とかげくん【夜のお散歩2】

 どうしてとかげは冬になったら動けなくなっちゃうんだろう。

 木登りリスのおじさんも冬にはお店を閉めちゃうけれど、冬も元気な生き物はいっぱいいるんだよ。ぼくはどうしてそうじゃないんだろう。そうだったら、いつでもすいりゅうさんに会いに行けるのに。

 八方塞がりのぼくは頭を抱えてうずくまった。

 どうやったら、すいりゅうさんに会いに行けるんだろう。

 どうやったら、すいりゅうさんに会えなくても平気になるんだろう。


「そんなに苛めてやるなよ」


 笑いを含んだ声に顔を上げると、グレンが戸口に立っていた。扉を閉めて庭に出てくると、すいりゅうさんを見上げてニッと笑う。


「別に、あなたは迷惑だなんて思っていませんよね?」


 頷くすいりゅうさんに満足気に頷き返してグレンはぼくに向き直った。


「でもな、皆心配するんだ」


 分かるな? と言ってグレンがぼくの頭を撫でる。

 分かるよ。みんながぼくの心配してるって。心配かけちゃいけないって。だけど。


「特にフレアはな、夜にひとの所在が知れないのは駄目なんだ。分かってやってくれ」


 分かってるよ。ぼくが我慢しなきゃいけないって。でも。でもね。

 ぼくは拳をぎゅっと握った。もうお兄ちゃんなんだから泣いちゃいけない。込み上げそうになる嗚咽をぐっと堪える。


「だがフレア。春まで会うなとは無理な話だ」


 今度はおばさんに向き直ってグレンが言った。


「冬の間ずっとお前に会えなかったら、俺は気が狂う」


 小さく叫んだおばさんが、グレンに詰め寄って首元を掴み、ぶんぶんと揺さ振った。その顔は真っ赤だ。


「あんた、何言ってんだい。子供の前で……!」


 おばさんの話し方はいつもとちょっと違った。グレンと二人のときはいつもこんな喋り方なのかな。おばさんにとってグレンは特別なんだね。

 首がぐあんぐあん揺れているのに、グレンは愉快そうに笑っている。


「何って、逢引の相談だろう」


「だから!」


 益々赤くなるおばさんのするに任せて、グレンはすいりゅうさんを振り返った。


「だから水神様。あなたが会いに来てくださいませんか? 手間は変わらず、心配事が解消します」


 首がぐあんぐあん揺れているのに、威厳すら感じさせる声でグレンが言った。ぴたりと動きを止めたおばさんが、今度は真っ青になってグレンを見つめる。


「何言ってんだいあんた。なんて畏れ多い」


 ぼくもびっくりした。すいりゅうさんがぼくに会いに来てくれる? そんなこと、想像したこともなかった。


「別に大したことじゃない。この子のことを想うなら。ですよね? 水神様」


 釣られるように見上げたぼくにしっかりと頷いて、すいりゅうさんはとぐろをほどいた。ふわりと浮き上がって頬を寄せて、いつものように口ひげで優しく撫でてくれる。


「雪のない、穏やかな日の夜更けに」


 グレンの提案にすいりゅうさんが頷いて。

 ぼくは冬の間の幸せを手に入れた。



   ❄❄❄



 木の陰から浮き上がったすいりゅうさんにそっと掬い上げられて、ぼくは柔らかいたてがみに潜り込んだ。

 昼間はもふもふと温かい金色のたてがみは、夜はしっとりと肌に纏わりついてくる。それは一瞬ひんやりとするんだけど、やがてぼくの体温と合わさってほんのりと熱を帯び、冬の夜屋外にいるとは思えないほど温かくなる。

 そこから出ると凍えてしまうから、すいりゅうさんの金茶の目を見ることは出来ない。ぼくは、すいりゅうさんとは反対側の星空を見上げながら他愛もない話をする。


 夜空を映すすいりゅうさんはとてもきれいで。すいりゅうさんと見上げる冬の空はどこまでも冴え渡っていて。

 ぼくはとても幸せで。心配事なんて何にもないような気がしていた。

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