グレン【前進】

 フレアにはああ言ったものの、やはり気になって俺は子供の様子を窺った。

 あの子は村外れの松の木をぼんやりと見つめていた。今にも泣きだしそうなその背中を見ていられなくて声を掛ける。


「今日も暑いなあ。今年は旱は無いかと思っていたが、このまま水神様が戻らないとどうなるか分からないな」


 子供は旱が分からないらしく、小首を傾げて訊き返してきた。そういえばここ数年は旱が無かった。だからこの子は知らないのだ。

 水神様のお役目のことも知らなかったようだ。

 大好きな「すいりゅうさん」が急にいなくなって戸惑っていたのだろう。安心させてやりたくて話をしたのに、子供は真っ青な空を見上げた後泣きだしてしまった。ぽたぽたと落ちる涙が止まる気配は無い。俺はオロオロするばかりでどうしてやることも出来なかった。


 こんなとき、フレアならどうするのだろう。




     ❤




「面目ない」


 俺はフレアの前でこうべを垂れた。

 子供はあの後、すいりゅうさんが帰って来てくれるようにお祈りしてくる、と言って松の木の丘に出掛けて行った。


「じゃあ、あの子は、水神様が急にいなくなった理由が分からなくてしょげてたってことかい?」


 フレアに訊かれて俺は頷いた。


「そうだと思う。だが、理由を知ったら泣き出した。だから、理由を知ったことはあの子にとって解決にはなっていないんだと思う」

 遠くの空を見つめながら、あの子は何を思っていたのだろう。


「ありがとう」


 フレアに微笑まれて俺は目を瞠った。


「ありがとう?」


 何も出来なかったのに? 俺は、小さな子供を泣かせてしまっただけなのに。


「あんたが名前を付けてくれたとき」


 フレアは己の手首を懐かしそうにさすりながら言った。


「お日様の名前を付けてくれて、父さんと母さんがあたしのことを自分たちの太陽だって言ってたって教えてくれたとき」


 顔を上げたフレアが、


「やっと前を向くことが出来た。父さんと母さんはもういないけど、あたしは生きていかなきゃって」


 まっすぐに俺の目を見つめて、決然とした瞳で、


「だからね」


 温かく微笑む。


「涙はマイナスではないの。こらえていた涙がこぼれたってことは、怖くて身動みじろぎも出来なかった暗い場所から一歩を踏み出したってこと。だってあの子は、あの丘に登れたんだろう?」


 あんたが居てくれて、本当に好かった。


 微笑まれて、俺は思わずフレアを引き寄せた。その手はあっさり振りほどかれたのだが。


「やめなよ。こんなときに」


 眉間に皺を寄せたフレアの頬が僅かに染まっている。

 そんな顔をして、期待するなというのは無理な相談だ。もちろん、時と場所をわきまえて今は自重するが。

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