第9話:人形対人形

二階の廊下でも同様に用心棒を蹴散らしながら、ロコは二階の目的の部屋を目指して歩いていく。


瞬間、廊下の壁を破壊して突然露出の多い踊り子風の女がロコに襲いかかる。彼は目を細めると、しゃがんでその攻撃をかわした。同時に後ろからきたヨイがロコの背中を踏み台にして飛び上がると、回転しながら女の胸の辺りを刃で突き刺した。


パチパチと音を立てて動力回路がむき出しになる。ヨイはそれを体外に引きずり出して女を動かすためのコードを引きちぎった。


自動人形オートマーターか。


ロコはゆっくりと立ち上がり、廊下の向かいに立つ女を見た。


「あら、かわいい賊だこと。でも、残念。この先は立ち入り禁止なのよ」


「その身なりは、ボーラ男爵夫人かな?生憎私はボーラ男爵に用がある。退かないならば無理にでも通してもらうぞ…」


言うや否や、ロコはもう一つ指輪を弾いて今度は青年の人形を呼び出す。同時に男爵夫人もパチンと指を鳴らして大量の女の自動人形オートマーターを呼びだしてきた。


双方に殺気が漲る。


「坊やの目的は何かしら?私、あなたみたいなきれいな子を傷つける趣味はないのよ?話次第では通してあげてもよろしくてよ?」


「それができるなら、とうにしているだろう?」


「まあ、それもそうね」


夫人の手には自動人形オートマーターを動かすためのリモコンらしき端末があった。対するロコの手には何もない。


「…おい、まさかお前自動技術オートマチック・テクニカの人形なんぞで私をもてなすつもりか?見くびられたものだな…」


「あら、この子たちは優秀よ?しかと味わいなさって!」


女の人形は剣を取り出しロコに襲いかかった。その数十体、一方ロコ側は人形が二体のみ。


だが、ロコは楽しそうに笑うと唇を指で撫でながら目を細めた。


「それは楽しみだ。どんな味がするかな?…ヨイ、タソガレ、《ラール(踊れ)》」


まずその声に反応したのはヨイだった。彼は無言で女の人形の剣を両手で押さえる。華奢な女の人形にしては力が強く、ヨイの腕がガクガクと音を立てて震え出す。それもそのはず、ロコの人形は大体70センチぐらいなのに対し、女の人形は等身大に近い140センチ程、約二倍の大きさなのだ。力の差はなかったとしても、上から押さえ込むエネルギーの方が強い。それを見た夫人はさらに人形をけしかけてきた。


女たちは素早い動きでヨイの腕を切り飛ばし、胸を貫き、首を飛ばした。常人では肉眼で捕らえきれないほどの速さで。


「まずは一体、ご馳走さまね」


「…」


ロコは夫人の煽りに顔色一つ変えずにタソガレをけしかけた。タソガレは刀を抜き放ち女にかかっていく。剣士顔負けの鋭い攻め、女の剣をしのぎでいなしてかわし、背後から胸の動力回路を破壊する。次の女は目にも止まらぬ早速さで放った突きで、その次は振り返りざまになぎ払って真っ二つに…。


が、一人の女がタソガレの動きを抱きつくことで封じ、残りの女がヨイと同じように彼を破壊していく。


「二体目…。あら、もう人形はいなくて?」


じゃあ仕方ないわね、チェックメイトよ。


夫人が勝ち誇った笑みを浮かべながら人形をけしかける。しかし、ロコはふわりと後ろに飛び退くと、チェックメイト?と呟いた。


「…それはお前の方だな。まだ、操り手である私もしとめていないのに、悠長なことだ」


ロコはさらに背後から突き出された剣の上に飛び乗ると、刃のしなりを利用して上に飛び上がり、向かいから来た人形と相討ちになるようにし向ける。


「ちょこまかと…。人形もなく、丸腰のあなたがよくそんなこと言えるわね…」


「おやぁ、人形ならいるぞ?なあ、ヨイ、タソガレ」


ロコはニヤリと笑うと魔力で作り出した糸をバラバラになったヨイとタソガレに伸ばした。瞬間、彼の目の前で二人の人形は何事もなかったかのように組み上がり立ち上がった。


「やれやれ、主殿は悪趣味でらっしゃる」


ヨイがため息をついた。


「全くもってその通り、痛みはなくともやられるのはいい気がしませぬぞ」


タソガレも文句を言う。


「まあ、いいだろ?調子に乗った馬鹿どもの鼻を明かすのは楽しいじゃないか。…ほら、見ろよ、あの顔…」


「それはまあ」


「否定しませんがね」


ロコが余裕の笑みで二人に言うと、彼らもロコと同じように笑う。


一方、夫人は驚き目を見張っていた。それもそのはず自動技術オートマチック・テクニカで作られた人形は動力源を壊されれば再生不可なのだ。それをあの人形は再生する上に人間の言葉を操る。


まるで、生きているかのように…。


「も、もしや、それは傀儡魔法…!」


傀儡魔法。それは人形に命を吹き込んだり、人を意のままに操ることができる禁術指定を受けた危険な魔法。使い手は精神を病み、まともに使いこなせる前に廃人と化してしまう諸刃の魔法と言われ、誰も使い手がおらずに消えてしまっていた魔法だ。


ロコはそれを聞いて少し驚いた表情をする。


「おや、知っていたのか。使い手は私だけかと思っていたが」


「傀儡魔法の使い手なんて、この世に一人しかいないわ。あなたまさか、S級犯罪者の…」


「S級犯罪者とは私もずいぶん出世したのだな。…そうだよ?私が通称マッドネス、この世でたった一人の狂った傀儡魔導師だ」


さて、おしゃべりはおしまいにしよう、ヨイ、タソガレ。チェックメイト。


そこからは一方的な蹂躙でしかなかった。ヨイとタソガレは先ほどまでとは桁違いのスピードと力で女の人形たちを圧倒した。


タソガレが鋭い剣撃で一度に二人の相手をする。夫人はなんとしても操り手であるロコに攻撃を当てようと人形を操作するが、突然物陰から現れたヨイにリモコンを粉々に破壊されてしまう。命令系統がダウンした人形たちであったが、非常システムが作動したらしく、命令なしでもロコを倒そうと動いていた。


「すごーい、虫けら並のしぶとさですね」


ロコのところまで下がってきたヨイが、刃に刺さりっぱなしのリモコンを振り落としながら言う。


「まあ、それだけが自動人間オートマーターの良いところだからな」


ヨイの言葉にロコがため息混じりに言う。すると、ヨイとタソガレは目に見えて嫌そうな顔をした。


「僕は嫌いですよ?ね、タソガレもですよね?あんな、主殿の技術を盗みました、と言わんばかりの代物なんて…」


「もちろん、こんな模造品、見ているだけで吐き気がします」


言いつつタソガレは目の前の人形の胴体を真っ二つに切って捨てた。転がってきた胸部分を踏みつけて動力を潰し、最後の一人を容赦なく破壊する。


「さて、残るは貴女だけだ」


ロコが夫人を振り返る。だが、全ての人形がやられたことが余程ショックだったのか彼女は膝をつき、その場にしゃがみ込んだまま動かなくなってしまった。


「あれ?死にました?」


ロコが夫人の目の前で手を振りながら言う。反応はない。


「そんなわけあるか。如何します、主殿」


「転がしておけ、そいつに用はない」


ロコは目の前にある目的の部屋を睨みつけながら言った。

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