すいりゅうさん【冬眠】

 小さな生き物は弱い。

 冬が近づくにつれ蜥蜴の子が弱ってゆくのを、私はただ見守るしかなかった。

 もう少し気温が下がればこの子は動けなくなるだろう。蜥蜴とは本来そういう生き物だ。そうなれば春まであの子に会えなくなる。


 そう考えて、私は自身の思考に驚いた。


 ――会えなくなる?


 では、私は蜥蜴の子に会いたいのか。

 確かにあの子と居ると心地好い。小さな体で懸命に生きようとする様は清々しい。だから私は彼のおとないを受け入れた。その輝きに心奪われ、それが失われかけたとき私の心は千々に乱れた。


 毎日毎日蜥蜴の子が訪れることがいつしか当たり前になり、私は知らずその小さな温もりを求めるようになっていたらしい。


 神とは、守るべき民の為に在る者。

 私は、司るべき水の為に在る者。


 己の欲になど従ってはいけない。そもそも欲を持つべきではない。



 しかし私は誤った。



 蜥蜴の子は冬が来ても訪いをめなかった。私は蜥蜴の子を諫めるべきだったがそうしなかった。

 結果、蜥蜴の子は度々凍りかけ、私は幾度となく肝を冷やした。それでも私たちは改められなかった。


 だから母御に叱られたのは当然の結果であろう。正直私はほっとした。囚われて離れられなかった欲から漸く解放される。しかし、蜥蜴の子は瞳を潤ませて私を見上げる。


 私は首を振ったが、心が揺れなかった訳ではない。私とて、会えるものなら会いたいのだ。しかしいつまでも無理を通せば、やがて凍りついて動かない蜥蜴の子を掬い上げねばならぬ日が来るかもしれない。永遠にその温もりが失われるかもしれない。

 潮時なのだ。


 蹲った蜥蜴の子が肩を震わせる。

 あの子とて、道理が分からぬ訳ではない。やがて聞き分けて顔を上げるだろう。




     🍂🍂🍂




「そんなに苛めてやるなよ」


 重苦しい空気が冷たく満ちる暗い庭には不似合いな明るい声に、蜥蜴の子が伏せていた顔を上げる。


「別に、あなたは迷惑だなんて思っていませんよね?」


 私に向けられた問いに頷くと、男は満足気に頷き返して蜥蜴の子を振り返った。グレンと言ったか。最近蜥蜴の子の父御になった男だ。

 その男は私たちの気鬱をあっという間に晴らしてしまった。



「あなたが会いに来てくださいませんか?」



 容易たやすいこと。


 私は思った。

 そんな簡単なことであったのか。

 蜥蜴の子が凍えず。泣かず。私は心地好い温もりに触れられる。


 蜥蜴の子の面に輝きが満ちる。

 ひとときの安らぎが、私たちに訪れた。

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