第4話


 寺院を出て直ぐ、僕は近くの食堂に入った。

 元はなんらかの宗教施設だったのだろうか? 石造りのその様相は「拿禰」の飲食店にしてはやたら立派だ。

 足早に店内に入り、個室に通してもらう。僕は支払いを政府の身分証で免除してもらうと、料理の注文を雑に済ませ、僕は守人「オギワラ」から貰った資料を広げた。

 


 キョウゴクカズヒト

 

 2067年9月8日産まれ、性別男、先天的な障碍により前頭葉に多少の欠損がある。両親のデータは無し、母方に遺伝子疾患の可能性大、社会等級「特1」

 幼少期を下層「於臥」地区の国営孤児院にて過ごす。

 8歳、学習能力の高さが評価され学習特別訓練課程へと進む。

 14歳、基礎学習課程を終え研究課程へと進み、中層「輔壬」地区の上位存在研究機関「ミギワ総研」に所属する。当時の指導教員は「機密レベル5につき、公開されていません」

 特記事項。

 ミギワ総研にて「機密レベル5につき、公開されていません」との重度の接触があった模様、だがその後の十二回の思想調査にていかなる問題も見受けられなかった。十代前半の頃、精神調律を頻繁に受診していた、理由は「自我の連続性に自信が持てない」とのこと、現在は解消されている模様。

 

「随分とわかりやすい経歴だ」

 僕は思わずそんな感想を漏らす。

 地下の捨て子から最上位階級に上り詰めた少年。典型的なサクセスストーリー。ただ一点、ミギワ総研での「何者」かとの接触を除いて。

 思想に問題のある人間との接触、彼はそこで何を得た? どんな影響を受けた? 当時の精神チェック結果はオールクリーンだ。見事なまでの安定度を示している。しっかりと「ヒトに絶望し、昇華者に縋る」理想的な精神構造をしている。

 この時はまだ、彼はただの「天才科学者」としか評価されていない。

 僕は資料の続きを捲る。

 

 

 18歳、論文「上位存在オズリアックの表面組織における、熱流積分法によるチャネル状態の推定」、「レヴェリエーターモデルによる昇華者の循環状態測定法」が評価され、揺り篭での勤務が要請される、本人もこれを承諾。

 22歳、「ゼネの災厄」に巻き込まれ、灰死病に罹患する。隔離施設にて研究の続行が試みられるも、当時の主任研究員、同研究メンバーの大半が死亡した為に一時凍結。その後研究材料の「剥離体」が死滅したことにより正式にプロジェクトは閉じられた。

 23歳――

 

「失礼します」

 店員の声で、僕の集中は切られた。

「はい、なんですか?」

 注文を受けた店員と違う、それなりに歳を喰っている。ただの従業員じゃない気がする、オーナーか?

「先ほどの身分証ですが、残念ながらこちらでは本物と確認できませんでした」

「確認できない? 何言ってるんだ?」

「どうか、お引取りを」

 僕は思わずニヤつきそうになるのを必死に抑える。

 思ったより簡単に引っかかったな、そう僕は慢心する。

「はいはい、失礼しました」

 僕はテーブルの上の資料を片付け、個室をでる。店内に目をやると如何にもな輩が数名いた。

 ――明らかに僕を見張っている。

 寺院を出てからずっと視線を感じていたが、ここに来て堂々と尾行することにしたようだ。

 店を出る。店内にいた見張りは追ってこない。怪しまれないよう別の人員に引き継いだか?

