第3話:ゴンドラ事件②

ロコはもう一枚もっていた紙を広げて見せた。ミィは紙面のゴンドラを見つめて目を見張った。


「何これ…」


彼女の目を引いたのは船の後部に取り付けられた箱状のもの。ロコはニヤリと笑いながら、やはりそれに目がいくか、とひとりごちた。


「それはモーターというものだ。自動技術オートマチック・テクニカと呼ばれる手法を用いて作られている、簡単に言えば動力源だ。これがあればオールなどいらない。その設計図にあるよう全て舵で操作する」


楽なものだろう?河の流れを読みながらこぐ必要のあるオールよりもな。


ロコの意地悪そうな言い回しが聞こえてくるが、ミィはそれよりも設計図の方に気を取られていた。


「そんな…こんなのがマーコムにきたら」


「ああ、お前の両親は廃業になるかもしれないな。しかも、そのマーコムが気に入った男爵様とやらはこの新しいゴンドラ作りで大金を得た富豪であると、知っていたか?」


椅子に深く腰かけ頬杖をつきながらロコはますます楽しげに目を細める。


「で、でも、うちのゴンドラはマーコムの地形を考えて作られたものよ。これ目的で観光に来る人もいるし、資金提供だってしてくれてるんだから、廃業には…」


「だからこそさ。…完璧に廃業させるために顧客の信頼を奪う方法を考えろ。既存のゴンドラが事故を起こし続け、新型のゴンドラが安全で便利と知ればどうなる?」


「…あ」


ミィの表情が青くなる。ロコはさも愉快だと言わんばかりに笑い椅子から立ち上がった。


「人は欲深い生き物だなあ。一度甘い蜜を味わえば、またその蜜を吸おうとあらゆる手段を講ずる。資金提供など一時のカモフラージュさ、あとから入ると予測される多額の金の前では雀の涙ほどのもの。悪い奴だ。…それで?お前はどうするのだ?」


「わ、私は…」


何もできない、そう思った。帝都にある新型のゴンドラの方が性能がよいのは確かだ。帝都で生まれたさまざまな技術はだんだんこのマーコムにも波及し、ロウソクをやめて電気で明かりをとることも普通のこととなってきた昨今、ゴンドラも新しいものが入ってくるのは自明のこと。


だが、ロコは先ほどまでの笑みを消して呆れたように息をついた。


「おいおい、お前が私に依頼したことを思い出してみろ」


そもそもの始まりはそこだ、とロコは言う。そうだ、最初にロコに出した調査の依頼は…。


「両親の作ったゴンドラの転覆事故の調査…」


それを聞いたロコは満足そうに笑い頷いた。


「もしかしたら、陰謀の可能性もあるなぁ。さてどうする、調査を続けるか?」


「お願い、できる?」


「わかった。その代わり、対価はきちんと支払え。明日は薬草でも摘んできてもらおうかな」









ミィが帰ってから、ロコは昼間に焼き上がった人形の仕上げ作業に取りかかっていた。


すると、彼のところにひとりの人形が歩み寄ってきた。手には大量の工具、どうやら仕上げに必要な道具のようだ。ロコはそれを受け取ると、いつもすまない、と礼を言う。


「主殿、マーコムに潜入させた《マリオネット》が帰りました。ご報告申し上げます。―主殿の読み通り、ボーラ男爵は金でカワトの弟子を買い、細工をさせているようですね。事故も続けざまに起こっていますし、そろそろ動く頃かと」


「身内の裏切りか、あさましいな。あいつには知らせたか?」


「いえ、ミィ殿には伝えておりませぬ」


「そうか、ご苦労。明日あいつに摘ませた薬草を使って、夜中頃から計画を始めようと思う。支度をしておけ」




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