ベネフィット・オブ・プレイ #1

「交渉の余地はあるんですよ。貴方たちが集まる理由が私の推測通りなら、ね?」

 芦束は机上で腕を組み、広い円卓を囲むように座る客人たちに向かって挑発的に笑う。

「帝亜重工さんは、コンビナート跡の――ガラクタ街と呼ばれるスラムの治安維持。草薙製作所さんは、無人戦闘兵器の開発……ですよね?」


 芦束の向かい側に座る老人は、高圧的な雰囲気を崩さず頷いた。その右隣で、高級ブランドのスーツに身を包んだインテリじみた男が声を上ずらせて叫ぶ。


「しっ、信じられないのだよ! 百年先の未来技術? 発達したテクノロジーの行く末? 有り得ない。君は我々をからかっているのかね?」

「確かに、まだ創立して日が浅い我々の話など信用に値しないとお思いなのも理解できます。内容も内容ですし」


 机の下でミント菓子の容器を探りながら、芦束は尚もふてぶてしい態度を崩さない。彼が手を上げると、会議室の外で待機していた部下が巨大な金属製の箱を持って現れる。

 三つの箱が芦束の背後に置かれ、若き社長はタブレット端末を手に立ち上がる。


「では、プレゼンテーションを始めさせていただきます」


 端末画面内のイルカが液晶の奥に隠れ、プロジェクターからホログラムとなって白璧までの一本道を泳ぐ。青の光線が白い壁に浸透し、会議室の照明が消えた。


『今からご紹介するのは、人件費の削減や業務の効率化、従業員の安全性向上を目指す経営者の皆さんにとって耳寄りの商品となるでしょう。ご期待ください!』


 会議室の壁を縦横無尽に泳ぐイルカが芦束によく似た声で前口上を行い、帝亜重工以外の円卓に座った有力経営者たちもそちらに目を向けた。

 芦束が画面をタップするのと同時に、ロッカーのような箱の通気孔から煙が噴出される。


 煙を突き破るように現れたのは、揃いのスーツに身を包んだ警備兵たちだ。彼らは揃いの銃を握り、揃いのサイバーグラスを装着している。


「商品……このサングラスか? VR技術の発展で……」

「違いますよ、草薙社長」

 愕然とするインテリ男の隣で、帝亜重工の経営者である老人はニヤリと笑う。

「クローン、か……」


『我々アシタバ製薬は、無限の労働力を開発しました! 人件費は要らない。労災も勿体無い。デモやストライキなんてくだらない。そうお思いの経営者様、是非この商品の購入をご検討ください!』


 壁の中のイルカが饒舌に語り、円卓はざわつく。病に伏せるタマテ・フーズ社取締役の代理人である弁護士は、青筋を立てている自分を落ち着けようと手元のメモ帳に文字にすらならない記号を走り書きしながら、叫ぶ。


「人間でこれほど精巧なクローンが造れるなら他の食肉加工用の動物にも転用できるということだろう!? だが……だがクローン生物はまだ法規制されていたはずでは!?」

「そんなこと言われても、未来で実用化されてますからねぇ……!」

 白璧にクローンの製法が描かれた設計図が映る。

「実際、20年後に人口爆発が起こるということは前々から言われていますから。食糧不足に陥った人類がクローン技術を発展させ、農業や畜産業を絶やさなかったのかもしれませんね……」


 芦束は立ち上がり、指を鳴らした。天井から人間の形に切り取られた金属板が降下し、警備兵と会議室を遮る。即席の射撃実験場だ。


「それでは、デモンストレーションを!」


 警備兵は一斉にオートマチック拳銃を構え、射撃体制に入る。正確無比な射撃が頭部に弾丸を撃ち込み、胸部の中心を捉えた!


 立ち上る硝煙に反応し、草薙製作所製の空気清浄機が作動する。芦束はそれを制作した関係者に向かって一礼をし、端末をフリックした。


『もちろん、機能はこれだけではありません。任務に従事すれば、不慮の事故で負傷することもあるでしょう』


 イルカのセールストークは続く。


 透明なビニールシートが引かれ、金属板の代わりに降りてきたのは、ロボットアームと一体化したたくさんの機関銃だ。小さな銃口が暗く輝き、警備兵の心臓や脳幹といった急所をレーザーサイトで狙っている。

 経営者たちの反応は分かれた。思わず目を背ける者は少数で、それ以外は次に何が起こるかを期待しながら警備兵を見つめている。


 赤いレーザー光が明滅し、弾丸が舞った。警備兵は緑の体液とミンチのような肉塊に変わり、スーツの黒い切れ端が雪のように積もる。


『そんな時に、すぐに復帰できるシステムがあると便利ですよね?』


 肉塊が蠢きながら、元の体を確かめるように積み上がりはじめる。5分ほど掛かって、筋骨隆々で生殖器官の無い男の裸体に戻った。


「ちょっとやりすぎましたね……。流石にここまで蜂の巣になることは無いと思いますけど、念のためスペアスーツの購入をお勧めします!」


 警備兵が撤去される中、円卓は再びざわつく。現実を超越したショータイムに、何人かの経営者は口を開けたまま動けないでいた。


「他にも皆さんの利益になるような技術はたくさんあります。これでも交渉の余地はない、と?」


 帝亜重工の取締役は黙ったまま、ゆっくりと腕を組んだ。右隣の草薙に耳打ちをすると、草薙は慌ただしく頭を下げた。


「さて、ここからはうちの経営コンサルタントが交渉にあたらせて頂きます。周防すおう!」


 利発的な表情をした長身の男が、その視界に映る経営者たちに向かって丁寧に辞儀をする。


「じゃあ、任せたよ……!」

「了解。あとで祝勝会でもやるか?」


 部下の肩を叩く若社長とそれに応える部下の声色には、親しげな雰囲気が漂っている。彼らは小声で今後のスケジュールの密約を交わすと、若社長は白衣を翻して会議室を出ていった。


