とかげくん【いつか】

 ぼくは呆然と天に浮かんでいた。きっと泣きすぎて頭が空っぽになっちゃったんだと思う。何にも考えられない。何にも、考えたくない。ぼんやりとしたまま、ぼくは辺りを見回した。

 どんよりとした雲が辺り一面を覆っている。もう雨は降っていない。けれど、ぼくが起こした嵐のせいで見下ろした大地は荒れ果てていた。


 一体どれくらいの間ぼくは泣き叫んでいたんだろう。


 大地は割れ、木々は雷に打たれて黒く焼け焦げ、或いは根元から無残に折られ、川は轟音を上げてうねっている。もう、どこに村があったのかさえ定かではない。



 お前は私の誇りだ。私を失望させるなよ――



 ふと、すいりゅうさんの最期の言葉が甦った。それは乾いてパリパリになったぼくの目にまた涙を連れてくる。その涙は空を覆う雲に雷を纏わせる。ぱちぱちと放電する音にぼくははっとして顔を上げた。


 ぼくは、神様になりたかった訳じゃない。

 果てのない命も、恐ろしいほどの力も、欲しかった訳じゃない。

 だけどぼくは神様になった。

 すいりゅうさんが見守り続けた世界を引き継ぐ神様に。


 すいりゅうさん。


 ぼくは瞬きをして瞳に溜まった涙を払った。瞼に弾かれたしずくが煌めきながら宙に消える。それからぼくはしっかりと目を見開いて、もう一度大地を見下ろした。


 ぼくが壊してしまった世界。奪ってしまった生命いのち


 しっかりと目に焼き付けておかなくちゃ。心に留めておかなくちゃ。

 もう二度と、同じ失敗をしないように。



 そう嘆くものでもない。生きてさえいれば、いつかまたまみえる日も来よう――



 すいりゅうさんは言った。お話しをしたのは初めてだったけど、すいりゅうさんは嘘をついたりしないとぼくは思う。だから、すいりゅうさんはきらきらと消えてしまったけれど、死んでしまった訳じゃないのかもしれない。


 いつかまた――


 いつかはきっと、やってくるんだ。そのときにすいりゅうさんをがっかりさせないように、ぼくは立派な神様になろう。


 涙が出た。

 何故だろう。心は穏やかに凪いでいると思うのに、瞳からこぼれるそれは止まらない。透明な滴はぼくの頬をきらきらと流れ落ちて地上に降り注いだ。




 黒い雲が遠ざかり、川が穏やかな流れを取り戻す。溢れた肥沃な土砂はやがて実りをもたらすだろう。晴れた空に虹が架かる。陽が射して倒れた草木に残る滴を輝かせる。焼けた木々の下に若い緑が顔を出している。



 ねえ、すいりゅうさん。

 世界はまるですいりゅうさんみたいだね。

 きらきらと輝いてとてもきれいだよ。

 

 ぼく、頑張るね。

 すいりゅうさんに笑われないように。

 頑張って、すいりゅうさんに負けないくらいすてきな神様になるよ。

 だから約束だよ。




 きっと。






 いつかまた。






 🍀🍀第五章 おしまい🍀🍀





*  ***** *** **🐲* **


第五章は、ここまで見守ってくださっている

皆さまには衝撃を与えてしまうような結末を

迎えてしまいました。

次章、第六章はいよいよ最終章です。

最後までお付合いいただけましたら幸いです。


** *🐲* *****  **** *



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