第1話:人形師と助手
草を掻き分け掻き分け、ひたすら下り坂を進む。両脇には粘土のたっぷりと入った麻袋を抱えているため、少しの傾斜でもバランスを崩しやすい。ただでさえ滑りやすい土の道、地を踏みしめながら慎重に歩かなければ大変なことになるに違いない。
「はぁ、はぁ…、ひ、人使い荒いよ、ロコーォ」
ミィは何度も転びそうになりながらも、前を行く人影に懸命についてく。すると、少し前を歩いていた影は顔だけこちらを向けて息をついた。
「力以外取り柄のないお前が何を言うか。少しは働け」
無機質な声。男とも女とも判別しがたい色の不思議なものだ。
ミィはそのきれいな声に思わず聞き惚れそうになるが、その辛辣な言動に反応して噛みついた。
「は、働いてるよぉ、あんたの言う通り、粘土採取した袋を、ほら二つも!」
「やれやれ、軟弱な奴だな、これしきで音を上げるとは…」
ロコと呼ばれた影は両脇に二つずつ、計四つの麻袋を抱えてケロッとしている。いつも青墨色のフードつきマントを纏っている彼がどのような体型かは知らないが、恐らくは華奢であろう。一体どこからその力が出てくるのかははなはだ疑問である。
「これでも、女の子にしては力持ちなんだよ!?あんたの感覚どうなってるの!?」
「まあ、非力な女よりは役に立つな、少しは」
「最後の言葉は余計よ、ロコ!もう持って行くのやめちゃうんだから!」
「止めても構わんぞ?お前の依頼を放棄する代わりに」
「えぇっ!!!ずるいよぉ!」
「いいから早く運べ、日が暮れる。私の作業を滞らせるつもりか」
ロコの言に言い返すこともできずミィは渋々従う。先に彼に助力を請うていたのは自分だから無碍にするわけにもいくまい。頬を膨らましながら黙ってついていくミィをロコは無表情で見やる。何を考えているのかわかりにくい目だった。
さて、ロコについて少し話そう。彼は常にマントを羽織り、さらにほとんどフードを目深にかぶって顔を隠している。ミィには最近あらわにするようになったその顔立ちは、腕のいい人形師に作られたような端正なもの。逆三角形だがとがりすぎていない顎、つり上がった目は美しい弧を描き、大海を切り取ったように深い青の双眸を持っている。柔らかそうな茶色の髪と少し血の気のない唇。全てができすぎた人形のようだった。
さらに耳や首、腕や指、肩や腹などに真鍮の装身具を無数に纏っている。細い指には全てに指輪が一つ必ずあり、多い指では三つほどつけていた。
性別は謎だった。声色は低すぎず高すぎず、身長も長身と言うには少し足りない。一人称は私であるし、端正な顔立ちは極めて中性的。聞くのも無礼と思って聞かないが、ミィは彼を恐らく男とみている。自信はないが。
とても美しい人だ、しかし性格は最悪。不遜、性悪、陰険、根暗…。
「…どうやら早死にしたいらしいな」
「あ…、すみませんでした」
どうも口に出ていたようだ。ミィが前を見るとロコの足が止まっている。どうやら彼の《工房》に着いていたらしい。
木の根元にできたうろの内部を少し掘って半地下にした広い空間、ここが彼の《工房》だ。ここで作られているのは…、
「主殿、お帰りなさい」
中から姿を現したのは小柄な少年。キモノと呼ばれるレイラート地方の民族衣装を身にまとった、こちらもできすぎた人形のようだった。
否、ロコは人間のようだが、この少年は違う。彼はロコの手で作られた人形なのだ。
そう、ロコは《人形師》なのである。しかし、彼の人形は見ての通り動く。この国にも《人形師》は少数いるが、自動で動く人形を作れる《人形師》など聞いたことがない。
しかも―、
「主殿、このパーツ、僭越ながら関節部の調節が必要かと」
「ああ、少し大きかったな。わかった、昼食後様子を見よう。今しばらく待て」
「主殿ー!焼きの行程が終わりましたよー!」
「少し置いておけ、熱がとれたら作業場へ運ぶ」
「主殿、昼食の用意ができたよ」
「今行く。―ご苦労だったな、とりあえず昼食を摂りながらお前の話を聞こう。麻袋はその辺に置いておけ」
ロコを囲むのは何人もの人形たち。それらの全てが自動で動く機能の備わった者たちである。家事一通り可能で人形作りの助手もできて、有事の際は戦える優れ者たち、…あれ私いらなくない?と思っていたら、最後にロコがこちらに声をかけてくれた。また遅くて文句言われるのも嫌だったので、 ミィは急いで彼のあとをついて行った。
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