グレン【成長】
久方振りに大地を打つ雨が一面を
そんな日に外へ出て行くなんて、俺たち火蜥蜴には自殺行為だ。けれどフレアは俺の制止も聞かずに嵐の中に飛び出した。舌打ちをして後を追う。まあ、しょうがない。
小さな小さな子供だと思っていたのに、嵐の中しっかと立つその姿は随分凛々しく見えた。子供はフレアの姿を認めるとこちらへ向き直り、ごめんね、と言った。
ごめんね、おばさん。
今日は帰らない。
はっきりと告げられた言葉にフレアが目を瞠る。
おばさんはおうちで待ってて。
ちゃんと帰るから。
子供はいつの間に大人になるのだろう。大事に
松の木の根方で空を見上げるその背中は、あの日のように頼りなく震えてなどいない。吹く風に揺れることもなく。烈しい雨に流されることもない。
フレアは溜息を吐いて踵を返した。
❤
木陰で見守り続けようとするフレアを無理やり引き摺って家に帰った。放っておいたらそのまままた飛び出しかねないので、半ば無理矢理椅子に座らせて濡れた身体を拭ってやる。薬缶を火にかけて戻ると、力なく微笑む瞳に迎えられた。
「あんただってびしょ濡れだよ」
新しく出してきた乾いたタオルで俺の身体を拭いながら、ぽつりぽつりとフレアが呟く。
まったく、子供はいつの間に育っちまうんだろうね?
いつの間にあんなに強くなったんだろうね。
守ってやらなきゃっていうのは、あたしのエゴかねぇ?
だってさあ。まだあんなに小さいんだよ。
しかしフレアが何度拭っても、俺の腕が乾くことはない。拭った端からフレアの涙が濡らしてゆくのだから。
「お前があの子くらいのときには、一人でしっかり立っていたじゃないか」
俯いて震える頭に向かって俺は言った。
「大人たちの助けを頑なに拒んで。たった一人で」
「独りじゃなかったよ」
フレアが小さく笑う。
「突っぱねても突っぱねても、あんたは寄ってきたじゃないか」
だからあたしは安心して強がっていられたんだよ。
そう言って、フレアが俺の腕を掴む。
「お前、それは卑怯だ」
天を仰ぎ、梁の木目を辿って気を散らした。抱き寄せることも許してくれないくせにそんなことを言うな、と思う。
しゅんしゅんと湯が沸いてきて部屋の空気を暖める。狂ったような嵐の音が、己の鼓動と混ざって煩くて堪らない。そんな俺の葛藤など知らぬ気に、否、重々承知のうえで敢えて無視して、フレアがそっと腕を放す。
「お茶をいれるよ」
流しに消えてゆく後姿を見送って、俺は詰めていた息を吐きだした。
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