とかげくん【はじめまして?】
「おーい。スイレン!」
その声はもちろん聞こえていたけれど、自分に向けられたものだとは思わなかった。それはとても小さな声で、風にそよぐ半夏生の音にも掻き消されてしまいそうなほどだ。
「おーい。……おいって!」
何度かやり過ごしていると声に苛立ちが混じった。と思ったら、何かがぼくのしっぽの先をぐいと掴んだ。そしてそのまま小さな何かが這い上がり、ぼくの背中を駆けてくる。
「スーイーレン!」
ぼくの頭の上に膝を突いて覗き込んできたのは、小さなとかげだった。
え? スイレンって、ぼくのこと?
そのとかげには遠慮がなかった。驚いて目をぱちくりさせているぼくのたてがみをぽふぽふと叩いて、それからぴょんと飛び降りる。ぼくの鼻梁に上手に着地した子とかげは、くるりと振り返って胸を張った。
「おはよう。今日もいい天気だな」
うん。そうだね。
って、挨拶するのに胸を張るって、ちょっぴり変じゃない? なんだか可愛らしいから、別に構わないけど。
「ずっと呼んでいたのに無視するなよ。態度悪いぞ、お前」
うん。ごめんね。ぼくを呼んでるって思わなかったんだ。
ぼくはごめんなさいの気持ちを込めて、口ひげでとかげの子の頬をさわさわとなぞった。満足気に瞼を閉じたとかげの子が、ほうとため息を漏らす。
「まあいいや。もう無視するなよ」
うん。もうしないよ。
ぼくはしっぽの先をゆるりと揺らして返事をした。頷いたとかげの子がごろりと横になる。そしてそのまま寝息を立て始めた。
ええっ。そこで? 落っこちちゃうよ。危ないよ。
ぼくの心配なんて知らぬ気に、とかげの子はくうくうと気持ち良さそうに眠っている。ぼくはまんじりともせずにそれを見守り続けた。
何回も寝返りを打つから気が気じゃなかったよ。すごくどきどきして。それから、すごく胸が温かかった。
🌞🌞🌞
初めての出会いはそんな感じ。あれからずうっと、ぼくはとかげの子のペースに巻き込まれっぱなしだ。
あの子は片時も離れずにぼくの傍にいてくれる。そんなだから、ひでりを潤しに行くときにもついて来るって駄々をこねるんじゃないかと心配したけれど、そんなことはなかった。
気を付けて行ってこいよ、って手を振ってくれて(すっごく可愛いんだよ)。帰ってきたら、お疲れさま、って顎ひげをわしゃわしゃしてくれるんだ。
独りじゃないって、こんなに温かいんだね。ぼくはずうっと独りだったから知らなかったよ。
こんな日がずうっと続けばいいなあ。
ねえ、とかげくん。
君は、ずうっとぼくと一緒にいてくれる?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます