とかげくん【お花見】

 あの子はちょっとおかしいよ。

 ずっととかげだと思っていたけれど、なんだか違うみたい。だって、全然変わらないんだ。

 あれから何回季節が巡ったかな。八回目くらいまでは数えていたんだけど、分かんなくなっちゃた。


 とかげは脱皮するうちにうろこの色が定まって種が分かるはずだよね。なのにあの子ったら、ずっと茶色いまんまなんだ。大きくもならないしね。


 とかげじゃなかったら、あの子はいったい何なんだろう。半夏生の咲く頃に突然現れて、それからずっとこの丘にいるけれど。



「おおーい」


 今日もぼくを呼ぶ声がする。

 そうすると、ぼくの胸が騒ぎだす。


 本当のところ、あの子が何だろうとぼくは気にしない。とかげじゃなくても、ちょっと変でも、何だって構わない。

 ぼくはあの子が好き。それだけだよ。



「雪桜が咲いたぞ。花びらを拾いに行こう!」


 そうやって誘われると、ぼくはうきうきしちゃう。

 空を翔けたり、お花見に出掛けたり。ほんの少しのことだけど、ぼくはこの頃自分のために力を使っている。

 ぼくの力はみんなに分けてもらったものだから、みんなのために使わなきゃいけない。自分勝手に使っちゃいけない力だよ。

 もしこのまま力を使い続けたらどうなるんだろう。いつか罰が当たるのかな。


 それでもいいか。ってぼくは思うんだ。


 ぼくはずっと長い間神様でいるけれど、この子に会うまではこんなに楽しい毎日はなかった。神様になる前のことや、神様になったばかりの頃のことは憶えていないんだけどね。

 だから、この子と一緒にいられる間は、ちょっと無理をしようと思う。朗らかな笑い声やたてがみに埋められた頬の温かさを大切にしたいと思う。



「ほら! 行くぞ!!」


 痺れを切らせたとかげの子が、ぼくのしっぽを引っ張ってたてがみを登ってくる。ちっちゃな手足でぼくの背中を這い登る。


 うん。行こう。


 あの子が角に掴まったのを確かめて、ぼくは松の木から浮き上がった。くすくすと嬉しそうな笑い声が頭の上から降ってくる。それだけで、ぼくの心には幸せが満ちる。

 君に会ってからずっと、とっても楽しい毎日だよ。




     🌸🌸🌸




 遠くの山まで飛んでいけば山一面を雪桜が被う見事な眺めが楽しめるんだけど、ぼくたちが遊ぶのは丘から程近い川沿いの、少し拓けたところだよ。

 川のあちら側は崖みたいになっていて、こちら側は丸い石が転がる川原とすぐ近くの山の裾野まで広がる草原くさはら。崖と山に囲まれているから他の誰も訪れない、ぼくたちだけの内緒の場所だよ。結構広いからとぐろを巻いてもいいし、だらーんと伸びて寝そべってもいい。

 あの子は桜の花びらを追いかけて駆け回っていて、休むつもりなんてなさそうだけどね。


 山の中に何本か雪桜が咲いていて、ひらひらと花びらを散らせているんだ。

 山中が淡青うすあおに染まるのもきれいだけど、緑色の葉っぱの間にそおっと咲いているのもとってもすてきだよ。ぼくは桜の花ととかげの子を交互に眺めなから、うとうとと舟を漕ぐ。


 いつの間にか眠ってしまっていたのかな。不意に雪桜の爽やかで甘い香りに包まれてぼくは目を開けた。視界一面に仄かに青い花びらが舞っている。それが鼻の上に降り積もって甘く香っているんだ。

 どうやらとかげの子がぼくの頭の上から花びらを散らせているみたいだね。いつの間に運んだんだろう。降っても降っても花びらは尽きることがない。


「綺麗だな。なあ、スイレン」


 とかげの子の嬉しそうな声がする。


 うん。そうだね。とってもきれいだね。


 ぼくは舞い散る花びらを眺めた。

 すごくきれいだ。嬉しいな。ありがとう。



 ぼくたちは時を忘れて花に酔った。



 あんまりたくさん鼻の上に花びらが積もったものだから、ぼくが大きなくしゃみをしちゃって。梢で休む小鳥や川の中のお魚たちをびっくりさせちゃったのは、失敗だったけど。

 だけどそれもとても楽しくて。ぼくとあの子は顔を見合わせてくすくす笑っちゃったんだ。

 舞い上がった花びらは、それはそれはきれいだったしね!

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