レックレス・マーダー #1
「海抜4メートル、恐らく地下鉄の降り口。上空に2基のドローン。いつでも襲撃可能だ」
ハンドレッドアイは開け放した窓に向けて通信を試みながら、手元の水晶球めいた三次元レーダーを転がした。片手で持てるほどの大きさの球には、点で表示された対象の座標が徐々に動き、同心円の内側に接近している様子が映っている。
「目的地に向けて、真っ直ぐだ。ハハッ、まるで電灯に突っ込む蛾だぜ?」
スコープ機能付きのモノクルを操作しながら、エンラージは冗談めかして笑う。テーブルに置かれたサラミ入りのピザは既にほとんど食されており、彼は最後の一切れに手を伸ばそうとした。
「エンラージィ。俺にもくれよ〜」
「……待ってな、バルク」
エンラージは残したピザの耳を摘み、モノクルで視認しながら弄ぶ。小さかった耳は徐々に大きくなっていき、一片ほどの大きさに拡大した。
「サンキュな……」
バルクキューブは作業着のオイル染みを気にしつつ、投げ渡されたピザをノールックで口に運んだ。
「サラミねぇじゃ……ん、これ耳だろ!?」
「痩せろデブ。デカくしたから低カロリーだぞ?」
「固めれば一緒だろうが……!!」
バルクキューブは一片ほどのピザの耳をキューブ状に成形し、作業机上で
「あと一枚、一切れくらいあるだろ!? カワードさんの奢りだぞ、一人で食うなよ……」
「ったく、欲しいなら先に言えよ〜?」
窓際で索敵を続けていたハンドレッドアイが、静かに手を挙げた。
「お前食べてなかったな……」
「あー、ごめんなハンドレッドアイ……」
都内中央エリアの雑居ビル、組織が買い取ったワンフロアの一室にて、三名の構成員は捕獲対象の通過を待っていた。これまで対象が進んできた道を頼りに目的地を割り出したところ、中央エリアに向かっていることが明らかになったからである。
彼等を指名したカワードは、非常時のホットラインたる連絡先を残した。それまでの対象への任務がスタンドプレー中心の単独行動だったことを思えば、これがのっぴきならない事情を抱えていることは大いに推察できた。すなわち、昇進のチャンスである。
「カワードさんの誘い、どうする?」
ナットを締め終えたスパナで鉄クズをカンカンと叩きながら、バルクキューブが問う。
「俺は乗ろうかと思ってるんだ。カワードさんには組織へ誘ってくれた恩があるし、独立で幹部職が確約されてるなら今の末端より楽な生活ができる。悪くないだろ?」
「ボスとセンセイ、どっちが金払いがいいかなんだよな……。センセイの方が商売人って感じするし、そっちに付くのもアリだな!」
「既に8人ほど独立の算段をつけたという情報は得ている。我らを含めて11人、武装した人間の中隊程度なら蹴散らせると見た。だが、ディークノアとの交戦が不安だな……」
ハンドレッドアイは人民服に似たデザインの上着を着直し、同僚の様子を伺う。二対一、数に従うべき局面だろう。彼は深々と頷き、最後の一切れのピザに手を伸ばした。
* * *
アリの巣のように入り組んだアルカトピアの地下鉄は、中央エリアのターミナル駅を中心に放射状に広がっている。どこに向かうにも必ず通過するために人でごった返すこの駅を抜けたヨウとミカオは、半分ほど落ちる陽が目立つオフィス街に降り立った。
「ここで合ってるよね?」
『ビルが邪魔だよな。多分、ある……のか?』
灰江に渡されたレンタル品のスマートフォンが、目指す目的地を地図アプリに表示させる。数キロ先にあるようだ。
ヨウはパーカーのフードを被り、周囲の目から自らの素顔を隠す。他に替えがない一張羅である故に、昨日洗濯したものだ。コインランドリー備え付けの洗剤の香りは無機質で、彼の思考から雑念を洗い落とす。
「……行こうか!」
『お、おお!』
周囲を歩く人々に歩調を合わせつつ、心做しか足を踏み出すスピードを上げていく。彼の眼には赤い月の虚像が写り、失った記憶を取り戻すための確かな道程を想起している。ヨウは静かに興奮していた。
車の往来が激しい大通りも、一歩入れば伏魔殿めいた闇が広がる路地裏も、ヨウは踏破してきた。それはアルカトピア全域で見受けられる風景であり、中央エリアも例外ではない。“歩き慣れている”、はずだったのだ。
目的地に向かうことに集中するあまり、ヨウは周囲の警戒を僅かに怠った。その結果、彼の頭上を旋回する影の〈駆動音〉にさえ気づかなかったのである。
刹那、アスファルトが揺れた!
