とかげくん【雨】

 遠くの空が灰色に変わって、萎れた枝が風に揺れた。とっくに乾いて枯れてしまったシロツメクサの花環が、風に煽られて茶色いかけらを散らす。

 あっという間に広がった灰色は空を覆い尽くして、ぽつり、と透明な滴を落とし。ぼくが膝をつく松の木の根方にも雨の粒が降り注いで地面を黒く染めた。


 グレンにひでりの話を聞いてから、ぼくは毎日お祈りをした。雨乞いの仕方なんて知らないけれど、すいりゅうさんに届くように一生懸命祈った。やっと、すいりゅうさんに届いたみたいだ。



 灰色の雲の合間に、ときどき澄んだみずいろと金色のきらめきが見える。

 すいりゅうさんが帰ってきてくれた。

 ぼくがもう困らせないって言ったのを、やっと信じてくれたんだね。


 頬に、冷たい雨と、それとは違う温かいものが伝う。流れても流れても、それは止まらない。


 すいりゅうさん。

 手が届かなくなっても、あなたは何てきれいなんだろう。




   ⚡⚡⚡




 夜がいつ来たのかも分からないくらい真っ暗だった。雲は厚く厚く垂れ込めて、空に太陽があることも月があることも忘れてしまったみたいだ。雨は相変わらずはげしく降り注いでぼくの体を押し流そうとする。だけどぼくは松の根方で踏ん張って、ずっと空を見上げた。


 途中で一度、おばさんが様子を見に来た。

 おばさんもグレンと同じ火とかげなのに。雨の中に出てきちゃダメなのに。

 おばさんがぼくのことをどんなに心配しているか、ちゃんと分かってる。だけどぼくは首を振った。


 ごめんね。おばさん。

 今日は帰らない。

 すいりゅうさんに「ごめんなさい」を言ったら、そうしたらちゃんと帰るから。

 おばさんはおうちで待ってて。

 ぼくはきっとすごく泣いちゃうから、おいしいご飯を作っていてね。

 食べたらまた泣いちゃうかもしれないけど、おばさんのご飯はぼくをあったかくしてくれる。

 甘えん坊でごめんなさい。

 こんなんじゃ、お父さんの代わりになんてなれないや。

 ぼくはもっと頑張るね。

 今日だけ、我がままを言わせて。

 ここで、すいりゅうさんを待っていたいんだ。


 おばさんの後ろ姿を見送りながら、ぼくはそっと息を吐いた。グレンが付き添ってくれているから安心だね。


 雨はますます強くなって、ときどき稲光が遠くの地面に刺さる。一瞬上がった火の手が、烈しい雨に打ち消されてゆく。すいりゅうさんの咆哮が、空の上の方で響く。


 怖いくらいの嵐だった。

 だけど、そこにすいりゅうさんがいる。

 空気を震わす雷鳴が、割れんばかりの地響きが、ぼくを安心させる。


 すいりゅうさんがいない長い日々に比べたら、嵐なんてちっとも怖くなかった。

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