第6話:身支度


ミィが薬草を携えて戻ってきたのは太陽が西に傾きだした頃。


「案外早かったな」


ロコが素直に感心する。ミィはというと、体中に擦り傷などをたくさんこしらえ泥塗れだ。息もあがっている、どうやら相当急いで集めたらしい。


「はぁ、はあ…、こ、これでいいの、ロコ…ォ」


「ああ、ご苦労。帰る前にしばし休んでいけ。―アケ、そいつの面倒見てやれ」


ロコはミィから麻袋を受け取り、工房へと消える。それと入れ替えに部屋に入ってきたのはいつも食事の支度をしているあの少年人形。アケ、とは彼の名前だろうか、初耳である。


「ねぇ、君の名前はアケっていうの?」


「はい。本名ではなく通称ですが。本当の名は主殿に預けています。ミィ殿もどうぞアケとお呼びください」


言いつつアケは彼女の擦り傷の手当を始める。消毒液を染み込ませた布で傷口を消毒し、慣れた手つきでガーゼを固定していく。とても滑らかな動きだ、人形とは思えぬほど繊細な手つき。ミィは感心しながら見ていた。


「アケは怪我しないのに傷の手当が上手ね?」


「主殿がよく怪我をされるので、慣れました」


「え!?あいつが怪我!?というか、あいつ魔導師なんでしょ!自分の怪我ぐらい治せないの!?」


ミィは驚いて目を見開いた。


ロコに直接聞いたわけではないが、彼はおそらく魔導師なのだろうとミィは思っていた。粘土で作った人形が動くなんてこと魔法でも使わない限り不可能だろうから。自動技術オートマチック・テクニカには大きな動力源がいるが、その動力らしきものをこの工房では見たこともないのも理由の一つだ。


魔導師といえば本でよく見る存在。自然現象を意のままに操り、さらには様々な奇跡を起こす力を持つ、まさに神のような存在。何でもできるに違いない、と思っていたのだが。


「いえ、主殿は治癒魔法は何一つ使えません」


アケに清々しいぐらいスパリと言いきられミィは思わずガクリと転びそうになる。


「え、治癒できないの?じゃあ天気を操ったりとかは?」


「無理ですね」


これまたスパリと両断。


「は!?じゃあ、あいつは何ができんのよ」


「それは…」


「アケ、しゃべりすぎだ」


工房からロコの声がする。アケは、申し訳ありません、とすぐに謝ると、ミィの手当を終えて紅茶を持ってくる。ミィがそれを飲んでいると、工房からロコが戻ってきていつもの席に座った。


ミィはロコをじとっとねめつけた。


「言いたいことはわかるが、一応聞いておこうか。なんだ?」


「役立たず」


ミィの言にロコは盛大なため息をついた。それもまた人を小馬鹿にしたような仕草なのでミィはムッとする。


「あのな、お前は魔導師をなんだと思っているんだ。言っておくが、おとぎ話は所詮おとぎ話、あれに登場する魔導師は人間ではあり得ん」


「へぇへぇ、それじゃあロコ様は何ができるんでござんしょー?」


「…気に障る言い方だな」


ロコがピクリと片眉を動かす。だが、ロコはそれ以上何も言わなかった。


「ねぇ、何ができるのよ」


「それより、もう日が暮れるぞ。早く帰れ」


ミィが訊ねると、ロコは突然話をそらした。ミィは拗ねたような顔をして立ち上がると、もういいわ、と言う捨て台詞を吐いて出て行く。ロコは見送りもしない。


「もうなんなのよ、あの性悪魔導師!仕方ないわね、もう私が全て暴いてやるんだから…」






「…だそうですよ、主殿」


「全く、あの馬鹿女め。頼むから余計なことをしてくれるなよ」




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