第12話:帰路



「ねぇ、アケ。ロコは?」


だんだん意識の回復してきたミィが訊ねる。


「そうですねぇ、もうじき帰ってくるでしょうか」


「それさっきも言ってたよね?あとどれぐらいかかるの?」


「わかりません。主殿から通信もないですし」


中に単独で入っていって一向に出てこないロコをミィは心配していた。まさか、返り討ちにあったのだろうか。さっきの悲鳴は誰のものだったのか。不安で不安で仕方がないからアケに聞くのに、彼はケロッと、さあ、だの、そうですねぇ、だの適当な返事しかしない。


「アケは心配じゃないの?」


「主殿が命を落とせば私も停止しますし、動いているということは無事だと言うことです。何の心配もありません」


「そうじゃなくて…。生きてたって瀕死になってたりするかもしれないじゃない。平気なの?」


「何がです?」


アケは首を傾げた。どうやら心配する気持ちはないらしい。

彼は限りなく人間に近いし、てっきり情もあるものかと思っていたが…。

そこまで考えてからひらめいた。きっとロコが意図的にそういう感情を入れていないのだろう。彼のことだ、そうに違いない。


「あの性悪魔導師、何なのよ全く…」


とー。


「ほう、私の悪口か?よほど早死にしたいらしいな、お前」


ミィの独り言に返事が返ってくる。見ると二階のバルコニーに青墨色のマントをはためかせ平然とした顔でロコが立っていた。


「ロコ!!もう、心配したんだから!」


すると、その言葉を聞いたロコは一瞬本気で驚いた顔をした。が、すぐにあの意地悪そうな顔をすると、いつも通りの口調で言った。


「は?心配?そうか、今日はこれから槍が降るな…」


「おちょくらないでよ!!」


それを受けたミィの目が揺れる。何だか安心したら無性に泣けてきたのだ。


「心配、したんだからぁ…」


嗚咽を漏らしながら言うと、意外にもロコがぎょっとした顔をする。すると、彼女の近くのアケとロコの近くのヨイが顔を見合わせてニヤリと笑った。


「主殿が泣かせたー」


「女の子泣かせたー」


「人でなしー」


「性悪ー」


口々に言うアケとヨイ。ロコはイラつきつつも言い返せずに拳を握り締める。だが、一向に泣き止まないミィを見て諦めたようにため息をついて言った。


「悪かった、悪かったから泣き止め」


「ロコの、バカァ!」


ミィのいる塀の方へ飛び移ったロコは、昔自分の師匠が泣いた弟妹を慰めていた時のことを思い出しながら背中をさすってやった。自ら進んで人に触れたりしないロコにしては珍しいことである。


しかし、ミィは泣き止まない。幾分か落ち着きはしたが。

お世辞にも女の扱いが得意でないロコは少しいらついたように頭を掻いた。


「はぁ、だから女は面倒なのだ。」


「面倒ってなによっ、心配してたのに…っ」


「やかましい、いつまでも泣くな。ほら、帰るぞ。お前の家はどっちだ?」


話そらさないでよ、とミィは言ったが、ロコはそれを封殺するように突然彼女を背に負って石壁から飛び降りた。ミィは背負われたことによって初めて彼の体型を理解して驚く。


―何、これ…。ガリガリじゃない。こんなんでよく生きてられるわね…。


急に黙ってペタペタとロコの身体をマントの上から触り始めるミィ。ロコはしばらくしてからそれに気がつき、おい、と彼女を睨んだ。


「やめろ、気持ち悪い。捨てるぞ?」


「ごめんなさい、もうしません」


思わず謝ると、わかればいい、という返事。なんだろう、少し素っ気ないというか不思議な感じがした。そういえばロコは自分の身体を常に隠しているし、人に触らせることを進んでしたりしないのだ。それと何か関係があるのだろうか?


「…ああ、そうだ。この書類、明日の昼頃にお前の父に渡せ」


ミィの家の近くで彼女はロコに封蝋で口を閉ざされた分厚い封筒を渡された。封蝋の刻印は見たことのないもの、男爵のものだろうか?


「え?なにこれ」


「朝一番に男爵にある条例を出させる。それの関係書類だ」


「出させる、って…。ロコ、あんた何したの?」


「知らぬ方が身のためだ。…さあ、夜が明けぬうちにさっさと帰れ。私も人目につきたくない」


ミィを背からおろし、一人で帰れるな?と珍しく優しい声で聞いてくるロコ。すぐに子供扱いされていると気がつきミィは表情をしかめた。


「本当に失礼よね、あんた」


「何を言う。夜中に一人で出かける不良小娘にはこれぐらいが妥当な扱いだろう?」


ロコはいつものニヤニヤ笑いをしながら意地の悪い口調で言った。


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