とかげくん【ぼくに出来ること】

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 今回のお話には川の氾濫を容認するような

     描写が出てきます。

  不快に思われる方はご遠慮ください。

  この一話を飛ばしても物語は追えます。

  どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 雨を降らせるよりも、嵐を収める方がうんと難しい。

 何度かひとりでひでりを潤した後でぼくは思った。氾濫した川を収めるのが難しいんだ。どんなに巧くやろうと思っても川は溢れてしまう。流れてきた岩や倒木が川のあちこちを堰き止めて、土砂を含んだ水を溢れさせちゃうんだ。


 ぼくは何回も頑張った。何とか川を溢れさせないように、って。だけどうまくいかなくて。べそをかきながら、岩や木を退かせて。変わってしまった川の流れを呆然と見つめた。茶色い泥が、僅かに残っていた畑の緑を押し潰している。そしてまるで湖のように川幅は広がって、何もかもを濁った水に沈めている。


 自分の力のなさに居たたまれなくなる。すいりゅうさんならもっと上手に出来るんだろうに。ぼくのせいで、って思うと涙が出ちゃう。そこがまた未熟なんだと思って悲しくなる。悲しいと思う自分が情けなくて悔しくなる。

 見渡すと水に沈んでいるのは畑ばかりで、民家に被害はないみたいだった。ぼくはほっと胸を撫で下ろす。祭壇のある場所も少し小高くて、捧げられた女の子も無事みたいだ。


「ごめんね。ぼくはどうしても、川の氾濫を収められないんだ」


 女の子のところに歩いて行ってぼくは言った。


「怖かったよね。みんなのところに連れて行ってあげる。おいで」


 女の子を首に掴まらせてぼくは水の中を歩く。ぼくの胴体が半分浸かっちゃうくらいだから、こんな小さな女の子なら頭の先まで沈んじゃうよ。


「あの……」


 女の子が躊躇いがちに口を開いた。


「川は溢れていいんです」


「え?」


「川は、溢れていいんです。川が溢れて良い土が運ばれてくるから、この辺りは野菜がよく育つんです。私たちも川が溢れるって分かっているから、高いところに家を作るんです。だから畑が流されるのは悲しいけど、氾濫は必要なことなんです」


 ぎゅっとぼくに抱きついて女の子は言う。


「だから泣かないでください。みずち様が来てくださってひでりは収まりました。私たちは救われたんです」


 女の子の声は震えている。きっと怖かっただろう。こんな大水のなかに独りで取り残されて。それに、必要なことだからといって嬉しいとは限らない。それに今回は大丈夫だったけど、流されて帰らなかった命がたくさんあることも、ぼくは知っている。

 だけど村の人たちも女の子とおんなじことを言ってぼくを慰めてくれた。

 ダメだね。みんなを助けたいのに、ぼくの方が助けられてる。


「あのね。危ないから、女の子をひとりで嵐の中に出しておいちゃダメだよ」


 ぼくはずっと前から思っていたことを言った。どうしてこんなか弱そうな女の子を独りで置いておくんだろう、って。ずっと不思議だったんだ。


「けれど、にえは必要です」


 村の長老のような老人が歩み出る。供物と贄を捧げそして祈るから水神様が来てくださるのだ、って言って。

 だけど違うよ。すいりゅうさんはそんなもの無くてもちゃんと助けてくれる。贄なんて、そんな怖いことめて欲しいってぼくは思う。


「そんなことないよ。水神様はすごく優しいんだよ。もし女の子が嵐に流されたりしたらきっと悲しむよ。ぼくも悲しいよ」



 ぼくは何とか説得しようと頑張ったんだけど、ダメだった。決まり事をきちんとこなすことが大切なんだって。どうしても変えることは出来ない、って言われちゃった。

 本当にそうかなあ。変えられることってないのかなあ。なんとかならないかなあ。

 でも今は無理みたいだ。仕方がないから、今度からは一番に女の子を避難させることにしよう。そしてぼくは、なるべく被害が小さくて済むように上手に川を溢れさせる練習をしよう。


 ぼくの力はまだちっちゃくて、出来ることは少ない。だけど、だから、出来ることは一生懸命にしようって思うんだ。





 

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