おばさん【赤ん坊】

 あの子を初めて見つけたのはぽかぽかと暖かい春の日だったね。わらびを採りに森のなかに入ったんだよ。そしたら、桃色たんぽぽの葉っぱの陰から小さな泣き声が聞こえるじゃないか。あたしは慌てて葉っぱをかき分けた。


 びっくりしたね。

 後にも先にも、あんなに可愛らしい寝床をあたしは見たことがない。


 淡い淡いみずいろを溶かしたような雪桜の薄い花びらを幾重にも重ねて。まるでふわふわの雲の上に乗せられたみたいだったよ。それから、だるま苔の赤い小さな花がその子の周りを囲むように散らされていた。

 ああ、この子はとても愛されているんだなぁって思ったよ。


 それなのにどうしたことだろう。

 こんなに泣いているのに、誰も様子を見に来ないなんて。


 あたしはきょろきょろと辺りを見回したけれど、やっぱりだあれも来やしない。仕方がないから抱えていた蕨をとちの木の根方に置いて、小さな赤ん坊をそうっと抱き上げた。


 赤ん坊って、なんて優しい匂いがするんだろう。


 それは、この子を包んでいた花の香りだったのかもしれない。だけどあたしは、抱き上げたその一瞬でこの小さな命のとりこになった。こんなに可愛らしい生き物を、どうしてこんなところにほったらかしにしているんだろう。必死に手足を突っ張って泣いているこの子を、どうして放っておけるんだろう。


 優しく揺すっても、子守唄を歌っても、泣き止む気配がない。おなかが減っているんだろうか。だけど、赤ん坊って何を食べるんだろう。

 蕨……は、苦いからダメな気がする。もうちょっと季節が進めば山桃や草いちごが生るけれど、今はどちらもまだ花を咲かせている。さあどうするか。思案する目の端に、動くものを見つけた。小さな羽虫がたんぽぽの花にとまる。蜜でも吸いに来たのだろう。あたしは赤ん坊を花びらの寝床にそっと下ろして、たんぽぽの茎に手をかけた。




   🌼🌼🌼




 空腹が満たされた赤ん坊が寝息を立て始めても、誰も姿を見せなかった。

 しばらく傍に座って待ってみたけれど、それでも誰も来なかった。

 もしかして、あたしがいるから出て来れないのかねぇ? あたしは集めた蕨を抱えて一旦帰ることにした。


 赤ん坊はすやすや眠っている。

 こんな愛らしい生き物をいつまでも放っておける訳がない。きっとすぐにお迎えが来るさ。




   🌼🌼🌼




 なんてこったい!


 蕨を置いて、家のことを片付けて。そわそわしながらとはいえ、一通りの家事をこなしてあたしは森に戻った。まあまあ時間が経ってるよ。それなのにどうしたことだい。赤ん坊は変わらず雪桜の寝床で眠っている。


 もしかして捨て子かい?


 呆然とするあたしの長い影が赤ん坊の寝顔にかかる。

 どうするんだよ。もう陽も沈んじゃうよ。

 あたしは悩んだ。かどわかし犯になんてなりたくないからね。もう少し待ってみようか。慌てて迎えに来るこの子の親を。

 もしあんたたちがこの子を要らないって言うんなら、あたしが喜んでもらってあげるから。

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