「まったく、単純な奴らだ」

 一先ず大通りにでる。

 丁度謝肉祭の第二幕の開催ということもあり、かなりの人の数だ。

 この人の海の中に入るのは、追跡を撒いてしまう可能性があったが、まぁ気にしない。この程度で見失うようならただのチンピラだ。

 逆に、この状況でもキッチリと追跡してくるのなら……

 僕はさっさと歩を進め、人を掻き分けながらも横目に寂れた脇道を探す。

 尾行が剥がれる様子がない、やはりそれなりに訓練の積まれた組織なようだ。願わくば「キョウゴク」についての情報を持っていると良いが。

 そんな事を考えながら僕は人気の無いわき道を見つけ、入る。

 そこで待ち伏せをして、あわてて追いかけてくるだろう尾行を迎え撃つつもりだった。

「あれ?」

 だが僕の目論見はあっさりと崩れった、路地の奥には拳銃を手に持った男が立っていた。

「……何も知らずにノコノコと、罠にかかったのはお前の方だ」

 そう言うと男はサディスティックな笑みを浮かべ、銃口を僕の方に向ける。

 背後から別の男が来る、こちらは手に刃物を持っている。ハサミ内の形だ。

「そうですか――」

 僕はとりあえず両手を挙げ大人しく通路の中に入り、降参の意思を示す。

「――それで、要求は?」

 男に気を緩める様子は一切なく、パリパリとした緊張感を漂わせている。

「お前は何者だ?」

「ただの守人ですよ、失踪した同僚について調べています」

 後ろの男の笑い声。わざとらしい、挑発目的の嘲るような物。

「嘘をつくな、余所者。お前のような守人なぞ見たこともない」

「わかりました、正直に言いましょう。僕は焼けた地平線から来ました」

「……は?」

 僕の素直な答えに対する彼の反応に、軽く落胆する。

 彼は僕を普通の人間と思っている、それの意味するところはつまり、こいつらは大した情報網を持たない、大したことのない組織の人間だということ。

 ……さっさとカタを付けるか。

 僕は突然振り返り、後ろの男と向きあう。

 男は僕の突然の行動に一瞬あっけに取られた。そして次の瞬間僕の拳をもろにアゴに受け、そのまま地面に沈むことになる。

「さて、次は僕が質問をする番だ」

 僕は振り返り再び銃の男と相対する。

 銃声。

 彼の手の銃から弾丸が放たれ、それが僕の胸に当たる。しかしその鉄塊が僕の肉をえぐることは無い。服は貫通したが、皮膚の上で運動エネルギーを失い、そのまま静止する。

 続けて2回の銃声。

 どの弾丸も、僕の装飾品を傷つける程度で、僕の肉体に危害を加える結果にはならない。

「お前、まさか昇華者……」

「近い、でも少し違う」

 彼の方へと歩き出す。さらに2~3発の銃弾が放たれたが、それは意味をなさない。

 間合いに入ると、僕は素早く彼の首を掴み、そのまま地面に押し倒した。

「さて、改めて。僕の質問の番だ」

 男はまだ抵抗の意思をみせたので、僕は胸を強く踏みつけ悶絶させる。

「質問、君たちは何者だ?」

 返事はない。

 僕が踏みつけたのは肋骨だし、手加減もした。だから喋れないはずはない。

 なのでもう一度、今度は腎臓を狙う。

 くぐもった汚い悲鳴。

「答えないなら、もっと続ける」

 暴力と会話、実に楽しいコミュニケーションだ。人間の関わりの本質をよく表してる。

 死なない程度の加減にして、4発乱雑に蹴りを入れる。

 男が血痰の混じった君の悪い吐しゃ物を口から漏らす。

「その辺にしてやってくれないか」

 背中に声がかけられ、僕は振り返る。

 四人の男が路地の入り口にいた。内三人は銃を構え、一人は中心に悠然と立っている。

「君が、リーダーかい?」

「一応はね」

 中央の男は余裕たっぷりに肩を竦めて見せる。

「君たちは何者?」

「俺たちは――」

「カタヤマさんッ……こいつはァッ……」

 吐しゃ物に塗れながら足元の男が声を上げ遮ってくる。

「黙ってろ」

 僕は再び男を蹴り飛ばす。

「イイダ、もういい――」

 カタヤマと呼ばれたリーダー格の男は、僕の足元の男にそう言って、再び視線を上げる。

「――俺たちは『人間至上主義者』だ」

 まぁ、そうだろうな。

 僕を守人と知った上でこんな狼藉を働ける、そんな奴はキチガイか人間至上主義者だ。

「それで、君たちは僕になんの用で?」

「その辺は話すと長くなる。立ち話もなんだ、近くに良いバーがあるんだがそこでゆっくりと話をしないか?」

 一杯おごるよ、カタヤマはいたずらっぽい笑みを浮かべながらそう付け加えた。

 

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