第7話:男爵邸潜入
†
夕方家に戻ったミィは深夜にこっそり家を抜け出した。
小さなポシェットにロウソクやら双眼鏡などを忍ばせて向かった先はボーラ男爵邸。一連の黒幕とロコが予想した男爵の住む屋敷だ。
ロコが動かない以上、自分で証拠をつかまねばなるまい。まずはこの事故に関わる何かが形として残っていないか確かめることが先決だ。
屋敷を囲む分厚い石の壁、頑丈な門、その前には屈強な用心棒が二人。
―ちょっとあれの相手はゴメンだな…。
ミィは戦う術を持たない。用心棒に真っ向からぶつかって勝ち目は万が一でもない。仕方ないな、と彼女はこそこそと裏へ回る。
裏門は表の厳重さに対してかなり不用心だった。見張りもなく鍵も外れている。ラッキー、とミィはここから潜入を試み、あっさりと男爵邸の庭に潜入することができた。
―さてと、次は…あっちね。
裏にあった物置と馬小屋の影から影へ素早く移動。用心深く辺りを見回すが、辺りには誰の姿も見あたらず、ミィはさらに裏口近くの井戸に縁に隠れた。すると、視界の隅に映った正門から入ってくる影の姿が少しずつはっきりとしてきた。
それはなんと、大きな石を埋め込んだ指輪の持ち主だった。
―う、ウソ…なんで。
そう、それは父の弟子の一人である不良ソバエ。素行はよくないと思っていたが、まさか彼が今回の件に関わっていたとは。
ミィは息を潜めて様子をうかがった。ソバエは彼女に気がつくことなく玄関から中に入っていく。ミィはその影を窓の外から見て彼の行く方向へと目線をやると、井戸の影から抜け出して今度は屋敷の壁づたいに張り付いて息を潜めた。
中の会話が聞こえてきた。
「よくやったな、ソバエ。今カワトのゴンドラは使えまい。いずれ帝都からきたゴンドラがマーコムの主要交通手段となり、それを提案したボーラ男爵様の手柄となるだろう」
「便利になるな、いいことだ」
「そうであろう?引き続きそなたにはカワトの工房の監視を頼んだ。もちろん報酬はきっちりと支払うぞ」
ミィは崩れそうになるのを必死に堪えた。
―まさか、ソバエが父のゴンドラに細工を?
その瞬間、ミィの頭を何やら固いものが強打する。しまった、と思うことも遅くミィは倒れる。そこにいたのは…。
「ごめんね、ミィさん」
爽やかな笑顔を浮かべたフレルだった。
「どうし…」
「そりゃ、カワトのゴンドラが邪魔だからねぇ…。それを知ってしまったミィさんもね!」
フレルは持っていた鉄の棒を振り上げた。ミィは思わず目を閉じ、その衝撃が来るのを待った。
…待った、が。
「邪魔だ、馬鹿め」
突然頭上から降ってきた小柄な影がフレルをグシャと踏み潰す。グェッと蛙のような声を出して地に伏せたフレルの上にいたのはロコだった。
「ふむ、人間のグズでも緩衝材程度の働きはできるのだな」
「あ、んた、何して…」
ミィは殴られた痛みでクラクラしつつ口にした。すると、フレルを潰したまま、ロコは片眉をピクリと動かして呆れたような目線をこちらに向けてきた。
「それはこちらの台詞だ。お前こそ何してる、潜入ド素人が。隠れるのがヘタクソすぎるぞ、馬鹿女」
「ちょっと、そこ、まで、言わなくても」
と、ミィが言った瞬間、
「…っ!誰だ、お前ら!」
見回りなのだろう。数人の男が懐中電灯でロコとミィを照らす。眩しい光を顔に当てられたロコは不機嫌面でミィを睨んだ
「おい、見つかったぞ。お前のせいだからな」
「なによ、私のせいにしないでよ」
「寝言は寝て言え馬鹿女。ほら、用心棒がたくさん集まって来たではないか」
仕方ないな、とロコは息をつくと、ミィを肩に担いでから足に力を入れ思いっきり跳躍した。ひとっ飛びで高い石の壁に飛び乗り眼下を見下ろすと、騒ぎを聞いた警備の用心棒たちがわらわら集まってくる。その数ざっと三十人。
「…余計な力を使うことになった。あとで覚えとけ馬鹿女」
「うる、さいわね、馬鹿女、馬鹿女って」
だんだん意識が朦朧としてくる。しかし、ロコは自業自得とでも言わんばかりにミィを気遣ったりもしない。それどころか…、
「…ふん、まあいい。しばらく使っていなかったからな、準備運動にちょうどいい」
ロコはミィを担いでいない手を中空にかざして、何やら不思議な言霊を呟いた。
「 《フェッセルン・ファーデン》(束縛の糸) 」
言うや否や、彼の指先から何やら白く細長い糸のようなものが飛び出す。彼はニヤリと笑いながら唇を舐めると、それらを指でけしかけてあっという間に用心棒たちをぐるぐる巻きにして絞め上げた。
「生きのいい肉の塊だな。弾力があってなかなかいい」
ギリギリという音と共に用心棒たちが苦しみだす。ロコはあのニヤニヤ笑いを浮かべながら人を小馬鹿にしたような口調で言う。絞め上げられた用心棒の中にはフレルも巻き込まれており、ヒュウヒュウとのどを鳴らして苦しんでいた。
「アケ、この《糸》は任せた。騒ぎになっても困るから適当に黙らせておけ。あとついでにこの馬鹿女も見てろ」
ミィを容赦なく放り投げるロコ。それを片手で軽々と受け取りもう一方で《糸》を操るアケ。
「承知、主殿は?」
「中へ行く。いいか、絶対その馬鹿女を屋敷に寄越すなよ」
馬鹿女、馬鹿女うるさいわよ、とミィが力なく言うが、ロコはそれに見向きもせず壁から飛び降りると、不用心な裏口から堂々と中に入っていった。
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