デッドメン・テル・ノー・テイルス #3

 高架の下には煌びやかな街が広がっている。高層ビルの狭間を通り抜けるように設計されたハイウェイで、一台のバイクが追われていた。


 トラックの運転席には、「貸出禁止」と記されたプラスチック製プレートが置かれている。根黒が会社に無断で拝借したものだ。

 荷台は広く、草薙製作所製の武装スクーターが1ダース並べられていた。運転者であるクローン兵も強化カーボンヘルメットを装着し、それぞれのスクーターに乗り込んでいる。

 トラック運転者のクローン兵が目標を視認し、クラクションに偽装したカタパルト解放ギミックを起動させる。後部ハッチが開き、カタパルトが延長された。

 貨物用ベルトが切断され、武装スクーターが高速連続射出! キリキリと火花を散らしながら、武装スクーター警備部隊がハイウェイに降り立った!


『アレなんなんだよ!? 馬鹿じゃねぇの!?』


 タシターンは螺旋階段めいた円形カーブをドリフト走行で駆け抜けると、バックミラーで後方の様子を伺った。

 カタパルト改造トラックの数が徐々に増え、スクーター部隊は中隊と化している。武装スクーターの前方に搭載された機銃が黒光りし、タシターンの背中を狙っていた。


『マジかよ……マジかよ!!』


 アクセルの入ったチョッパーバイクは唸りをあげ、前脚を上げた跳ね馬めいてウィリーした。

 目標が逸れた麻酔弾は、浮き上がった前輪を急襲! 車輪がパンク!


『やだ……今日は運悪い……!』


 推進力を失った対象に向かい、武装スクーターが接近する! 先頭を飾る七支刀のエンブレムが常夜灯の輝きを反射し、鈍く輝いた。


 タシターンは最後尾のトラックを確認し、身震いする。

 生前のタシターンが使っていたチョッパーバイクを今になっても手放さないのは、好きだった映画を連想したからだ。

 自由の国を旅する2人のバイク乗りは、束縛とは縁遠いところにいた。背中で語る自由に憧れ、ディークは夢を抱いたのだ。

 あの夕日が特徴的なエンドシーンが走馬灯めいて脳裏に浮かぶ。夢を抱いた二人のアウトローは、トラックに乗った悪意に倒れたのだ。


『嘘だよな……? 縁起が悪すぎるぞ……!』


 ディークは、その映画のラストシーンだけに不満を抱いていた。あの後味の悪いエンディングが無ければ、アウトローたちは目的地に辿り着けたのだ。


 濃縮された時間の中で、男は寡黙taciturnだった。トラックのハイビームが彼の青ざめた顔を照らし、対向車線を通過する車の群れが軌跡を作りながら走る。


『……すんだよ。俺はなァ、自由を手にすんだよォォ!!』


 タシターンは叫ぶ。濃縮された時間が解放され、彼は冷や汗を拭って不敵に笑ってみせた。


 タシターンは最接近したスクーターの前輪を凝視! 突如としてタイヤを失ったスクーターは転倒し、後続を巻き込んで爆発!


『よし、応急措置! 多分行けるっしょ!』


 アクセルとともに前輪が回転し、新たな脚に歓喜の声を上げるような轟音を響かせる。僅かなサイズの違いなど気にしていられないかのように、ハンドルという手綱を握るタシターンの拳に力がこもった。

 背後を確認する。爆発のダメージを回復させたクローン兵は開かれたままのハッチにしがみつき、風を受けたまま再追跡のチャンスを伺っていた。中隊は3分の1がスクーターを失い、滑らかな路面に黒く焦げた爆発痕を残している。


 港が見えた。怪獣の骨のように白くその身を横たえる大橋を通過し、クルーザーやフェリーが停泊する湾岸エリアに到達した。

 タシターンは巨大な工場の排煙をバックに、フルスロットルで料金所を通過する! ETCバー破損! けたたましくブザーが鳴る!


