この失態は高く付くぞ、お前たち」
あらわれたのは、名も知らぬ女と、黒いスーツに身を包んだ数人の男たちだった。
◇
「……誰よ、あんたたち」
グロリアがどすの効いた声で凄む。
それと同時に、ミランダとチヨがそれぞれ懐に手を伸ばした。
シャーリーはキムを後ろに下がらせる。
誰もが皆、彼女たちを見た。
「公共料金の請求人……っていう風には、見えないわね」
その姿。
女が一歩前に進んだ。
――それから、言った。
「臭いな。掃き溜めだ」
「――あぁ……?」
空気がひりつく。いきなり現れた正体も知らぬ女、しかもこちらの鍵を持っている人間にそんなことを言われればたまったものではない。チヨやミランダの目が、剣呑に細まる。しかし、女はさして気にする様子もなかった。
女は、シックな黒スーツに身を包んでいた。同じく漆黒の髪を後ろに纏め、フレームレスの眼鏡をかけている。一見キャリアウーマン然としているが、そのような安穏な印象に収まりきらないのは、後方に控えている男たちが皆一様にダークスーツを着込み、サングラスをかけている異様さからであろう。
そう、その女の印象は、あまりにも怜悧すぎた。美貌といえば美貌であったが、あまりにもスキがなかった。欠片の冗談も通じなさそうな、どこまでも冷たい女の顔。
……既に、そんな彼女に相対していたグロリア達は、その油断のならなさを一瞬にしてかぎわけていた。
「誰よ、あんたら……」
「数日間清掃を行っていないな。換気も徹底されていない。何だここは? 私はどこに来た?」
「地球よ。あんた達は地底から来たの?」
しかし――女は無視をした。
「……」
そこで、二人は動いていた。
――ゴミの山を踏み越えて、女に突きつけられたもの。ライフルとカタナの先端。ミランダとチヨが、彼女に狙いをつけていた。
そして……睨む。シャーリーでも止められないほど一瞬だった。
並のアウトレイスでは――それこそシド程度の者であれば、その視線に射抜かれただけで失禁してしまうだろう。
だが、女は。
「……」
自分に向けられた凶器を見て、ただ黙っていた。自分はただ空気を見ているのだ、とでも言うように。
……それを受けて、更に空間が冷える。
シャーリーとキムは顔を見合わせた。
キムは、肩をすくめる。
このままでは駄目だ、この緊張が続いては――。
……シャーリーは、それを感じ取った。行動を起こそうとした。
だが、次の瞬間。
『そこまでにしないか、お前たち。彼女たちは、我々の仲間だ』
画面の中から、グッドマンが言った。
「――!?」
「ふん」
チヨとミランダが驚愕の表情を浮かべて、引き下がる。
「どういうこと……?」
「説明して、グッドマン!」
グロリアたちが問い詰める。彼は渋面を浮かべる……。
冷酷な女は、襟首を正して、変わらぬ鉄面皮を浮かべている。
『……彼女は。いや、彼女たちは――
その言葉とともに、再び衝撃が走る。
「はぁ!!??」
「どういうことっスか!!??」
「こいつらが……!!??」
シャーリーにはわけが分からなかったが、とにかく――眼の前のスーツ姿の女が、歓迎されざる状況なのは間違いないと理解した。そしてそれは……彼女もなかば同じ気持ちだった。
女は、無関心な顔を貫いている。後ろに控えている男たちも、ぞっとするほど不動。
「ちゃんと説明しなさいよ!!」
『今言ったとおりで――』
「グッドマンの発言どおりだ。私は
台本でも読んでいるかのように平板に、それでいて冷たい声音で、女は言った。
グロリアが、前に一歩進んで突っかかる。
「ヘイヘイヘイ、じゃあ何か?? これまでの連中はどうなったってのよ!? つまらない奴らだったけど、少なくともあんたよりは人間の血が通ってたようだったわよ!!」
「全員解雇された。現在はこちらが手配した職場で記憶を消されて働いている」
「……っ!」
ひどくあっさりと、彼女はそう言った。
――シャーリーにとっては顔も名前も知らない者たちが。存じないうちに、運命を変えられてしまった。その残酷さが、言葉にせずとも伝わった。
「なによ、それ……」
「請求するならば、その場所をこちらが教えることが出来る。だがお前たちには何のメリットももたらさない。無駄な労力は避けることだ」
◇
そこは沿岸部のとあるピザ屋。
店内のBGMはビーチボーイズを悪趣味なテクノポップに改変したようなインチキ・ミュージック。
働く者たちは皆男性であり、誰も彼もが笑顔を浮かべていた。
……作られた、違和感アリアリの笑顔を。
「はーいほーはいほーーーー!! しごっとーがっすっきーーーー!!!!」
「はあああああああい!!!! こちら『ガーシュウィン・ピザ・ストア』!!!! ご注文は何ピザ……へ??? ポテトの盛り合わせとコカ・コーラ???? はああああああああいかしこまりましたああああああああ!!!!!」
