第2話:ゴンドラ事件①


工房の奥には小さな書斎があり、そこでいつも食事を摂る。ロコは少食なので、食卓は基本パンとスープ、日によってはチーズやピクルスが加えられるぐらい。よく生きているな、と感じたことも数知れず。


二人は使い古した木の食卓につき、少し遅めの昼食を食べた。ロコはスープをすすりながら、その後の様子はどうなのだ、とミィに問うてくる。ミィはその意味を理解してあわててパンを飲み込んだ。


「全然手がかりなしだよ。…どうしよう、早く犯人を探さないとお父さんとお母さんが罰を受けなきゃいけなくなっちゃう…」


「お前の両親はゴンドラ職人なのだろ?その仕事に誇りを持っている人間が意図的にゴンドラを破壊するわけなかろうが。…ふむ」


ロコには何か心あたりがあるようだった。


そもそも、ミィがロコに依頼した調査というのはゴンドラの転覆事故に関してのこと。


ここ最近、ゴンドラの転覆事故の頻度が増えているのだ。それも全てミィの両親が手がけたものばかり。木の組み方が悪くて航行中に外れる、あるいは彫刻部分を削りすぎて水が船内に浸入してくるなどの不備があるらしい。


両親はゴンドラを細心の注意を払いながら作っている。完成後の点検も念入りに行い、万が一不備が見つかれば全て一から作り直すことも躊躇わない。そんなゴンドラが何度も事故、これまでにはなかったことだ。


「お前の父が引退して喜ぶ者は?」


「いないわよ。お父さんのゴンドラは乗り心地も装飾も一級品。父が廃業したらみんながっかりするよ」


「…ふん、どうだか。人間の情ほど信用できないものはないからな。あと、最近ゴンドラ作りを始めた者は?」


「それもいないわね。帝都から来たボーラ男爵様が資金提供してくれるようにはなったけど」


スープを飲んでいたロコの手が止まった。みるみるうちに口元がつり上がり指で形のよい唇を撫でる。獲物を狙うような獰猛な光が目に宿ったのをミィは見た。


「ほう?それは興味深い。なぜそいつはゴンドラ作りを助けてくれる?」


楽しそうに笑うロコ。何が楽しいのかさっぱりなミィは訝しげな表情をこしらえた。


「え?水上都市が気に入ったって言ってたけど…」


「嘘だな」


ロコはばっさりと言い放った。 何故だとミィが首を傾げていると、ロコは呆れたように息をついてから、いいか?と口を開く。


「マーコムはディスベリアが近いとはいえ所詮は田舎町だ」


「悪かったわね、田舎町で」


間髪いれずにミィが言い返すと、ロコは片眉をピクリと動かしてまた深いため息をついた。呆れの混じった色で…。


「そこだけに過剰反応するな馬鹿め。… そこに来る貴族たちというのはよほどのへまをしてきているか、はたまた、帝都の連中の監視の届かぬ所で一旗上げよう、と思っている連中だ。田舎町の産業を利用してな」


「利用?そんなものないわよ」


「やれやれ、これだから田舎者は困る。自分たちの持っているものの価値さえも知らぬとは」


ミィはムッとした。ロコの言動は人を小馬鹿にしたようでたとえ正論であっても反論したくなってしまう。ミィが何かを言い返そうと身を乗り出したところで、ロコはある古びた本と一枚の設計図を取り出した。


「お前、マーコムのゴンドラの作り方を知っているか?」


「もちろんよ!父さんと母さんの仕事をずっと見てきたもの!」


ミィが胸を張って言うと、だろうな、とロコの冷たい言葉がズバリと切り返される。じゃあ何で聞くの、とグッと悔しそうに唇を噛み締める彼女にロコは古びた本の一頁を開いて見せてきた。そこに書いてあるのは見慣れたゴンドラの設計図。間違いなくミィの家に伝わるゴンドラの設計図だった。


「これはマーコムを水上都市として発展させた開祖の男の書いたゴンドラの設計図だ。そのゴンドラの作り方を現在まで引き継いできているのが、カワト家という」


「私の家の苗字だわ…」


「そうだ。…このゴンドラは流れは緩やかだが比較的岩場の多いマーコムの河に合わせて設計されたもの。実によく出来ている、船底は沈み過ぎぬように内部を底上げして厚さを保ち、水への接地面は少なめにされている。また、小回りが利くように小型で、かつ美しい構造だ。お前の家の秘伝として伝えられゴンドラは作られているのだろう?」


ロコの言葉にミィは頷いた。


「さて、帝都のゴンドラの作り方を知っているか?」


「…え?帝都にもゴンドラがあるの?」


「あるぞ、設計図を見せてやろう」


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