『あっ、これ違法行為だな!?』


 拘束具の質量がさらに増した。座席に沈む自らの身体と落ちるスピードに苦戦しながら、タシターンは人気の少ない深夜の埠頭へ目標を定めた。


 タシターンは背後の殺気を感じ取り、十字路を減速せずに左折した。赤信号を通過し、拘束具はさらに重くなる!


『累犯!!』


 後続のスクーターが信号待ちの乗用車を巻き込み、爆発した。広がった爆風を裂くように現れる次の部隊に舌打ちをしながら、タシターンはさらに重くなっていく拘束具に目を剥く。


『これもアウトなのかよ、厄介だな……』


 埠頭には冷たい夜風が吹いていた。巨大なクレーンが航空障害灯の赤い光を放ちながら悠々と立っている。

 タシターンはガソリン計を確認し、これ以上の走行は困難だと理解する。

 眼前には、海。大きな口を開けた暗い色の怪物が潜んでいるような凪が一面に広がり、泳ぐものを海中に引きずり込みそうな雰囲気を醸し出している。よく観察すれば、工業排水混じりの海水に破れたタイヤが浮かんでいた。このま泳げば、自分も沈んでしまうだろう。

 タシターンはひとまずバイクから降り、地面に伏せる。拘束具の重みで、まともに立つことができないのだ。潮風に濡れたアスファルトに仰向けになり、頭上でクレーンに吊られた巨大な木箱を視認する。


 スクーターの排気音が響いた。タシターンは意を決し、歯を食いしばるように立ち上がった。掛かる負荷に膝が震えている。


『来いよ……。こっちから仕掛けてやるから……ッ!』


 先頭の一体が目標を確認し、クラクションを鳴らした。群れで獲物を狩る働きアリのように、集結したクローン兵が機銃を撃ちながら接近する!

 逸れた弾丸が海面に無数の波紋を生み出し、被弾した耐汚染メバルが腹を向けて浮上する。漁夫の利を狙うウミネコが流れ弾を受け、排水汚染海で溺死した。


 身体を狙う麻酔弾の雨を這いつくばってなんとか回避し、タシターンは頭上の木箱に視線をやった。支えていたワイヤが震え、木箱が轟音を立てて揺れる。クローン兵は眼前の目標に注視し、頭上の月光を遮る影の存在に気づくことはない!

 上空から木箱が落下し、クローン兵たちの頭蓋を破砕! 緑の鮮血をアスファルトに散らしながら、頭部を失った身体は所在なげに崩れ落ちる!


『やったか!?』


 タシターンは勝利を確認し、吠える。映画であれば、ラスト15分の激闘を制した気分だった。あとは日常に帰るだけだ。タシターンは身体をゆっくりと起こすと、泥だらけになった囚人服を払い、バイクに跨る。はずだった。


『エンディングにはまだ早いのかよ……』


 トマトめいて潰れた頭部を担ぎ上げ、崩れ落ちた身体は立ち上がって自らの元の姿を模索する。路面の緑血がふわりと浮き上がり、彼らの致命傷となりうる傷をすべて癒した。


 増援トラックのサーチライトめいた光が暗い埠頭を照らし、タシターンの額に冷や汗が滲む。自由を求めた逃走の果てがこれなら、救いがなさすぎるのだ。脳内にアウトローの姿が焼き付き、タシターンは大きくかぶりを振ってイメージを払拭しようとした。


 すでにガス欠を起こしたスクーターから降り、クローン兵がタシターンの周辺を取り囲む。電圧を気絶寸前まで引き上げられたスタン警棒が頭上に振り落とされる、その瞬間だった。


「なんや賑やかやと思ったら……随分楽しそうなことしてはるんやねぇ」


 無人のはずの倉庫のシャッターが開き、喧騒と断末魔が漏れ出す。そこから鎌首をもたげるように這い出るのは、怨霊めいた紫炎である!


