グレン【巣立】

 まんじりともせずに夜を過ごし、嵐が去るのを待ちかねたようにフレアは家を飛び出した。もちろん俺はその後を追った。そして辿り着いた丘の上で、俺たちは奇跡のような光景に出くわすこととなる。


 ああ。


 フレアと並んできらきらと光の舞うそれを見つめながら俺は思った。


 あのときと同じだ。フレアが初めて赤ん坊を連れ帰ったあのときと。

 愛おし気に頬を寄せ、幸せそうに微笑む。そうして絆は結ばれたのだ。相手が誰かなど関係なく。ただ愛しいと思う者と微笑み合う。


 隣を見るとフレアは放心したようにその光景を見つめている。しかしその面には確かに安堵の色が浮かんでいた。勇気付けるように肩を叩くとこちらを見上げて力なく微笑む。これは相当弱っているな、と思った。


 まず水神様が顔を上げ、それに釣られるように子供がこちらを向いた。


「心配かけてごめんなさい。我がまま聞いてくれてありがとう」


 駆け寄ってきた子供が言うと、フレアはその子を強く抱きしめた。心配と不安と安堵が綯交ないまぜになっているのだろう。汚れちゃうよ、という子供の言葉など耳に入らないようで益々きつく抱きしめる。


「心配させやがって」


 俺は子供の頭をくしゃっと撫でた。


「もう大丈夫なの?」


 ごめんなさいと繰り返す子供にフレアが尋ねる。子供は頷いた。水神様とはすっかり仲直りしたらしく、今度雨乞いがあったら自分もすいりゅうさんについていきたい、と言ってフレアを涙ぐませる。こつんと小突くと、子供は慌てたように言い繕った。しかし自立を窺わせるそれが更にフレアを悲しませてしまったようだ。


「うわあ。おばさん、どうしたの? ぼくひどいこと言っちゃった?」


 焦ってこちらを見上げてくる子供に俺は首を振った。


「いや。お前は悪くない。でも今日はもううちに帰れ」


 促すと子供は素直に頷いて水神様の元に駆けて行った。またね、と挨拶を交わす二人をフレアが切な気に見つめる。


 やれやれ。


 俺はそっと息を吐いた。

 子供はどうやら親離れの時期に入ったようだ。一方フレアはまだその準備が出来ていないらしい。

 軽い足取りで家路につく子供の後をついて歩きながらフレアの頭をわしゃわしゃと撫でた。やめなよ、と言って手を払う笑い声にも力が無い。

 もうちょっと頑張れ、と俺は思った。

 家に着いて子供を寝かせたら、フレアが何と言おうと嫌という程甘やかしてやろうと思った。

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