不審に思った彼が振り返り、見上げた先には、巨大な機械が! 小惑星めいて空から一基のヘリコプターが墜落する!
『ヨウ!!』
「わかってるッ!!」
ヨウは手骨めいたナックルダスターを瞬時に装着すると、落下してくるヘリコプターに向けて拳を打ち込んだ!
爆発音と共に打ち上げられたヘリコプターは収縮し、火花を帯びながら急速落下! 空中で撒き散らされたオイルが瞬時に蒸発し、数十メートル先のアスファルトにバーンナウト跡を残す!
「……ミカオ、探知お願い」
『……任せろ』
傍らのミカオは瞼を閉じ、意識を集中させた。ヨウはミカオを抱え、警戒姿勢を取る。
『近い……。数メートル先、接近してる。2人……いや、3人!?』
驚愕するミカオに答え合わせをするかのように、彼らに豆粒ほどの立方体が無数に飛来する! 無重力下めいた直線的な軌道で襲いかかる鋼鉄の
「やったか……?」
「否、着弾はしていない。第二段階に移るか?」
「だな!」
接近する人物が遠くで何度か指を動かすと、ヨウの周囲に落ちた
「爆ぜろ」
閃光と爆炎がヨウの周囲を包み込む! 煙の奥で乗用車が火柱を上げて燃え、見る見るうちに鉄クズに変わっていく。歩道上のマンホールが吹き飛び、汚水の腐臭が通りを包み込んだ。通行人のパニックは徐々に伝播し、周囲は更なる恐慌状態だ!
「おい、消防車呼べ!!」
「怪我人が出てる! 救急車もだ!!」
通行人が叫び逃げ出す中、襲撃者は騒ぎの渦中に飛び込むように悠然と歩き続けている。一人がメカニックめいた作業服を着た肥満体の男で、もう一人が人民服風の上着を着た男だ。二人は談笑しながら、爆破跡の様子を確認している。
ヨウは雑居ビルの狭いエントランスに身を隠し、敵の姿を注視していた。
『傷は? 平気か?』
「パーカー焦げたんだけど……」
爆発の直撃は免れたものの、ヨウの身体には痛々しい擦り傷が残っている。玄関ガラスを突き破るように侵入したこともあり、割れた粉末状のガラスが彼の背中にいくらか刺さっていた。
作業服の襲撃者がスクラップと化した乗用車の残骸を持ち上げ、成型加工するかのようにキューブ状に変えていく。撫でるように表面を平らにし、押し潰すように圧縮する。やがて砲丸めいた大きさに変わったその物体は、
『おいおいおいおい……なんだよアレ……!?』
「アレ、圧縮してるならヤバイよね……。さっきみたいに直線軌道で襲ってくるなら、押し潰されるかもしれない……」
ガラス越しに徐々に接近していく金属塊を眺めながら、ヨウは瞬間的な状況判断を強いられる!
先刻飛んできた
「ミカオ、上だ! 屋上に上がるよ!」
階下で打撃音が響いた。古びたエレベーターが揺れ、蛍光灯が明滅する。金属塊はエレベーターの鉄扉に追突したようだ。
「危なかった……けど、屋上なら赤い月もよく見えるはずだよね!」
『敵は追ってくるぞ? その月にたどり着くまでに逃げられるか?』
「やってみないことにはわからないしなぁ……」
『おいおい、大丈夫かよ……! ディークノアの気配は3体あるんだぞ? いつ来るか……』
気の抜けたベルの音と共に、重い鉄扉が開く。オレンジに染まった屋上に、人影が存在した。
「ヒヒヒッ、待ってたぜ?」
『……3体目だ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます