ライク・ストーン・イン・ミスト #2
無表情の追跡者はカタカタと身体を震わせながら、眼前の捕獲対象を追う。
彼らが歩を進める度にアスファルトは揺れ、徐々にひび割れていく。白亜に澄んだ瞳が動くことはなく、失った片腕を気にかけることもない。
彼らは皆、石像であるのだ。
『また追手かよ!?』
「……邪魔ァ!」
追われていたヨウは振り返り、即座に装着したナックルダスターで追跡者の胸を殴り抜く!
騎士像は砕け散り、隊列を組んでいた他のいくつかの騎士像もろとも吹き飛んで動作を停止する。どれも瞬時に朽ち果て、苔むしていた。
「力の込め方である程度調節は可能だな……」
『次、来るぞ!!』
リニアモーターカーめいて平地を滑る極彩色のオブジェは、ドーナツ状に空いた孔をまっすぐにヨウの背中に向けた。
オブジェは孔から青白い光を漏らしながら照準を定め、アスファルトを赤銅色に焼き払う威力のレーザービームを発射する! ヨウは連続側転でそれを回避! 行き場を失ったレーザービームは巨大なビルのコンクリート柱を削り、その均衡のとれた黄金比を僅かに歪ませた!
矢継ぎ早に発射されるレーザービームを連続回避し、ヨウはオブジェの背後へ回り込んだ。
歪にくびれたそのオブジェを叩き壊そうと拳を打ち付けるが、触れた瞬間に軟化する素材に腕を取られる。ヨウがそれを剥がそうともがいている間に、砲台は装填を完了した。
先ほどの発射口とは逆方向に、レーザー光線が射出! ヨウは咄嗟にしゃがむが、パーカーのフードがチリチリと焼け焦げた。
「あっつ……!」
砲台が再装填を開始する。発射後急速に冷却され硬度を増した素材は、チャージの瞬間に再び熱を帯びはじめる。
ヨウは熱せられたオブジェに触れ続け、腕を離しはしなかった。手の皮膚感覚が消えつつあるが、それでも剥がそうとはしない。
砲台の装填はすぐに完了した。眩い光が孔の中心に集い、ミニマルな太陽めいた熱源に変わる。ヨウがなおも手を離さないでいると、オブジェの孔が埋まりはじめた。高温に耐えきれず、素材が溶解を始めたのだ。
完全に発射口が埋まると、オーバーヒートするエネルギーの捌け口を失った砲台は自壊! 小規模な爆発が発生するとともに、ヨウは腕を引き抜くことに成功する。
「危なかったぁ……」
『チキンレース中悪いが、次が来るぞ!』
霧の奥で揺れる黒い影が、僅かに静止する。
警戒姿勢を崩さないヨウの肩口に衝撃が走り、後方数十メートルに吹き飛ばされた!
「…………ッ!?」
ビルの2階と3階の間のコンクリート壁に背中を打ち付け、ヨウは激痛に顔を歪める。腕が動かない。壁に磔にされ、肩に刺さった何かによって身動きが取れない状態だ。
ヨウは意を決し、乱雑に異物を引き抜いた。矢尻のように突き刺さっていたのは、青銅の鳩だ。
「ハト……!?」
今にも飛び立ちそうな迫力のある高精度の鳩が2羽、
霧の奥から二の矢が急襲する。翼を大きく広げ、群れを荒らす輩を放逐するような格好で、鋭利な鳩型の
ヨウはボクサーのようなスウェー姿勢を取り、しゃがみ込んで飛礫の波を耐え抜く。
最後尾の一羽が彼の眼前に迫った瞬間、ヨウは鳩の下腹を打ち上げた。アッパーカットだ! 衝撃は直に伝わり、鳩は一時重力から解放されたかのように真上に吹き飛んだ。
ロケットが発射される映像を早回しで流すような挙動で屋上まで飛翔した鳩は、所在無げに何秒か浮揚した後、隕石めいて墜落した。
「感覚は掴めたかなー……」
墜落の衝撃で粉々に砕け散った鳩を見下ろしながら、ヨウは決断的に右の拳を開いた。「触れたものの時間が加速してるんだね?」
『それ、俺の能力じゃない気がするんだけど……!』
ミカオはそう呟きながら、頭上の霧がかった空を見つめる。
『そんなことより、上だ。ディークノアの気配が屋上から漂ってる……』
深い霧が少し晴れ、サイレンが響いた。白い闇から顔を出したのは、鳩を放つ少女像だ。酸性雨で溶けずに残った片目は錆びつき、生みの親からの命令を忠実に遂行するだけの索敵能力を備えるだけになった。
彼女は無残に砕け散った鳩を視認し、小刻みに震え始める。その表情は変わらないが、激怒しているのだろう。単色の手が輝き、生み出した鳩を飛ばした!
ヨウは襲いかかる鳩の群れをやり過ごしながら、決意に満ちた表情で屋上を見上げた。ガラス張りの楼閣の頂点に、像を動かした元凶がいるに違いない。
「上ね、了解!」
* * *
「……これで良かったのですか?」
「早かったな。そこ、置いといて」
新田は胡座をかくスカルプチャーの隣に頼みの品を置いた。オフィス内のコンビニエンスストアで調達した、アメリカンドッグとコーラだ。
スカルプチャーは目を瞑り、座禅を組んでいるようでもあった。彫刻めいて微動だにせず、強く集中しながら何らかの活動に耽っているようだ。新田のいる方向からは何をやっているかの判別はつかなかったが、それまで見せていた怠惰な態度とは違うその様子に、熱いものがこみ上げてくる感覚を覚える。このような表情が見られるなら、自腹は全く痛くない。
スカルプチャーは一息つきながら、マスタードとケチャップがしっかりと付いたアメリカンドッグを頬張る。咀嚼したソーセージをコーラで流し込むと、彼の表情は再び真剣なものになった。
「俺、初仕事なんだよ。ここでしっかり手柄上げたいんだよ……」
「初仕事、ですか?」
「今の会社にスカウトされるまでは、俺も荒れててなぁ……。好きなことがやれないくらいなら仕事なんてやらねぇ、って意地張ってたんだよ」
スカルプチャーは新田にではなく、自らに向かうように語っていた。
「今の仕事はある程度やりたいことやって金も稼げるんだ。しがみつかなきゃなぁ……」
スカルプチャーの胸から、陽炎めいた微少な存在感の蝶が現れる。彩度の割に模様が複雑なアゲハ蝶は、スカルプチャーの無造作に跳ねた髪に止まった。彼が手に入れた『人智を超える力』の正体である。
スカルプチャーがこの蝶を視認できるようになったのは、たった1週間前である。研修を終えた新人を含めた全メンバーに配られた試薬が、半数の選ばれた人員を謎めいた力に適合させたのである。その代わり、幹部や研修生を問わずに残りの半数が死亡した。
クライアントが提供した謎の生物を、社長は『ディーク』と呼んでいた。幹部陣が使っていた『オリジナル』と呼ばれる個体とは違い、彼らに支給されたのは遺伝子操作された人工物であるという。扱いやすいように改良されたらしいその生物が彼の体に憑依し、彼は『スカルプチャー』というコードネームを賜った。命名者は、その能力を見た社長だ。
憑依の副産物である人間離れした身体能力は、スカルプチャーの自尊心を加速させる。彼は町に出て、絡んできた輩を瞬時に病院送りにした。
手に入れた能力は、スカルプチャーのかつての趣味と深く結びついたものだった。彼は、その趣味が金にならないと罵った親や教師を見返すことを決意し、それまで避けてきた労働を行うことを決心したのである。
彼は持参したナイフで屋上の床を削り、即座に精巧な向日葵のレリーフを彫る。
そして、石造りの花に蝶が止まり、存在しないはずの茎をスルスルと伸ばした。その間2秒、早業である。
転落防止の柵の外で小さな石像が打ち上がった。新田は目を丸めて驚愕するが、作業を開始したスカルプチャーの視界には入らない。すぐさま別のモチーフが更地の床に描かれ、3Dプリンターめいて立体化した。
もう一度、小さな石像が打ち上がる音が響いた。スカルプチャーは気に留めることなく、創作に没頭している。
「あ、あの……」
新田が彼の背中におずおずと話しかけるが、返事はない。
「すいません……」
「ったく、邪魔すんなよ……ッ!」
設計図を描き終えたスカルプチャーは、舌打ち混じりに振り向き、背後の様子を確認する。
「どうも。ここ、見晴らし良いねー……!」
そこには、見慣れぬ少年が立っていた。少年は握っていた鳩の像を握り潰し、手を叩いて破片を落とす。
「お前、どうやってここまで来た……?」
「えっ、飛んできたに決まってるじゃん?」
少年の傍らで、オオカミが宙に浮いている。スカルプチャーの蝶と雰囲気は違うが、おそらく同類なのだろう。
「なるほど、じゃあお前が……」
社長の見せた写真とは顔つきが違うような気もしたが、スカルプチャーはそこまで記憶力のある方ではない。記憶違いもあるかもしれない、と彼は思い直し、目の前に立つ追跡対象を自信ありげに睨みつけた。
「よォ、わざわざそっちから来てくれるなんてな……! 俺の作品は楽しんでくれたか?」
「追われたらまともに見れるわけないじゃん……! まぁ、でも、独特な魅力はあったよ?」
「そうか。なら、俺の最高傑作で叩き潰してやるよ……!!」
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