「皆様に配布いたしました資料の一番最後のページに、契約書が同封されています。ご確認ください」


 周防はよく通るバリトンを会議室に響かせ、未だ興奮冷めやらぬ経営者たちを黙らせる。

 しかし、静かになったはずの場内には徐々に困惑や混乱の声が満ち、やがて怒号に変わり始めた。


「ふっ……巫山戯ふざけるな!! 『月売上の二割を資金提供すること』だと……!? それならまだ従業員に給料を払った方が安上がりじゃないか!!」

「維持費やコストパフォーマンスを考慮すれば、当社の提案の方が格安だと思われますが」

 周防の声が冷たく響く。

「まぁ、そう言われるなら、この話はまた別の機会に……」


 周防は洒落たキャメルスーツの袖を軽く捲り、自然に時間を確認する。交渉開始から二時間のタイミングで交代してよかった。アシタバのプレゼンに顧客が呆気に取られ、集中力が途切れている今なら、上手く交渉を操作できそうだ。


「待て、何か他の手段はないのか……?」


 草薙の縋るような声を聞き、周防は僅かに頬を緩めた。


「でしたら、二つ目のプランはいかがでしょう? 資金提供の代わりに、我々と『パートナーシップ協定を結ぶ』プランなのですが……」


 草薙に追従するように、多くの経営者が契約書を黙読し始める。やはり困惑の声が満ち、周防はもう一押しだと思った。


「ええんちゃいます? アフターケアの要らない単純な労働力……。こっち側からしたら願ってもないチャンスやもんねぇ」

 円卓の一角から涼やかな声が響き、細い腕が上がる。

「ウチは客商売やから使わんと思うけど、あんたさんらは便利に使わはったらいいと思いますよ……」


斑鳩いかるが相談役、ですよね? 初めまして」


 伝統をそのまま表したような風貌のこの男は、まほろば銀行の最高責任者だ。この場に集まった企業のほとんどに資金提供や融資を行っている。周防は警戒心を隠しながら、丁寧に一礼をする。

 斑鳩は高価な藍の着物に身を包み、鳥を模した図柄の扇子を懐に差していた。この国がアルカトピアと呼ばれる前の伝統衣装だ。

 言葉遣いも異質だ。異文化が流入してきたために統一された標準語を話す民間人と違い、西部の言葉が混じっていた。


「そやから、あんたさんらの月の収入、今ここで教えてくれません? 小切手なら用意してますんで、二割融資しますけど」

 彼は周防の呼びかけを無視し、気品のある表情に僅かな余裕を醸し出しながら、語りかける。

「若手が勢いあることはいい事やけど……。限度があると思うんよ」


 他の経営者たちは、互いに顔を見合わせ、黙った。無言が続く重い空気を突き破ったのは、末席に座った企業群の野次だ。


「これだから銀行は……!! 普段なら俺たちに融資なんてしない癖に、こういう時だけそうやって誘う……。よく考えてください、皆さん! まほろば銀行は俺たちに借金をさせようとしている!!」


 帝亜重工の傘下、帝亜建設の社長が叫ぶ。それに同調するかのように、末席の声が大きくなっていった。野次は徐々に広がりだし、円卓のほぼ半数が銀行に対するシュプレヒコールを上げた。斑鳩の表情が静かに曇るが、微々たる変化だった。


「まぁ、皆さんは結論を出すのにも難儀するでしょう。ウチはいくらでも待ってますんで」


 斑鳩は微笑みを絶やさず、上げていた腕を下ろした。


「それでは、次回の会議までに結論をよろしくお願いします」


 周防は荒れる会議を締め、今後の紛糾の予感を憂いた。


    *    *    *


 畳が敷かれた薄暗い部屋に、斑鳩は一人で座っていた。目の前に置かれた行燈あんどんの炎が揺れ、障子越しの月光を際立たせる。


「写真、ちょうだい」


 承知、と呟きながら現れる黒服から、斑鳩はスナップ写真を受け取る。被写体は、帝亜建設の社長だ。


「この行燈、預かっといて」

 斑鳩は黒服に行燈を渡し、千切った写真を焚べる。

「落とさんようにねぇ。色々とややこしいから……」


 黒服の腕に緊張が走る。彼は重大な使命を預かったかのように、小さな行燈を持ったまま丁寧に頭を下げた。


「貸したものは返してもらわんとね」

 去っていく黒服を見送りながら、斑鳩は残念そうに呟く。

「喰われとったら幸せやったのになぁ……」

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