 一瞬気を取られたクローン兵の一角にマフラーめいて紫炎が巻き付き、首をねじ切って爆発せしめた! 吹き出す緑の血を浴び、クローン軍団は次々誘爆!


「人生、何があるかわからんもんやね。壊れない大量生産品クローンでも、直接呪詛を喰らったら死ぬんよ?」


 タシターンの視界に揺れる番傘が映り、絹のようにきめ細やかな腕が差し出された。既に果てしない質量になっているはずの身体を軽々と支えられ、タシターンの視界は平常のものに戻った。

 眼前には、藍の着物を着た青年が笑顔で立っている姿がある。足元の肉塊を蹴り転がしながら、タシターンはゆっくりとかしずく。


『すいません、命だけは勘弁してください。俺、まだ人間として生きたいんです……!!』


 青年は何も言わなかった。『人間』という言葉に難色を示すかのように、唇を薄く開いただけだ。


「いや、何も命までは取らんよ? だって、君も同類やろ?」


 タシターンは青年の発するディークノア特有の気配に気圧され、無意識的に首を縦に降っていた。全身を苛む倦怠感に、脳が麻痺していたのかもしれない。


「ただ、ひとつだけ手伝って欲しいことがあるんよ。お礼はするから、借りを返してくれへん?」


 倉庫からは断末魔が響き続けている。非合法的な雰囲気をまとった男たちが首を突き出し、青年を呼んだ。


「相談役、こいつどうしやしょう?」

「嫁と子供は?」

「居ないようです。ですので、自己破産してガラクタ街に高飛びする気だったのかと……」

「そう、ガラクタ街やね……」


 相談役と呼ばれた青年は番傘を畳み、倉庫に進入する。上半身裸の男が、血を流して倒れていた。


「じゃあ、一足先にそこ行ってもらおかな? あそこ、まともな医療設備がないらしくてな、きっと人助けになると思うんよね!」


 傍らに立つ男がクーラーボックスから注射器やメスを取り出し、意識が朦朧としている男に持たせる。その様子をポラロイドカメラで撮影し、相談役は無感情に拍手をした。


「ゲホッ……やめ、やめでぐだざい……。金、ずぐがえじまずから……」

「うん、もう遅いわぁ。じゃあ、手堅く血液から抜こか?」


 苦悶の声を上げて血液を抜かれていく債務者を背に、相談役の青年は大きく背伸びをする。


「帰るわ。あとは内蔵抜いて、死なんかったら漁船な?」

「俺らでは取り逃してました。ありがとうございます大社長!」

「こんなヤクザ紛いのこと、二度とさせんといてよ? 今回は初回サービスやからね」


 相談役の帰路を護衛する金融業者の一人は、倉庫の外で取り立ての様子を呆然と観察している男を発見する。ヤクザ崩れのその業者は懐に忍ばせたドスに手をかけ、彼の様子を伺う。どこかで見たことがあったのだ。


「……タシターンさん?」

『えっ、あっ……どうも?』


 業者の背後に立つ相談役がくすりと笑い、「知り合い?」と尋ねた。


「ええ、一度ベルルムって派遣会社に依頼した時に手伝ってもらった元傭兵の……」

「……その話、詳しく聞かせてもらってええかな?」



    *    *    *


 根黒は腐食した解剖台に置いたままの研究資料を整理し、計測機器に目をやる。拘束具の質量を表示する目盛りは振り切れ、ディークノアであろうと動くことはできないほどの重さになっていることは想像できた。

 クローン兵の生体反応が消え、4時間経っていた。何者かの助力によって、全滅したのだろう。無尽蔵の回復力を持つクローン兵が全滅するなど理解できないが、未だディークノア能力の全容は解明されていない。それに、回復より早く攻撃され続ければ行動を停止するという抜け道も存在するのだ。根黒は悔しげに奥歯を噛み、成功例の奪還をさらに強く決意する。


 計器が突き抜けるようなサイレンを鳴らした。旧研究棟外を写す監視カメラには、見慣れた囚人服の男が写っている。根黒は喉の奥からこみ上げるような叫びをあげ、即座に電子ロックを解錠した。


