すいりゅうさん【瑠璃】

 ねえ。すいりゅうさん。



 私のたてがみを散々に濡らして、蜥蜴の子が溜息を吐くように名を呼ぶ。蜥蜴ではない? そうかもしれない。しかし、私からすればこの子はこれまでと何ら変わらない。小さく、脆く、そして美しいいきものだ。


 ぐしゃぐしゃの顔で私に手を伸ばしてきた蜥蜴の子は、いつものように背に放るときょとんとしたあと笑みを零した。けれどそれはほんの一瞬のことで、私の鬣にぎゅっとしがみついて嗚咽を漏らす。

 この子が何故泣いているのか。心の機微に疎い私でもおおよそ察しは付く。しかしその胸の内まで量ることは出来ない。私は願うだけだ。どうか笑ってくれ。

 夜が明ける頃、ぽつぽつと蜥蜴の子が語り始めた。



 ねえ、すいりゅうさん。

 ぼくはこれからどうしたらいいんだろう。

 こんな姿じゃ、きっとみんなに嫌われちゃうよ。

 すいりゅうさん。

 すいりゅうさんは変わらないんだね。

 ぼくがこんなでも、おんなじように背中に乗せてくれるんだね。

 ぼく、すいりゅうさんにも嫌われちゃうって思っちゃった。

 ごめんなさい。

 変わらないでいてくれてありがとう。


 ぼくは何にも知らなかった。

 それで、何にも分からないんだ。

 ねえ、すいりゅうさん。

 ぼくはどうしたらいいと思う?



 山のが白く染まり、キンと冷えた冬の空気がきらきらと輝き始める。私の鬣に、鱗に、澄んだ陽の光が映り蜥蜴の子がほう、と吐息を漏らす。嗚咽よりもずっと好い。



 すいりゅうさんは、とってもきれいだねえ。



 いつものようにうっとりと呟いて、しかし蜥蜴の子はいつものようにえへへと笑わない。そして、意を決したように背中のはねを動かしてふわりと浮き上がった。そのままパタパタと頼りなげに羽ばたいて、私の顎の先にぶら下がる。これまで幾度となく蜥蜴の子はそこにしがみついたが、私が重みを感じるのは初めてだった。



 大好き。



 縋るようにぎゅっとしがみついて。

 そんなに必死に掴まずとも、私は消えたりしない。お前を嫌ったりしない。

 輝く冬の光は蜥蜴の子にも降り注ぐ。

 お前はいつも、私をきれいだと言う。煌めく鱗を誉めてくれる。そして変わってしまった自分を醜いと言う。だが、見てみろ。


 私が玻璃はりなら、お前は瑠璃るりだ。

 煌めく藍の何と美しいことか。


 蜥蜴だと思うから異形なのだ。

 恥じることはない。嘆くことはない。

 しかし、失うものもあるだろう。



 ぼく、決めたよ。



 顎髭に顔をうずめたまま蜥蜴の子が呟く。

 私はそっと蜥蜴の子の頬を撫でた。


 ただ。

 この子の安寧あんねいを願った。

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