とかげくん【ひとりでも大丈夫?】

 雨雲を呼べるって言ったって、ひでりを潤せる訳じゃない。ぼくの力はまだまだ役に立たないよ。だからぼくは練習をすることにした。ひでりって言うほどでもないけどしばらく雨が降らなくて困り始めているところを探して行って、雨雲を呼ぶ。なるべく大きな雲を呼べるように、渇いた畑が潤うように、一生懸命手を広げる。

 もくもくと灰色い雲を頭の中いっぱいに想像すると、ぼくの頭の上に雨雲がやって来る。それを畑の上まで動かして雨を降らせるんだよ。ほんと言うと村中を覆うような大きな雨雲が呼びたいんだけど、まだ無理みたい。雨もね、相変わらずじょうろのお水くらいにしか降らないんだ。


 だけど、そんな頼りない雨雲でも村の人たちは喜んでくれる。強い日差しを遮ってくれるだけでも十分有難いって。水は川から汲んでくるから大丈夫だよって。

 ぼくはみんなと一緒に水を汲んできて畑に撒く。一緒に畑の手入れをして、合間に土手に座っておにぎりを食べる。みんなで並んでキュウリやなすびの葉っぱが風にそよぐのを見つめる。


 ぼくの力はとても弱いけど、あんまり役には立たないけれど、お手伝いくらいは出来てるんじゃないかなって思う。よく来てくれたね、って歓迎してもらって。ありがとうって言ってもらって。お昼ごはんまでごちそうになって。ぼくはすごぉく嬉しくなる。だから、一生懸命お手伝いするよ。

 お手伝いってすごいよね。相手もぼくも、みーんな幸せになるんだよ。


 ぼくは大きく手を広げてもうひとつ雨雲を呼んだ。ちっちゃい雨雲はすぐに消えちゃう。夕立みたいに少しだけ地面を湿らせて、みんなで水汲みをしている間だけ日差しを遮って。

 夕方おひさまが傾いてきたら、ぼくはみんなに手を振っておうちに帰る。

 ぼくがお手伝いしている間に本当の雨が降ってくれるといいなあ、って思う。ひでりにならなければいいなあ、って思う。本当はすいりゅうさんがずうっと松の木でお昼寝できる日が続くことが幸せなんだと思う。



 だけどひでりはやって来て。ときどき嵐や氾濫も起こって。すいりゅうさんはお出掛けしなきゃならない。

 ぼくはそれを近くでずっと見て。すいりゅうさんが咆哮する勢いを借りてもっと大きい雨雲を、ちゃんと雨を降らせられる雨雲を呼べるように、うんと思いを込める。初めは一人で出来なかったことも、何回も何回も練習してたらきっと上手になるはずだよ。




 そうやって何回も何回も季節を繰り返して、ぼくの雨雲はちょっとずつ大きくなっていった。

 そしてある日、ひでりで苦しんでる村の上ですいりゅうさんはぼくに頷いた。大きな雷雲をひとつ呼んでぼくにもう一度頷くと、遠くの空に翔けて行ってしまう。


 ぼくはどきどきした。

 ひとりでひでりを潤すのは初めてだよ。


 村の広場には祭壇が設えてあって、お供え物が用意されている。昼間なのに松明たいまつが焚かれて乾いた空気に火の粉が舞っている。その祭壇の真ん中で、女の子が不安そうにぼくを見上げている。


 どうか上手に出来ますように。

 ぼくは目を瞑って大きく手を広げた。大きな大きな雨雲。いっぱい雨を降らせることの出来る、真っ黒な厚い雲。それを心のなかに思い浮かべて、どうか雨をと願う。

 やがて手を広げるぼくのうろこに雨粒が落ちた。そしてそれを追いかけるように大粒の雨が降り注ぐ。見上げれば、村中を覆い尽くすほどに雨雲は厚く垂れ込めていた。

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