「お前……よく帰ってきたな!! 待っていたぞ、さぁすぐ実験の記録を……」

『拘束具。外してくれ』

「あっ、あぁ!! すぐに外してやろう、すぐに!」


 根黒は確かに興奮しながら、タシターンの拘束具を外す。研究を続けられる喜びが手の震えになり、彼が小脇に抱えている荷物の存在さえどうでもよく思えた。


「外れた……外れたぞ!」

『サンキュー、ドクター。これで楽になったよ……』

「さぁ実験を開始しよう。すぐにだ、まずはこの薬を……」

『やっぱり約束は守ってくれないんだな……。ドクター、これ見てくれ』


 タシターンは研究室の壁に抱えていた荷物を叩きつける! 緑の血痕を撒き散らしながら、クローン兵の生首が床を転がった。


「おい、これは……」

『ドクターの差し金だよな、これ。自由なんて与える気なかったんだろ?』


 三つの生首が床に転がり、着火剤めいて発火した。紫の炎が煌々と暗い部屋を照らし、根黒の痩けた頬を浮き彫りにした。


『オレは自由を手にする。この身体を誰にも渡すつもりは無いし、またあのクソみたいな実験に付き合う気もない。だからな、ここで根元から断つんだよ……!!』


 タシターンはクローン兵の遺品であるスタン警棒を握り、電圧を最大まで上げる。彼の雇い主のバックアップによって違法改造されたその武器は、人間の致死量を越える電力を秘めていた。


「やめろ、私が死んだらお前の生はその身体で終わってしまうんだぞ!? 私の頭脳があればお前の不死も自由も約束してやる。だから……!!」

「確かに不死は惜しいんだよな……。死んだら映画見れねぇし……」

「だよな!? だからその武器をこっちに渡せ……」

「でも、ドクターも見ただろ? クローン兵の肉体でも、ああやって死ぬんだ。それに、この仕事を終わらせないとオレも殺されるかもしれねぇし!」


 老いた研究者の首に、違法改造スタン警棒が閃光めいて振り下ろされる。スタッカートの効いた断末魔が小さく響き、首の火傷跡だけを残して根黒の命は掻き消えた。


『夢、叶ったよ。じゃあな……』


 タシターンは警棒を懐にしまい、全速力で旧研究棟を脱出した。


 諸々の死骸が並ぶ研究室の様子を監視カメラ越しに確認しながら、芦束は口内にミント菓子を流し込む。周防はその様子にただならぬ気配を感じ、おずおずと声を掛けた。


「また異常事態ですか、社長?」

「第6研究棟を封鎖し、担当部門の研究プログラムを凍結する。担当者が暴走しすぎた。明らかなコンプライアンス違反だ……」

最大処分暗殺の手配をすぐに。遺族や警察への報告はいつものテンプレートでよろしいですか?」

「いや、もう死んでるんだよ。社内清掃がいる。あとはプロジェクトの美化だ……」

「了解しました。すぐに手配を!」


 芦束は頭を抱え、手元の資料の裏に意味の不明瞭なチャントを書き散らす。

 いつかはマスコミに嗅ぎ付かれるだろう。その時のために、あらゆる責任は根黒が背負うように証拠を操作した。死人に口無しだ。


「問題はもう1個だよ……」


 監視カメラに映ったクローン兵の炎は、紫だった。報告されたある事件の犯人と同一人物によるものだろう。

 そして、その炎は先日芦束がモニター越しに確認したものと同じだ。ディークが見えない周防はただの金縛りだと判断したが、あの鯉は確かに炎に包まれていたのである。


「挑発、と見ていいんだよな……」


 芦束の脳裏に、斑鳩の涼やかな笑顔がフラッシュバックした。やはり目的が読めない。彼は近頃頻発する問題に嘆くように、空になったミント菓子の容器を投げ捨てた。

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