彼らは幸せだった。
過去も未来も彼らにはなく、ただただ現在のひとつの時間軸上で、むせかるようなハラペーニョとチリソースの匂いとともにあるだけだった。
そう……彼らはそれで終わりだった。それだけの存在になっていた。
◇
「な……何よそれ……」
「滅茶苦茶じゃない……」
「ひどい……」
一同ドン引きである。
だが、フレイは気にせず――一切気にせず続ける。
「彼らの去就についてはどうでもいいはず。今は続きを伝える――」
「続きだぁ!? そいつを聞く前に、そいつがどういうことか説明しなさいよこのうすらトンカチどもッ!!!!」
グロリアが吠える。
「今言った通りだが――」
「そういうことじゃないっつってんのよ!! こっちはね、普段から散々クソッタレな世界を救うために何度も死にかけてるのよ!! こいつは重労働なわけ、あんたらに貢献してるわけよ!! それなら、対価ってやつが必要なんじゃないの!? あたしらにな~~~~んにも告げず、勝手にコトを進めて、それであたしらが納得するとでも思ったわけ!!??」
「……ムカつくけれど、今回ばかりはグロリアの言うとおりね。横暴に過ぎるわ。納得できる説明を寄越しなさい」
「そうっスよ……むちゃくちゃっス、あまりにも……」
「……」
フレイは、グロリアたちを一瞥した――見下した目で。
それから、懐からストップウォッチを取り出して、言った。
「……既に、六分30秒のロスタイム。どうカバーすべきかな」
「あぁ!!??」
グロリアが突っかかる、ミランダが止める。フレイは眼鏡のつるをほんの少しだけ持ち上げて、冷酷なまでの態度を保ったまま、言った。
「なら、お前たちの基準に引き下げて言ってやろう――『お前たちがあまりにもだらしないから、上が我々をよこした。そして、今回のミッションを成功させなければ、お前たちは解散とし、新たなメンバーを補充として加入させる』……というわけだ」
「な……」
一瞬、沈黙。それから、炸裂。
「はあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!???????」
とんだ急展開。マルクス兄弟も呆れ顔になること間違いない。溜め込んでいた不満が一気に爆発する。
「ふっざけんじゃないわよ!! 何よその無茶苦茶な理屈!!??」
「あなた達何様のつもりなの?? 何の権限があってそんなことを…………」
「展開が急すぎまスよ……上で何があったんスか!? それだけでも教えてくださいっス!!」
「言ったはずだ。『お前たちがだらしないから』と」
「ちゃんと英語喋りなよダボハゼが!! あたしらのどこがだらしないってぇ!?」
――フレイは指し示す。部屋の中を。
……散らかったピザのカス。酒のボトル。その他諸々の有象無象。
「ッ……!! これは仕方ないでしょ!! あたしらもカネに困って……」
フレイは指を鳴らす。後ろの黒服が、何かの紙を見せつける。金額が計上されている。膨大な金額……。
「この数ヶ月の、お前たちの散財の成果だ。ふむ、いつお前たちは不動産業に乗り出したのか??」
「ッ…………!! ッ…………!!」
グロリアは彼女たちに指を指したまま顔を赤くして硬直する。そして。
「ッふぁああああああああああっっく痛ぇぇーーーーーー!!??」
――彼女たちに殴りかかろうとしたがあえなく止められる。ミランダに後頭部をシバかれたのだった。
「何すんのよこのアホ!!??」
「ちょっと黙ってなさい。あなたが喋ると余計にややこしくなるのよ……馬鹿のくせに」
「ああああああ!!??」
「何よ、文句があるわけ……??」
『おい、お前たち、いい加減に――』
「ちょっと、ふたりとも、今やらなくてもいいっスよね!?」
むちゃくちゃである。今現在醜態を晒していることに、グロリア達は気付かない。気づけるようなら、こんなことにはなっていないわけだが……。
「…………もののけ共が……」
フレイは小さく呟き、更にストップウォッチを動かそうとした――……。
「――――待て」
そこで、声。
皆が後ろを振り向く。
その主は、長らく沈黙を保っていた……チヨだった。
彼女は前に進み出る。
「おう……おお??」
フレイの正面に立つ。カタナは抜かない。だがその視線は……彼女と正面からやりあった。
「……なんだ」
そうしてチヨは、おもむろに言った。
「お前たち――ハイヤーの匂いがするな」
……わずかに、場がざわついた。
キムが、真意をチヨに問おうとした。
そこで、グッドマンが言った。
『仕方ないか…………――もう良いだろう。お前から、説明するんだ』
「……あぁ」
声がした。
振り向いた。
立っていたのは――フェイだった。
「済まなかったな……お前たち」
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